2 / 28
2
しおりを挟む
「待て! 待つんだモナ! 俺が悪かった、話を聞いてくれ!」
背後からカイル殿下の情けない声が聞こえてくる。
だが、私は一度も振り返らなかった。
私の手は今、氷の公爵ことアレクシス様に引かれている。
その手は意外なほど大きく、そして温かかった。
もっとも、私の頭の中は今、掌にある小切手の金額のことでいっぱいなのだが。
「叔父上! その女は俺の婚約者だぞ!」
カイル殿下が追いすがろうとする気配がした。
けれど、アレクシス様がピタリと足を止め、肩越しに鋭い一瞥をくれるだけで、その足音は凍りついたように止まった。
「元、だろう」
「うっ……」
「それに、彼女は今、私と契約を結んだ。部外者が口を挟むな」
地を這うような低い声。
温度のない瞳に見据えられ、カイル殿下は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて尻餅をついたようだ。
(さすが、氷の公爵様。威圧スキルがカンストしてらっしゃる)
私は心の中で拍手を送る。
これからは、この強力な盾(ボス)の下で働けるのだ。
未払い残業代を踏み倒そうとする元婚約者など、恐るるに足らず。
私たちはそのまま大広間を出て、王城の車寄せへと向かった。
そこには、漆黒の馬車が待機していた。
王家の馬車ですら霞むような、重厚で艶やかな黒塗りの馬車だ。
ドアにはミランド公爵家の紋章である「氷狼」が銀色で描かれている。
御者が恭しく扉を開けた。
「どうぞ」
アレクシス様が私をエスコートしようと手を差し出す。
私はその手を借りつつ、しかし職業病とも言うべき習慣で、馬車のステップを靴底でコツコツと叩いて確認してしまった。
(……良い木材を使ってる。塗装も五重塗りね。メンテナンスが行き届いているわ)
乗り込んだ車内は、さらに驚愕の空間だった。
ふかふかのシートは最高級のベルベット張り。
窓枠には紫檀が使われ、足元には毛足の長い絨毯。
振動を吸収する魔道具まで設置されているのか、走り出しても揺れ一つ感じない。
(この馬車一台で、私の実家の屋敷が三回は建て直せる……!)
向かいの席に座ったアレクシス様を見つめ、私は改めてゴクリと唾を飲み込んだ。
この人は、歩く国家予算だ。
私の新しい雇い主は、想像以上の太客(ふときゃく)であるらしい。
馬車が動き出すと、車内には沈黙が降りた。
アレクシス様は腕を組み、窓の外を流れる夜景を見ている。
横顔は彫刻のように整っているが、眉間には深い皺が刻まれていた。
(……怒っているのかしら?)
いや、さっき契約は成立したはずだ。
もしかして、あの破格の年俸を後悔し始めたとか?
「あの、閣下」
「……アレクシスでいい」
「はっ、ではアレクシス様。先ほどの契約内容についてですが」
私は確認のために口を開いた。
雇用条件のすり合わせは、早ければ早いほどいい。
「私の業務範囲は『屋敷の管理』とのことでしたが、具体的には? 財務の立て直しですか? それとも使用人の人事管理? あるいは、領地経営のコンサルティングでしょうか」
アレクシス様はゆっくりとこちらに向き直った。
その瞳が、じっと私を射抜く。
「……君は、仕事のことしか頭にないのか?」
「はい? 雇われたのですから、当然では?」
「……そうか。まあ、いい」
彼は一つため息をつくと、少しだけ姿勢を崩した。
「特定の業務というよりは……君には、私の『近く』にいてほしい」
「近く、ですか」
私は脳内検索をかけた。
『近くにいる業務』。
つまり、秘書兼ボディーガードのようなものだろうか?
