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「リリーナさん。貴女、その格好で夜会に参加するおつもり?」
放課後。私はリリーナさんを公爵家の屋敷に連行し、彼女の私服を見て呆れ返りました。
彼女が着ているのは、どこかの商店街のセールで買ったであろう、謎の英字(『I LOVE POTATO』と書いてあります)がプリントされたTシャツと、色あせたデニムスカートです。
「えっ? ダメですか? これ、動きやすくて通気性も抜群なんですけど」
リリーナさんがTシャツの裾をパタパタさせます。
「ダメに決まっていますわ! そんな格好で王城に入ったら、不審者として即座に牢屋行きです!」
私は扇子で彼女の『POTATO』の文字を隠しました。
「いいですか? 来週の歓迎パーティーは、貴女にとって戦場です。フレデリック殿下を落とすための勝負服が必要なのです!」
「勝負服……! つまり、鎖帷子(クサリカタビラ)ですか?」
「違います! ドレスです!」
この娘、思考回路がどんどん武闘派になっています。誰のせいでしょう。(私です)
私はため息をつき、部屋に控えていたお抱えの仕立屋(マダム・ニードル)を呼びました。
「マダム。この芋娘に相応しいドレスを見繕ってちょうだい」
「かしこまりました、アミカブル様」
マダムがメジャーを持ってリリーナさんに近づきます。
ここで、私にはある作戦がありました。
本来なら、ヒロインにはピンクやパステルの可愛らしいドレスを着せ、王子の目を引かせるのがセオリーです。
しかし、それでは面白くありません。
私はあえて、彼女に**「超・地味なドレス」**を着せることにしました。
色は、土気色に近いベージュか、苔のような深緑。
フリルなし、レースなし、リボンなし。
まるで壁紙かカーテンのような、誰の記憶にも残らない「モブキャラ用ドレス」。
これを着せれば、彼女は華やかな会場で完全に浮き、あるいは空気となり、誰からも相手にされず惨めな思いをするでしょう。
そこへフレデリック殿下が現れ、「外見ではなく中身だ」と彼女を庇えば、愛が芽生える……というシナリオです。
(完璧ですわ。我ながら意地が悪い!)
私はほくそ笑みました。
「マダム。デザインは極力シンプルに。色はそうね……『枯れ木ブラウン』か『ドブ川グレー』あたりでお願いするわ」
「は、はい……? 枯れ木とドブ川、でございますか?」
「ええ。装飾は一切不要よ。宝石も禁止。ただの布切れを巻きつけたような、質素極まりないものにしなさい」
マダムは困惑顔でしたが、私の強い視線に押され、「承知いたしました……最高級の技術で『質素』を表現してみせます」と頭を下げました。
リリーナさんはと言えば、「枯れ木……なるほど、自然と一体化する迷彩効果ですね!」と目を輝かせています。
相変わらずポジティブな解釈です。
◇
数日後。
完成したドレスの試着会が行われました。
「さあ、着替えてらっしゃい」
私が更衣室にリリーナさんを押し込み、数分後。
カーテンがシャッ! と開きました。
「お待たせしました、お姉様! いかがでしょうか!」
現れたリリーナさんを見て、私は――。
「……は?」
言葉を失いました。
そこにいたのは、確かに私が注文した通りの「装飾のない、グレーがかったベージュ(グレージュ)のドレス」を着た少女でした。
しかし。
「……な、何故ですの?」
なぜ、こんなに**「洗練されて」**見えるのですか!?
