悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「……終わった」

私は壁に寄りかかり、燃え尽きた灰のようになっていました。

リリーナさん主催の『アミカブル様・聖女認定式(通称:公開処刑)』が終わり、会場は感動の余韻に包まれています。

誰もが私を崇め、誰もが私に感謝している。

私の計画した『悪役令嬢としての破滅』は、完全に失敗しました。

「帰りたい……。今すぐ実家に帰って、布団を被ってふて寝したい……」

私がうわ言のように呟いていると、まだ終わっていなかったようです。

コツ、コツ、コツ。

静寂を取り戻したステージに、一人の男が上がりました。

純白のタキシードに身を包んだ、この国の第一王子。

私の婚約者、フレデリック殿下です。

彼はマイクを握ると、会場を見渡し、そして最後に視線を私に固定しました。

「皆さん。リリーナ嬢や他の証人たちの言葉、しかと胸に刻みましたね」

殿下のよく通る声が響きます。

「ですが、まだ足りない。アミカブルという女性の『真の偉大さ』を知るには、一番近くにいた僕の言葉が必要です」

「……っ!?」

私はビクリと体を震わせました。

まだ言うのですか?

まだ私の善行(という名の勘違い)を掘り返すつもりですか?

(……待ってください)

私はハッとしました。

フレデリック殿下だけは、被害のレベルが違います。

他の人々は「結果的に良くなった」ケースが多いですが、彼は直接的に罵倒され、書類を投げつけられ、心を傷つけられた当事者です。

もしかしたら。

もしかしたら、彼はこの流れに逆らって、「だが、僕は許さない!」と言ってくれるかもしれません。

「フレデリック……!」

私は期待に満ちた瞳で彼を見つめました。

言って! 言ってやりなさい!

『アミカブルは僕のプライドを傷つけた最低の女だ!』と!

殿下は、私の視線を受けて深く頷きました。

そして、重々しく口を開きました。

「僕は……彼女に虐げられてきました」

おおっ! 来ました!

会場がざわつきます。

「虐げられた? 殿下が?」
「やはり、裏では酷いことを……?」

いいぞ、その調子です!

殿下は悲痛な面持ちで語り続けました。

「毎日、執務室に怒鳴り込まれ、『カボチャ』『腐ったナスビ』『節穴』と罵られました。分厚い書類の束で頭を叩かれ、徹夜での労働を強制されました」

「ひどい……」
「なんてことだ……」

空気が変わってきました。

私が望んでいた「ドン引き」の空気です!

「食事の時間すら削られ、トイレに行くのにも許可が必要でした。僕が弱音を吐けば、『男なら死ぬ気で働きなさい』と冷たく突き放されました」

「……ゴクリ」

会場の誰もが息を飲みました。

さすがにこれは擁護できないでしょう。ただのDVですもの。

私は心の中でガッツポーズをしました。

(勝った! ついに勝ったわ! これで婚約破棄は確定!)

さあ、最後の決め台詞をお願いします!

殿下は一度目を伏せ、そしてカッと目を見開きました。

「――だが!!」

「え?」

「だが、その地獄のような日々こそが、僕にとっての『至福』だったのです!!」

「はあああああ!?」

私の叫び声が会場に木霊しました。

殿下の演説はヒートアップしていきます。

「僕は今まで、温室育ちのひ弱な王子でした。誰もが僕を甘やかし、腫れ物に触るように扱った。……だが、アミカブルだけは違った!」

殿下は拳を握りしめ、熱く語ります。

「彼女は僕を『一人の男』として、そして『未来の王』として対等に扱い、本気でぶつかってきてくれた! あの罵倒は、僕の腐った性根を叩き直すための愛のムチ! 書類の束は、僕への期待の重みだったのです!」

「違います! ただの八つ当たりと嫌がらせです!」

「思い返せば、彼女に『カボチャ』と呼ばれたあの日……僕の中で何かが目覚めました。ああ、もっと言われたい。もっと僕を否定してくれ。そして僕を作り変えてくれと!」

「ただのドM発言じゃないですかーっ!!」

殿下は恍惚とした表情で私を指差しました。

「アミカブル! 君のおかげで、僕は王になる覚悟ができました! 君が僕を追い詰め、極限まで精神を削ってくれたおかげで、どんな困難にも耐えうる強靭なメンタルを手に入れたのです!」

「いらない強さですわ!」

殿下はステージを降り、私の方へ歩み寄ってきました。

その瞳は、狂気にも似た崇拝の色を帯びています。

「君は僕の太陽であり、指導者であり、そして支配者だ。……アミカ、僕はもう、君なしでは生きられない体になってしまったんだ」

「気色悪いことを言わないでください!」

殿下は私の前で片膝をつきました。

そして、懐から小さな箱を取り出しました。

パカッ。

そこに入っていたのは、巨大なダイヤモンドの指輪――ではなく、なぜか『首輪』のようなデザインのチョーカーでした。

「……何ですの、それは」

「誓いの証だよ。僕を一生、君の僕(しもべ)として飼い慣らしてほしい」

「ひぃぃぃっ!!」

私は後ずさりしました。

完全に思考回路が焼き切れています。

この王子、手遅れです。

私の罵倒を「ご褒美」と捉え、過重労働を「愛の試練」と解釈し、ついには首輪をつけてほしがる変態になってしまいました。

しかし、周囲の反応は違いました。

「おおおおっ!!」

「なんて情熱的なプロポーズなんだ!」

「『飼い慣らしてほしい』……究極の愛の言葉だわ!」

「殿下、漢(おとこ)を見せたな!」

拍手喝采。

スタンディングオベーション。

感動のあまり失神する令嬢まで現れる始末。

「ま、待って! おかしいですわ! 皆さん、正気を取り戻して!」

私は助けを求めて会場を見回しました。

リリーナさんは「お姉様、おめでとうございます! 殿下の首輪、私が装着をお手伝いします!」とやる気満々。

シドは「殿下の覚悟、見届けた。これぞ騎士道」と涙を流し。

財務大臣は「この首輪、いくらしましたか? 経費で落としますか?」と電卓を叩いています。

誰一人として、私の味方はいません。

「アミカブル。受け取ってくれるね?」

殿下がチョーカーを差し出し、迫ってきます。

「嫌です! 絶対にお断りです!」

「照れているんだね。顔が真っ赤だよ(怒りで)」

「怒ってるんですってば! ……こうなったら!」

私はドレスの裾をまくり上げました。

「実力行使ですわ! 逃げます!」

私は脱兎のごとく駆け出しました。

「ああっ、待ってくれアミカ! プレイかい? 追いかけっこも悪くないね!」

「来ないでぇぇぇぇっ!!」

会場中を逃げ回る私と、それを笑顔で追いかける王子。

周囲はそれを「仲睦まじいカップルの戯れ」として温かく見守っています。

私の断罪イベントは、いつの間にか「愛の鬼ごっこ」へと変貌を遂げていました。

息を切らしながら逃げる私の脳裏に、かつて夢見た「田舎でのスローライフ」が走馬灯のように浮かんでは消えていきました。

(神様……私が一体何をしたと言うのですか……ただ、ちょっと性格が悪くなりたかっただけなのに……!)

私の悲痛な祈りは、天井のシャンデリアに反射して、キラキラと虚しく散っていきました。
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