あるいは、多忙な公爵様のために、常に即断即決できる補佐役が必要ということか。
「承知しました。常時帯同型の秘書業務ですね。スケジュール管理から雑務まで、お任せください」
「……秘書、か。まあ、当面はそういう名目でも構わない」
アレクシス様は何か言いたげに口籠ったが、結局それ以上は何も言わなかった。
(やっぱり口下手な人なのね)
コミュニケーションコストが高そうな上司だ。
だが、金払いが良いなら文句はない。
「ところで、君は……辛くないのか?」
「はい?」
「長年連れ添った婚約者に裏切られ、大勢の前で恥をかかされたのだ。普通なら、泣き叫んでもおかしくない場面だった」
アレクシス様の声には、わずかだが気遣うような響きがあった。
どうやら、私のメンタルヘルスを心配してくれているらしい。
福利厚生の一環だろうか。
私はニッコリと笑って答えた。
「全く辛くありません。むしろ、不良債権を切り離せた喜びでいっぱいです」
「ふ、不良債権……」
「ええ。カイル殿下は、投資対象として最悪でしたから。リターン(愛情・感謝)は見込めないし、維持コスト(ストレス・疲労)ばかりかかる。損切りするタイミングを計っていたので、向こうから契約解除を申し出てくれて助かりました」
「……君は、本当にブレないな」
アレクシス様は呆れたように、けれどどこか楽しげに目を細めた。
「俺の周りには、金や地位目当てで擦り寄ってくる人間ばかりだった。あるいは、俺の『氷の公爵』という二つ名に怯えて逃げ出すか、だ」
「まあ、確かに閣下の視線は室温を二、三度下げる効果がありそうですものね」
「……自覚はある」
「ですが、私は気にしません。私が興味あるのは、閣下が正当な対価(給料)を支払ってくださるかどうか、それだけですので」
「ふっ……くくく」
突然、アレクシス様が肩を震わせて笑い出した。
低く、喉の奥で鳴るような笑い声。
氷が溶けるような、不思議な色気があった。
「そうか。対価か。……いいだろう。君が望むだけ支払おう」
「言質、いただきましたよ?」
「ああ。その代わり、君のその能力……余すところなく俺のために使ってくれ」
「勿論です。骨の髄まで搾り取ってくださいませ」
(労働力的な意味で!)
私は力強く頷いた。
アレクシス様も満足げに頷く。
どうやら、お互いの利害は完全に一致したようだ。
(よかった。気難しそうな人だけど、話せばわかる合理的な方だわ)
私は安堵し、深くシートに身を預けた。
この時の私は、まだ気づいていなかった。
アレクシス様の言う「俺のために使ってくれ」という言葉の意味が、私の想定している「労働」とは、まるで次元が違うものであることに。
◇
一時間ほど馬車に揺られ、私たちは公爵邸に到着した。
王都の一等地。
広大な敷地の中にそびえ立つ屋敷は、まさに「要塞」だった。
高い塀、厳重な門。
そして、本邸は黒っぽい石材で造られており、威圧感がすごい。
「……到着した」
アレクシス様のエスコートで馬車を降りる。
夜風が冷たい。
屋敷の玄関には、ずらりと使用人たちが整列していた。
執事服の初老の男性を筆頭に、メイドたちが十数名。
全員が緊張でカチコチに固まり、顔色が悪い。
(……お葬式?)
思わずそうツッコミたくなるような雰囲気だ。
アレクシス様が一歩踏み出すと、全員がビクッと肩を震わせた。
「お、お帰りなさいませ、旦那様!」
執事が声を張り上げる。
その額には冷や汗が滲んでいた。
アレクシス様は無言で頷き、私の背中に手を添えて前に押し出した。
「紹介する。今日からこの屋敷で暮らすことになった、モナ・バーンズだ」
「は、初めまして……?」
執事が困惑したように私を見る。
無理もない。
夜会帰りのドレス姿の女を、いきなり連れ帰ってきたのだから。
「彼女には、屋敷の全権を委ねる」
「ぜ、全権……でございますか?」
「ああ。私の妻として迎えるつもりだ」
「「「はあぁっ!?」」」
使用人たちの絶叫が夜空に響いた。
私も思わず「はあぁっ!?」と叫びそうになったが、ギリギリで飲み込んだ。
(妻!? いやいや、ちょっと待って)
私は慌ててアレクシス様の袖を引いた。
「閣下、ちょっと。契約内容と違います」
小声で抗議する。
アレクシス様は不思議そうに私を見下ろした。
「何がだ?」
「『妻』というのは、何かの隠語ですか? 『最高責任者』とか『総支配人』とか、そういう意味の業界用語でしょうか」
「……いや、文字通りの意味だが」
「ですが、私は『仕事』として雇われたはず」
「そうだな。公爵夫人としての『仕事』をしてくれればいい」
アレクシス様は平然と言い放った。
「対外的な防波堤となり、家政を取り仕切る。それが公爵夫人の務めだ。君の能力なら造作もないだろう?」
「それは……まあ、業務内容としては同じですが」
私は眉をひそめた。
確かに、貴族社会において「結婚」は家と家との契約であり、ビジネスライクな側面が強い。
特に高位貴族となれば、「白い結婚(契約結婚)」など珍しくもない。
(なるほど……つまり、こういうことか)
私は頭の中で素早く整理した。
この人は、女性不信で恋愛が面倒くさいのだ。
だから、金で割り切って働いてくれる「有能な管理人」を「妻」というポジションに据えて、面倒な社交や家政を丸投げしたいのだ。
愛だの恋だのを求められない、ドライな関係。
それを望んでいるに違いない。
(なんだ、それなら好都合じゃない!)
