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「ママー! パパがいじめるー!」
「人聞きの悪いことを言うな。野菜を食べろと言っただけだ」
「やだー! パパのめがねー!」
「こら、眼鏡を取るな。指紋がつく」
クリフォード公爵邸のダイニングルーム。
朝日が差し込む食卓は、今日も戦場だった。
私の目の前では、双子の子供たち――兄のレオンと妹のミリア(四歳)が、父親であるキース閣下の膝によじ登り、眼鏡強奪作戦を展開している。
「あらあら、二人とも。パパを困らせちゃダメよ」
私が優雅に紅茶を啜りながら言うと、キース閣下(現在は旦那様だが、癖でこう呼んでしまう)が助けを求めるような視線を送ってきた。
「アイビー、笑っていないで助けろ。レオンの力が強くなってきた」
「いい傾向ですね。将来は近衛騎士団に入団させて、ルーカス様の後釜に据えましょう」
「ミリアが私の執務鞄に、お前の『新作』を隠そうとするのも止めてくれ。会議で出すところだったぞ」
「あら! それは英才教育の賜物ですね」
「……頭が痛い」
キース閣下は溜息をつきつつも、子供たちの頭を愛おしそうに撫でている。
氷の宰相と呼ばれた男も、家庭内ではすっかり「甘々なパパ」だ。
あれから数年。
私たちは結婚し、二人の子宝に恵まれた。
私は宰相夫人として、外交パーティーや慈善事業に奔走する日々……というのは表の顔。
その実態は、相変わらずの「覆面作家」であり、国中の隠れ腐女子たちを統べる「裏のカリスマ」である。
「奥様、そろそろお時間です」
「ええ、分かってるわ」
執事の声に、私は立ち上がった。
今日は王城で、エリック殿下の「国王即位記念パーティー」が開かれるのだ。
「行くぞ、アイビー。……ドレスの着付けは手伝ってやる」
「まあ、閣下ったら。子供の前ですよ?」
「……パパとママ、またイチャイチャするのー?」
「見ちゃダメー」
子供たちが目を覆う(隙間から見ている)。
私たちは苦笑しながら、手を取り合って部屋を出た。
王城の大広間。
新国王となったエリック殿下の入場に、万雷の拍手が送られる。
隣には、王妃となったミシェル様。
そして背後には、近衛騎士団長に出世したルーカス様。
「素晴らしい……。王冠の重みに耐える殿下の首筋と、それを支える騎士の無言の圧力……。何年経っても色褪せない尊さだわ……」
私は扇の陰で呟き、ドレスのポケットに隠した超小型メモ帳に記録した。
『即位式。王と騎士の身長差、以前より5ミリ拡大(ブーツのヒール高による調整か?要調査)』
「……おい、妻よ」
隣でキース閣下が呆れ声を出す。
「即位の祝いの席で、また怪しいメモを取るな」
「職業病です。許してください」
「誰が職業だ。……それに、今日は私のネクタイが曲がっていないか?」
閣下が少し顔を寄せてくる。
これは「直してくれ(構ってくれ)」の合図だ。
「はいはい。完璧ですよ、あなた」
私は閣下のネクタイに触れ、愛おしさを込めて整えた。
年を重ねて、目尻に少し皺が増えたけれど、この人の格好良さは増すばかりだ。
色気と渋みが加わり、最近では若い令嬢たちからの視線も熱い。
(でも残念! この最高物件は、私・アイビーの『所有物(およびプロデューサー)』ですので!)
「……アイビーお姉様!」
そこへ、王妃ミシェル様が駆け寄ってきた。
「お久しぶりですぅ! 読みましたよ新作! 『冷徹公爵の子育て奮闘記』!」
「シッ! 声が大きいわミシェル!」
「もう最高でした! 特にオムツ替えのシーンで、公爵様が『これも戦略だ』とか言いながら真剣に取り組むところが!」
「ふふ、あれは実話ベースだからね」
隣で閣下が「……また私をネタにしたのか」と咳払いをする。
「アイビー、久しぶりだね」
エリック陛下もやってきた。
威厳のあるマントを羽織っているが、笑顔は昔のままの無邪気なものだ。
「君のおかげで、僕もなんとか王になれたよ。……ルーカスにも支えてもらってね」
「勿体なきお言葉です、陛下」
ルーカス様が一歩下がり、しかし誇らしげに陛下を見つめる。
その視線の交錯。
数秒の沈黙。
そして、陛下がルーカス様の肩にポンと手を置き、ルーカス様が少し照れくさそうに微笑む。
(……ッ!!)
