婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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「……なにこれ」

私は手紙を読み終え、こめかみを指で押さえた。

頭痛がする。

二日酔いではない。

この手紙に込められた「勘違い」と「上から目線」の濃度が高すぎて、私の脳が拒絶反応を起こしているのだ。

手紙の内容を要約すると、こうだ。

『ミイーシヤへ。
 君がいなくなってから、城の中が少し騒がしい。
 書類がどこにあるか誰も把握していないようだ。
 君が日頃、整理整頓を怠っていたせいではないか?
 だが、僕は寛大な心を持っている。
 今すぐに城へ戻り、謝罪し、滞っている業務を全て片付けるならば、昨日の婚約破棄を「一時的な喧嘩」として処理してやってもいい。
 リナも「ミイーシヤ様が反省しているなら許してあげましょう」と言っている。
 感謝して戻ってくるように。
 追伸:僕の明日の着替えはどこだ?』

「…………」

私は無言で、手紙をくしゃりと握りつぶした。

「ハンス補佐官」

「は、はいっ!」

部屋の隅で書類整理をしていたハンスが飛び上がる。

「この王弟宮に、焼却炉はありますか? できれば、二度と灰すら残らないような高温のやつが」

「えっ、あ、はい。裏庭に魔導焼却炉がありますが……」

「今すぐこれを放り込んでください。ウイルスが感染する前に」

私は握りつぶした紙屑を、汚物をつまむようにしてハンスに渡した。

「えっ、そ、それは殿下からの……?」

「いいえ、ただの呪いの手紙です。読むと不幸になります」

「ヒィッ!」

ハンスは青ざめて走り去っていった。

ふう、と息を吐く。

(やはり、予想通りの展開ね)

私は冷静に分析する。

アレクセイ殿下は、自分が「無能」だとは微塵も思っていない。

「仕事は勝手に終わるもの」「服は勝手に出てくるもの」「予算は湧いてくるもの」だと思っている。

私が徹夜で整え、根回しし、補充していたことに気づいていないのだ。

(今頃、王城は地獄でしょうね)

私の脳裏に、現在の王城の惨状が鮮明に浮かぶ。

          ◇

【一方その頃、王城にて】

「ない! ないないない! 僕のハンカチがない! それに今日の演説の原稿もまだ出来ていないぞ!」

アレクセイ王子の怒声が響き渡っていた。

執務室は、昨日の王弟宮ほどではないにせよ、荒れ果てていた。

「で、殿下! 予算会議の資料が見当たりません! ミイーシヤ様がいつも用意していた棚が空っぽです!」

「知るか! 探せ!」

「ああっ! リナ様が! リナ様が『私が片付けてあげる☆』と言って、重要書類を順番通りではなく『色の綺麗さ順』に並べ替えました!」

「なに!? グラデーションになって綺麗だからいいじゃないか!」

「よくありません! これでは過去の資料と最新の資料がごちゃ混ぜです!」

文官たちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

その中心で、リナは「キャッ、またドジっ子しちゃった☆」とテヘペロをしているが、誰も萌えていない。殺気立っている。

「くそっ、ミイーシヤのやつ、どこへ行ったんだ! あいつが戻ってくれば全て解決するのに!」

アレクセイは爪を噛んだ。

「手紙は出したんだ。すぐに泣いて謝ってくるはずだ……。そうしたら、たっぷりと仕事をさせてやる……!」

          ◇

【王弟宮・執務室】

「……というような状況が、容易に想像できます」

私が淡々と説明すると、クラウス様は愉しげに口角を上げた。

「なるほど。アレクセイの自滅か。予想はしていたが、早いな」

「殿下のライフサイクルは、私のサポートありきで構築されていましたから。OSをアンインストールしたパソコンのようなものです。起動すらしませんよ」

「手厳しいな」

「事実です。で、クラウス様。その手紙の件ですが、返事は必要ですか?」

「いや、不要だ。……と言いたいところだが」

クラウス様は少し思案顔になり、悪戯っぽい瞳で私を見た。

「公式に『断り』を入れておこう。それも、王弟宮の公印を押してな」

「……性格が悪いですね(褒め言葉)」

「君ほどではない」

クラウス様は新しい便箋を取り出し、サラサラと筆を走らせた。

『拝啓 アレクセイ殿下
 貴殿の元婚約者、ミイーシヤ嬢は、現在当家にて「筆頭事務官」として雇用中である。
 彼女は極めて優秀であり、我が宮の重要戦力となっているため、返却は不可能だ。
 なお、彼女の時給は貴殿の提示額(ゼロ)の数万倍であるため、引き抜きは諦めるように。
 追伸:公務は自分でやれ。
              クラウス・フォン・ベルンシュタイン』