愛される必要がないなら、可愛げのない私でも務まる。
公爵夫人という肩書きがあれば、誰も文句は言えないし、権限も振るい放題だ。
「理解しました」
私はポンと手を打った。
「つまり、『契約上の妻(ビジネスパートナー)』として、この屋敷を完璧に運営しろということですね?」
「……まあ、入り口としてはそれでもいい」
アレクシス様は少し複雑そうな顔をしたが、否定はしなかった。
私は使用人たちに向き直り、ニッコリと笑った。
「皆様、ご紹介に預かりましたモナです。これから公爵家の経営改善(リストラ含む)に着手します。どうぞよろしく」
「ひっ……」
メイドの一人が悲鳴を上げた。
私の笑顔が怖かったのか、それとも「リストラ」という単語に反応したのか。
ともあれ、こうして私の「公爵夫人(仮)」としての生活が幕を開けた。
まずはこの、陰気で効率の悪そうな屋敷の改造から始めなければ。
私は手帳を開き、玄関ホールの照明を見上げながら呟いた。
「……暗い。この魔導ランプ、型が古すぎて魔力燃費が悪いですわね。全交換した方が長期的には安上がりだわ」
早速、私の瞳は「¥(エン)」マークになっていたかもしれない。
その様子を、アレクシス様がどこか愛おしげに見つめていることになど、気づきもしなかった。
背後からカイル殿下の情けない声が聞こえてくる。
だが、私は一度も振り返らなかった。
私の手は今、氷の公爵ことアレクシス様に引かれている。
その手は意外なほど大きく、そして温かかった。
もっとも、私の頭の中は今、掌にある小切手の金額のことでいっぱいなのだが。
「叔父上! その女は俺の婚約者だぞ!」
カイル殿下が追いすがろうとする気配がした。
けれど、アレクシス様がピタリと足を止め、肩越しに鋭い一瞥をくれるだけで、その足音は凍りついたように止まった。
「元、だろう」
「うっ……」
「それに、彼女は今、私と契約を結んだ。部外者が口を挟むな」
地を這うような低い声。
温度のない瞳に見据えられ、カイル殿下は「ひぃっ」と小さく悲鳴を上げて尻餅をついたようだ。
(さすが、氷の公爵様。威圧スキルがカンストしてらっしゃる)
私は心の中で拍手を送る。
これからは、この強力な盾(ボス)の下で働けるのだ。
未払い残業代を踏み倒そうとする元婚約者など、恐るるに足らず。
私たちはそのまま大広間を出て、王城の車寄せへと向かった。
そこには、漆黒の馬車が待機していた。
王家の馬車ですら霞むような、重厚で艶やかな黒塗りの馬車だ。
ドアにはミランド公爵家の紋章である「氷狼」が銀色で描かれている。
御者が恭しく扉を開けた。
「どうぞ」
アレクシス様が私をエスコートしようと手を差し出す。
私はその手を借りつつ、しかし職業病とも言うべき習慣で、馬車のステップを靴底でコツコツと叩いて確認してしまった。
(……良い木材を使ってる。塗装も五重塗りね。メンテナンスが行き届いているわ)
乗り込んだ車内は、さらに驚愕の空間だった。
ふかふかのシートは最高級のベルベット張り。
窓枠には紫檀が使われ、足元には毛足の長い絨毯。
振動を吸収する魔道具まで設置されているのか、走り出しても揺れ一つ感じない。
(この馬車一台で、私の実家の屋敷が三回は建て直せる……!)
