22 / 28
22
しおりを挟む
「……モナ」
公爵邸の主寝室。
カーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる。
私は、アレクシス様の腕の中で目を覚ました。
「おはようございます、旦那様。……朝から締め付けがきついです。圧死させる気ですか?」
「……逃がさないためのセキュリティだ」
アレクシス様は、寝ぼけ眼のまま私を抱きしめ直した。
その顔は、とろけるように幸せそうだ。
昨夜。
王宮から財宝と共に帰還した私たちは、そのまま雪崩れ込むようにベッドへ向かい……。
「……すごかったな」
「黙ってください。思い出させないでください」
私は顔を枕に埋めた。
計算外だ。
氷の公爵と呼ばれる彼が、ベッドの上では「溶岩」のように熱く、そして底なしのスタミナお化けだったなんて。
「旦那様。貴方の稼働時間(スタミナ)、どうなっているんですか? エネルギー保存の法則を無視していませんか?」
「愛の力だ」
「非科学的です」
「モナ。……愛している」
チュッ。
おはようのキスが降ってくる。
甘い。甘すぎる。
これまでの「契約妻」としてのドライな関係が、昨夜を境に完全に崩壊してしまった気がする。
(……まずいわ。これじゃ、ただのバカップルじゃない)
私は必死に理性をかき集め、彼の腕から抜け出した。
「さあ、起きてください! 今日は重要な業務が残っています!」
「……業務? 今日は休暇にするつもりだったが」
「いいえ。残務処理です。……『黒幕』の正体を暴かなければ」
◇
午後。執務室。
私たちは、ある人物を屋敷に呼び出していた。
「……入りなさい」
セバスチャンが扉を開ける。
入ってきたのは、仕立ての良い服を着た、小太りの中年男性だった。
人の良さそうな笑顔を浮かべているが、その目は笑っていない。
「やあ、モナ! 久しぶりだねぇ。元気そうで何よりだ」
「……お久しぶりです、お父様」
そう。
私の実父、バーンズ公爵だ。
「公爵閣下。この度はお招きいただき光栄ですな」
父はアレクシス様に媚びへつらうように頭を下げた。
「娘が大変お世話になっております。いやぁ、モナがこれほど役に立つとは、親としても鼻が高い」
「……座れ」
アレクシス様は、氷のように冷たい声で促した。
父はビクッとして、ソファに腰掛けた。
「さて、バーンズ公爵。単刀直入に聞く」
アレクシス様が、一枚の書類をテーブルに放り投げた。
例の、王宮で見つかった「偽造帳簿」だ。
「これを作ったのは、貴様だな?」
「へ? な、なんのことでしょう? 私は何も……」
「とぼけるな。ベルン伯爵が吐いたぞ。『バーンズ公爵に頼まれた』とな」
アレクシス様の目が鋭く光る。
父の顔から、サーッと血の気が引いていく。
「リリナやベルン伯爵は、ただの実行犯(コマ)に過ぎなかった。……あの精巧な偽造帳簿。あれを作れるのは、私の筆跡や、実家の口座情報を知り尽くしている人間だけだ」
私が解説すると、父は脂汗を流しながら視線を泳がせた。
「そ、それは……誤解だ! 私はただ、モナを心配して……」
「心配?」
「そ、そうだよ! モナ、お前がこんな……冷酷な『氷の公爵』の下で働かされていると聞いて、パパは心配で夜も眠れなかったんだ!」
父は嘘泣きを始めた。
「だから、お前を連れ戻そうと思って……少し荒療治だが、公爵家での立場をなくせば、実家に帰ってくると思って……」
「……嘘ですね」
私は冷ややかに切り捨てた。
「お父様が心配していたのは、私ではありません。『私の稼ぎ』です」
「なっ……」
「私が実家にいた頃、領地経営の赤字を埋めていたのは誰でしたか? お父様の借金のリスケジュール(返済計画見直し)をしたのは誰でしたか? ……全部、私です」
私は父を指差した。
「私が婚約破棄されて家を出てから、実家の経営は火の車でしょう? だから私を連れ戻して、また『タダ働き』させたかった。……違いますか?」
「……っ!」
図星だったらしい。
父は開き直ったように顔を歪めた。
「だ、だからなんだ! 親の面倒を見るのは子供の義務だろう!?」
父が叫んだ。
「お前がいなくなってから、何もかも上手くいかん! 投資は失敗するし、借金取りは来るし! お前がいれば、また上手く回るんだよ!」
「……最低だな」
ドガッ!!
