「怒れる悪役令嬢」として婚約破棄されました。

パリパリかぷちーの

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「……で、できた」

リュカが満足げに呟いた。

「どうだ、メフィア。この溢れ出る『哀愁』と『狂気』……。まさに芸術だ」

作業台の上に置かれているのは、数時間かけて完成した新作のぬいぐるみである。

その名も『メフィア・ドール一号』。

モデルは当然、メフィアである。

しかし、その見た目は……。

「……旦那様。これ、どう見ても『ゾンビ』ですよね?」

メフィアは引きつった顔で指摘した。

黒い毛糸で作られた髪はボサボサで、目は左右非対称のボタン(片方は赤、片方は黒)。

口元には赤い糸で「×」印が縫い付けられ、なぜか手足が妙に長い。

そして極めつけは、胸元に埋め込まれた「心臓」を模した赤い宝石だ。

「どこがゾンビだ。この非対称な瞳は、お前の『挙動不審さ』を表現している。口のバッテンは『口下手』の象徴だ」

「悪口じゃないですか!」

「そして、この常に震えるギミック……」

リュカが人形の背中のねじを巻くと、人形は「カタカタカタカタ……」と不気味な音を立てて激しく震え出した。

「ひぃっ! 動きがリアルすぎて気持ち悪いです!」

「素晴らしい。……これでお前がいない時でも、この震えを堪能できる」

リュカは愛おしそうに人形を抱き上げた。

「名前は『メフィちゃん』にするか」

「やめてください! その子が動き出して私の寝首をかきに来そうで怖いです!」

そんな馬鹿げたやり取りをしているうちに、窓の外は漆黒の闇に包まれていた。

ヒューオオオオオオ!

風の音が、魔獣の咆哮のように響き渡る。

「……吹雪が強まったな」

リュカが窓の外を睨む。

「こりゃあ、今日は下山できんな」

「えっ」

メフィアの手が止まった。

「げ、下山できないって……まさか……」

「泊まりだ」

リュカはあっさりと宣告した。

「ええええええ!? こんな狭い小屋に!? 二人きりで!?」

「嫌なのか?」

「嫌というか……その……心の準備が……!」

「安心しろ。寝室は一つしかないが、ベッドはキングサイズだ」

「余計に安心できませんんん!」



こうして、強制的なお泊まりイベントが発生した。

暖炉の火だけが光源の薄暗い部屋。

外は極寒の吹雪。

中は密室。

「……寒い」

薪をくべても、山小屋の夜は冷え込む。

メフィアはソファの上で、再び毛布にくるまって震えていた。

「メフィア。……風邪を引くぞ」

「だ、大丈夫です……。このまま朝まで耐えます……」

「意地を張るな。……来い」

リュカがベッドから手招きする。

「お前は私の湯たんぽだろう? 役目を果たせ」

「人権を無視しないでください!」

抵抗虚しく、メフィアはリュカによってベッドに引きずり込まれた。

「ひゃうっ!」

「暴れるな。……隙間風が入る」

リュカはメフィアを背後から抱きすくめ、自分の体温で包み込んだ。

(あ……暖かい……)

