婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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「……ふむ。ヤギの導入で除草コストが月2割削減。さらにヤギ乳の販売で雑収入が月間金貨五枚。完璧ね」

公爵邸の執務室。

私は朝から電卓(魔道具)を叩き、ご満悦だった。

庭師のおじいさんたちも、最初は「ヤギぃ?」と渋い顔をしていたが、今では「ユキちゃん」と名前をつけて可愛がっている。

平和だ。

カイル殿下のストーカー騒動から数日。

公爵邸は、私の「コストカット改革」によって、着々と筋肉質な家計へと生まれ変わりつつあった。

しかし、平和というのは長くは続かないものだ。

「……奥様。また、お客様です」

メイドのマリーが、うんざりした顔で入ってきた。

「誰? またカイル殿下? 今日は塩じゃなくて、賞味期限切れの小麦粉を撒く準備があるけど」

「いえ、違います。……その、リリナ男爵令嬢です」

「……は?」

私はペンを止めた。

リリナ。

カイル殿下の浮気相手であり、私の元婚約破棄の元凶。

そして、脳内がお花畑で構成されている(と思われる)少女。

「何の用かしら?」

「『不幸のどん底にいるお姉様を慰めに来てあげました』と仰っていますが……」

「……暇なのね」

私はため息をついた。

門前払いしてもいいが、あの子のことだ。

「意地悪された! やっぱりモナお姉様は悪役令嬢なんだわ!」と触れ回るに違いない。

それは公爵家の対外的な評判(ブランド価値)に関わる。

「通して。応接間で相手をするわ」

「よろしいのですか?」

「ええ。ただし、お茶は一番安い茶葉(茎茶)を使って。茶菓子は……そうね、試作品の『ヤギ乳クッキー(失敗作・硬め)』でいいわ」

「……かしこまりました(奥様、容赦ないですね)」



応接間にて。

リリナ・メルローズ男爵令嬢は、ピンク色のフリフリなドレスに身を包み、ソファに座っていた。

「ごきげんよう、モナお姉様」

私が入室すると、彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「急な訪問でごめんなさいね。でも、お姉様が心配で居ても立ってもいられなくて」

「それはご親切に。……で、何が心配なのかしら?」

私は対面のソファに座り、足を組んだ。

リリナは、わざとらしく部屋の中を見渡した。

「だって、こんな……暗くて怖いお屋敷に閉じ込められているんでしょう? 『氷の公爵』様なんて恐ろしい方に買われたって噂、持ちきりですわ」

「買われたのではなく、雇用契約です」

「あら、強がらなくていいのよ? カイル様から聞きました。借金のカタに売られたって。……可哀想に。毎日、冷たい地下牢で泣いているんじゃないかって、私、胸が痛くて……」

リリナはハンカチを目元に当てた。

(……想像力が豊かで羨ましいわね。地下牢どころか、キングサイズのベッドで熟睡してるけど)

私は無表情のまま、マリーが運んできたお茶を勧めた。

「まあ、同情してくださるなら、お茶でもどうぞ」

「ありがとう。……あら? 色が薄くない?」

リリナがカップを見て眉をひそめる。

「気のせいです。……それで、今日はわざわざマウントを取りに……いえ、慰めに来てくださったの?」

「ええ! 私、お姉様に伝えたくて。私とカイル様は、とーっても幸せですわ!」

リリナは顔を輝かせた。

「カイル様ったら、毎日『愛してる』って言ってくださるの。昨日の夜会でも、ずっと私の手を握って離さなくて……」

「それは重畳(ちょうじょう)。カイル殿下は一人で歩くと転ぶか迷子になるから、介護が必要だものね」

「介護じゃありません! エスコートです!」

リリナがムッとする。

しかし、すぐに気を取り直して、自分のドレスの裾を広げて見せた。

「見てください、このドレス! カイル様がプレゼントしてくださったの。王都で一番流行りのデザインなんですって!」

鮮やかなピンク色の生地に、過剰なほどのレースとリボン。

確かに、見た目は華やかだ。

「素敵でしょう? お姉様はいつも地味な色のドレスばかり着ていたから、こういう『本物の可愛さ』がわからないかもしれませんけど」

リリナは優越感に浸っている。

(……ふむ)