アレクシス様が、テーブルを蹴り飛ばした。
「ひぃっ!?」
「娘を……モナを、なんだと思っている? 便利な道具か? 金づるか?」
アレクシス様が立ち上がり、父の胸倉を掴み上げた。
部屋の空気が一気に凍りつく。
「わ、私は父親だぞ! 親権がある!」
「親権? そんなものは、モナを金で売った時点でないも同然だ」
アレクシス様の手から、青白い冷気が溢れ出す。
「カイルとの婚約破棄の慰謝料……あれを使い込んだのも貴様だな?」
「あ、あれは……事業投資で……」
「黙れ。……モナは、俺が貰い受ける。二度と貴様の元には返さん」
「な、何を勝手な……!」
「文句があるなら、今すぐ貴様の領地を『氷河期』にしてやってもいいが?」
アレクシス様の殺気に、父はガチガチと歯を鳴らして震え上がった。
「そ、そんな……! 公爵家同士で戦争をする気か!?」
「戦争? 一方的な蹂躙だ」
アレクシス様は本気だ。
このままでは、実家が物理的に地図から消える。
(……それはそれで、後処理が面倒ね)
私は立ち上がり、アレクシス様の腕に手を添えた。
「旦那様。……暴力はいけません」
「モナ? 庇うのか?」
「いいえ。……もっと『効率的』な方法があります」
私はニッコリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「お父様。……こちら、先日王家から買い取った『バーンズ公爵家の債権』です」
「……は?」
父の目が点になる。
「ベルン伯爵の横領事件の精算をする際、どさくさに紛れて王家が保有していたお父様の借金を、私が肩代わりしました。……つまり」
私は債権の束をヒラヒラと振った。
「現在、お父様の最大の債権者は、この私(モナ)です」
「な、なんだとぉぉぉ!?」
「借金総額、金貨五万枚。……これより、債権回収(取り立て)に入らせていただきます」
私は鬼の形相……いいえ、慈悲深い笑顔で宣言した。
「まず、実家の屋敷は差し押さえ。領地の経営権も没収。お父様には、強制隠居していただきます」
「そ、そんな馬鹿な! わしは公爵だぞ!」
「借金まみれの公爵なんて、平民以下です。……あ、ご安心ください。住むところくらいは用意しますよ?」
「ほ、本当か?」
「ええ。領地の北の果てにある、廃屋同然の別荘が空いていましたよね? あそこで『自給自足のスローライフ』を楽しんでください。……畑を耕して、自分で食べる分くらいは稼いでくださいね?」
「そ、そんな……! 農業などやったことがない!」
「人間、空腹になればなんとかなります。……それでは、さようなら」
「モナァァァ! 親不孝者ぉぉぉ!」
父の絶叫が響く中、セバスチャンと衛兵たちが父を引きずり出していった。
パタン。
扉が閉まる。
「……ふぅ。これで、全ての『負債』は片付きましたね」
私は肩の力を抜いた。
リリナ様、ベルン伯爵、カイル殿下、そして実の父。
私を縛り付けていた鎖は、すべて断ち切られた。
「……モナ」
アレクシス様が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫か? 実の父親だろう?」
「ええ。むしろスッキリしました。これで心置きなく、自分の人生を歩めます」
私は晴れやかな笑顔を見せた。
本当に、清々しい気分だ。
これで私の敵はいなくなった。
公爵家の経営も順調。
王家からの報酬(宝物)で資産も潤沢。
完璧だ。
私の「悪役令嬢」としての復讐劇は、これにて完結……。
ん?
完結?