悔しいけれど、リュカの体はストーブのように暖かかった。

背中に感じる逞しい胸板と、首筋にかかる吐息。

メフィアの心臓は、寒さとは別の理由で爆発しそうだった。

ドクン、ドクン、ドクン……。

「……また心臓がうるさいな」

リュカが耳元でクスクスと笑う。

「こ、これは人形の音です!」

「人形はあっちに置いてある」

リュカは指先で、メフィアの手を絡め取った。

「……メフィア」

「は、はい……」

「お前は、ここでの生活が嫌か?」

不意に、真面目なトーンで問われた。

「え……?」

「私の屋敷に来て、毎日脅かされて、こき使われて……。実家に帰りたいか?」

メフィアは少し考えた。

実家での生活。

家族からは「恥さらし」と疎まれ、部屋の隅で息を潜めていた日々。

それに比べて、今は。

毎日が命がけのジェットコースターだが、誰かに必要とされ(ペットとして)、誰かに触れられ(おもちゃとして)、誰かと笑い合っている(一方的に笑われている)。

「……帰りたく、ないです」

メフィアは小さく答えた。

「毎日怖いですけど……心臓止まりそうですけど……でも、旦那様と一緒にいるのは、退屈しませんから」

「……そうか」

リュカは満足げに頷くと、メフィアを抱きしめる力を少しだけ強めた。

「なら、ずっとここにいろ。……私が飽きるまでな」

「飽きたら捨てられるんですか!?」

「安心しろ。お前のそのリアクション、あと百年は飽きそうにない」

「百年後には死んでますよ!」

そんな軽口を叩き合いながら、二人はいつしか眠りに落ちていった。

外の猛吹雪が、二人を世界から切り離すように、一晩中吹き荒れていた。



翌朝。

「……旦那様! 大変です! 雪でドアが開きません!」

メフィアの悲鳴で目が覚めた。

一晩降り続いた雪で、山小屋は半分ほど埋もれてしまったらしい。

「ふむ。……閉じ込められたか」

リュカはあくびをしながら起き上がる。

「悠長なこと言ってる場合ですか! これじゃ餓死しますよ!」

「遭難ごっこも悪くないが……さすがに仕事があるからな」

リュカは『メフィア・ドール』を手に取ると、窓際に立った。

「少し騒がしくなるぞ」

「えっ?」

「救助隊が来る」

その時だった。

ドカァァァァァン!!

突然、小屋の入り口が爆発音と共に吹き飛んだ。

「ひぃぃぃぃっ!?」

メフィアが腰を抜かす。

砕け散ったドアの向こうから、雪煙を上げてなだれ込んできたのは、重装備の騎士団――領地警備隊の面々だった。

「閣下ァァァァ!! ご無事ですかァァァ!!」

「遅くなって申し訳ありません! 今すぐ救出いたします!」

数十人の騎士たちが、必死の形相で飛び込んでくる。

彼らは、リュカが「雪の精霊(メフィア)」にさらわれて、山小屋に監禁されたと思い込んでいたのだ。

「うわっ、人がいっぱい!」

メフィアはパニックになり、とっさに手近なものを掴んで構えた。

それは、あの『メフィア・ドール』だった。

カタカタカタカタ……!

人形が不気味な音を立てて震えている。

それを見た騎士たちが、一斉に悲鳴を上げた。

「で、出たァァァ!! あれが噂の『冬の女神』か!?」

「手に持っているのは何だ!? 呪いの人形か!?」

「見ろ! 人形の胸に赤い石が! あれは閣下の心臓を抜き取って封じ込めたものに違いない!」

(違います! ただのルビーです!)

騎士たちの妄想は止まらない。

「おのれ、魔女め! 閣下を返せ!」

「それ以上呪いを強めるなら、我々も容赦はせんぞ!」

剣を抜く騎士たち。

メフィアは涙目で首を振った。

「ち、違いますぅぅ! これ、旦那様の趣味で……!」

「言い訳無用!」

「待て」

殺気立つ騎士たちを、リュカの声が制した。

「騒ぐな。……私の安眠を妨害する気か?」

リュカは優雅にメフィアの肩を抱き寄せた。

「彼女は私を監禁などしていない。……むしろ、私が彼女を離さなかっただけだ」

「えっ? そ、それはどういう……」

騎士たちが困惑する。

リュカはニヤリと笑い、メフィアが持っている人形を指差した。

「そして、その人形は……二人の愛の結晶(共同制作)だ」

「「「愛の結晶……!?」」」

騎士たちの顔が一斉に赤らんだ。

「そ、そうか……。一夜を共に過ごし、新たな命(人形)が……」

「我々は野暮なことをしてしまったようだ……」

「撤収! 直ちに撤収だ! お二人を邪魔するな!」

騎士たちは凄まじい速さで整列し、敬礼した。

「お邪魔いたしました! お幸せに!」

「だから違うんですってばぁぁぁ!」

メフィアの訂正は、吹雪の中に虚しく消えていった。

こうして、メフィアは「冬の女神」に加え、「閣下と愛の結晶(呪いの人形)を作った女性」という、新たな伝説を領地に刻むことになったのである。

帰りのソリの中、リュカはご機嫌で『メフィア・ドール』のねじを巻いていた。

「カタカタ」と震えるその音は、メフィアの未来を暗示しているようだった。
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