理由はすぐに分かりました。
まず、私の「安物は許さない」という美学(悪役としてのプライド)が邪魔をして、生地に最高級のシルクを使ってしまったこと。
そのせいで、地味なはずの色が、光の加減で真珠のような上品な光沢を放っています。
次に、装飾を削ぎ落としたシンプルなデザインが、リリーナさんの鍛え上げられた肉体美(私がスクワットさせたせい)を際立たせていること。
引き締まったウエスト、スッと伸びた背筋、無駄のない肢体。
余計なフリルがない分、彼女の素材の良さがダイレクトに伝わってきます。
これは「地味」ではありません。
現代風に言えば「ミニマリズム」であり、「シック」であり、「大人の余裕」です。
「うわぁ……すごい……」
控えていたメイドたちが、思わずため息を漏らしました。
「まるで、都会のモデルさんみたい……」
「ごちゃごちゃ飾らないのが、逆に自信を感じさせるわ」
「『素材で勝負』って感じね。さすがアミカブル様のコーディネートだわ」
称賛の嵐です。
違います。私は彼女を「掃除婦」みたいにしたかったのです。
「ど、どうですかお姉様? 変じゃないですか?」
リリーナさんが不安そうに私を見ます。
「動きやすいです! 肩周りに飾りがついていないので、これならいつでもパンチが打てます!」
シュッシュッ!
リリーナさんがシャドーボクシングを始めました。
その動きに合わせて、シルクのドレスが流れるように波打ちます。
美しい。
悔しいけれど、動く芸術品のようです。
「……チッ」
私は舌打ちしました。
「……まあ、悪くはありませんわね(敗北)」
「本当ですか! やったー! ありがとうございます!」
リリーナさんが飛びついてきました。
「この色、落ち着きます! 畑の土を思い出して、心が安らぎます!」
「土じゃありません! 『シャンパン・グレージュ』です!」
私はとっさに色の名前を捏造して誤魔化しました。
そこへ、騒ぎを聞きつけたフレデリック殿下がやってきました。
「やあ、試着中かな。……おや?」
殿下はリリーナさんを見て、目を丸くしました。
「これは驚いた。男爵令嬢、見違えたな」
「殿下! 見てください、お姉様が選んでくださった戦闘服です!」
「戦闘服……いや、ドレスだね」
殿下は感心したように頷き、私に向き直りました。
「さすがアミカだ。彼女の活発な性格と、健康的な魅力を最大限に引き出すために、あえて『引き算』の美学を取り入れるとは」
「……」
「派手なドレスを着せれば、彼女は『猿が衣装を着ている』ように見えてしまっただろう。だが、このシンプルさは彼女の内面の強さを表しているようだ。君のプロデュース能力には脱帽だよ」
殿下が拍手します。
違うんです。
私は猿に衣装を着せて笑い者にしたかったんです。
でも、結果として「素材を活かした名プロデューサー」になってしまいました。
「……もう、勝手になさい」
私はふてくされて窓の外を見ました。
「ですが、これで準備は整いましたわ。当日はそのドレスで、殿下をしっかりとエスコートなさい(逆ですけど)」
「はい! 任せてください! 殿下に指一本触れさせません!」
「だから目的が違いますってば!」
◇
そして、パーティー当日。
王城の大広間は、着飾った貴族たちで溢れかえっていました。
シャンデリアが輝き、楽団が優雅なワルツを奏でています。
私は、あえて一番目立つ深紅のドレス(悪役カラー)を身に纏い、扇子を広げて高みの見物を決め込んでいました。
「さあ、リリーナさん。あのシックなドレスで登場し、殿下と踊るのです。そうすれば、周囲は『あの地味な子は誰?』とざわめき、殿下が『彼女こそ僕のパートナーだ』と宣言する……」
妄想は完璧です。
「フレデリック殿下、並びに特待生リリーナ・ボット嬢の入場です!」
重厚な扉が開き、二人が現れました。
一瞬、会場が静まり返りました。
そして。
「おお……!」
どよめきが走りました。
正装したフレデリック殿下の隣を歩く、リリーナさん。
彼女のドレスは、色こそ地味ですが、そのシルエットの美しさと、堂々とした歩き方(体幹トレーニングの成果)が相まって、圧倒的な存在感を放っていました。
周囲の令嬢たちが、フリル満載のドレスを着ている中、彼女のシンプルさは逆に際立っています。
「あの方、どこの令嬢?」
「なんて洗練された装いなの」
「今年の流行は『シンプル』なのかしら?」
「隣を歩く殿下も誇らしげだわ」
大成功です。
いいえ、私の目的としては大失敗です。
「くっ……なぜですの! なぜ『地味すぎて笑われる』展開になりませんの!?」
私がハンカチを噛んでいると、ダンスの曲が始まりました。
殿下がリリーナさんに手を差し伸べます。
「踊ってくれるかい、レディ」
「はい、殿下。……お手合わせ願います!」
「手合わせ!?」
リリーナさんが殿下の手を取り、ダンスフロアへ。
そこで繰り広げられたのは、優雅なワルツ――ではなく、高速のステップ合戦でした。
「ワンツー! ワンツー!」
「速いな! だがついていくぞ!」
二人の動きはキレッキレです。
私のスパルタレッスンと、殿下の執務マシーン化による処理能力の向上が融合し、二人はコマのように回転しています。
ザザザザッ!