向かいの席に座ったアレクシス様を見つめ、私は改めてゴクリと唾を飲み込んだ。
この人は、歩く国家予算だ。
私の新しい雇い主は、想像以上の太客(ふときゃく)であるらしい。
馬車が動き出すと、車内には沈黙が降りた。
アレクシス様は腕を組み、窓の外を流れる夜景を見ている。
横顔は彫刻のように整っているが、眉間には深い皺が刻まれていた。
(……怒っているのかしら?)
いや、さっき契約は成立したはずだ。
もしかして、あの破格の年俸を後悔し始めたとか?
「あの、閣下」
「……アレクシスでいい」
「はっ、ではアレクシス様。先ほどの契約内容についてですが」
私は確認のために口を開いた。
雇用条件のすり合わせは、早ければ早いほどいい。
「私の業務範囲は『屋敷の管理』とのことでしたが、具体的には? 財務の立て直しですか? それとも使用人の人事管理? あるいは、領地経営のコンサルティングでしょうか」
アレクシス様はゆっくりとこちらに向き直った。
その瞳が、じっと私を射抜く。
「……君は、仕事のことしか頭にないのか?」
「はい? 雇われたのですから、当然では?」
「……そうか。まあ、いい」
彼は一つため息をつくと、少しだけ姿勢を崩した。
「特定の業務というよりは……君には、私の『近く』にいてほしい」
「近く、ですか」
私は脳内検索をかけた。
『近くにいる業務』。
つまり、秘書兼ボディーガードのようなものだろうか?
あるいは、多忙な公爵様のために、常に即断即決できる補佐役が必要ということか。
「承知しました。常時帯同型の秘書業務ですね。スケジュール管理から雑務まで、お任せください」
「……秘書、か。まあ、当面はそういう名目でも構わない」
アレクシス様は何か言いたげに口籠ったが、結局それ以上は何も言わなかった。
(やっぱり口下手な人なのね)
コミュニケーションコストが高そうな上司だ。
だが、金払いが良いなら文句はない。
「ところで、君は……辛くないのか?」
「はい?」
「長年連れ添った婚約者に裏切られ、大勢の前で恥をかかされたのだ。普通なら、泣き叫んでもおかしくない場面だった」
アレクシス様の声には、わずかだが気遣うような響きがあった。
どうやら、私のメンタルヘルスを心配してくれているらしい。
福利厚生の一環だろうか。
私はニッコリと笑って答えた。
「全く辛くありません。むしろ、不良債権を切り離せた喜びでいっぱいです」
「ふ、不良債権……」
「ええ。カイル殿下は、投資対象として最悪でしたから。リターン(愛情・感謝)は見込めないし、維持コスト(ストレス・疲労)ばかりかかる。損切りするタイミングを計っていたので、向こうから契約解除を申し出てくれて助かりました」
「……君は、本当にブレないな」
アレクシス様は呆れたように、けれどどこか楽しげに目を細めた。
「俺の周りには、金や地位目当てで擦り寄ってくる人間ばかりだった。あるいは、俺の『氷の公爵』という二つ名に怯えて逃げ出すか、だ」
「まあ、確かに閣下の視線は室温を二、三度下げる効果がありそうですものね」
「……自覚はある」
「ですが、私は気にしません。私が興味あるのは、閣下が正当な対価(給料)を支払ってくださるかどうか、それだけですので」
「ふっ……くくく」
突然、アレクシス様が肩を震わせて笑い出した。
低く、喉の奥で鳴るような笑い声。
氷が溶けるような、不思議な色気があった。
「そうか。対価か。……いいだろう。君が望むだけ支払おう」
「言質、いただきましたよ?」
「ああ。その代わり、君のその能力……余すところなく俺のために使ってくれ」
「勿論です。骨の髄まで搾り取ってくださいませ」
(労働力的な意味で!)