私はふと、自分の手帳を開いた。
そこには、アレクシス様と最初に交わした『雇用契約書』のコピーが挟まっていた。
契約期間:一年。
開始日:○月×日。
そして、今日の日付は……。
「……あ」
私の計算機が停止した。
「どうした、モナ?」
「……旦那様。大変なことに気づきました」
「なんだ? まだ敵がいたのか?」
「いいえ。……契約期間が、あと一週間で『満了』します」
「……は?」
アレクシス様が固まった。
「契約……?」
「はい。私たちが最初に結んだ『雇用契約』です。一年契約の更新月が、来週に迫っています」
私は冷静に事実を告げた。
「敵もいなくなりましたし、私の役目(防波堤)も終わりました。……つまり、契約終了(解雇)のタイミングですね」
「……な、何を言っているんだ?」
アレクシス様の顔色がサッと変わる。
「終わり? そんなわけがないだろう! 俺たちは……夫婦だぞ!?」
「形式上の、契約夫婦ですよね?」
私は首を傾げた。
「実家の借金も返しましたし、慰謝料も稼ぎました。もう私がここにいる『正当な理由(メリット)』は、旦那様にはないはずです」
「ある! 大ありだ! 愛していると言っただろう!」
「それは『契約更新のための交渉材料』ですよね?」
「違う!!」
アレクシス様が頭を抱えて叫んだ。
どうやら、私の「ビジネス脳」は、まだ恋愛回路を正しく処理できていないらしい。
「モナ……。君は、ここを出て行きたいのか?」
アレクシス様が、縋るような目で見てくる。
「……いえ。条件(待遇)が良いので、できれば『再契約』したいとは思っていますが」
「再契約……」
アレクシス様はガクリと項垂れた。
そして、ブツブツと何かを呟き始めた。
「……そうか。まだ伝わっていないのか」
「……言葉だけじゃダメだ。形にしなきゃ」
「……最高の、逃げられない契約を」
彼が顔を上げた時、その瞳には危険な光が宿っていた。
「わかった、モナ。……来週、契約更新の『面談』を行う」
「面談、ですか?」
「ああ。場所は……王都の大聖堂だ」
「大聖堂? ずいぶん広い会議室ですね」
「最高の舞台を用意する。……そこで、君に『新しい契約書』を提示する」
アレクシス様は不敵に笑った。
「拒否権はないと思え」
(……新しい契約書?)
私は首をかしげた。
まさか、年俸アップ?
それとも、終身雇用契約(正社員登用)?
どちらにせよ、私の利益になる話に違いない。
「楽しみにしています、ボス」
私は無邪気に頷いた。
それが、国中を巻き込む「プロポーズ大作戦」だとは露知らずに。
公爵邸の主寝室。
カーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる。
私は、アレクシス様の腕の中で目を覚ました。
「おはようございます、旦那様。……朝から締め付けがきついです。圧死させる気ですか?」
「……逃がさないためのセキュリティだ」
アレクシス様は、寝ぼけ眼のまま私を抱きしめ直した。
その顔は、とろけるように幸せそうだ。
昨夜。
王宮から財宝と共に帰還した私たちは、そのまま雪崩れ込むようにベッドへ向かい……。
「……すごかったな」
「黙ってください。思い出させないでください」
私は顔を枕に埋めた。
計算外だ。
氷の公爵と呼ばれる彼が、ベッドの上では「溶岩」のように熱く、そして底なしのスタミナお化けだったなんて。
「旦那様。貴方の稼働時間(スタミナ)、どうなっているんですか? エネルギー保存の法則を無視していませんか?」
「愛の力だ」
「非科学的です」
「モナ。……愛している」
チュッ。
おはようのキスが降ってくる。
甘い。甘すぎる。
これまでの「契約妻」としてのドライな関係が、昨夜を境に完全に崩壊してしまった気がする。
(……まずいわ。これじゃ、ただのバカップルじゃない)
私は必死に理性をかき集め、彼の腕から抜け出した。
「さあ、起きてください! 今日は重要な業務が残っています!」
「……業務? 今日は休暇にするつもりだったが」
「いいえ。残務処理です。……『黒幕』の正体を暴かなければ」
◇
午後。執務室。
私たちは、ある人物を屋敷に呼び出していた。
「……入りなさい」
セバスチャンが扉を開ける。
入ってきたのは、仕立ての良い服を着た、小太りの中年男性だった。
人の良さそうな笑顔を浮かべているが、その目は笑っていない。
「やあ、モナ! 久しぶりだねぇ。元気そうで何よりだ」
「……お久しぶりです、お父様」
そう。
私の実父、バーンズ公爵だ。
「公爵閣下。この度はお招きいただき光栄ですな」
父はアレクシス様に媚びへつらうように頭を下げた。
「娘が大変お世話になっております。いやぁ、モナがこれほど役に立つとは、親としても鼻が高い」
「……座れ」
アレクシス様は、氷のように冷たい声で促した。
父はビクッとして、ソファに腰掛けた。
「さて、バーンズ公爵。単刀直入に聞く」
アレクシス様が、一枚の書類をテーブルに放り投げた。
例の、王宮で見つかった「偽造帳簿」だ。
「これを作ったのは、貴様だな?」
「へ? な、なんのことでしょう? 私は何も……」
「とぼけるな。ベルン伯爵が吐いたぞ。『バーンズ公爵に頼まれた』とな」
アレクシス様の目が鋭く光る。
父の顔から、サーッと血の気が引いていく。
「リリナやベルン伯爵は、ただの実行犯(コマ)に過ぎなかった。……あの精巧な偽造帳簿。あれを作れるのは、私の筆跡や、実家の口座情報を知り尽くしている人間だけだ」
私が解説すると、父は脂汗を流しながら視線を泳がせた。
「そ、それは……誤解だ! 私はただ、モナを心配して……」
「心配?」
「そ、そうだよ! モナ、お前がこんな……冷酷な『氷の公爵』の下で働かされていると聞いて、パパは心配で夜も眠れなかったんだ!」
父は嘘泣きを始めた。
「だから、お前を連れ戻そうと思って……少し荒療治だが、公爵家での立場をなくせば、実家に帰ってくると思って……」
「……嘘ですね」
私は冷ややかに切り捨てた。
「お父様が心配していたのは、私ではありません。『私の稼ぎ』です」
「なっ……」
「私が実家にいた頃、領地経営の赤字を埋めていたのは誰でしたか? お父様の借金のリスケジュール(返済計画見直し)をしたのは誰でしたか? ……全部、私です」
私は父を指差した。
「私が婚約破棄されて家を出てから、実家の経営は火の車でしょう? だから私を連れ戻して、また『タダ働き』させたかった。……違いますか?」
「……っ!」
図星だったらしい。
父は開き直ったように顔を歪めた。
「だ、だからなんだ! 親の面倒を見るのは子供の義務だろう!?」
父が叫んだ。
「お前がいなくなってから、何もかも上手くいかん! 投資は失敗するし、借金取りは来るし! お前がいれば、また上手く回るんだよ!」
「……最低だな」
ドガッ!!
アレクシス様が、テーブルを蹴り飛ばした。
「ひぃっ!?」
「娘を……モナを、なんだと思っている? 便利な道具か? 金づるか?」
アレクシス様が立ち上がり、父の胸倉を掴み上げた。
部屋の空気が一気に凍りつく。
「わ、私は父親だぞ! 親権がある!」
「親権? そんなものは、モナを金で売った時点でないも同然だ」
アレクシス様の手から、青白い冷気が溢れ出す。
「カイルとの婚約破棄の慰謝料……あれを使い込んだのも貴様だな?」
「あ、あれは……事業投資で……」
「黙れ。……モナは、俺が貰い受ける。二度と貴様の元には返さん」
「な、何を勝手な……!」
「文句があるなら、今すぐ貴様の領地を『氷河期』にしてやってもいいが?」
アレクシス様の殺気に、父はガチガチと歯を鳴らして震え上がった。
「そ、そんな……! 公爵家同士で戦争をする気か!?」
「戦争? 一方的な蹂躙だ」
アレクシス様は本気だ。
このままでは、実家が物理的に地図から消える。
(……それはそれで、後処理が面倒ね)
私は立ち上がり、アレクシス様の腕に手を添えた。
「旦那様。……暴力はいけません」
「モナ? 庇うのか?」
「いいえ。……もっと『効率的』な方法があります」
私はニッコリと笑い、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「お父様。……こちら、先日王家から買い取った『バーンズ公爵家の債権』です」
「……は?」
父の目が点になる。
「ベルン伯爵の横領事件の精算をする際、どさくさに紛れて王家が保有していたお父様の借金を、私が肩代わりしました。……つまり」
私は債権の束をヒラヒラと振った。
「現在、お父様の最大の債権者は、この私(モナ)です」
「な、なんだとぉぉぉ!?」
「借金総額、金貨五万枚。……これより、債権回収(取り立て)に入らせていただきます」
私は鬼の形相……いいえ、慈悲深い笑顔で宣言した。
「まず、実家の屋敷は差し押さえ。領地の経営権も没収。お父様には、強制隠居していただきます」
「そ、そんな馬鹿な! わしは公爵だぞ!」
「借金まみれの公爵なんて、平民以下です。……あ、ご安心ください。住むところくらいは用意しますよ?」
「ほ、本当か?」
「ええ。領地の北の果てにある、廃屋同然の別荘が空いていましたよね? あそこで『自給自足のスローライフ』を楽しんでください。……畑を耕して、自分で食べる分くらいは稼いでくださいね?」
「そ、そんな……! 農業などやったことがない!」
「人間、空腹になればなんとかなります。……それでは、さようなら」
「モナァァァ! 親不孝者ぉぉぉ!」
父の絶叫が響く中、セバスチャンと衛兵たちが父を引きずり出していった。
パタン。
扉が閉まる。
「……ふぅ。これで、全ての『負債』は片付きましたね」
私は肩の力を抜いた。
リリナ様、ベルン伯爵、カイル殿下、そして実の父。
私を縛り付けていた鎖は、すべて断ち切られた。
「……モナ」
アレクシス様が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫か? 実の父親だろう?」
「ええ。むしろスッキリしました。これで心置きなく、自分の人生を歩めます」
私は晴れやかな笑顔を見せた。
本当に、清々しい気分だ。
これで私の敵はいなくなった。
公爵家の経営も順調。
王家からの報酬(宝物)で資産も潤沢。
完璧だ。
私の「悪役令嬢」としての復讐劇は、これにて完結……。
ん?
完結?
私はふと、自分の手帳を開いた。
そこには、アレクシス様と最初に交わした『雇用契約書』のコピーが挟まっていた。
契約期間:一年。
開始日:○月×日。
そして、今日の日付は……。
「……あ」
私の計算機が停止した。
「どうした、モナ?」
「……旦那様。大変なことに気づきました」
「なんだ? まだ敵がいたのか?」
「いいえ。……契約期間が、あと一週間で『満了』します」
「……は?」
アレクシス様が固まった。
「契約……?」
「はい。私たちが最初に結んだ『雇用契約』です。一年契約の更新月が、来週に迫っています」
私は冷静に事実を告げた。
「敵もいなくなりましたし、私の役目(防波堤)も終わりました。……つまり、契約終了(解雇)のタイミングですね」
「……な、何を言っているんだ?」
アレクシス様の顔色がサッと変わる。
「終わり? そんなわけがないだろう! 俺たちは……夫婦だぞ!?」
「形式上の、契約夫婦ですよね?」
私は首を傾げた。
「実家の借金も返しましたし、慰謝料も稼ぎました。もう私がここにいる『正当な理由(メリット)』は、旦那様にはないはずです」
「ある! 大ありだ! 愛していると言っただろう!」
「それは『契約更新のための交渉材料』ですよね?」
「違う!!」
アレクシス様が頭を抱えて叫んだ。
どうやら、私の「ビジネス脳」は、まだ恋愛回路を正しく処理できていないらしい。
「モナ……。君は、ここを出て行きたいのか?」
アレクシス様が、縋るような目で見てくる。
「……いえ。条件(待遇)が良いので、できれば『再契約』したいとは思っていますが」
「再契約……」
アレクシス様はガクリと項垂れた。
そして、ブツブツと何かを呟き始めた。
「……そうか。まだ伝わっていないのか」
「……言葉だけじゃダメだ。形にしなきゃ」
「……最高の、逃げられない契約を」
彼が顔を上げた時、その瞳には危険な光が宿っていた。
「わかった、モナ。……来週、契約更新の『面談』を行う」
「面談、ですか?」
「ああ。場所は……王都の大聖堂だ」
「大聖堂? ずいