悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「……いつまで張り付いていますの?」

私は、腕の中にいるリリーナさんを見下ろして、冷ややかに言い放ちました。

大広間の階段の上。

衆人環視の中、私は男爵令嬢をお姫様抱っこしたまま、石像のように固まっていました。

周囲からは、まだパラパラと拍手が続いています。

「離しなさい。貴女、意外と重いですわよ。その筋肉質な身体、ドレスの下に鉄板でも仕込んでいますの?」

「い、いえ……! これは純粋な筋肉の重みです! お姉様のスクワットのおかげで、下半身の密度が高まりました!」

「自慢げに言うことではありません! 早く下りなさい!」

私は腕を振りほどくようにして、リリーナさんを床に下ろしました。

ふう、と息をつきます。

二の腕が少しプルプルしています。やはり、ドレス姿で人間一人を抱えるのは無理がありました。

(……でも、これで『貸し』は作れましたわね)

私は気を取り直して、扇子を広げました。

ここで、悪役令嬢としての仕事を果たさなければなりません。

「リリーナさん。貴女、自分が何をしたか分かっていますの?」

私は声を張り上げ、周囲にも聞こえるようにしました。

「神聖なパーティーの最中に転ぶなんて、言語道断! 貴女の不注意のせいで、私の完璧な入場シーンが台無しになりかけましたわ!」

さあ、どうですか。

「助けておいて、恩着せがましく文句を言う嫌な女」に見えるでしょう?

リリーナさんはシュンと首を垂れました。

「……はい。おっしゃる通りです。私の不徳の致すところです」

「分かればよろしい。貴女のようなドジな娘は、この場に相応しくありません。とっとと退場……」

「ですが!」

リリーナさんがガバッと顔を上げました。

「お姉様は、そんな私の失態を、自らの身を呈してカバーしてくださいました! 『私の入場が台無しになる』とおっしゃいましたが、それは照れ隠しですよね!?」

「はい?」

「本当は、私が怪我をしないように、そして私がこれ以上恥をかかないように、あえて派手なパフォーマンスで注目を集め、私のミスを帳消しにしてくださった……!」

リリーナさんの瞳が潤んでいます。

「すべては、私を守るための計算! アミカブル様、貴女という人は……どこまで慈悲深いのですか!」

「違います! ただ単に、私の目の前で転ばれると、私が突き落としたように見えて迷惑だから……!」

「またまたー! そんなツンデレな言い訳、もう通用しませんよ!」

リリーナさんが私の手に頬擦りしてきます。

「私、一生ついていきます! お姉様こそ、私の騎士(ナイト)です!」

「やめなさい! 手脂がつきます!」

ダメです。言葉が通じません。

周囲の貴族たちも、「なんて美しい主従愛だ」「アミカブル様の深い配慮に涙が出る」「あえて悪ぶる姿が尊い」と、勝手に感動のストーリーを作り上げています。

そこへ、蚊帳の外に置かれていたフレデリック殿下が、寂しそうな顔で近づいてきました。

「あの……アミカ? 僕の出番は?」

「あ、いましたわね」

私は殿下の胸を扇子で叩きました。

「フレデリック。貴方のパートナーでしょう? しっかりと管理なさい。紐でもつけておけばよろしくてよ」

「紐って……犬じゃないんだから」

殿下は苦笑しながら、リリーナさんに手を差し伸べました。

「さあ、男爵令嬢。アミカにこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。続きを踊ろう」

これで軌道修正です。

さあ、リリーナさん。その手を取り、王子と甘いダンスを踊りなさい。そして恋に落ちるのです。

しかし。

リリーナさんは、殿下の手を見つめ、そして私を見つめ返しました。

「……嫌です」

「は?」

殿下の笑顔が固まりました。

「嫌って……どういうことだい?」

「私、今は殿下と踊る気分じゃありません。私の心臓は今、お姉様へのときめきでバクバクしているんです!」

「ええっ!?」

「この高鳴る鼓動のまま他の男性と踊るなんて、お姉様への裏切りです! 不貞行為です!」

「不貞行為じゃありません! 踊りなさい!」

私が背中を押しても、リリーナさんはテコでも動きません。

「ダメです! 私の足が『お姉様以外とはステップを踏みたくない』と言っています!」

「足が喋るな!」

会場がざわつき始めました。

「聞こえた? 男爵令嬢、王子を振ったわよ」

「アミカブル様への操(みさお)を立てたのか」

「三角関係……いや、百合の花園?」

変な誤解が広まっています。

これはいけません。王子のメンツが丸潰れです。

私は焦りました。

ここで殿下が恥をかけば、婚約者である私の責任問題に発展しかねません。

(……仕方ありませんわね)