私は目を細め、そのドレスを凝視した。

職業病の「鑑定スキル(商魂)」が発動する。

「……リリナ様」

「なぁに? 羨ましい?」

「そのドレス、どこの店で仕立てました?」

「え? 王室御用達の『マダム・ボヴァリー』よ」

「……なるほど。あそこね」

私は手元の手帳をパラパラとめくった。

王都の物価指数、繊維市場の動向、そして各店舗の評判リスト。

すべて私のデータベースに入っている。

「残念なお知らせがあります」

「は?」

「そのドレスの生地……『シルク』だと思ってます?」

「当たり前でしょう! 最高級の東方産シルクだって、店員さんが……」

「いいえ。それは『交織(こうしょく)』です」

「こ、こうしょく……?」

私は冷静に解説を始めた。

「縦糸はシルクですが、横糸に安価な化学繊維が混ざっています。光の反射具合を見ればわかります。純粋なシルクはもっと柔らかく光を吸い込みますが、それは表面がテカテカしすぎている」

「なっ……!?」

「さらに、そのレース。ミシン編みですね。手編みのリバーレースに見せかけていますが、網目が均一すぎます。大量生産品です」

「う、嘘よ! だって、カイル様は金貨五十枚も出したって!」

「五十枚!?」

私は思わず大声を出してしまった。

「ボッタクリにも程があります! 原価計算すると……生地代で金貨三枚、縫製費で五枚、デザイン料を乗せても精々十五枚が妥当なラインです」

「そ、そんな……」

「つまり、カイル殿下は『型落ちの在庫処分品』を『新作』と偽られ、さらに三倍以上の値段で売りつけられたのです。……ああ、あの店、最近資金繰りが悪いって噂だったけど、まさか王太子をカモにするとは」

私は憐れむような目でリリナを見た。

「リリナ様。貴女が着ているのは『愛の結晶』ではありません。『情弱(じょうじゃく)の証』です」

「じょ、情弱ぅ!?」

リリナの顔が真っ赤になる。

「う、嘘よ! お姉様の僻みよ! カイル様が騙されるわけないわ!」

「殿下は騙されやすいですよ。以前も『幸せになる壺』を百個買わされそうになって、私がクーリングオフしましたから」

「……っ!」

リリナは言葉を失い、自分のドレスをわなわなと掴んだ。

さっきまで自慢の種だったドレスが、急に安っぽく見えてきたのだろう。

「そ、それに! お金の問題じゃありません! 大事なのは気持ちです!」

「ええ、そうですね。詐欺師に貢ぐのも、ある意味では経済活動への貢献ですから」

「きぃぃぃっ!!」

リリナが立ち上がった。

「もういいです! せっかく慰めてあげようと思ったのに! こんな貧乏臭いお茶を出して!」

彼女はティーカップを指差した。

「こんな色の薄いお茶、初めて見ましたわ! やはり公爵家は火の車なんですのね!」

「ああ、それは……」

私が言いかけた時。

ガチャリ、と扉が開いた。

「……何が火の車だと?」

室温が急激に下がった。

入り口に立っていたのは、アレクシス様だ。

公務から戻ったばかりらしく、まだ外套を羽織っている。

その表情は、文字通りの「絶対零度」。

「ひっ……!」

リリナが悲鳴を上げて後ずさる。

「あ、アレクシス様……」

「私の屋敷で、私の妻に向かって『貧乏臭い』とは。……随分と良い度胸だ、男爵令嬢」

アレクシス様が、ゆっくりと歩み寄ってくる。

床の大理石が凍りつきそうな威圧感だ。

「ち、違います! 私はただ、お姉様が惨めな暮らしをしているんじゃないかと……」

「惨め?」

アレクシス様は鼻で笑った。

そして、私の隣に座り、自然な動作で私の腰に手を回した。

「彼女は惨めどころか、この屋敷の『女王』だ。私が稼いだ金はすべて彼女が管理し、私が着る服も、食べる物も、すべて彼女が選んでいる」

「えっ……」

「つまり、私は彼女の手のひらの上で生かされているに過ぎない。……なぁ、モナ?」

アレクシス様が、甘い声で私に同意を求めてくる。

(……言い方に語弊があります旦那様。それだと私が独裁者みたいです)

