婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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「……それで、話はまとまりましたね?」

公爵邸の執務室。

私は目の前に座るアレクシス様と、ガッチリと握手を交わしていた。

「ああ。君の実家の負債は、私がすべて肩代わりする。その代わり、君は……」

「『正式な公爵夫人』として、盛大な結婚式を挙げる。そのための準備を含め、今後の対外的な業務もすべて引き受ける。……ですね?」

「うむ」

アレクシス様が満足げに頷く。

私は内心で、高速の損益分岐点計算を行っていた。

(実家の借金は、概算で金貨三千枚。対して、結婚式の費用は……まあ、公爵家の面子を保つなら同程度かかるでしょう。でも、その費用は公爵家持ち。私は『花嫁』という役割を演じるだけで、実家の借金がチャラになる)

結論。

どう考えても「黒字」である。

愛のない政略結婚?

上等だ。

借金取りに追われる生活より、イケメン公爵(金持ち)のビジネスパートナーの方が、一億倍マシである。

「契約更新、ありがとうございます旦那様! これより『結婚式プロジェクト』の総責任者として、最高のコストパフォーマンスで式を成功させてみせます!」

「……金の話ばかりだな、君は」

「愛は形(金)にして初めて証明されるのです」

私が力説すると、アレクシス様は「やれやれ」といった顔で苦笑した。

だが、その目はどこか嬉しそうだ。

こうして、私の「公爵家・永住計画」が確定した。

はずだったのだが。

その日から、奇妙な「ゴミ」が屋敷に届くようになったのだ。



「……奥様。また、届いております」

朝のティータイム。

執事のセバスチャンが、銀のトレイに載せて持ってきたのは、一通の封筒だった。

分厚い。

そして、無駄に香水の匂いがする。

封蝋には、見覚えのある王家の紋章。

差出人は、もちろんカイル王太子殿下だ。

「……今度は何? 脅迫状?」

「いえ、どうやら……『愛の詩(ポエム)』のようです」

「は?」

セバスチャンが困惑顔で封筒を開ける。

中から出てきたのは、羊皮紙の束。

そこには、達筆な文字で、恥ずかしい言葉が延々と綴られていた。

『ああ、モナ。君を失って初めて気づいた。君の淹れる紅茶の温度が、いかに完璧だったかを』

『リリナは可愛いが、書類の整理ができない。君の整理整頓が恋しい』

『昨夜、夢に君が出てきた。君は請求書を持って微笑んでいた。……戻ってきてくれ、僕の金庫番』

私は読み上げるのをやめて、羊皮紙をテーブルに叩きつけた。

「……気持ち悪っ!!」

鳥肌が立った。

何これ。

未練? 後悔?