「これを送っておこう」

「火に油を注ぐのでは?」

「構わん。むしろ燃え上がらせて、リナ嬢とやらと仲良く自爆してくれた方が、国のためになる」

クラウス様は冷徹に言い放った。

「さて、ミイーシヤ。雑音(アレクセイ)の処理はこれでいい。次の仕事だ」

彼は一枚の地図を広げた。

「我が領地、ベルンシュタイン公爵領の経営状態についてだ」

地図には、いくつかの赤丸がついている。

「書類整理で分かったと思うが、我が領地は慢性的な赤字ではないものの、利益率が低い。特にこの商業区。活気はあるが、税収が伸び悩んでいる」

「……なるほど」

私は地図を覗き込み、先日整理した書類のデータを脳内でリンクさせた。

「商業区の税収データ、見ました。不思議なグラフでしたね。売上は上がっているのに、納税額が横ばい。そして、なぜか『接待費』や『修繕費』の項目が、この地区の役人たちの給与と比例して増えている」

「……気づいたか」

「一目瞭然です。役人と商人が癒着して、経費を水増しして脱税していますね。あと、横領もセットでしょう」

私はキッパリと言い切った。

「証拠は?」

「帳簿の『雑費』の項目に、本来なら季節的にありえない『暖房費』が夏場に計上されていました。あと、道路工事の回数が多すぎます。同じ道を月に三回も掘り返す必要はありません」

「……ふっ」

クラウス様が肩を震わせて笑った。

「素晴らしい。私の部下が半年かけて掴んだ尻尾を、君は帳簿を見ただけで見抜くとは」

「数字は嘘をつきませんから。嘘をつくのは人間だけです」

「名言だな。……で、どうする?」

クラウス様は試すように私を見た。

「君なら、この汚職役人たちをどう料理する?」

私はニッコリと笑った。

昨日の書類整理でウォーミングアップは済んでいる。

次は、実践編だ。

「そうですね……。いきなり捕まえるのは芸がありません。まずは『特別監査』のお知らせを一斉にバラ撒きましょう」

「予告するのか? 証拠隠滅されるぞ」

「させるんです。慌てて帳簿を書き換えたり、隠し資産を動かしたりする時が、一番ボロが出ます。そこを――」

私はテーブルの上で、トン、と指を鳴らした。

「一網打尽にします。ついでに、彼らから巻き上げた追徴課税で、私のボーナスを弾んでくださいね?」

私の提案に、クラウス様は満足げに頷いた。

「いいだろう。その作戦、採用だ。……やはり君は、最高の悪女(パートナー)だ」

こうして、私とクラウス様による「領地大改革(汚職掃除)」が幕を開けた。

王城では王子がハンカチを探して泣いている頃、私たちは悪徳代官を泣かせるための準備を着々と進めていたのである。

平和なスローライフは遠のいたが、悪を裁く(そしてお金を巻き上げる)仕事は、意外と楽しいかもしれない。

そう思い始めた矢先のことだった。

「た、大変です!」

またしてもハンス補佐官が飛び込んできた。

「今度はなんだ。まだ手紙の燃えカスが残っていたか?」

「ち、違います! きゃ、客人が……!」

「客?」

「リナ様です! リナ男爵令嬢が、『ミイーシヤ様にお説教してあげる!』と言って、門の前で騒いでいます!」

「…………」

私とクラウス様は顔を見合わせた。

「……暇なんでしょうか、あの方は」

「王城が機能不全だというのに、随分と余裕だな」

クラウス様が冷ややかに言う。

「追い返すか?」

「いえ」

私は立ち上がった。

向こうからネギを背負ってやってきたカモ……じゃなくて、火種だ。

この際、きっちりと「格の違い」を教えて差し上げましょう。

「お相手します。ちょうど、仕事の息抜きが欲しかったところですので」

私は優雅に微笑み、戦場(玄関)へと向かった。
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