悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「待ちなさい! 認めません! 絶対に認めませんわ!」

歓声と拍手が渦巻く大広間の中心で、私はヨロヨロと立ち上がりました。

ドレスの裾は乱れ、髪も少し崩れていますが、そんなことを気にしている場合ではありません。

「いいですか、皆さん! 騙されてはいけません! 先ほどのリリーナさんの発言は、恐怖のあまり錯乱して口走った妄言です! 私は本当に性格の悪い女なのです!」

私は必死に叫びました。

ここで流れを止めなければ、私の人生は「聖女コース」一直線です。

しかし、私の訴えに対して、リリーナさんがマイク(拡声魔法具)を握りしめ、力強く反論しました。

「いいえ、錯乱などしておりません! 皆さん、アミカブル様はまだご自分の功績を隠そうとしておられます! これほどの謙虚さ……やはり国宝級です!」

「謙虚じゃありません! 事実を隠蔽しようとしているのは貴女です!」

「わかりました。アミカブル様がそこまで否定されるなら、私が『証拠』をお見せしましょう!」

リリーナさんがバッと手を挙げました。

「証人の皆さん、前へ!」

「えっ?」

ザッ、ザッ、ザッ……!

会場の四方八方から、数人の男女が歩み出てきました。

騎士団のシド、メイド長のマーサ、財務大臣、そして学園の生徒たち。

彼らは皆、真剣な眼差しで私を見つめ、そして一列に並びました。

まるで裁判の証言台です。

「これより、アミカブル様の『隠された善行』を暴く、緊急告発会を行います!」

リリーナさんが高らかに宣言しました。

「やめなさい! それは公開処刑と同じ意味ですわよ!」

私の抗議は無視され、最初の証人がマイクの前に立ちました。

トップバッターは、護衛騎士のシドです。

「証言します」

シドは低い声で語り始めました。

「アミカブル様は、私に対して『視界から消えろ』『呼吸をするな』と命じられました」

会場がざわつきます。

「おお、なんと酷い……」
「やはり悪女なのか?」

よし! その調子です! シド、もっと言ってやりなさい!

しかし、シドは胸を張って続けました。

「ですが、それは『敵に気配を悟られずに護衛せよ』という、高度な隠密訓練の指令だったのです!」

「はあ?」

「あのご指導のおかげで、私は今や『影の騎士』としての能力を開花させました。先日も、城に侵入しようとしたネズミを一匹、気配だけで感知し捕獲しました。すべてはアミカブル様のスパルタ指導のおかげです!」

シドが私に向かって敬礼しました。

「アミカブル様、ありがとうございます! 貴女様は、我が騎士団の母です!」

「母じゃありません! ただ目障りだっただけです!」

私の反論も虚しく、会場からは「素晴らしい指導力だ」「厳しさの中に愛がある」と拍手が起こります。

次に進み出たのは、メイド長のマーサでした。

「私も証言いたします」

彼女は涙ぐんでいました。

「アミカブル様は、私たちメイドに対し、『窓ガラスの角度は四十五度』『埃一粒も見逃すな』という、常軌を逸した清掃マニュアルを突きつけられました」

「そうだ! パワハラだ!」

私は叫びました。

「最初は私たちも恨みました。しかし……そのマニュアル通りに掃除をした結果、城内の空気が浄化され、長年陛下を悩ませていた喘息の発作が止まったのです!」

「えっ、そうなの?」

私も初耳です。

「アミカブル様は、陛下の健康を気遣い、あえて私たちに過酷な掃除を命じたのです! その深い配慮……まさに『清浄の女神』です!」

「違います! ただ単に私が潔癖症なだけです!」

「女神万歳! 女神万歳!」

会場のメイドたちが合唱を始めました。

続いて、財務大臣が進み出ました。

「私の番ですな」

大臣はニコニコ顔で、グラフの書かれたボードを掲げました。

「アミカブル様は、『子供は草を食え』と言って孤児院の予算をカットし、『贅沢は敵だ』と言って法外な税をかけられました」

「鬼だ! 悪魔だ!」

私は自分を罵倒しました。

「しかし! その結果がこれです!」

大臣がボードをめくると、右肩上がりのグラフが現れました。

「孤児たちは農業で自立し、笑顔を取り戻しました! 国内産業は活性化し、税収は過去最高を記録! アミカブル様は、停滞していたこの国の経済を、たった一週間でV字回復させた『救国のエコノミスト』なのです!」

「偶然です! 全部たまたまです!」

「いいえ、計算ずくでしょう。貴女様が夜なべして予算案に書き込んだ赤ペンの跡……あれは血の滲むような努力の証でした!」

「ただの殴り書きです!」

次々と上がる称賛の声。

「私は彼女に、似合わない色のドレスを指摘されて救われた!」(とある令嬢)

「俺は彼女に罵倒されて、Mの扉を開いた!」(とある貴族)

「アミカブル様の不機嫌な顔を見ると、ご飯が三杯食べられる!」(熱狂的なファン)

止まりません。

私のこれまでの「悪事」が、すべてオセロのようにひっくり返され、「善行」という名の白い石に変わっていきます。

「やめて……もうやめて……」

私は耳を塞ぎました。

これは拷問です。

善意のシャワーという名の、精神的拷問です。

そして最後に、リリーナさんがマイクを握り直しました。

「皆さん、聞きましたね? これがアミカブル様の真実です!」

彼女は私の方を向き、慈母のような微笑みを浮かべました。

「お姉様。もう、いいんですよ」

「何がですの?」

「悪役の仮面は、もう必要ありません。貴女がどれだけ自分を傷つけ、泥を被ろうとしても、私たちがその泥を拭い去ります。だって……貴女は私たちの太陽なんですから!」

「うおおおおおっ!!」

会場のボルテージは最高潮に達しました。

誰かが叫びました。

「アミカブル様、聖女認定!」

「いや、国母だ!」

「銅像を建てよう! 今すぐ!」

私はフラフラと後ずさりし、背後の壁にぶつかりました。

逃げ場がありません。

四面楚歌ならぬ、四面賛歌。

私の「悪役令嬢計画」は、完全に、徹底的に、根底から覆されました。

「……こんなの……こんなの……」

私はガックリと膝をつき、絞り出すように呟きました。

「……私のシナリオと違いますわ……」

その姿さえも、「感極まって泣き崩れる聖女様」として美しく解釈されていることに、私は気づいていませんでした。

そして、この熱狂の渦の中心で、静かに、しかし熱い視線で私を見つめる一人の男――フレデリック殿下が、ゆっくりと口を開こうとしていました。

(まだ……まだトドメがあるのですか……?)

私は絶望の淵で、彼の言葉を待ちました。
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