風圧が発生し、周囲のカップルが「きゃあ!」と吹き飛ばされていきます。
「すごすぎる……あのステップ、残像が見えるぞ」
「二人の世界だ……誰も入り込めない……」
会場は拍手喝采。
私は呆然と立ち尽くしました。
「……まあ、いいですわ」
私は自分に言い聞かせました。
「二人が目立って、仲良くなればそれでいいのです。ほら、あんなに楽しそうに……」
見ると、リリーナさんが回転しながら殿下に何か叫んでいます。
「殿下! 足腰が甘いです! もっと腰を落として!」
「厳しいな! だが悪くない!」
……楽しそうなら、よしとしましょう。
私は一人、壁の花となってヤケ酒(ノンアルコール)をあおるのでした。
しかし、私の平穏は長くは続きませんでした。
ズザザザッ!
リリーナさんが何もないところでバランスを崩しました。
「あっ」
彼女のヒールが、ドレスの裾に引っかかったのです。
「きゃあ!」
彼女の体が大きく傾きます。
その先には――階段がありました。
「危ない!!」
会場に悲鳴が上がります。
殿下の位置からは手が届きません。
(……ッ!)
私の体は、思考するよりも先に動いていました。
「何やってますの、このドジっ子!」
私はドレスの裾を蹴り上げ、シド直伝(見て覚えた)の瞬歩で駆け出しました。
「お姉様!?」
リリーナさんが階段から落ちる寸前。
私は滑り込み、彼女の身体をガシッと受け止めました。
「――っ!!」
衝撃が走りますが、私は踏ん張りました。
そのまま勢いを利用して、彼女を華麗に「お姫様抱っこ」しました。
シーン……。
会場が凍りつきました。
階段の上で、男爵令嬢をお姫様抱っこする、悪役令嬢(私)。
「……怪我はありませんか、馬鹿者」
私が息を切らせて尋ねると、リリーナさんは真っ赤な顔で私を見上げました。
「お、お姉様……」
「自分のドレスの裾くらい、管理しなさい。美しくありませんわよ」
私がフンと鼻を鳴らすと、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
「キャーッ! アミカブル様ーっ!!」
「なんて男前なの!」
「とっさの判断力! そしてあの腕力!」
「麗しの騎士(ナイト)だわ!」
またです。
またしても、私の評価が爆上がりしてしまいました。
「下ろしなさい! 早く! 重いですわ!」
私が暴れるリリーナさんを下ろそうとすると、彼女は私の首に腕を回して離しませんでした。
「離しません! 一生ついていきます!」
遠くでフレデリック殿下が、「僕の出番が……またアミカに美味しいところを持っていかれた……」と膝をついているのが見えましたが、私はそれどころではありませんでした。
こうして、歓迎パーティーは「アミカブル様の伝説」の1ページとして幕を閉じたのです。
放課後。私はリリーナさんを公爵家の屋敷に連行し、彼女の私服を見て呆れ返りました。
彼女が着ているのは、どこかの商店街のセールで買ったであろう、謎の英字(『I LOVE POTATO』と書いてあります)がプリントされたTシャツと、色あせたデニムスカートです。
