婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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「……モナ」

公爵邸の主寝室。

カーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる。

私は、アレクシス様の腕の中で目を覚ました。

「おはようございます、旦那様。……朝から締め付けがきついです。圧死させる気ですか?」

「……逃がさないためのセキュリティだ」

アレクシス様は、寝ぼけ眼のまま私を抱きしめ直した。

その顔は、とろけるように幸せそうだ。

昨夜。

王宮から財宝と共に帰還した私たちは、そのまま雪崩れ込むようにベッドへ向かい……。

「……すごかったな」

「黙ってください。思い出させないでください」

私は顔を枕に埋めた。

計算外だ。

氷の公爵と呼ばれる彼が、ベッドの上では「溶岩」のように熱く、そして底なしのスタミナお化けだったなんて。

「旦那様。貴方の稼働時間(スタミナ)、どうなっているんですか? エネルギー保存の法則を無視していませんか?」

「愛の力だ」

「非科学的です」

「モナ。……愛している」

チュッ。

おはようのキスが降ってくる。

甘い。甘すぎる。

これまでの「契約妻」としてのドライな関係が、昨夜を境に完全に崩壊してしまった気がする。

(……まずいわ。これじゃ、ただのバカップルじゃない)

私は必死に理性をかき集め、彼の腕から抜け出した。

「さあ、起きてください! 今日は重要な業務が残っています!」

「……業務? 今日は休暇にするつもりだったが」

「いいえ。残務処理です。……『黒幕』の正体を暴かなければ」



午後。執務室。

私たちは、ある人物を屋敷に呼び出していた。

「……入りなさい」

セバスチャンが扉を開ける。

入ってきたのは、仕立ての良い服を着た、小太りの中年男性だった。

人の良さそうな笑顔を浮かべているが、その目は笑っていない。

「やあ、モナ! 久しぶりだねぇ。元気そうで何よりだ」

「……お久しぶりです、お父様」

そう。

私の実父、バーンズ公爵だ。

「公爵閣下。この度はお招きいただき光栄ですな」

父はアレクシス様に媚びへつらうように頭を下げた。

「娘が大変お世話になっております。いやぁ、モナがこれほど役に立つとは、親としても鼻が高い」

「……座れ」

アレクシス様は、氷のように冷たい声で促した。

父はビクッとして、ソファに腰掛けた。

「さて、バーンズ公爵。単刀直入に聞く」

アレクシス様が、一枚の書類をテーブルに放り投げた。

例の、王宮で見つかった「偽造帳簿」だ。

「これを作ったのは、貴様だな?」

「へ? な、なんのことでしょう? 私は何も……」

「とぼけるな。ベルン伯爵が吐いたぞ。『バーンズ公爵に頼まれた』とな」

アレクシス様の目が鋭く光る。

父の顔から、サーッと血の気が引いていく。

「リリナやベルン伯爵は、ただの実行犯(コマ)に過ぎなかった。……あの精巧な偽造帳簿。あれを作れるのは、私の筆跡や、実家の口座情報を知り尽くしている人間だけだ」

私が解説すると、父は脂汗を流しながら視線を泳がせた。

「そ、それは……誤解だ! 私はただ、モナを心配して……」

「心配?」

「そ、そうだよ! モナ、お前がこんな……冷酷な『氷の公爵』の下で働かされていると聞いて、パパは心配で夜も眠れなかったんだ!」

父は嘘泣きを始めた。

「だから、お前を連れ戻そうと思って……少し荒療治だが、公爵家での立場をなくせば、実家に帰ってくると思って……」

「……嘘ですね」

私は冷ややかに切り捨てた。

「お父様が心配していたのは、私ではありません。『私の稼ぎ』です」

「なっ……」

「私が実家にいた頃、領地経営の赤字を埋めていたのは誰でしたか? お父様の借金のリスケジュール(返済計画見直し)をしたのは誰でしたか? ……全部、私です」

私は父を指差した。

「私が婚約破棄されて家を出てから、実家の経営は火の車でしょう? だから私を連れ戻して、また『タダ働き』させたかった。……違いますか?」

「……っ!」

図星だったらしい。

父は開き直ったように顔を歪めた。

「だ、だからなんだ! 親の面倒を見るのは子供の義務だろう!?」

父が叫んだ。

「お前がいなくなってから、何もかも上手くいかん! 投資は失敗するし、借金取りは来るし! お前がいれば、また上手く回るんだよ!」

「……最低だな」

ドガッ!!

アレクシス様が、テーブルを蹴り飛ばした。

「ひぃっ!?」

「娘を……モナを、なんだと思っている? 便利な道具か? 金づるか?」

アレクシス様が立ち上がり、父の胸倉を掴み上げた。

部屋の空気が一気に凍りつく。

「わ、私は父親だぞ! 親権がある!」

「親権? そんなものは、モナを金で売った時点でないも同然だ」

アレクシス様の手から、青白い冷気が溢れ出す。

「カイルとの婚約破棄の慰謝料……あれを使い込んだのも貴様だな?」

「あ、あれは……事業投資で……」

「黙れ。……モナは、俺が貰い受ける。二度と貴様の元には返さん」

「な、何を勝手な……!」

「文句があるなら、今すぐ貴様の領地を『氷河期』にしてやってもいいが?」

アレクシス様の殺気に、父はガチガチと歯を鳴らして震え上がった。

「そ、そんな……! 公爵家同士で戦争をする気か!?」

「戦争? 一方的な蹂躙だ」

アレクシス様は本気だ。

このままでは、実家が物理的に地図から消える。

(……それはそれで、後処理が面倒ね)