私の心臓が、大きく跳ねた。
変わらない。
いや、熟成されている。
長い時間を共に過ごした二人だけの、阿吽の呼吸。
言葉はいらない信頼関係。
それはまさに、私が追い求め続けた「真実の愛」の形。
「……ご馳走様です」
私は天を仰ぎ、両手を合わせた。
「生きててよかった……」
「……また昇天しそうになっているぞ」
キース閣下が私の腰を支える。
「しっかりしろ。今倒れたら、私が人工呼吸をすることになるぞ」
「あら、それも悪くないですね」
「……公衆の面前だぞ?」
「閣下となら、どこでも世界二人きりですから」
私が悪戯っぽく言うと、閣下は耳を赤くして、それからふっと優しく笑った。
「……口が上手くなったな」
「誰かさんの教育のおかげです」
音楽が流れる。
ダンスの時間だ。
「踊るぞ、アイビー。……私の『最推し』は、お前だけだからな」
閣下が手を差し出す。
その殺し文句に、私は胸がキュンとなった。
やっぱり、この人には敵わない。
「はい、喜んで。……私の『主食』様」
私はその手を取り、フロアへと歩き出した。
スポットライトが私たちを照らす。
かつては「悪役令嬢」と呼ばれ、婚約破棄された私。
でも今は、誰よりも愛され、誰よりも「萌え」に満ちた、最高に幸せな人生を送っている。
小説の中の恋も素敵だけれど。
私の現実は、小説よりも奇なり。
そして、何倍も美味しくて、愛おしい。
「さあ、今日も推して、愛して、書きまくるわよ!」
心の中で高らかに宣言し、私は最愛の夫と共に、新しいワルツのステップを踏み出した。
私の腐った野望と、甘い結婚生活は、これからもまだまだ続いていくのだから――。
「人聞きの悪いことを言うな。野菜を食べろと言っただけだ」
「やだー! パパのめがねー!」
「こら、眼鏡を取るな。指紋がつく」
クリフォード公爵邸のダイニングルーム。
朝日が差し込む食卓は、今日も戦場だった。
私の目の前では、双子の子供たち――兄のレオンと妹のミリア(四歳)が、父親であるキース閣下の膝によじ登り、眼鏡強奪作戦を展開している。
「あらあら、二人とも。パパを困らせちゃダメよ」
私が優雅に紅茶を啜りながら言うと、キース閣下(現在は旦那様だが、癖でこう呼んでしまう)が助けを求めるような視線を送ってきた。
「アイビー、笑っていないで助けろ。レオンの力が強くなってきた」
「いい傾向ですね。将来は近衛騎士団に入団させて、ルーカス様の後釜に据えましょう」
「ミリアが私の執務鞄に、お前の『新作』を隠そうとするのも止めてくれ。会議で出すところだったぞ」
「あら! それは英才教育の賜物ですね」
「……頭が痛い」
キース閣下は溜息をつきつつも、子供たちの頭を愛おしそうに撫でている。
氷の宰相と呼ばれた男も、家庭内ではすっかり「甘々なパパ」だ。
あれから数年。
私たちは結婚し、二人の子宝に恵まれた。
私は宰相夫人として、外交パーティーや慈善事業に奔走する日々……というのは表の顔。
その実態は、相変わらずの「覆面作家」であり、国中の隠れ腐女子たちを統べる「裏のカリスマ」である。
「奥様、そろそろお時間です」
「ええ、分かってるわ」
執事の声に、私は立ち上がった。
今日は王城で、エリック殿下の「国王即位記念パーティー」が開かれるのだ。
「行くぞ、アイビー。……ドレスの着付けは手伝ってやる」
「まあ、閣下ったら。子供の前ですよ?」
「……パパとママ、またイチャイチャするのー?」
「見ちゃダメー」
子供たちが目を覆う(隙間から見ている)。
私たちは苦笑しながら、手を取り合って部屋を出た。
王城の大広間。
新国王となったエリック殿下の入場に、万雷の拍手が送られる。
隣には、王妃となったミシェル様。