「えっ? ダメですか? これ、動きやすくて通気性も抜群なんですけど」
リリーナさんがTシャツの裾をパタパタさせます。
「ダメに決まっていますわ! そんな格好で王城に入ったら、不審者として即座に牢屋行きです!」
私は扇子で彼女の『POTATO』の文字を隠しました。
「いいですか? 来週の歓迎パーティーは、貴女にとって戦場です。フレデリック殿下を落とすための勝負服が必要なのです!」
「勝負服……! つまり、鎖帷子(クサリカタビラ)ですか?」
「違います! ドレスです!」
この娘、思考回路がどんどん武闘派になっています。誰のせいでしょう。(私です)
私はため息をつき、部屋に控えていたお抱えの仕立屋(マダム・ニードル)を呼びました。
「マダム。この芋娘に相応しいドレスを見繕ってちょうだい」
「かしこまりました、アミカブル様」
マダムがメジャーを持ってリリーナさんに近づきます。
ここで、私にはある作戦がありました。
本来なら、ヒロインにはピンクやパステルの可愛らしいドレスを着せ、王子の目を引かせるのがセオリーです。
しかし、それでは面白くありません。
私はあえて、彼女に**「超・地味なドレス」**を着せることにしました。
色は、土気色に近いベージュか、苔のような深緑。
フリルなし、レースなし、リボンなし。
まるで壁紙かカーテンのような、誰の記憶にも残らない「モブキャラ用ドレス」。
これを着せれば、彼女は華やかな会場で完全に浮き、あるいは空気となり、誰からも相手にされず惨めな思いをするでしょう。
そこへフレデリック殿下が現れ、「外見ではなく中身だ」と彼女を庇えば、愛が芽生える……というシナリオです。
(完璧ですわ。我ながら意地が悪い!)
私はほくそ笑みました。
「マダム。デザインは極力シンプルに。色はそうね……『枯れ木ブラウン』か『ドブ川グレー』あたりでお願いするわ」
「は、はい……? 枯れ木とドブ川、でございますか?」
「ええ。装飾は一切不要よ。宝石も禁止。ただの布切れを巻きつけたような、質素極まりないものにしなさい」
マダムは困惑顔でしたが、私の強い視線に押され、「承知いたしました……最高級の技術で『質素』を表現してみせます」と頭を下げました。
リリーナさんはと言えば、「枯れ木……なるほど、自然と一体化する迷彩効果ですね!」と目を輝かせています。
相変わらずポジティブな解釈です。
◇
数日後。
完成したドレスの試着会が行われました。
「さあ、着替えてらっしゃい」
私が更衣室にリリーナさんを押し込み、数分後。
カーテンがシャッ! と開きました。
「お待たせしました、お姉様! いかがでしょうか!」
現れたリリーナさんを見て、私は――。
「……は?」
言葉を失いました。
そこにいたのは、確かに私が注文した通りの「装飾のない、グレーがかったベージュ(グレージュ)のドレス」を着た少女でした。
しかし。
「……な、何故ですの?」
なぜ、こんなに**「洗練されて」**見えるのですか!?