私は力強く頷いた。
アレクシス様も満足げに頷く。
どうやら、お互いの利害は完全に一致したようだ。
(よかった。気難しそうな人だけど、話せばわかる合理的な方だわ)
私は安堵し、深くシートに身を預けた。
この時の私は、まだ気づいていなかった。
アレクシス様の言う「俺のために使ってくれ」という言葉の意味が、私の想定している「労働」とは、まるで次元が違うものであることに。
◇
一時間ほど馬車に揺られ、私たちは公爵邸に到着した。
王都の一等地。
広大な敷地の中にそびえ立つ屋敷は、まさに「要塞」だった。
高い塀、厳重な門。
そして、本邸は黒っぽい石材で造られており、威圧感がすごい。
「……到着した」
アレクシス様のエスコートで馬車を降りる。
夜風が冷たい。
屋敷の玄関には、ずらりと使用人たちが整列していた。
執事服の初老の男性を筆頭に、メイドたちが十数名。
全員が緊張でカチコチに固まり、顔色が悪い。
(……お葬式?)
思わずそうツッコミたくなるような雰囲気だ。
アレクシス様が一歩踏み出すと、全員がビクッと肩を震わせた。
「お、お帰りなさいませ、旦那様!」
執事が声を張り上げる。
その額には冷や汗が滲んでいた。
アレクシス様は無言で頷き、私の背中に手を添えて前に押し出した。
「紹介する。今日からこの屋敷で暮らすことになった、モナ・バーンズだ」
「は、初めまして……?」
執事が困惑したように私を見る。
無理もない。
夜会帰りのドレス姿の女を、いきなり連れ帰ってきたのだから。
「彼女には、屋敷の全権を委ねる」
「ぜ、全権……でございますか?」
「ああ。私の妻として迎えるつもりだ」
「「「はあぁっ!?」」」
使用人たちの絶叫が夜空に響いた。
私も思わず「はあぁっ!?」と叫びそうになったが、ギリギリで飲み込んだ。
(妻!? いやいや、ちょっと待って)
私は慌ててアレクシス様の袖を引いた。
「閣下、ちょっと。契約内容と違います」
小声で抗議する。
アレクシス様は不思議そうに私を見下ろした。
「何がだ?」
「『妻』というのは、何かの隠語ですか? 『最高責任者』とか『総支配人』とか、そういう意味の業界用語でしょうか」
「……いや、文字通りの意味だが」
「ですが、私は『仕事』として雇われたはず」
「そうだな。公爵夫人としての『仕事』をしてくれればいい」
アレクシス様は平然と言い放った。
「対外的な防波堤となり、家政を取り仕切る。それが公爵夫人の務めだ。君の能力なら造作もないだろう?」
「それは……まあ、業務内容としては同じですが」
私は眉をひそめた。
確かに、貴族社会において「結婚」は家と家との契約であり、ビジネスライクな側面が強い。
特に高位貴族となれば、「白い結婚(契約結婚)」など珍しくもない。
(なるほど……つまり、こういうことか)
私は頭の中で素早く整理した。
この人は、女性不信で恋愛が面倒くさいのだ。
だから、金で割り切って働いてくれる「有能な管理人」を「妻」というポジションに据えて、面倒な社交や家政を丸投げしたいのだ。
愛だの恋だのを求められない、ドライな関係。
それを望んでいるに違いない。
(なんだ、それなら好都合じゃない!)
愛される必要がないなら、可愛げのない私でも務まる。
公爵夫人という肩書きがあれば、誰も文句は言えないし、権限も振るい放題だ。
「理解しました」
私はポンと手を打った。
「つまり、『契約上の妻(ビジネスパートナー)』として、この屋敷を完璧に運営しろということですね?」
「……まあ、入り口としてはそれでもいい」
アレクシス様は少し複雑そうな顔をしたが、否定はしなかった。
私は使用人たちに向き直り、ニッコリと笑った。
「皆様、ご紹介に預かりましたモナです。これから公爵家の経営改善(リストラ含む)に着手します。どうぞよろしく」
「ひっ……」
メイドの一人が悲鳴を上げた。
私の笑顔が怖かったのか、それとも「リストラ」という単語に反応したのか。
ともあれ、こうして私の「公爵夫人(仮)」としての生活が幕を開けた。
まずはこの、陰気で効率の悪そうな屋敷の改造から始めなければ。
私は手帳を開き、玄関ホールの照明を見上げながら呟いた。
「……暗い。この魔導ランプ、型が古すぎて魔力燃費が悪いですわね。全交換した方が長期的には安上がりだわ」
早速、私の瞳は「¥(エン)」マークになっていたかもしれない。
その様子を、アレクシス様がどこか愛おしげに見つめていることになど、気づきもしなかった。
65
あなたにおすすめの小説
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる