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「ぎゃあああああ!! 不潔だ! 神聖な王城で、な、何をしているぅぅぅ!!」
翌朝。
貴賓室に、カイル王太子殿下の絶叫が響き渡った。
私は布団の中で、うるさそうに片目を開けた。
「……殿下。朝から騒音公害ですか? デシベルが高すぎます」
「高すぎますじゃない! 見ろ、その状況を! ベッドに二人! 密室! 男女!」
カイル殿下が指差す先には、私と、私を抱き枕のようにガッチリとホールドして離さないアレクシス様がいる。
「……おはよう、カイル」
アレクシス様が気だるげに起き上がった。
その瞳は、獲物を前にした肉食獣のように鋭い。
「私の妻と寝ていて何が悪い? ここは俺の『仮住まい』だと言ったはずだが」
「そ、そうだけど! 限度があるだろう! 俺の目の前でイチャイチャするな!」
「見ていなければいい。……眼球を凍らせてやろうか?」
「ひぃっ! け、警察! 誰か警察を呼んでくれぇ!」
カイル殿下が涙目で廊下へ逃げ出そうとする。
私はやれやれとため息をつき、アレクシス様の腕から這い出した。
「旦那様、威嚇射撃はその辺にして。……さあ殿下、業務開始時間ですよ」
私はパン、と手を叩いた。
「今日は王宮再生プロジェクトの最終日。仕上げの『自動化テスト』を行います」
◇
一時間後。執務室。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「承認。承認。承認。……却下」
カイル殿下が、虚ろな目で書類にスタンプを押し続けている。
その速度は昨日よりさらに上がっていた。
シュババババ!
もはや手の動きが残像に見える。
「素晴らしい……。完全なマシンね」
私はストップウォッチを見ながら頷いた。
「判断ロジックの埋め込みは完了しました。これで殿下は、私の作った『業務マニュアル(アルゴリズム)』に従って、一生何も考えずに国を運営できます」
「あ、ありがとうモナ……。楽だ……。脳みそがツルツルする……」
殿下は幸せそうだ。
これでいいのか一国の王太子、という疑問はあるが、国が回るならそれが正義だ。
「モナ嬢! 素晴らしい!」
そこへ、国王陛下が満面の笑みで入ってきた。
「見ろ、あの書類の山が消えた! 我が国の行政が、かつてない速度で回転しておる!」
「恐縮です、陛下。無駄な会議と根回しを全廃し、全て『即決』させただけです」
「うむ! これぞ余が求めていた改革だ!」
陛下は私の手を取り、ガシガシと握手した。
「約束通り、報酬を弾もう! 王家の宝物庫の鍵だ! 好きなものを持っていくがいい!」
陛下が差し出したのは、黄金に輝く鍵。
チャリーン。
私の脳内で、勝利のファンファーレが鳴り響いた。
(来た! ビッグボーナス!)
宝物庫には、国宝級の魔道具や、伝説の錬金術師が作った金塊製造機(噂)があるという。
「ありがとうございます、陛下。では、早速……」
私が鍵を受け取ろうとした、その時だった。
バンッ!!
執務室の扉が、乱暴に開かれた。
「――お待ちください、陛下!!」
鋭い声。
入ってきたのは、数名の近衛兵を引き連れた、恰幅の良い男だった。
宰相補佐のベルン伯爵だ。
リリナ様の実家であるメルローズ男爵家の、親戚筋にあたる人物でもある。
(……あちゃー。嫌なのが来たわね)
私は心の中で舌打ちをした。
「ベルンか。何事だ、騒々しい」
陛下が不機嫌そうに眉を寄せる。
ベルン伯爵は、芝居がかった動作で私を指差した。
「陛下! その女に報酬を渡してはなりません! 彼女は……国庫を横領した大罪人ですぞ!」
「……は?」
空気が凍った。
物理的にも凍った。
隣に座っていたアレクシス様から、ピキピキという音が聞こえ始めたからだ。
「……誰が、なんだと?」
アレクシス様が立ち上がる。
「よせ、ベルン。モナ嬢が横領などするはずがなかろう。彼女はこの数日、不眠不休で国を立て直してくれたのだぞ」
陛下も庇ってくれる。
だが、ベルン伯爵はニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を掲げた。
「そう見えるだけです、陛下。……これをご覧ください!」