理由はすぐに分かりました。
まず、私の「安物は許さない」という美学(悪役としてのプライド)が邪魔をして、生地に最高級のシルクを使ってしまったこと。
そのせいで、地味なはずの色が、光の加減で真珠のような上品な光沢を放っています。
次に、装飾を削ぎ落としたシンプルなデザインが、リリーナさんの鍛え上げられた肉体美(私がスクワットさせたせい)を際立たせていること。
引き締まったウエスト、スッと伸びた背筋、無駄のない肢体。
余計なフリルがない分、彼女の素材の良さがダイレクトに伝わってきます。
これは「地味」ではありません。
現代風に言えば「ミニマリズム」であり、「シック」であり、「大人の余裕」です。
「うわぁ……すごい……」
控えていたメイドたちが、思わずため息を漏らしました。
「まるで、都会のモデルさんみたい……」
「ごちゃごちゃ飾らないのが、逆に自信を感じさせるわ」
「『素材で勝負』って感じね。さすがアミカブル様のコーディネートだわ」
称賛の嵐です。
違います。私は彼女を「掃除婦」みたいにしたかったのです。
「ど、どうですかお姉様? 変じゃないですか?」
リリーナさんが不安そうに私を見ます。
「動きやすいです! 肩周りに飾りがついていないので、これならいつでもパンチが打てます!」
シュッシュッ!
リリーナさんがシャドーボクシングを始めました。
その動きに合わせて、シルクのドレスが流れるように波打ちます。
美しい。
悔しいけれど、動く芸術品のようです。
「……チッ」
私は舌打ちしました。
「……まあ、悪くはありませんわね(敗北)」
「本当ですか! やったー! ありがとうございます!」
リリーナさんが飛びついてきました。
「この色、落ち着きます! 畑の土を思い出して、心が安らぎます!」
「土じゃありません! 『シャンパン・グレージュ』です!」
私はとっさに色の名前を捏造して誤魔化しました。
そこへ、騒ぎを聞きつけたフレデリック殿下がやってきました。
「やあ、試着中かな。……おや?」
殿下はリリーナさんを見て、目を丸くしました。
「これは驚いた。男爵令嬢、見違えたな」
「殿下! 見てください、お姉様が選んでくださった戦闘服です!」
「戦闘服……いや、ドレスだね」
殿下は感心したように頷き、私に向き直りました。
「さすがアミカだ。彼女の活発な性格と、健康的な魅力を最大限に引き出すために、あえて『引き算』の美学を取り入れるとは」
「……」
「派手なドレスを着せれば、彼女は『猿が衣装を着ている』ように見えてしまっただろう。だが、このシンプルさは彼女の内面の強さを表しているようだ。君のプロデュース能力には脱帽だよ」
殿下が拍手します。
違うんです。
私は猿に衣装を着せて笑い者にしたかったんです。
でも、結果として「素材を活かした名プロデューサー」になってしまいました。
「……もう、勝手になさい」
私はふてくされて窓の外を見ました。
「ですが、これで準備は整いましたわ。当日はそのドレスで、殿下をしっかりとエスコートなさい(逆ですけど)」
「はい! 任せてください! 殿下に指一本触れさせません!」
「だから目的が違いますってば!」
◇
そして、パーティー当日。
王城の大広間は、着飾った貴族たちで溢れかえっていました。
シャンデリアが輝き、楽団が優雅なワルツを奏でています。
私は、あえて一番目立つ深紅のドレス(悪役カラー)を身に纏い、扇子を広げて高みの見物を決め込んでいました。
「さあ、リリーナさん。あのシックなドレスで登場し、殿下と踊るのです。そうすれば、周囲は『あの地味な子は誰?』とざわめき、殿下が『彼女こそ僕のパートナーだ』と宣言する……」
妄想は完璧です。
「フレデリック殿下、並びに特待生リリーナ・ボット嬢の入場です!」
重厚な扉が開き、二人が現れました。
一瞬、会場が静まり返りました。
そして。
「おお……!」
どよめきが走りました。
正装したフレデリック殿下の隣を歩く、リリーナさん。
彼女のドレスは、色こそ地味ですが、そのシルエットの美しさと、堂々とした歩き方(体幹トレーニングの成果)が相まって、圧倒的な存在感を放っていました。
周囲の令嬢たちが、フリル満載のドレスを着ている中、彼女のシンプルさは逆に際立っています。
「あの方、どこの令嬢?」
「なんて洗練された装いなの」
「今年の流行は『シンプル』なのかしら?」
「隣を歩く殿下も誇らしげだわ」
大成功です。
いいえ、私の目的としては大失敗です。
「くっ……なぜですの! なぜ『地味すぎて笑われる』展開になりませんの!?」
私がハンカチを噛んでいると、ダンスの曲が始まりました。
殿下がリリーナさんに手を差し伸べます。
「踊ってくれるかい、レディ」
「はい、殿下。……お手合わせ願います!」
「手合わせ!?」
リリーナさんが殿下の手を取り、ダンスフロアへ。
そこで繰り広げられたのは、優雅なワルツ――ではなく、高速のステップ合戦でした。
「ワンツー! ワンツー!」
「速いな! だがついていくぞ!」
二人の動きはキレッキレです。
私のスパルタレッスンと、殿下の執務マシーン化による処理能力の向上が融合し、二人はコマのように回転しています。
ザザザザッ!