いいえ、これは単なる「不便さへの愚痴」だ。

私という便利な道具(カイル・専用AI)がいなくなって、生活能力のない彼が困っているだけだ。

「『愛』という言葉でコーティングされた『労働力の搾取要求』ね。吐き気がするわ」

「いかがなさいましょう? やはり、着払いで返送を……」

「待って」

私は羊皮紙を手に取り、光に透かしてみた。

「……ふむ。最高級の羊皮紙ね。厚みも十分、耐久性もある」

「はあ」

「これを送り返す送料すら無駄よ。セバスチャン、裁断機を持ってきて」

「……はい?」

数分後。

私はカイル殿下からの愛の詩を、専用の裁断機で四等分にカットしていた。

ジョキッ、ジョキッ。

小気味良い音が響く。

「よし、これで裏面が『メモ用紙』として使えるわ」

「め、メモ用紙……」

「ええ。屋敷の在庫管理用メモに最適よ。紙質が良いからインクも滲まないし。……ほら、この『愛してる』の文字の裏に、『大根・3本』って書くと書き味が最高」

「……王太子殿下の愛の言葉が、大根の下敷きに」

セバスチャンが遠い目をしている。

「残りの分は、暖炉の焚き付けに使いましょう。よく燃えそうだし」

私はカットした紙束を綺麗に揃え、輪ゴムで留めた。

これで一ヶ月分のメモ用紙代が浮いた。

「あざーす、殿下。あなたの未練が、我が家の事務用品費を削減してくれました」

私が満足げに頷いていると。

「……何をしている?」

背後から、低い声がかかった。

ギクリとする。

アレクシス様だ。

公務前の軍服姿で、廊下に立っていた。

その視線が、私の手元の「紙束」に釘付けになっている。

「あ、旦那様。おはようございます」

「……それは、カイル王太子からの手紙か?」

「ええ、まあ」

私は正直に答えた。

隠すようなことでもない。

だが、アレクシス様の表情が、見る見るうちに険しくなっていく。

「……毎日、届いているそうだな」

「ええ、迷惑なことに」

「それを、君は……捨てずに持っているのか?」

「はい? ええ、もちろんです」

捨てるなんてもったいない。

貴重な「資源」なのだから。

しかし、アレクシス様は私の言葉を、どうやら全く別の意味で解釈したらしい。

彼の顔に、苦渋の色が浮かぶ。

「……そうか。やはり、捨てられないか」

「当たり前です。こんなに質が良いのに」

「質……? ああ、そうか。彼との『思い出』の質は、俺などが介入できるものではない、ということか」

「は?」

話が噛み合っていない気がする。

アレクシス様は、私の手にある紙束(メモ帳に加工済み)を、忌々しげに睨みつけた。

「八年の付き合いだと言ったな。……情が、あるのか?」

「情? ありませんよ。あるのは『利用価値』だけです」

私はキッパリと言った。

(メモ帳としての利用価値がね)

だが、アレクシス様には(男としての利用価値=復縁の可能性)と聞こえたらしい。

ドゴンッ!

突然、アレクシス様が壁を殴った。

「ひっ!」

セバスチャンと私が同時に縮み上がる。

壁には、拳の跡がめり込んでいた。

「だ、旦那様……?」

「……利用価値、か」

アレクシス様が、私に詰め寄ってくる。

その瞳は、氷のように冷たく、けれど奥底で青い炎が燃えているようだった。

「俺にはないのか? その価値は」

「えっ、いや、旦那様には十分すぎるほどの価値(資産)が……」

「金の話ではない!」

彼が私の肩を掴んだ。

強い力だ。

でも、痛くはない。

「俺は、君を離すつもりはない。借金を肩代わりしたからではない。君が……必要だからだ」

「は、はい(有能な秘書としてですよね)」

「あいつの言葉など、聞くな。あいつの文字など、見るな」

アレクシス様の手が、私の手から紙束を奪い取った。

「あっ、私のメモ用紙!」

「こんなもの!」

ボッ!!

次の瞬間、アレクシス様の手から青白い魔力の炎が噴き出した。

「わああああ!」

一瞬で、カイル殿下の愛の詩(と大根のメモ)は灰になった。

「もったいなっ!!」

私は思わず叫んだ。

「何するんですか! まだ裏面が使えたのに!」

「新しい紙など、いくらでも買ってやる! 山ほど買ってやる!」

「そういう問題じゃありません! あるものを使うのがエコなんです!」

「エコなど知らん! 俺の前で、他の男の手紙を大事そうに抱えるな!」

「大事になんてしてません! ただの再利用です!」

「同じことだ!」

アレクシス様は、灰になった手紙を踏みつけ、ハァハァと肩で息をしていた。

そして、ハッとしたように私を見る。

「……すまない。取り乱した」

「……いえ、まあ、燃やしてしまったものは仕方ありませんが」

(暖炉の薪代が浮いたと思えば、まあいいか)

私が溜息をつくと、アレクシス様は気まずそうに視線を逸らした。

「……嫉妬だ」

「はい?」

「見苦しいな。……君が、あいつの言葉に心を動かされているのではないかと、不安になった」

「心を動かす? まさか。資源ゴミの分別に心を動かす人はいませんよ」

「……君は、本当にブレないな」

アレクシス様は力が抜けたように笑った。

だが、その目はまだ油断していない。

「とにかく、今後あいつからの手紙は、俺が検閲した上で焼却処分とする。君の目に入れるのも不快だ」

「検閲? 人件費の無駄では?」

「俺の精神衛生上の必要経費だ」

そう言って、アレクシス様は公務へと出かけていった。

残されたのは、私とセバスチャンと、壁の凹み。

「……奥様。旦那様は、相当重症でございますな」

「そうね。資源の無駄遣いに対して、もっと厳しく指導しなきゃ」

「……(そういう意味ではないのですが)」

セバスチャンが何か言いたげだったが、私は気にせず、次の業務へと移った。

手紙攻撃が失敗したカイル殿下が、次に何をしてくるか。

その対策を練らなければならない。

(手紙がダメなら、次は直接来るわよね……)