彼は羊皮紙を陛下の前に叩きつけた。
「これは、王宮の裏帳簿の写しです。カイル王太子殿下の名義で、巨額の資金が『不正送金』されています。その振込先は……なんと、バーンズ公爵家……モナ嬢の実家の隠し口座です!」
「なっ……!?」
陛下が書類を覗き込む。
私も横から覗き込んだ。
確かに、そこには私の実家の口座番号と、金貨三千枚の送金記録が記されていた。
(……へえ。よく出来てる)
偽造だ。
だが、精巧に作られている。王室の印章まで押してある。
「カイル殿下が書類仕事が苦手なのをいいことに、彼女は殿下を操り、自分の実家の借金返済のために国庫を流用させたのです!」
ベルン伯爵が声高に叫ぶ。
「証人はいます! ……入りなさい、リリナ嬢!」
呼ばれて入ってきたのは、ピンク色のドレスを着たリリナ様だった。
以前よりもやつれているが、その目には復讐の炎が燃えている。
「へ、陛下……。私、見ちゃったんです」
リリナ様は涙ながらに証言した。
「カイル様が、モナお姉様に脅されて……泣きながら書類に判を押しているところを。『言うことを聞かないと、秘密をバラすぞ』って……」
「……秘密?」
「はい。カイル様が、おねしょをしたことです!」
「ぶふっ」
私は思わず吹き出した。
なんだその小学生レベルの脅迫は。
カイル殿下が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ち、違う! してない! 最後にしたのは十歳の時だ!」
「殿下、墓穴です」
私がツッコミを入れるが、リリナ様は止まらない。
「とにかく、お姉様はカイル様を洗脳して、国のお金を盗んでいるんです! あの仕事が早いのも、不正の証拠を隠滅するためなんです!」
「……なるほど」
ベルン伯爵が頷く。
「この通りです、陛下。この女は希代の悪女。即刻、捕縛し、公爵家への送金を停止すべきです!」
衛兵たちが、ガチャリと槍を構えた。
矛先は、私に向けられている。
完全に包囲された。
「……アレクシス、どうする?」
陛下が困惑して、弟を見る。
アレクシス様は、私を背に庇い、静かに剣(氷製)を生成した。
「……愚問だ、兄上。私の妻を愚弄する者は、全員斬る」
「ま、待て! 血を見るのはマズい!」
「モナが盗っ人扱いされているのだぞ? この国ごと消してやる」
アレクシス様の本気モードだ。
部屋の温度がマイナスに突入し、カイル殿下の鼻水が凍り始めた。
「……旦那様。ステイ」
私はアレクシス様の背中をポンと叩いた。
「え?」
「下がっていてください。……これは『武力』ではなく、『数字』で殴る案件です」
私は一歩前に出た。
槍を突きつけられても、私の表情は微動だにしない。
むしろ、憐れむような目でベルン伯爵とリリナ様を見下ろした。
「……あの、よろしいですか?」
「な、なんだ。言い訳か?」
「いえ。……その『裏帳簿』、詰めが甘すぎます」
「は?」
私は自分の鞄から、分厚いファイルを一冊取り出した。
「こちら、私がこの三日間で作成した『王室財政・完全決算書』です」
ドサッ。
机の上に置かれたファイルの厚みに、全員が圧倒される。
「まず、貴方が提示した送金記録の日付。……三ヶ月前になっていますね?」
「そ、そうだ! お前が婚約者だった時期だ!」
「その日、王宮のメインサーバー……魔導ネットワークはメンテナンス中でした。送金処理自体が不可能です」
「なっ……!?」
「次に、振込先の実家の口座。……その口座は、父が借金を作るために開設しようとして、審査落ちして凍結された『死に口座』です。入金しようとしてもエラーで返ってきます」
「えっ……」
「そして極め付けに」
私はリリナ様を見た。
「リリナ様。貴女が証言した『おねしょの脅迫』ですが……その時期、カイル殿下は地方視察中で、私とは別行動でした。アリバイが成立しません」
「あ……」
リリナ様が口をパクパクさせる。
私は畳み掛けた。
「つまり、その証拠物件は全て『あり得ないデータ』の集合体です。捏造するなら、もう少しカレンダーとシステム仕様書を確認してからになさい」
「ぐぬっ……!」
ベルン伯爵が脂汗を流す。
「だ、黙れ! 口から出まかせを! 証拠はあるんだ! この目で見たんだ!」
「そうですか。では、逆に質問します」