風圧が発生し、周囲のカップルが「きゃあ!」と吹き飛ばされていきます。
「すごすぎる……あのステップ、残像が見えるぞ」
「二人の世界だ……誰も入り込めない……」
会場は拍手喝采。
私は呆然と立ち尽くしました。
「……まあ、いいですわ」
私は自分に言い聞かせました。
「二人が目立って、仲良くなればそれでいいのです。ほら、あんなに楽しそうに……」
見ると、リリーナさんが回転しながら殿下に何か叫んでいます。
「殿下! 足腰が甘いです! もっと腰を落として!」
「厳しいな! だが悪くない!」
……楽しそうなら、よしとしましょう。
私は一人、壁の花となってヤケ酒(ノンアルコール)をあおるのでした。
しかし、私の平穏は長くは続きませんでした。
ズザザザッ!
リリーナさんが何もないところでバランスを崩しました。
「あっ」
彼女のヒールが、ドレスの裾に引っかかったのです。
「きゃあ!」
彼女の体が大きく傾きます。
その先には――階段がありました。
「危ない!!」
会場に悲鳴が上がります。
殿下の位置からは手が届きません。
(……ッ!)
私の体は、思考するよりも先に動いていました。
「何やってますの、このドジっ子!」
私はドレスの裾を蹴り上げ、シド直伝(見て覚えた)の瞬歩で駆け出しました。
「お姉様!?」
リリーナさんが階段から落ちる寸前。
私は滑り込み、彼女の身体をガシッと受け止めました。
「――っ!!」
衝撃が走りますが、私は踏ん張りました。
そのまま勢いを利用して、彼女を華麗に「お姫様抱っこ」しました。
シーン……。
会場が凍りつきました。
階段の上で、男爵令嬢をお姫様抱っこする、悪役令嬢(私)。
「……怪我はありませんか、馬鹿者」
私が息を切らせて尋ねると、リリーナさんは真っ赤な顔で私を見上げました。
「お、お姉様……」
「自分のドレスの裾くらい、管理しなさい。美しくありませんわよ」
私がフンと鼻を鳴らすと、会場から割れんばかりの拍手が巻き起こりました。
「キャーッ! アミカブル様ーっ!!」
「なんて男前なの!」
「とっさの判断力! そしてあの腕力!」
「麗しの騎士(ナイト)だわ!」
またです。
またしても、私の評価が爆上がりしてしまいました。
「下ろしなさい! 早く! 重いですわ!」
私が暴れるリリーナさんを下ろそうとすると、彼女は私の首に腕を回して離しませんでした。
「離しません! 一生ついていきます!」
遠くでフレデリック殿下が、「僕の出番が……またアミカに美味しいところを持っていかれた……」と膝をついているのが見えましたが、私はそれどころではありませんでした。
こうして、歓迎パーティーは「アミカブル様の伝説」の1ページとして幕を閉じたのです。
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