私は決断しました。

「フレデリック。手を貸して」

「え? アミカ?」

「リリーナさんが踊らないなら、私が踊ります。この場の空気を収めるために、一曲だけ付き合ってあげますわ」

私は殿下の手を強引に取りました。

「えっ……! あ、アミカと踊れるのかい!?」

殿下の顔がパァァァッと輝きました。

「勘違いしないでくださいね。あくまで緊急避難的な措置です。貴方が可哀想だから同情しただけですわ」

「同情でもいい! アミカ、愛しているよ!」

「うるさい。ステップに集中しなさい」

楽団が気を利かせて、新しい曲を演奏し始めました。

私は殿下と踊り始めました。

タン、タン、ターン。

(……チッ。やはり、リリーナさんより動きが鈍いですわね)

殿下のリードは教科書通りで丁寧ですが、刺激が足りません。

私はイライラして、つい主導権を握ってしまいました。

「遅いですわフレデリック! もっと鋭く!」

「うわっ、アミカのリード、強引だけど気持ちいい!」

「そこは回転です! 遠心力に負けない!」

「目が回る……けど幸せだ!」

結局、私が殿下を振り回すようなダンスになってしまいましたが、会場は大盛り上がりでした。

「さすがアミカブル様……王子をリードするなんて」

「あの方こそ、真の女王(クイーン)だわ」

そして、フロアの隅では。

リリーナさんがハンカチを噛み締めながら、血涙を流さんばかりの形相で私たちを見つめていました。

「くっ……お姉様と殿下が踊っている……! 羨ましい……! あそこは私の場所だったのに……!」

(よしよし、嫉妬していますわね!)

私は踊りながら、リリーナさんの様子を確認してニヤリとしました。

これです。

「王子が他の女(私)と踊っているのを見て、嫉妬の炎を燃やす」。

これで彼女は自分の恋心に気づくはず。

「おのれ殿下……! 私の『お姉様』を独り占めするなんて……! 次は負けませんからね!」

……ん?

何か、嫉妬の対象が逆じゃありませんこと?

曲が終わり、私は殿下の手を離しました。

「満足しましたか? カボチャ王子」

「最高だったよ、アミカ。君となら地獄の底までワルツを踊れそうだ」

「地獄は一人で行ってください」

私は扇子を開き、優雅に退場しようとしました。

「待ってください、お姉様!」

リリーナさんが駆け寄ってきます。

「私とも! 私とも踊ってください!」

「お断りです。疲れました」

「ズルいです! 殿下だけ!」

「僕の勝ちだね、男爵令嬢」

「ムキーッ!」

殿下とリリーナさんが、私の左右でギャーギャーと騒ぎ始めました。

私は頭痛をこらえながら、会場を後にしました。

廊下に出ると、シドが壁からぬらりと現れました。

「お疲れ様です、アミカブル様。見事な危機管理(リカバリー)でした」

「……見ていましたの?」

「はい。階段落ちを防ぎ、王子の面目を保ち、男爵令嬢の忠誠心を高める。一石三鳥の神業、感服いたしました」

「違います。私はただ、全員に嫌がらせをしたかっただけです」

「ご謙遜を。……しかし、一つご報告が」

シドが声を潜めました。

「何ですの?」

「会場の貴族たちの間で、新たな噂が広まっております」

「噂?」

「『アミカブル様は、男爵令嬢と王子の仲を取り持つために、あえて悪役を演じているが、実は男爵令嬢のことも愛しているのではないか』と」

「はあ!?」

「『慈愛の女神は、性別の垣根さえも超える』……そんな神話が生まれつつあります」

「消しなさい! その噂、今すぐ消去しなさい!」

私は叫びました。

私の目指す「悪役令嬢」像が、どんどん歪んでいきます。

「聖女」を超えて、「博愛の女神」になりつつある現状。

これはマズイです。非常にマズイです。

「……もう、こうなったら直接的な行動に出るしかありませんわ」

私は拳を握りしめました。

「噂を塗り替えるには、より大きなスキャンダルが必要です。次は……そう、隣国の王子を巻き込みましょう」

確か、近々隣国から視察団が来るはずです。

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彼と浮名を流せば、フレデリック殿下も愛想を尽かし、国民も「アミカブルはふしだらな女だ」と軽蔑してくれるはず!

「待っていなさい、隣国の王子。貴方を私の『悪女計画』のダシに使わせていただきますわ!」

私が不敵な笑みを浮かべていると、背後から「お姉様ー! 待ってくださいー!」とリリーナさんが猛ダッシュしてきましたが、私はドレスの裾をまくり上げ、全力で逃走しました。
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