私は立ち上がり、アレクシス様の腕に手を添えた。

「旦那様。……暴力はいけません」

「モナ? 庇うのか?」

「いいえ。……もっと『効率的』な方法があります」

私はニッコリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。

「お父様。……こちら、先日王家から買い取った『バーンズ公爵家の債権』です」

「……は?」

父の目が点になる。

「ベルン伯爵の横領事件の精算をする際、どさくさに紛れて王家が保有していたお父様の借金を、私が肩代わりしました。……つまり」

私は債権の束をヒラヒラと振った。

「現在、お父様の最大の債権者は、この私(モナ)です」

「な、なんだとぉぉぉ!?」

「借金総額、金貨五万枚。……これより、債権回収(取り立て)に入らせていただきます」

私は鬼の形相……いいえ、慈悲深い笑顔で宣言した。

「まず、実家の屋敷は差し押さえ。領地の経営権も没収。お父様には、強制隠居していただきます」

「そ、そんな馬鹿な! わしは公爵だぞ!」

「借金まみれの公爵なんて、平民以下です。……あ、ご安心ください。住むところくらいは用意しますよ?」

「ほ、本当か?」

「ええ。領地の北の果てにある、廃屋同然の別荘が空いていましたよね? あそこで『自給自足のスローライフ』を楽しんでください。……畑を耕して、自分で食べる分くらいは稼いでくださいね?」

「そ、そんな……! 農業などやったことがない!」

「人間、空腹になればなんとかなります。……それでは、さようなら」

「モナァァァ! 親不孝者ぉぉぉ!」

父の絶叫が響く中、セバスチャンと衛兵たちが父を引きずり出していった。

パタン。

扉が閉まる。

「……ふぅ。これで、全ての『負債』は片付きましたね」

私は肩の力を抜いた。

リリナ様、ベルン伯爵、カイル殿下、そして実の父。

私を縛り付けていた鎖は、すべて断ち切られた。

「……モナ」

アレクシス様が、心配そうに私の顔を覗き込む。

「大丈夫か? 実の父親だろう?」

「ええ。むしろスッキリしました。これで心置きなく、自分の人生を歩めます」

私は晴れやかな笑顔を見せた。

本当に、清々しい気分だ。

これで私の敵はいなくなった。

公爵家の経営も順調。

王家からの報酬(宝物)で資産も潤沢。

完璧だ。

私の「悪役令嬢」としての復讐劇は、これにて完結……。

ん?

完結?

私はふと、自分の手帳を開いた。

そこには、アレクシス様と最初に交わした『雇用契約書』のコピーが挟まっていた。

契約期間:一年。

開始日:○月×日。

そして、今日の日付は……。

「……あ」

私の計算機が停止した。

「どうした、モナ?」

「……旦那様。大変なことに気づきました」

「なんだ? まだ敵がいたのか?」

「いいえ。……契約期間が、あと一週間で『満了』します」

「……は?」

アレクシス様が固まった。

「契約……?」

「はい。私たちが最初に結んだ『雇用契約』です。一年契約の更新月が、来週に迫っています」

私は冷静に事実を告げた。

「敵もいなくなりましたし、私の役目(防波堤)も終わりました。……つまり、契約終了(解雇)のタイミングですね」

「……な、何を言っているんだ?」

アレクシス様の顔色がサッと変わる。

「終わり? そんなわけがないだろう! 俺たちは……夫婦だぞ!?」

「形式上の、契約夫婦ですよね?」

私は首を傾げた。

「実家の借金も返しましたし、慰謝料も稼ぎました。もう私がここにいる『正当な理由(メリット)』は、旦那様にはないはずです」

「ある! 大ありだ! 愛していると言っただろう!」

「それは『契約更新のための交渉材料』ですよね?」

「違う!!」

アレクシス様が頭を抱えて叫んだ。

どうやら、私の「ビジネス脳」は、まだ恋愛回路を正しく処理できていないらしい。

「モナ……。君は、ここを出て行きたいのか?」

アレクシス様が、縋るような目で見てくる。

「……いえ。条件(待遇)が良いので、できれば『再契約』したいとは思っていますが」

「再契約……」

アレクシス様はガクリと項垂れた。

そして、ブツブツと何かを呟き始めた。

「……そうか。まだ伝わっていないのか」

「……言葉だけじゃダメだ。形にしなきゃ」

「……最高の、逃げられない契約を」

彼が顔を上げた時、その瞳には危険な光が宿っていた。

「わかった、モナ。……来週、契約更新の『面談』を行う」

「面談、ですか?」

「ああ。場所は……王都の大聖堂だ」

「大聖堂? ずいぶん広い会議室ですね」

「最高の舞台を用意する。……そこで、君に『新しい契約書』を提示する」

アレクシス様は不敵に笑った。

「拒否権はないと思え」

(……新しい契約書?)

私は首をかしげた。

まさか、年俸アップ?

それとも、終身雇用契約(正社員登用)?

どちらにせよ、私の利益になる話に違いない。

「楽しみにしています、ボス」

私は無邪気に頷いた。

それが、国中を巻き込む「プロポーズ大作戦」だとは露知らずに。
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