「怒れる悪役令嬢」として婚約破棄されました。

パリパリかぷちーの

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「……ひぃっ! み、見ないで! そんな目で見ないで!」

王都の公爵邸に戻って数日。

メフィアは廊下の隅で、ある「視線」に怯えていた。

その視線の主は、執務室のドアノブにぶら下げられた『メフィア・ドール一号』である。

ボサボサの黒髪、左右非対称のボタンの目、そして口元の赤い×印。

リュカが「魔除けだ」と言って、屋敷の至る所にこの人形(の量産型)を配置し始めたのだ。

「旦那様ぁ! やめてください! 夜中にトイレに行く時、目が合うと寿命が縮むんです!」

執務室に飛び込んだメフィアが抗議する。

「慣れろ。……あれがあるだけで、無能なスパイやセールスマンが悲鳴を上げて逃げ帰る。優秀な番犬だ」

リュカは涼しい顔で書類に判を押している。

その机の上にも、当然のように『メフィア・ドール(卓上サイズ)』が鎮座しており、カタカタと小さく震えて書類の山を崩していた。

「番犬じゃなくて魔物です! 使用人たちが『呪いの結界が張られた』って泣いてますよ!」

「ふん。……彼らもまだまだ修行が足りんな」

リュカはペンを置き、メフィアを手招きした。

「そんなことより、これを見ろ」

「また変なものですか? 今度は『メフィア・クッキー(毒々しい色)』とか?」

「違う。……王宮からの招待状だ」

差し出されたのは、桜色の封筒に入った手紙だった。

『王立公園・春の大花祭り ご招待』

「花祭り……?」

「ああ。毎年恒例の、貴族たちが集まって花を愛でるだけの退屈な行事だ」

リュカは興味なさそうに言うが、メフィアの顔色はサッと青ざめた。

「む、無理です! 『花を愛でる』なんて高尚な趣味、私にはありません! 私が近づくと花が枯れる気がします!」

「枯れたら枯れたで面白いが……今回は断れんぞ」

「えっ?」

「主催者が、あのリリー嬢だからだ」

「リリー様!?」

リリーの名前を聞いた瞬間、メフィアの脳裏に「キラキラした笑顔でマシンガントークをする天然令嬢」の姿が浮かんだ。

「彼女が『メフィアお姉様を主賓として招きたい! お姉様をイメージした花壇を作ったんです!』と張り切っているらしい」

「嫌な予感しかしません! 私をイメージって、どうせ『食虫植物』とか『毒花』とかですよね!?」

「まあ、行ってみてのお楽しみだ。……それに、最近お前は屋敷に引きこもりがちだ。たまには光合成をしないと、本当にキノコが生えるぞ」

「生えません!」

抵抗虚しく、メフィアはまたしても公の場へ引きずり出されることとなった。

しかも今回は、「メフィア・ドール」同伴で。

「なんで人形まで連れて行くんですかぁぁ!」

「リリー嬢へのプレゼントだ。……彼女ならきっと喜ぶ(狂喜する)」

「嫌がらせですか!?」



花祭りの会場である王立公園は、色とりどりの花が咲き乱れる楽園のようだった。

青空の下、着飾った貴族たちが談笑し、優雅な音楽が流れている。

しかし、リュカとメフィアが現れたエリアだけ、なぜか気温が5度くらい低かった。

「……おい、来たぞ」

「『氷の公爵』と……その腕に抱かれているのは……」

「呪いの人形だ……!」

メフィアは、リュカに命じられて『メフィア・ドール』を胸に抱いていた。

本人のガタガタ震える動きと、人形のカタカタ震えるギミックが共鳴し、不気味なサラウンド効果を生み出している。

「あ、あ、あの……こんにちは……」

メフィアが引きつった笑顔で会釈すると、周囲の貴族たちは「ヒッ!」と息を呑んで道を譲った。

「見ろ……あの人形、目が合った……」

「魂を吸われるぞ……目を逸らせ……!」

完全に「黒魔術師と使い魔」の行進である。

「お姉様ー!!」

その時、花畑の向こうからピンクのドレスが突進してきた。

リリーだ。

「お待ちしておりましたわ! キャー! 素敵!」

リリーはメフィアに抱きつき、その勢いで人形にも頬擦りした。

「なんて可愛いお人形! これ、お姉様がモデルですのね!?」

「か、可愛いですか……? これ、どう見ても呪物……」

「このアンバランスな瞳! 縫い付けられた口! 現代アートのような前衛的な可愛さですわ!」

リリーの感性は、やはり常人とはズレているらしい。

「リュカ様、これ頂けるんですか!?」

「ああ。メフィアとの『愛の結晶』だ」

「やめてくださいその言い方!」

「まぁ! 尊いですわ! 家宝にします!」

リリーは人形を受け取り、嬉しそうに撫で回した。

「セドリック様にも見せなきゃ! きっと腰を抜かして喜びますわ!」

(腰を抜かすのは恐怖で、だと思いますけど……)

「さあ、お姉様! こちらへ! お姉様のための『スペシャル花壇』をご案内します!」

リリーに手を引かれ、メフィアは会場の奥へと連れて行かれた。

そこには――。

「……えっ」

メフィアは絶句した。

そこだけ、異世界だった。

周囲は明るいチューリップやバラの花壇なのに、その一角だけ、深い紫色のパンジー、黒いバラ、そして棘々しい謎の植物で構成された、ダークな花壇が広がっていたのだ。

中央には、『孤高の華』というプレートが刺さっている。

「どうです!? お姉様のミステリアスな魅力を表現しましたの!」

リリーが胸を張る。

「す、すごいですね……。ここだけ魔界の入り口みたいで……」

「最高の褒め言葉ですわ!」

周囲の貴族たちも、遠巻きにその花壇を見てヒソヒソと囁いている。

「あれが……メフィア嬢の心象風景か……」

「深い闇を感じる……」

「近づいたら呪われそうだ……」

(違うんです! リリー様のセンスなんです!)

メフィアが弁解しようとした時だった。

「……ふん。相変わらず、気味の悪い女だ」

背後から、刺々しい声が聞こえた。

振り返ると、そこには数人の令嬢たちを引き連れた、派手なドレスの女性が立っていた。

彼女は、隣国の伯爵令嬢エレナ。

以前からリュカを狙っており、メフィアのことを目の敵にしている人物だ。

「あら、エレナ様」

リリーが無邪気に挨拶するが、エレナは無視してメフィアを睨みつけた。

「メフィア・オブシディアナ。……貴女のような陰気な女が、いつまでリュカ様の隣に居座るつもり?」

「ひっ!」

メフィアは怯んでリュカの後ろに隠れた。

「あら、隠れるの? 相変わらず意気地がないわね。……そんな震えるだけの女、リュカ様には相応しくないわ」

エレナが一歩近づく。

その手には、扇子が握られている。

「私がリュカ様の目を覚まさせてあげる。……この花祭りの場で、貴女の化けの皮を剥いで……」

エレナが扇子を振り上げた瞬間。

カタカタカタカタ……!!

リリーが持っていた『メフィア・ドール』が、突然激しく震え出した。

「きゃっ!?」

エレナが驚いて動きを止める。

「あら? メフィちゃん、どうしたの? 興奮してる?」

リリーが人形を見ると、人形の赤いボタンの目が、キラリと光った(ように見えた)。

リュカが静かに口を開く。

「……警告だ」

「え?」

「その人形は、メフィアに害をなす敵意(殺気)に反応して震える。……そして、一定以上の殺気を感知すると、自爆する」

「じ、自爆!?」

エレナと取り巻きたちが悲鳴を上げる。

「嘘よ! そんな物騒なものが……!」

「試してみるか?」

リュカは冷酷な笑みを浮かべた。

「お前がその扇子を振り下ろせば……この辺り一面、美しい花火が見られるだろうな」

(嘘です! 爆発機能なんてついてません! ただネジが緩んだだけです!)

メフィアは心の中でツッコんだが、効果は覿面だった。

「ひ、ひぃぃぃ! お、覚えてらっしゃい!」

エレナたちは顔面蒼白になり、逃げ出した。

「あーあ。行っちゃいましたわ」

リリーは残念そうに人形を揺らした。

「でも、すごいですわメフィちゃん! ボディガードもできるなんて!」

「……はぁ。疲れました……」

メフィアはその場にへたり込んだ。

「よくやったぞ、メフィア(の人形)」

リュカは満足げに頷いた。

しかし、その目は笑っていなかった。

彼は、逃げていくエレナたちの背中ではなく、もっと別の方向――会場の陰にある茂みの方を、鋭く睨みつけていたのだ。

(……今の殺気。エレナのものではないな)

リュカの超人的な感覚が、本物の「悪意」を捉えていた。

単なる令嬢の嫉妬ではない。

もっと粘着質で、危険な視線が、リリーとメフィアに向けられている。

「……メフィア」

「はい?」

「私のそばから離れるなよ。……今日は、少し風が嫌な匂いを運んでいる」

「えっ? 肥やしの匂いですか?」

「……お前のそういう所、嫌いじゃないぞ」

リュカは苦笑しながら、メフィアの肩を抱き寄せた。

花祭りの華やかな喧騒の裏で。

黒い影が、音もなく忍び寄っていた。

次なる標的は、メフィアではなく――「太陽」のように笑う、あの少女だった。
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