婚約破棄、承りました!悪役令嬢は面倒なので認めます。

パリパリかぷちーの

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「見て、アレクセイ様! これよ!」

王城の片隅にある掃除用具入れ(兼、二人の休憩室)。
リナは、盗んできた「禁断の香炉」を、宝物のように掲げていた。

「闇ギルドのアジトにあったの。『伝説の魅了香』って書いてあったわ! これを焚けば、今度こそ国中の人々が私の虜になるはずよ!」

「本当か!? すごいぞリナ! それを使えば、ミイーシヤだって僕たちにひれ伏すに違いない!」

アレクセイも目を輝かせる。
相変わらず、説明書きの「※ただし副作用あり」という小さな文字には気づいていない。

「さあ、着火よ! 私の時代が始まるのよ!」

シュボッ。
リナがマッチを擦り、香炉に火をつけた。

モクモクモク……。

甘ったるいピンク色の煙が立ち上り、換気ダクトを通じて、瞬く間に王城全域、そして城下町へと拡散していった。

          ◇

【一時間後・王弟宮】

「……おかしい」

私は執務室でペンを止めた。
静かすぎる。
いつもなら、外から聞こえる兵士の訓練の声や、商人の売り声、鳥のさえずりさえも聞こえない。

「ハンス補佐官。10時のお茶がまだですが?」

呼びかけても返事がない。
私は眉を顰め、執務室のドアを開けた。

「……なっ!?」

そこには、信じられない光景が広がっていた。

廊下で、ハンス補佐官が床に寝転がり、鼻をほじりながら虚空を見つめていたのである。
その横では、メイドたちが座り込んであやとりをしている。

「ハンス補佐官! 何をしているんですか! 勤務中ですよ!」

私が叱責すると、彼はだらしなくへらっと笑った。

「えぇ~? 仕事ぉ? そんなのどうでもいいじゃないですかぁ……。人生、楽しまなきゃ損ですよぉ……」

「は?」

「ミイーシヤ様も一緒に寝ましょうよぉ。床、冷たくて気持ちいいですよぉ……ぐぅ」

彼はそのまま爆睡し始めた。

「……異常事態発生」

私は即座にハンカチで口と鼻を覆った。
この空気。甘ったるい匂い。
これはただのサボりではない。何らかの精神干渉作用だ。

私は急いでクラウス様の部屋へ向かった。
あの鉄の意志を持つ旦那様なら、無事なはずだ。

「クラウス様!」

バンッ! と扉を開ける。

「おお、ミイーシヤか……」

クラウス様は、ソファの上でマントにくるまり、芋虫のようになっていた。

「……どうされましたか、その姿は」

「いやぁ……今日はもういいかなって。国とか、政治とか、面倒くさくなってな……」

「クラウス様!?」

「君を抱きしめて、一日中ゴロゴロしていたい……。おいで、一緒にダメになろう……」

彼がふにゃふにゃの手招きをする。
あの「氷の宰相」が、ただの「溶けたアイス」になっている!

(これは……まずい!)

私は窓から外を見た。
城下町の方からも、ピンク色の煙が漂っている。
通りでは、パン屋が店を閉めて昼寝をし、衛兵が槍を枕にして寝ている。

国が停止している。
経済活動が、流通が、行政が、すべてストップしている!

「……許せない」

私の体内で、怒りの炎が燃え上がった。

私は「仕事」を愛しているわけではない。
「効率的に片付けて、優雅に休む」ことが好きなのだ。
だが、これは違う。
これはただの「自堕落」だ!
やるべきことをやらずに貪る休息など、何の価値もない!

「生産性ゼロ……GDP急落……納期遅延……!」

私の脳内で、損害額がカウントアップされていく。

「犯人は……この匂いの発生源……王城ですね」

私は部屋の隅にあった「対ガス用防毒マスク(研究開発中の試作品)」を装着した。
シュコー、シュコー。
まるで悪役のような見た目だが、背に腹は代えられない。

「クラウス様。目を覚ましてください」

私は懐から「特製・気付け薬(激臭アンモニア濃縮液)」を取り出し、クラウス様の鼻先に突きつけた。

「!?」

クラウス様が飛び起きた。

「ぐわぁっ!? く、くさい! 鼻がもげる!」

「おはようございます。正気に戻りましたか?」

「ミ、ミイーシヤ? なんだそのガスマスクは……。私は一体……」

クラウス様は頭を振った。

「なんか、すごく幸せな気分で……『もう働かなくていいんだ』という声が聞こえて……」

「それは悪魔の囁きです。現状を見てください」

私が窓の外を指差すと、クラウス様の顔色がサッと変わった。

「……なんだこの堕落した光景は。我が国の規律はどうなった」

「何者かが『怠惰の香』を撒きました。このままでは、我が国は一日で滅びます。食料生産も物流も止まりますから」

「……犯人は?」

「心当たりは二名しかいません」

私とクラウス様は視線を合わせた。

「行くぞ。我が国の勤労精神を取り戻す!」

「はい。残業代は高くつきますよ!」

          ◇

【王城・掃除用具入れ】

「あははは! 大成功よ!」

リナは香炉の前で高笑いしていた。

「見てよアレクセイ様! みんな働かなくなっちゃった! これで私たちが一番えらいわ!」

「そうだねぇ~、えらいねぇ~」

アレクセイは床に寝転がり、ヨダレを垂らしている。
どうやら彼も煙を吸いすぎて、元々低い知能がさらに低下し、幼児退行してしまったようだ。

「あれ? 魅了されてるわけじゃなさそうだけど……まあいいわ! 誰も私を叱らないし、仕事もしなくていい! ここは天国よ!」

リナがクルクルと踊っていると、

ドォォォン!!