しかし、リリナへの牽制としては百点満点だ。

私は話を合わせた。

「ええ。旦那様は私の『管理下』にありますので」

「そ、そんな……」

リリナは絶句した。

「氷の公爵」が、悪役令嬢の尻に敷かれている。

その事実は、彼女の想像を超えていたようだ。

「それから、そのお茶についてだが」

アレクシス様は、テーブルの上のカップを一瞥した。

「色が薄いと言ったな?」

「は、はい! どう見ても出がらし……」

「それは『ホワイトティー』だ」

「……え?」

「茶葉の新芽だけを使った、極めて希少な高級茶だ。色が薄いのは当たり前だ。……その価値もわからぬ舌で、我が家の茶を語るとは」

アレクシス様が軽蔑の眼差しを向ける。

(……ん?)

私は心の中で首を傾げた。

いや、旦那様。

それ、本当にただの「茎茶(安物)」ですよ?

私がマリーに指示して出させた、一杯銅貨一枚の激安茶ですよ?

でも、アレクシス様は大真面目な顔で嘘をついている。

いや、もしかして「モナが出したお茶なのだから最高級品に違いない」と本気で信じ込んでいるのか?

「ほ、ホワイトティー……? こ、これが?」

リリナの手が震え始めた。

自分の無知を指摘され、さらにドレスの価値まで否定され、完全に心が折れたようだ。

「……お、覚えてらっしゃい! カイル様に言いつけてやるんだから!」

捨て台詞を残し、リリナは逃げるように部屋を飛び出していった。

その際、ドア枠にフリフリのドレスが引っかかり、「ビリッ」と音がしたのはご愛嬌だ。

「あーあ。修理代、高くつきそう」

私が呟くと、静寂が戻った。

「……大丈夫か、モナ」

アレクシス様が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「嫌なことを言われなかったか?」

「ええ、特には。むしろ市場調査の勉強になりました」

「そうか。……あいつのドレス、あれほど趣味の悪いピンク色は初めて見た」

「ふふ、旦那様もそう思いました?」

「ああ。君の着ているその……深い紺色のドレスの方が、ずっと品があって美しい」

アレクシス様が、私の髪を掬い上げてキスをした。

不意打ちだ。

「……っ、旦那様。業務時間内です」

「休憩時間だと言い張る」

彼は悪びれもせずに笑った。

「ところで、さっきのお茶。本当にホワイトティーだったのか?」

「いいえ。茎茶です」

「……やはりか」

アレクシス様はクスクスと笑い出した。

「君らしいな。だが、あいつには勿体ないくらいだ」

「はい。ちなみに、あの茎茶の仕入れ値は……」

私が原価の話を始めようとすると、アレクシス様は「今は金の話しはいい」と言って、私を抱きしめた。

その体温は温かく、私は少しだけ計算の手を止めた。

リリナの襲撃は撃退した。

だが、これで終わる相手ではないだろう。

そしてカイル殿下も。

彼らが次に仕掛けてくるのは、おそらく……。

「……そろそろ、王家主催の夜会ですね」

私が呟くと、アレクシス様の手がピクリと止まった。

「……ああ。そこが、正念場になるだろうな」

社交界デビュー。

元婚約者と現夫が激突する、最大の戦場。

私は密かに、その日に向けて「最強のドレス(もちろん経費で計上)」を用意する決意を固めたのだった。
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