私は目を細め、ベルン伯爵を指差した。
「貴方が管理している『建設省』の予算。……先月、橋の補修工事費として計上された金貨二千枚。あれ、どこに消えました?」
「は、はい!?」
「私が決算書を整理していたら、領収書が一枚もなかったんですよ。施工業者の名前も架空でしたし」
私はニヤリと笑った。
「もしかして、ご自分の横領を隠すために、私に罪をなすりつけようとしたのですか? ……その送金記録の筆跡、貴方のサインに酷似していますけれど」
「ひぃっ!?」
図星だったらしい。
ベルン伯爵の顔色が、赤から青、そして土色へと変わっていく。
「陛下。……監査を入れましょうか?」
私が提案すると、陛下は深く頷いた。
「うむ。……衛兵! 捕らえるのはモナ嬢ではない! ベルンとリリナだ!」
「はっ!!」
オセロがひっくり返った。
衛兵たちが回れ右をして、ベルン伯爵を取り押さえる。
「ち、違う! 私は……! リリナに頼まれて……!」
「おじ様!? 裏切るの!?」
「うるさい! お前が『絶対にバレない』と言うから協力したのに!」
醜い仲間割れが始まった。
「……見苦しい」
アレクシス様が一言呟き、指を鳴らした。
パキンッ。
二人の足元が凍りつき、口論も物理的に封じられた。
「……王城の空気が汚れる。さっさと連れて行け」
「は、はいぃぃ!」
衛兵たちが氷像になりかけの二人を引きずっていく。
「モナ! 覚えてなさいよぉぉぉ!」
リリナ様の捨て台詞が遠ざかっていく。
これで、彼女の社会的信用は完全に失墜しただろう。
「……ふぅ。やれやれ」
私は肩をすくめた。
「仕事が増えましたね。陛下、ベルン伯爵の横領分の回収業務も請け負いましょうか? 手数料は30%で」
「た、頼もしい……! ぜひ頼む!」
陛下が涙目で縋り付いてくる。
「モナ。もういいだろう」
アレクシス様が私の腰を引き寄せた。
「これ以上働くな。君の価値を、安売りするな」
「安売りではありません。高値売りです」
「……帰るぞ。報酬の鍵は貰ったな?」
「はい、しっかりと」
私はポケットの鍵を確認した。
「では陛下、カイル殿下。……アフターサービス期間は終了です。これより先は、有料オプションとなりますのでご注意を」
私は優雅に一礼し、アレクシス様にエスコートされて部屋を出た。
背後でカイル殿下が「モナァァァ! 行かないでくれぇぇぇ!」と叫んでいたが、その声は自動ドア(アレクシス様が凍らせて閉めた扉)によって遮断された。
◇
帰りの馬車の中。
私は戦利品である「宝物庫の鍵」を太陽にかざして眺めていた。
「……ふふふ。これで公爵家の資産は安泰ね」
「モナ」
「はい?」
「俺より、その鍵の方が大事か?」
アレクシス様が、また拗ねている。
「愚問です。この鍵は『モノ』ですが、旦那様は『パートナー』です。比較対象になりません」
「……愛している、と言ってくれないか」
「言いましたよ? 『稼ぐ力が好きだ』と」
「条件付きじゃなくて!」
アレクシス様が私の肩に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
大型犬の甘え方だ。
「……まあ、そうですね」
私は少し考えて、彼の手を握った。
「貴方がいなければ、さっきの場面で私は物理的に排除されていたかもしれません。……貴方の『武力』と『守る力』も、高く評価しています」
「……評価じゃなくて」
「それに」
私は少し顔を近づけた。
「貴方の体温は、私の安眠に必要不可欠な『機能』のようですし」
「……!」
アレクシス様が顔を上げた。
「それは……俺と一緒に寝たい、という意味か?」
「効率的な体温調整のためです」
「……それでもいい」
彼は嬉しそうに笑い、私を抱きしめた。
「今夜は離さないぞ。……宝物庫の話なんかさせないくらい、俺だけでいっぱいにしてやる」
「……お手柔らかにお願いします。明日は帳簿整理がありますので」
馬車は公爵邸へと進む。
王宮での騒動は片付いた。
だが、リリナ様とベルン伯爵の件で、一つだけ気になることがあった。
あの偽造帳簿。
あまりにも精巧すぎた。
リリナ様や、小悪党のベルン伯爵だけで作れるものだろうか?
もしかして、もっと大きな「黒幕」がいるのではないか?
私の勘(商売人の嗅覚)が、微かな焦げ臭さを感じ取っていた。
翌朝。
貴賓室に、カイル王太子殿下の絶叫が響き渡った。
私は布団の中で、うるさそうに片目を開けた。
「……殿下。朝から騒音公害ですか? デシベルが高すぎます」
「高すぎますじゃない! 見ろ、その状況を! ベッドに二人! 密室! 男女!」
カイル殿下が指差す先には、私と、私を抱き枕のようにガッチリとホールドして離さないアレクシス様がいる。
「……おはよう、カイル」
アレクシス様が気だるげに起き上がった。
その瞳は、獲物を前にした肉食獣のように鋭い。
「私の妻と寝ていて何が悪い? ここは俺の『仮住まい』だと言ったはずだが」
「そ、そうだけど! 限度があるだろう! 俺の目の前でイチャイチャするな!」
「見ていなければいい。……眼球を凍らせてやろうか?」
「ひぃっ! け、警察! 誰か警察を呼んでくれぇ!」
カイル殿下が涙目で廊下へ逃げ出そうとする。
私はやれやれとため息をつき、アレクシス様の腕から這い出した。
「旦那様、威嚇射撃はその辺にして。……さあ殿下、業務開始時間ですよ」
私はパン、と手を叩いた。
「今日は王宮再生プロジェクトの最終日。仕上げの『自動化テスト』を行います」
◇
一時間後。執務室。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「承認。承認。承認。……却下」
カイル殿下が、虚ろな目で書類にスタンプを押し続けている。
その速度は昨日よりさらに上がっていた。
シュババババ!
もはや手の動きが残像に見える。
「素晴らしい……。完全なマシンね」
私はストップウォッチを見ながら頷いた。
「判断ロジックの埋め込みは完了しました。これで殿下は、私の作った『業務マニュアル(アルゴリズム)』に従って、一生何も考えずに国を運営できます」
「あ、ありがとうモナ……。楽だ……。脳みそがツルツルする……」
殿下は幸せそうだ。
これでいいのか一国の王太子、という疑問はあるが、国が回るならそれが正義だ。
「モナ嬢! 素晴らしい!」
そこへ、国王陛下が満面の笑みで入ってきた。
「見ろ、あの書類の山が消えた! 我が国の行政が、かつてない速度で回転しておる!」
「恐縮です、陛下。無駄な会議と根回しを全廃し、全て『即決』させただけです」
「うむ! これぞ余が求めていた改革だ!」
陛下は私の手を取り、ガシガシと握手した。
「約束通り、報酬を弾もう! 王家の宝物庫の鍵だ! 好きなものを持っていくがいい!」
陛下が差し出したのは、黄金に輝く鍵。
チャリーン。
私の脳内で、勝利のファンファーレが鳴り響いた。
(来た! ビッグボーナス!)
宝物庫には、国宝級の魔道具や、伝説の錬金術師が作った金塊製造機(噂)があるという。
「ありがとうございます、陛下。では、早速……」
私が鍵を受け取ろうとした、その時だった。
バンッ!!
執務室の扉が、乱暴に開かれた。
「――お待ちください、陛下!!」
鋭い声。
入ってきたのは、数名の近衛兵を引き連れた、恰幅の良い男だった。
宰相補佐のベルン伯爵だ。
リリナ様の実家であるメルローズ男爵家の、親戚筋にあたる人物でもある。
(……あちゃー。嫌なのが来たわね)
私は心の中で舌打ちをした。
「ベルンか。何事だ、騒々しい」
陛下が不機嫌そうに眉を寄せる。
ベルン伯爵は、芝居がかった動作で私を指差した。
「陛下! その女に報酬を渡してはなりません! 彼女は……国庫を横領した大罪人ですぞ!」
「……は?」
空気が凍った。
物理的にも凍った。
隣に座っていたアレクシス様から、ピキピキという音が聞こえ始めたからだ。
「……誰が、なんだと?」
アレクシス様が立ち上がる。
「よせ、ベルン。モナ嬢が横領などするはずがなかろう。彼女はこの数日、不眠不休で国を立て直してくれたのだぞ」
陛下も庇ってくれる。
だが、ベルン伯爵はニヤリと笑い、一枚の羊皮紙を掲げた。
「そう見えるだけです、陛下。……これをご覧ください!」
彼は羊皮紙を陛下の前に叩きつけた。
「これは、王宮の裏帳簿の写しです。カイル王太子殿下の名義で、巨額の資金が『不正送金』されています。その振込先は……なんと、バーンズ公爵家……モナ嬢の実家の隠し口座です!」
「なっ……!?」
陛下が書類を覗き込む。
私も横から覗き込んだ。
確かに、そこには私の実家の口座番号と、金貨三千枚の送金記録が記されていた。
(……へえ。よく出来てる)
偽造だ。
だが、精巧に作られている。王室の印章まで押してある。
「カイル殿下が書類仕事が苦手なのをいいことに、彼女は殿下を操り、自分の実家の借金返済のために国庫を流用させたのです!」
ベルン伯爵が声高に叫ぶ。
「証人はいます! ……入りなさい、リリナ嬢!」
呼ばれて入ってきたのは、ピンク色のドレスを着たリリナ様だった。
以前よりもやつれているが、その目には復讐の炎が燃えている。
「へ、陛下……。私、見ちゃったんです」
リリナ様は涙ながらに証言した。
「カイル様が、モナお姉様に脅されて……泣きながら書類に判を押しているところを。『言うことを聞かないと、秘密をバラすぞ』って……」
「……秘密?」
「はい。カイル様が、おねしょをしたことです!」
「ぶふっ」
私は思わず吹き出した。
なんだその小学生レベルの脅迫は。
カイル殿下が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「ち、違う! してない! 最後にしたのは十歳の時だ!」
「殿下、墓穴です」
私がツッコミを入れるが、リリナ様は止まらない。
「とにかく、お姉様はカイル様を洗脳して、国のお金を盗んでいるんです! あの仕事が早いのも、不正の証拠を隠滅するためなんです!」
「……なるほど」
ベルン伯爵が頷く。
「この通りです、陛下。この女は希代の悪女。即刻、捕縛し、公爵家への送金を停止すべきです!」
衛兵たちが、ガチャリと槍を構えた。
矛先は、私に向けられている。
完全に包囲された。
「……アレクシス、どうする?」
陛下が困惑して、弟を見る。
アレクシス様は、私を背に庇い、静かに剣(氷製)を生成した。
「……愚問だ、兄上。私の妻を愚弄する者は、全員斬る」
「ま、待て! 血を見るのはマズい!」
「モナが盗っ人扱いされているのだぞ? この国ごと消してやる」
アレクシス様の本気モードだ。
部屋の温度がマイナスに突入し、カイル殿下の鼻水が凍り始めた。
「……旦那様。ステイ」
私はアレクシス様の背中をポンと叩いた。
「え?」
「下がっていてください。……これは『武力』ではなく、『数字』で殴る案件です」
私は一歩前に出た。
槍を突きつけられても、私の表情は微動だにしない。
むしろ、憐れむような目でベルン伯爵とリリナ様を見下ろした。
「……あの、よろしいですか?」
「な、なんだ。言い訳か?」
「いえ。……その『裏帳簿』、詰めが甘すぎます」
「は?」
私は自分の鞄から、分厚いファイルを一冊取り出した。
「こちら、私がこの三日間で作成した『王室財政・完全決算書』です」
ドサッ。
机の上に置かれたファイルの厚みに、全員が圧倒される。
「まず、貴方が提示した送金記録の日付。……三ヶ月前になっていますね?」
「そ、そうだ! お前が婚約者だった時期だ!」
「その日、王宮のメインサーバー……魔導ネットワークはメンテナンス中でした。送金処理自体が不可能です」
「なっ……!?」
「次に、振込先の実家の口座。……その口座は、父が借金を作るために開設しようとして、審査落ちして凍結された『死に口座』です。入金しようとしてもエラーで返ってきます」
「えっ……」
「そして極め付けに」
私はリリナ様を見た。
「リリナ様。貴女が証言した『おねしょの脅迫』ですが……その時期、カイル殿下は地方視察中で、私とは別行動でした。アリバイが成立しません」
「あ……」
リリナ様が口をパクパクさせる。
私は畳み掛けた。
「つまり、その証拠物件は全て『あり得ないデータ』の集合体です。捏造するなら、もう少しカレンダーとシステム仕様書を確認してからになさい」
「ぐぬっ……!」
ベルン伯爵が脂汗を流す。
「だ、黙れ! 口から出まかせを! 証拠はあるんだ! この目で見たんだ!」
「そうですか。では、逆に質問します」
私は目を細め、ベルン伯爵を指差した。
「貴方が管理している『建設省』の予算。……先月、橋の補修工事費として計上された金貨二千枚。あれ、どこに消えました?」
「は、はい!?」
「私が決算書を整理していたら、領収書が一枚もなかったんですよ。施工業者の名前も架空でしたし」
私はニヤリと笑った。
「もしかして、ご自分の横領を隠すために、私に罪をなすりつけようとしたのですか? ……その送金記録の筆跡、貴方のサインに酷似していますけれど」
「ひぃっ!?」
図星だったらしい。
ベルン伯爵の顔色が、赤から青、そして土色へと変わっていく。
「陛下。……監査を入れましょうか?」
私が提案すると、陛下は深く頷いた。
「うむ。……衛兵! 捕らえるのはモナ嬢ではない! ベルンとリリナだ!」
「はっ!!」
オセロがひっくり返った。
衛兵たちが回れ右をして、ベルン伯爵を取り押さえる。
「ち、違う! 私は……! リリナに頼まれて……!」
「おじ様!? 裏切るの!?」
「うるさい! お前が『絶対にバレない』と言うから協力したのに!」
醜い仲間割れが始まった。
「……見苦しい」
アレクシス様が一言呟き、指を鳴らした。
パキンッ。
二人の足元が凍りつき、口論も物理的に封じられた。
「……王城の空気が汚れる。さっさと連れて行け」
「は、はいぃぃ!」
衛兵たちが氷像になりかけの二人を引きずっていく。
「モナ! 覚えてなさいよぉぉぉ!」
リリナ様の捨て台詞が遠ざかっていく。
これで、彼女の社会的信用は完全に失墜しただろう。
「……ふぅ。やれやれ」
私は肩をすくめた。
「仕事が増えましたね。陛下、ベルン伯爵の横領分の回収業務も請け負いましょうか? 手数料は30%で」
「た、頼もしい……! ぜひ頼む!」
陛下が涙目で縋り付いてくる。
「モナ。もういいだろう」
アレクシス様が私の腰を引き寄せた。
「これ以上働くな。君の価値を、安売りするな」
「安売りではありません。高値売りです」
「……帰るぞ。報酬の鍵は貰ったな?」
「はい、しっかりと」
私はポケットの鍵を確認した。
「では陛下、カイル殿下。……アフターサービス期間は終了です。これより先は、有料オプションとなりますのでご注意を」
私は優雅に一礼し、アレクシス様にエスコートされて部屋を出た。
背後でカイル殿下が「モナァァァ! 行かないでくれぇぇぇ!」と叫んでいたが、その声は自動ドア(アレクシス様が凍らせて閉めた扉)によって遮断された。
◇
帰りの馬車の中。
私は戦利品である「宝物庫の鍵」を太陽にかざして眺めていた。
「……ふふふ。これで公爵家の資産は安泰ね」
「モナ」
「はい?」
「俺より、その鍵の方が大事か?」
アレクシス様が、また拗ねている。
「愚問です。この鍵は『モノ』ですが、旦那様は『パートナー』です。比較対象になりません」
「……愛している、と言ってくれないか」
「言いましたよ? 『稼ぐ力が好きだ』と」
「条件付きじゃなくて!」
アレクシス様が私の肩に頭をぐりぐりと押し付けてくる。
大型犬の甘え方だ。
「……まあ、そうですね」
私は少し考えて、彼の手を握った。
「貴方がいなければ、さっきの場面で私は物理的に排除されていたかもしれません。……貴方の『武力』と『守る力』も、高く評価しています」
「……評価じゃなくて」
「それに」
私は少し顔を近づけた。
「貴方の体温は、私の安眠に必要不可欠な『機能』のようですし」
「……!」
アレクシス様が顔を上げた。
「それは……俺と一緒に寝たい、という意味か?」
「効率的な体温調整のためです」
「……それでもいい」
彼は嬉しそうに笑い、私を抱きしめた。
「今夜は離さないぞ。……宝物庫の話なんかさせないくらい、俺だけでいっぱいにしてやる」
「……お手柔らかにお願いします。明日は帳簿整理がありますので」
馬車は公爵邸へと進む。
王宮での騒動は片付いた。
だが、リリナ様とベルン伯爵の件で、一つだけ気になることがあった。
あの偽造帳簿。
あまりにも精巧すぎた。
リリナ様や、小悪党のベルン伯爵だけで作れるものだろうか?
もしかして、もっと大きな「黒幕」がいるのではないか?
私の勘(商売人の嗅覚)が、微かな焦げ臭さを感じ取っていた。
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「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
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「選ばれる人生」をやめ、
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