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「……やっと、二人きりだな」
公爵邸、主寝室。
王宮での激務(とカイル殿下の介護)から解放され、帰宅した私たちは、ようやく夫婦水入らずの時間……というか、ベッドの上にいた。
部屋の明かりは落とされ、間接照明だけが灯っている。
アレクシス様は、私を宝物のように抱きしめ、首筋に顔を埋めていた。
「長かった……。三日間も、君のぬくもりが足りなかった」
「旦那様、執務室でずっと隣に座っていたではありませんか」
「あれは仕事だ。触れられない距離など、地球の裏側にいるのと同じだ」
相変わらずの距離感バグである。
だが、私も正直、ホッとしていた。
王宮のベッドは広すぎて寒かった。
やはり、この「人間湯たんぽ(高火力)」がないと、安眠効率が悪い。
「……モナ」
アレクシス様の手が、私の背中を滑る。
「今夜は、寝かさない。……覚悟はいいか?」
甘く、低い声。
心臓がドキンと跳ねる。
「……明日の業務に支障が出ない範囲でお願いします」
「約束できない」
彼が唇を寄せてくる。
私は観念して目を閉じた。
(……まあ、たまには『残業』も悪くないわね)
唇が触れ合う、その瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥゥ―――ッ!!
部屋中に、耳をつんざくようなサイレン音が響き渡った。
「……っ!?」
私たちは飛び起きた。
「なんだ!? 火事か!?」
「いいえ、この音は……『王宮緊急通信』です!」
私が指差した先、サイドテーブルに置いてあった通信用の魔道具(水晶玉)が、真っ赤に点滅していた。
アレクシス様が、般若のような形相で水晶玉を睨みつける。
「……よりによって、このタイミングで……」
「出ないとマズいです。国家レベルの緊急事態かもしれません」
私がスイッチを入れると、水晶玉の中にカイル殿下の顔が映し出された。
『お、叔父上ぇぇぇ! モナぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ!』
殿下は泣いていた。背景で何かが爆発している。
「チッ」
アレクシス様が盛大に舌打ちした。
「なんだ、カイル。今、非常に取り込み中だ。……用件を三秒で言え。さもなくば切る」
『き、切らないで! クーデターだ! 反乱が起きたんだ!』
「……は?」
『ベルン伯爵とリリナの手の者たちが、王宮の武器庫を占拠した! 「我々は嵌められた! 公爵家を討て!」って暴れまわってる! 近衛兵だけじゃ止められない!』
「……」
アレクシス様の周りの空気が、ピキピキと凍り始めた。
「……で?」
『で、じゃないよ! このままだと王宮が制圧される! 親父(国王)も人質に取られそうで……頼む! 戻ってきてくれ!』
「断る」
アレクシス様は即答した。
「俺は今から、妻と愛を育む予定がある。国が滅びようが知ったことか」
ブツッ。
通信を切った。
「……えっ、旦那様?」
「続きをしよう、モナ」
彼は水晶玉を氷漬けにして放り投げ、私を押し倒そうとした。
「ちょ、待ってください! クーデターですよ!?」
「関係ない。俺たちの夜を邪魔する奴は全員敵だ」
「敵とかそういう問題じゃなくて! クーデターが成功したらどうなると思いますか!?」
私はアレクシス様の胸を押し返して叫んだ。
「王政が転覆すれば、通貨の信用が暴落します! 公爵家が保有している国債も紙切れになるんですよ!?」
「……む」
「それに、反乱軍が『公爵家を討て』と言っているなら、次はここが戦場になります! 屋敷が燃やされたら、修繕費がいくらかかると思っているんですか!」
私の説得(損得勘定)に、アレクシス様の動きが止まる。
「……つまり?」
「『資産防衛』のため、出動が必要です。……今すぐに!」
私がベッドから飛び起きると、アレクシス様は深いため息をついた。
そして、ゆらりと立ち上がった。
その背中からは、今まで見たこともないほど濃密な、ドス黒いオーラが立ち昇っていた。
「……わかった」
声が低い。
地獄の底よりも低い。
「行くぞ、モナ」
「はい!」
「……俺の『夜』を邪魔した代償……国が一つ消し飛ぶほどの恐怖で支払わせてやる」
(あ、これヤバいやつだ)
私は直感した。
今回の出動は、救助ではない。
「殲滅戦」だ。
◇
数分後。
私たちは転移魔法(緊急時用の使い捨て高額アイテム)を使い、王宮の中庭に降り立った。
王宮は火の海……にはなっていなかったが、至る所で剣戟の音と怒号が響いていた。
「……ここか」
アレクシス様が降り立った瞬間。
中庭の空気が変わった。
「ひっ……?」
反乱軍の兵士たちが、異変に気づいて振り返る。
「み、ミランド公爵!?」
「なぜここに……!?」
アレクシス様は何も言わない。
ただ、無言で一歩踏み出した。
パキィィィィン!!
その一歩で、中庭の地面すべてが凍りついた。
燃え盛っていた松明の炎さえも、氷の中に閉じ込められる。
「な、なんだこれは!?」
「動けない! 足が!」
「……うるさい」
アレクシス様が呟く。
「静かにしろ。……俺は今、虫の居所が最悪なんだ」
彼は手を振った。
それだけで、襲いかかってこようとした兵士十数人が、氷の彫像へと変わった。
命までは奪っていない。だが、解凍されるまで一歩も動けない。
「行こう、モナ。……玉座の間だ」
アレクシス様は私を抱き寄せ、氷の道を作って空中を歩き始めた。
(……早い。早すぎる)
通常の攻略ルートを無視し、壁を破壊(凍結粉砕)しながら一直線に進む。
「あ、旦那様! そこの壺は国宝です! 壊さないで!」
「邪魔だ」
パリン。
「ああっ! 私の(予定の)資産が!」
私の悲鳴も虚しく、アレクシス様は台風のように進撃を続けた。
◇
玉座の間。
そこでは、ベルン伯爵とリリナ様が、国王陛下とカイル殿下を追い詰めていた。
「観念なさい! もう逃げ場はないわ!」
リリナ様が剣(どこで拾ったのか)を振り回している。
「私をコケにした報いよ! 王家も公爵家も、みんな破滅させてやるわ!」
「お、落ち着けリリナ嬢! 話し合おう!」
陛下が柱の陰に隠れている。情けない。
「話し合いなんて必要ありません! さあ、王位譲渡の書類にサインを……」
ベルン伯爵が迫った、その時。
ドオォォォォォン!!
天井が落ちてきた。
「きゃあああっ!?」
瓦礫と共に、白い冷気が舞い降りる。
そして、氷の玉座に座った魔王……アレクシス様が着地した。
「……誰が、誰を破滅させるだと?」
「ア、アレクシス様……!?」
リリナ様が腰を抜かす。
アレクシス様は、ゆっくりと立ち上がった。
その目は、もはや人間を見ていない。
「貴様ら。……よくも、俺の『一番いいところ』を邪魔してくれたな?」
「い、いいところ……?」
ベルン伯爵がポカンとする。
「あと数センチだったんだ。……あと数センチで、モナの唇に届くところだったんだぞ!!」
アレクシス様の絶叫が、玉座の間にこだました。
「は?」
全員の声が重なった。
「クーデター? 王位? そんなくだらないことのために、俺の貴重な夫婦の時間を奪ったのか? ……万死に値する!!」
ドゴォォォォォン!!
アレクシス様の怒りが爆発した。
部屋全体が、一瞬にして極寒の氷原へと変わる。
「さ、寒い! 死ぬ!」
カイル殿下がガタガタ震える。
ベルン伯爵とリリナ様は、恐怖で悲鳴も上げられない。
「ア、アレクシス様! 誤解です! 私たちはただ、正当な権利を……」
「黙れ。貴様らの声を聞くだけで不快だ」
アレクシス様が指を弾く。
瞬時に、二人の口元が分厚い氷で覆われた。
「んぐぐっ!!」
「さて、どう料理してやろうか。……永遠に氷漬けにして、公爵邸の庭のオブジェにするか?」
アレクシス様が氷の剣を生成する。
本気だ。殺意が高い。
「ま、待ってください旦那様!」
私は慌てて飛び出した。
「オブジェはいりません! 管理費がかかります!」
「モナ。止めるな。こいつらは害獣だ」
「害獣だからこそ、利用価値があるのです!」
私は凍りついた二人の前に立った。
「ベルン伯爵、リリナ様。……命だけは助けてあげましょうか?」
二人が必死に頷く。
「では、契約書にサインを」
私は懐から、即席で作成した羊皮紙を取り出した。
「今回のクーデターによる損害賠償、および慰謝料。……総額、金貨十万枚。分割払い不可。利子はトゴ(十日で五割)。払えなければ、鉱山で強制労働」
「……!!??」
二人の目が飛び出る。
「嫌なら、このまま旦那様の『怒りの氷像コレクション』になりますか?」
アレクシス様が剣を構える。
二人は泣きながら、猛スピードで頷いた。
「交渉成立ですね」
私は二人の氷を一部溶かし、無理やりサインさせた。
「はい、契約完了。……旦那様、もういいですよ」
「チッ……甘いな、モナは」
アレクシス様は不満げに剣を消した。
「だが、俺の気は済んでいない。……カイル、兄上(陛下)」
矛先が王族に向く。
「ひぃっ! わ、我々は被害者だ!」
「被害者? こんな茶番を許した管理責任はどうなる?」
アレクシス様は冷ややかに言い放った。
「今回の出動費、および俺の精神的苦痛への賠償として……『宝物庫』の中身、全部貰っていくぞ」
「ぜ、全部ぅぅぅ!?」
陛下が絶叫する。
「一つと言っただろう!?」
「状況が変わった。……文句があるなら、今ここで王宮ごと凍らせるが?」
「ど、どうぞお持ちくださいぃぃ!」
陛下が泣き崩れた。
こうして、クーデターはわずか十分で鎮圧された。
公爵家の圧勝である。
◇
帰り道。
私たちは、王家の宝物庫からごっそりと押収した財宝を積んだ馬車(荷台付き)で、悠々と帰宅した。
「……ふふふ。見てください旦那様、この金塊の山!」
私は金貨の海に埋もれながら、恍惚としていた。
「これがあれば、領地の開発も、屋敷の改築もやりたい放題です!」
「……モナ」
アレクシス様は、財宝には目もくれず、私をじっと見ていた。
「はい?」
「邪魔者は消した。稼ぎも十分だ。……もう、言い訳はできないぞ?」
「……あ」
そうだった。
今回の出動の発端は、「中断された夜」の続きをするためだった。
アレクシス様の瞳は、まだ燃えている。
怒りの炎ではなく、情熱の炎で。
「……家に帰ったら、覚悟しておけ」
彼は私の手首を掴み、逃げられないように引き寄せた。
「今度こそ、朝まで離さない」
「……はい、ボス」
私は観念して、彼の肩に頭を預けた。
金塊のベッドの上で、愛する旦那様に抱かれる。
悪役令嬢として、これ以上のハッピーエンドがあるだろうか。
……いや、まだだ。
リリナ様の最後の悪あがき(捏造帳簿の件)には、まだ「裏」がある気がする。
ベルン伯爵ごときが、あんな精巧な偽造をできるわけがない。
私の勘が告げている。
本当の黒幕は、まだ影の中にいる。
公爵邸、主寝室。
王宮での激務(とカイル殿下の介護)から解放され、帰宅した私たちは、ようやく夫婦水入らずの時間……というか、ベッドの上にいた。
部屋の明かりは落とされ、間接照明だけが灯っている。
アレクシス様は、私を宝物のように抱きしめ、首筋に顔を埋めていた。
「長かった……。三日間も、君のぬくもりが足りなかった」
「旦那様、執務室でずっと隣に座っていたではありませんか」
「あれは仕事だ。触れられない距離など、地球の裏側にいるのと同じだ」
相変わらずの距離感バグである。
だが、私も正直、ホッとしていた。
王宮のベッドは広すぎて寒かった。
やはり、この「人間湯たんぽ(高火力)」がないと、安眠効率が悪い。
「……モナ」
アレクシス様の手が、私の背中を滑る。
「今夜は、寝かさない。……覚悟はいいか?」
甘く、低い声。
心臓がドキンと跳ねる。
「……明日の業務に支障が出ない範囲でお願いします」
「約束できない」
彼が唇を寄せてくる。
私は観念して目を閉じた。
(……まあ、たまには『残業』も悪くないわね)
唇が触れ合う、その瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥゥ―――ッ!!
部屋中に、耳をつんざくようなサイレン音が響き渡った。
「……っ!?」
私たちは飛び起きた。
「なんだ!? 火事か!?」
「いいえ、この音は……『王宮緊急通信』です!」
私が指差した先、サイドテーブルに置いてあった通信用の魔道具(水晶玉)が、真っ赤に点滅していた。
アレクシス様が、般若のような形相で水晶玉を睨みつける。
「……よりによって、このタイミングで……」
「出ないとマズいです。国家レベルの緊急事態かもしれません」
私がスイッチを入れると、水晶玉の中にカイル殿下の顔が映し出された。
『お、叔父上ぇぇぇ! モナぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇ!』
殿下は泣いていた。背景で何かが爆発している。
「チッ」
アレクシス様が盛大に舌打ちした。
「なんだ、カイル。今、非常に取り込み中だ。……用件を三秒で言え。さもなくば切る」
『き、切らないで! クーデターだ! 反乱が起きたんだ!』
「……は?」
『ベルン伯爵とリリナの手の者たちが、王宮の武器庫を占拠した! 「我々は嵌められた! 公爵家を討て!」って暴れまわってる! 近衛兵だけじゃ止められない!』
「……」
アレクシス様の周りの空気が、ピキピキと凍り始めた。
「……で?」
『で、じゃないよ! このままだと王宮が制圧される! 親父(国王)も人質に取られそうで……頼む! 戻ってきてくれ!』
「断る」
アレクシス様は即答した。
「俺は今から、妻と愛を育む予定がある。国が滅びようが知ったことか」
ブツッ。
通信を切った。
「……えっ、旦那様?」
「続きをしよう、モナ」
彼は水晶玉を氷漬けにして放り投げ、私を押し倒そうとした。
「ちょ、待ってください! クーデターですよ!?」
「関係ない。俺たちの夜を邪魔する奴は全員敵だ」
「敵とかそういう問題じゃなくて! クーデターが成功したらどうなると思いますか!?」
私はアレクシス様の胸を押し返して叫んだ。
「王政が転覆すれば、通貨の信用が暴落します! 公爵家が保有している国債も紙切れになるんですよ!?」
「……む」
「それに、反乱軍が『公爵家を討て』と言っているなら、次はここが戦場になります! 屋敷が燃やされたら、修繕費がいくらかかると思っているんですか!」
私の説得(損得勘定)に、アレクシス様の動きが止まる。
「……つまり?」
「『資産防衛』のため、出動が必要です。……今すぐに!」
私がベッドから飛び起きると、アレクシス様は深いため息をついた。
そして、ゆらりと立ち上がった。
その背中からは、今まで見たこともないほど濃密な、ドス黒いオーラが立ち昇っていた。
「……わかった」
声が低い。
地獄の底よりも低い。
「行くぞ、モナ」
「はい!」
「……俺の『夜』を邪魔した代償……国が一つ消し飛ぶほどの恐怖で支払わせてやる」
(あ、これヤバいやつだ)
私は直感した。
今回の出動は、救助ではない。
「殲滅戦」だ。
◇
数分後。
私たちは転移魔法(緊急時用の使い捨て高額アイテム)を使い、王宮の中庭に降り立った。
王宮は火の海……にはなっていなかったが、至る所で剣戟の音と怒号が響いていた。
「……ここか」
アレクシス様が降り立った瞬間。
中庭の空気が変わった。
「ひっ……?」
反乱軍の兵士たちが、異変に気づいて振り返る。
「み、ミランド公爵!?」
「なぜここに……!?」
アレクシス様は何も言わない。
ただ、無言で一歩踏み出した。
パキィィィィン!!
その一歩で、中庭の地面すべてが凍りついた。
燃え盛っていた松明の炎さえも、氷の中に閉じ込められる。
「な、なんだこれは!?」
「動けない! 足が!」
「……うるさい」
アレクシス様が呟く。
「静かにしろ。……俺は今、虫の居所が最悪なんだ」
彼は手を振った。
それだけで、襲いかかってこようとした兵士十数人が、氷の彫像へと変わった。
命までは奪っていない。だが、解凍されるまで一歩も動けない。
「行こう、モナ。……玉座の間だ」
アレクシス様は私を抱き寄せ、氷の道を作って空中を歩き始めた。
(……早い。早すぎる)
通常の攻略ルートを無視し、壁を破壊(凍結粉砕)しながら一直線に進む。
「あ、旦那様! そこの壺は国宝です! 壊さないで!」
「邪魔だ」
パリン。
「ああっ! 私の(予定の)資産が!」
私の悲鳴も虚しく、アレクシス様は台風のように進撃を続けた。
◇
玉座の間。
そこでは、ベルン伯爵とリリナ様が、国王陛下とカイル殿下を追い詰めていた。
「観念なさい! もう逃げ場はないわ!」
リリナ様が剣(どこで拾ったのか)を振り回している。
「私をコケにした報いよ! 王家も公爵家も、みんな破滅させてやるわ!」
「お、落ち着けリリナ嬢! 話し合おう!」
陛下が柱の陰に隠れている。情けない。
「話し合いなんて必要ありません! さあ、王位譲渡の書類にサインを……」
ベルン伯爵が迫った、その時。
ドオォォォォォン!!