私の予感は的中した。

その日の午後。

公爵邸の門の前に、一台の派手な馬車が止まったのだ。



「モナー! モナー! 俺だ、カイルだ!」

門の外から、大声が聞こえてくる。

私は二階の窓から、冷ややかな目で見下ろしていた。

カイル殿下が、門番の騎士たちに止められながら、何かを叫んでいる。

「ここを通してくれ! 婚約者と話をさせてくれ!」

「お引き取りください、殿下。ここはミランド公爵邸です。アポなしの訪問はお断りしております」

門番たちが必死に防波堤となっている。

優秀だ。あとで特別ボーナスを出そう。

「モナ! そこにいるんだろう! 出てきてくれ!」

カイル殿下は諦めない。

手に何か持っている。

……リュート?

ジャジャーン♪

不協和音が響き渡った。

「え、歌う気?」

私は戦慄した。

まさかの「セレナーデ作戦」か。

『オー、モナ~♪ 僕の太陽~♪ 君がいないと~ 国庫が寒い~♪』

「歌詞が最低よ!」

国庫が寒いって何よ。

私のせいにするな。

周囲の通行人たちが足を止め、指差して笑っている。

「おい見ろよ、王太子様だぞ」

「公爵邸の前で歌ってる」

「振られた腹いせか?」

「いや、復縁を迫ってるらしいぞ」

「うわぁ、痛々しい……」

これはマズい。

公爵家の風評被害に関わる。

「近所迷惑だわ。……セバスチャン、塩を持ってきて。特上の粗塩を」

「お、奥様。王太子殿下に塩を撒くのはさすがに……」

「じゃあ、水? バケツの水ならいい?」

「それもちょっと……」

私が武器(清掃用具)を探していると、門の向こうから、もう一台の馬車が猛スピードでやってきた。

黒塗りの馬車。

アレクシス様が帰ってきたのだ。

馬車から飛び降りたアレクシス様は、歌っているカイル殿下の背後に、音もなく忍び寄った。

『君の計算機が~ 恋しいよ~♪』

「……何をしている」

地獄の底から響くような声。

「うわっ!?」

カイル殿下が飛び上がった。

振り返ると、そこには鬼の形相のアレクシス様。

「お、叔父上……! いや、これは、その、愛の表現で……」

「我が家の前で、騒音を撒き散らすな」

アレクシス様の手から、パキパキと氷の音がする。

物理的に空気が凍り始めた。

「ひぃっ!?」

「モナは私の妻だ。これ以上、彼女に付きまとうなら……王族といえど、容赦はせん」

「わ、わかった! 帰る! 帰りますぅ!」

カイル殿下はリュートを放り投げ、自分の馬車に逃げ込んだ。

そして、逃げるように走り去っていく。

(……早っ)

あっけない幕切れだった。

アレクシス様は、落ちていたリュートを拾い上げると、無造作に門番に渡した。

「これは売って、孤児院への寄付金にしろ」

「は、はい!」

(さすが旦那様! リサイクル精神が身についてきたわ!)

私は二階の窓から、思わず拍手を送った。

アレクシス様がふと見上げ、私と目が合う。

彼は一瞬だけ、バツが悪そうに顔をしかめ、それから小さく手を振った。

その顔が、少し赤くなっているように見えたのは、夕日のせいだろうか。

「……さて」

私は窓を閉めた。

カイル殿下撃退の功労者(旦那様)が戻ってきたのだ。

労いの準備をしなければ。

「セバスチャン。今夜の夕食は、旦那様の好物の『子羊のロースト』にして。……予算? 大丈夫、カイル殿下のリュートの売却益が出るはずだから」

私はニヤリと笑った。

敵の武器を奪い、こちらの糧にする。

これぞ戦場の鉄則だ。

しかし、この時の私は知らなかった。

カイル殿下のストーカー行為が、単なる「未練」だけでなく、リリナの悪知恵によって仕組まれた「罠」の序章に過ぎないことを。
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