悪役令嬢の婚約破棄計画~嫌われたくて罵倒していく〜

パリパリかぷちーの

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「はあ、はあ、はあ……! ストップ! ストップですわ!」

私は広間のバルコニーへと駆け上がり、眼下に広がる群衆と、階段の下で待ち構えるフレデリック殿下に向けて手を掲げました。

ドレスの裾は踏まれて少し破れ、髪留めはどこかへ飛んでいき、私はまるで敗走する落武者のような有様でした。

しかし、私の目はまだ死んでいません。

「いい加減にしなさい! 貴方たち、集団催眠にでもかかっていますの!? 眼科と耳鼻科と脳外科をハシゴしてきなさい!」

私は近くにあった拡声用の魔法具をひったくり、声を張り上げました。

「私の言葉を、一語一句、ねじ曲げずに聞きなさい! これは『謙遜』でも『演技』でもありません! 魂の叫びです!」

会場がシーンと静まり返ります。

殿下が、うっとりとした顔で私を見上げています。

「アミカ……その乱れた髪、ボロボロのドレス……。まるでジャンヌ・ダルクが火刑台の上で叫んでいるようだ。神々しい……」

「火あぶりになんてなりたくありません! 私がなりたいのは、ただの『嫌われ者』です!」

私はバルコニーの手すりをバンッと叩きました。

「フレデリック! 貴方はドMになって思考停止しているようですが、よく思い出しなさい! 私は貴方の執務室で、貴方の大事な『限定版冒険小説』を暖炉に放り込んだことがありますわよね!?」

会場がざわつきます。

「なんと……人の大事な物を……」
「それはひどい……」

よし、少しは引いています!

「あれは手が滑ったのではありません! 『こんな下らないものを読む暇があったら働け』という、純粋な悪意で燃やしましたの! どうです、最低でしょう!?」

さあ、軽蔑しなさい!

しかし、殿下はハッとして口元を押さえました。

「……そうだったのか。あの日、僕はあの小説の続きが気になって仕事が手につかなかった。君はそれを察して、僕の『未練』を物理的に断ち切ってくれたんだね……!」

「は?」

「おかげで僕は迷いを捨てて公務に集中できた。君は、僕が『娯楽』という逃げ道に逃げ込むのを防ぐために、あえて心を鬼にして……!」

「違います! ただ単に表紙の絵柄が気に入らなかっただけです!」

「ありがとう、アミカ! 君のおかげで僕は現実と向き合えた!」

殿下が涙を流して感謝し始めました。

なぜですか。

「じゃ、じゃあリリーナさん! 貴女もです!」

私はターゲットを変えました。

「私は貴女のマナー指導の時、わざと床にビー玉を撒きましたわよね!? 転んで怪我をさせようとして!」

「ええ、ありましたね!」

リリーナさんが大きく頷きます。

「あれは殺意の塊でした! どうです、恐ろしいでしょう!」

「いいえ! あれは『不整地における体幹バランスの強化』訓練でした!」

「違います!」

「あのおかげで、私はぬかるんだ畑でも、凍った路面でも転ばない最強の足腰を手に入れました! ビー玉を踏んでグリッとなる感覚、今では快感です!」

「貴女もMなんですかーっ!?」

ダメです。個別の事例では勝てません。

私は戦略を変え、より大きな視点で訴えることにしました。

「き、聞いてください! 私はこの国の外交すら危険に晒しました!」

私はジェラルド王子の件を持ち出しました。

「隣国のチャラ男王子に色目を使って、国の機密を漏らそうとしました! これは立派な反逆罪です! さあ、私を牢屋に入れなさい!」

これならどうだ! 国家反逆罪なら、さすがに擁護できないはず!

しかし、会場から進み出たのは、外交大臣でした。

「アミカブル様……まだご自分を責めるのですか」

大臣はハンカチで涙を拭いました。

「貴女様があの時、ジェラルド王子に近づいたおかげで、彼が持っていた『裏帳簿』をスリ取ることに成功したと、シド殿から報告を受けております」

「……はい?」

私はシドを見ました。シドが親指を立ててウィンクしました。

「いつの間にスったんですの!?」

「その帳簿のおかげで、隣国の弱みを握り、我が国に有利な通商条約を結ぶことができました。貴女様は、自らの貞操の危機を顧みず、囮となって敵の懐に飛び込んだ『英雄』なのです!」

「違う! 私はただイチャイチャしたかっただけ……」

「国民のために! あえて汚名を被って!」

「うおおおおおっ!!」

会場の興奮が爆発しました。

「聖女アミカブル!」
「救国の英雄!」
「万歳! 万歳!」

拍手の音が、地鳴りのように響きます。

もはや、私の声など誰にも届きません。

私が何を言っても、どんな悪事を暴露しても、すべてが「高潔な精神の裏返し」として処理されてしまう。

この国全体が、私を肯定するための巨大なシステムと化しているのです。

「……無理ですわ」

私はガックリと手すりに寄りかかりました。

「何をどうしても……勝てません……」

私は敗北を悟りました。

悪役になろうとすればするほど、善人になる。

嫌われようとすればするほど、愛される。

これは呪いです。「好感度カンストの呪い」です。

私が天を仰いで呆然としていると、眼下のフレデリック殿下が、再びマイクを握りました。

「皆さん! アミカブルのこの慎ましさ、そして自己犠牲の精神……これこそが、次期王妃にふさわしい資質だと思いませんか!」

「異議なし!!」

会場全員が拳を突き上げました。

「おい、やめろ」

「よって! ここに改めて宣言する!」

殿下が私を指差しました。

「私、フレデリック・ド・ロイヤルは、アミカブル・ド・ヴィランを生涯の伴侶とし、そして『僕の主人(マスター)』としてお迎えすることを誓います!」

「後半がおかしいですわーっ!!」

「アミカ! 降りてきてくれ! そして僕を踏んでくれ!」

「踏みません! 帰ります!」

私がバルコニーから逃げようとすると、出口がメイド隊によって塞がれていました。

「アミカブル様、逃がしません」

マーサが仁王立ちしています。

「これは『国民の総意』です。諦めて、幸せになってください」

「幸せの押し売りがすごいですわ!?」

退路を断たれた私は、バルコニーの上で進退窮まりました。

眼下には、熱狂する信者たちと、首輪を持って待ち構えるドM王子。

背後には、最強の掃除用具(モップ)を持ったメイド部隊。

「……詰みましたわ」

私は膝から崩れ落ちました。

どうやら、私の「悪役令嬢としての物語」は、ここで強制終了となりそうです。

代わりに始まるのは、「最強の聖女(兼女王様)による国家運営」という、全く望んでいないハードモードな人生。

「誰か……誰か助けて……」

私の蚊の鳴くようなSOSは、歓喜の渦にかき消され、誰の耳にも届くことはありませんでした。

ただ一人、リリーナさんだけが「お姉様……諦めない顔、素敵です。その不屈の精神、一生推します!」と、最後まで的はずれなエールを送ってくれていました。
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