そして背後には、近衛騎士団長に出世したルーカス様。
「素晴らしい……。王冠の重みに耐える殿下の首筋と、それを支える騎士の無言の圧力……。何年経っても色褪せない尊さだわ……」
私は扇の陰で呟き、ドレスのポケットに隠した超小型メモ帳に記録した。
『即位式。王と騎士の身長差、以前より5ミリ拡大(ブーツのヒール高による調整か?要調査)』
「……おい、妻よ」
隣でキース閣下が呆れ声を出す。
「即位の祝いの席で、また怪しいメモを取るな」
「職業病です。許してください」
「誰が職業だ。……それに、今日は私のネクタイが曲がっていないか?」
閣下が少し顔を寄せてくる。
これは「直してくれ(構ってくれ)」の合図だ。
「はいはい。完璧ですよ、あなた」
私は閣下のネクタイに触れ、愛おしさを込めて整えた。
年を重ねて、目尻に少し皺が増えたけれど、この人の格好良さは増すばかりだ。
色気と渋みが加わり、最近では若い令嬢たちからの視線も熱い。
(でも残念! この最高物件は、私・アイビーの『所有物(およびプロデューサー)』ですので!)
「……アイビーお姉様!」
そこへ、王妃ミシェル様が駆け寄ってきた。
「お久しぶりですぅ! 読みましたよ新作! 『冷徹公爵の子育て奮闘記』!」
「シッ! 声が大きいわミシェル!」
「もう最高でした! 特にオムツ替えのシーンで、公爵様が『これも戦略だ』とか言いながら真剣に取り組むところが!」
「ふふ、あれは実話ベースだからね」
隣で閣下が「……また私をネタにしたのか」と咳払いをする。
「アイビー、久しぶりだね」
エリック陛下もやってきた。
威厳のあるマントを羽織っているが、笑顔は昔のままの無邪気なものだ。
「君のおかげで、僕もなんとか王になれたよ。……ルーカスにも支えてもらってね」
「勿体なきお言葉です、陛下」
ルーカス様が一歩下がり、しかし誇らしげに陛下を見つめる。
その視線の交錯。
数秒の沈黙。
そして、陛下がルーカス様の肩にポンと手を置き、ルーカス様が少し照れくさそうに微笑む。
(……ッ!!)
私の心臓が、大きく跳ねた。
変わらない。
いや、熟成されている。
長い時間を共に過ごした二人だけの、阿吽の呼吸。
言葉はいらない信頼関係。
それはまさに、私が追い求め続けた「真実の愛」の形。
「……ご馳走様です」
私は天を仰ぎ、両手を合わせた。
「生きててよかった……」
「……また昇天しそうになっているぞ」
キース閣下が私の腰を支える。
「しっかりしろ。今倒れたら、私が人工呼吸をすることになるぞ」
「あら、それも悪くないですね」
「……公衆の面前だぞ?」
「閣下となら、どこでも世界二人きりですから」
私が悪戯っぽく言うと、閣下は耳を赤くして、それからふっと優しく笑った。
「……口が上手くなったな」
「誰かさんの教育のおかげです」
音楽が流れる。
ダンスの時間だ。
「踊るぞ、アイビー。……私の『最推し』は、お前だけだからな」
閣下が手を差し出す。
その殺し文句に、私は胸がキュンとなった。
やっぱり、この人には敵わない。
「はい、喜んで。……私の『主食』様」
私はその手を取り、フロアへと歩き出した。
スポットライトが私たちを照らす。
かつては「悪役令嬢」と呼ばれ、婚約破棄された私。
でも今は、誰よりも愛され、誰よりも「萌え」に満ちた、最高に幸せな人生を送っている。
小説の中の恋も素敵だけれど。
私の現実は、小説よりも奇なり。
そして、何倍も美味しくて、愛おしい。
「さあ、今日も推して、愛して、書きまくるわよ!」
心の中で高らかに宣言し、私は最愛の夫と共に、新しいワルツのステップを踏み出した。
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