天井が落ちてきた。
「きゃあああっ!?」
瓦礫と共に、白い冷気が舞い降りる。
そして、氷の玉座に座った魔王……アレクシス様が着地した。
「……誰が、誰を破滅させるだと?」
「ア、アレクシス様……!?」
リリナ様が腰を抜かす。
アレクシス様は、ゆっくりと立ち上がった。
その目は、もはや人間を見ていない。
「貴様ら。……よくも、俺の『一番いいところ』を邪魔してくれたな?」
「い、いいところ……?」
ベルン伯爵がポカンとする。
「あと数センチだったんだ。……あと数センチで、モナの唇に届くところだったんだぞ!!」
アレクシス様の絶叫が、玉座の間にこだました。
「は?」
全員の声が重なった。
「クーデター? 王位? そんなくだらないことのために、俺の貴重な夫婦の時間を奪ったのか? ……万死に値する!!」
ドゴォォォォォン!!
アレクシス様の怒りが爆発した。
部屋全体が、一瞬にして極寒の氷原へと変わる。
「さ、寒い! 死ぬ!」
カイル殿下がガタガタ震える。
ベルン伯爵とリリナ様は、恐怖で悲鳴も上げられない。
「ア、アレクシス様! 誤解です! 私たちはただ、正当な権利を……」
「黙れ。貴様らの声を聞くだけで不快だ」
アレクシス様が指を弾く。
瞬時に、二人の口元が分厚い氷で覆われた。
「んぐぐっ!!」
「さて、どう料理してやろうか。……永遠に氷漬けにして、公爵邸の庭のオブジェにするか?」
アレクシス様が氷の剣を生成する。
本気だ。殺意が高い。
「ま、待ってください旦那様!」
私は慌てて飛び出した。
「オブジェはいりません! 管理費がかかります!」
「モナ。止めるな。こいつらは害獣だ」
「害獣だからこそ、利用価値があるのです!」
私は凍りついた二人の前に立った。
「ベルン伯爵、リリナ様。……命だけは助けてあげましょうか?」
二人が必死に頷く。
「では、契約書にサインを」
私は懐から、即席で作成した羊皮紙を取り出した。
「今回のクーデターによる損害賠償、および慰謝料。……総額、金貨十万枚。分割払い不可。利子はトゴ(十日で五割)。払えなければ、鉱山で強制労働」
「……!!??」
二人の目が飛び出る。
「嫌なら、このまま旦那様の『怒りの氷像コレクション』になりますか?」
アレクシス様が剣を構える。
二人は泣きながら、猛スピードで頷いた。
「交渉成立ですね」
私は二人の氷を一部溶かし、無理やりサインさせた。
「はい、契約完了。……旦那様、もういいですよ」
「チッ……甘いな、モナは」
アレクシス様は不満げに剣を消した。
「だが、俺の気は済んでいない。……カイル、兄上(陛下)」
矛先が王族に向く。
「ひぃっ! わ、我々は被害者だ!」
「被害者? こんな茶番を許した管理責任はどうなる?」
アレクシス様は冷ややかに言い放った。
「今回の出動費、および俺の精神的苦痛への賠償として……『宝物庫』の中身、全部貰っていくぞ」
「ぜ、全部ぅぅぅ!?」
陛下が絶叫する。
「一つと言っただろう!?」
「状況が変わった。……文句があるなら、今ここで王宮ごと凍らせるが?」
「ど、どうぞお持ちくださいぃぃ!」
陛下が泣き崩れた。
こうして、クーデターはわずか十分で鎮圧された。
公爵家の圧勝である。
◇
帰り道。
私たちは、王家の宝物庫からごっそりと押収した財宝を積んだ馬車(荷台付き)で、悠々と帰宅した。
「……ふふふ。見てください旦那様、この金塊の山!」
私は金貨の海に埋もれながら、恍惚としていた。
「これがあれば、領地の開発も、屋敷の改築もやりたい放題です!」
「……モナ」
アレクシス様は、財宝には目もくれず、私をじっと見ていた。
「はい?」
「邪魔者は消した。稼ぎも十分だ。……もう、言い訳はできないぞ?」
「……あ」
そうだった。
今回の出動の発端は、「中断された夜」の続きをするためだった。
アレクシス様の瞳は、まだ燃えている。
怒りの炎ではなく、情熱の炎で。
「……家に帰ったら、覚悟しておけ」
彼は私の手首を掴み、逃げられないように引き寄せた。
「今度こそ、朝まで離さない」
「……はい、ボス」
私は観念して、彼の肩に頭を預けた。
金塊のベッドの上で、愛する旦那様に抱かれる。
悪役令嬢として、これ以上のハッピーエンドがあるだろうか。
……いや、まだだ。
リリナ様の最後の悪あがき(捏造帳簿の件)には、まだ「裏」がある気がする。
ベルン伯爵ごときが、あんな精巧な偽造をできるわけがない。
私の勘が告げている。
本当の黒幕は、まだ影の中にいる。
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