扉が爆破された。

「――そこまでです、ニート予備軍!」

ガスマスクをつけた私と、ハンカチで口を押さえたクラウス様が突入した。

「ゲッ! ミイーシヤ! なんで元気なのよ!」

「私は『サボりたい』という欲求よりも、『仕事を終わらせたい』という殺意の方が強いからです!」

私は指示棒を構えた。

「リナ様。あなたが焚いているのは『魅了香』ではありません。古代の『国崩しの香』……別名『ニート製造香』です!」

「ニート!? なにそれ!」

「人間の意欲中枢を麻痺させ、社会的不適合者にする毒ガスです! 直ちに消しなさい!」

「やだもんね! これがあれば、みんな私に甘々になるんだもん! もう封筒貼りも掃除もしなくていいのよ!」

リナは香炉を抱えて後ずさる。

「みんなダラダラしてればいいのよ! 努力なんてカッコ悪い! 楽して生きたい!」

その叫びは、ある意味で人間の真理かもしれない。
だが、それを認めるわけにはいかない。
なぜなら、みんなが働かなくなったら、私の配当金(税収)が減るからだ!

「クラウス様! やりますよ!」

「ああ。教育的指導だ!」

クラウス様が剣を抜く。
リナは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、香炉を投げつけてきた。

「食らえ! 濃度100%の怠惰ガス!」

ボフッ!
ピンクの煙が爆発的に広がる。

「くっ……!」

視界が遮られる。
煙を吸ったら終わりだ。
ガスマスクのフィルターも、この濃度では持たないかもしれない。

その時。
煙の中から、ゆらりと影が現れた。

「……あ~、なんかダルいっすね~」

「ロゴス!?」

私の契約悪魔、ロゴスだった。
彼もまた、煙の影響を受けている。
眼鏡がズレ、やる気のない顔をしている。

「姉御ぉ……もう計算とかいいじゃないっすかぁ……。魔界に帰ってゲームしたいっす……」

「しっかりしなさい! ボーナス査定に響きますよ!」

「ボーナスとかどうでもいいっす……。金より睡眠っす……」

ダメだ。悪魔すら堕落している。
このままでは全滅する。

「……仕方ありません」

私はガスマスクの吸気弁を閉じた。
呼吸を止める。
短期決戦だ。

私は煙の中を突っ切った。
狙うはリナではない。香炉だ。

「えっ、ちょっ、見えてるの!?」

「見えなくても、計算できます! 風向き、距離、あなたの悲鳴の位置!」

私は指示棒を一閃させた。

パリーン!!

香炉が粉々に砕け散った。

「ああっ! 私の楽園アイテムがぁぁ!」

香炉が壊れると同時に、煙の供給が止まる。
私はすかさず窓を全開にした。

「換気! ロゴス、風魔法!」

「へ? あ、はい……ウィンド~……」

やる気のない魔法だったが、それでも空気は入れ替わった。

「ゲホッ、ゲホッ!」

新鮮な空気が入り込み、リナがむせ返る。
アレクセイも「ハッ! 僕は今まで何を……ヨダレ!?」と正気に戻った。

「……鎮圧完了」

私はマスクを外し、大きく息を吸った。
まだ少し頭がクラクラするが、最悪の事態は免れた。

「……ミイーシヤ」

クラウス様が歩み寄ってきた。
その顔は、いつもの冷徹さを取り戻していたが、目は笑っていなかった。

「彼らをどうする? 今度こそ鉱山か? それとも国外追放か?」

リナとアレクセイが震え上がる。
今回の罪は重い。国家転覆未遂(物理的な機能停止)だ。

しかし、私は首を横に振った。

「いいえ。もっと残酷な刑を与えます」

「?」

私は壊れた香炉の破片を拾い上げた。

「この香炉によって生じた『経済損失』の補填……そして、停止していた業務の『遅れ』を取り戻すための、デスマーチ(死の行進)です」

私はニッコリと笑った。

「王城の全職員は、明日から一週間、休暇返上で倍速勤務となります。そして、あなたたち二人は……その『応援団長』兼『サンドバッグ』として、24時間体制で彼らを励まし、八つ当たりを受け続けるのです」

「い、嫌ぁぁぁ! 働きたくないぃぃぃ!」
「僕の睡眠時間は!? 美容に悪いぃぃ!」

「却下します。さあ、夜明けまで残業ですよ!」

こうして、「怠惰のパンデミック」は、私の「超・ブラック労働強制」によって上書きされた。
国は元通り……いや、遅れを取り戻すために以前より活発に動き出した。

だが、リナは諦めていなかった。
連行される際、彼女は捨て台詞を吐いたのだ。

「覚えてなさい! こうなったら……『最終兵器』を使うしかないわ! アレクセイ様のお母様……伝説の『毒親』を呼び寄せてやるんだから!」

そう。
この国には、アレクセイ殿下をあそこまで歪ませた元凶にして、最強のモンスター・ペアレントが存在したのだ。

次回、ラスボス登場!?
前王妃(現・王太后)が、息子を溺愛するあまり軍隊を引き連れて帰国する!
嫁姑戦争(物理)が勃発!
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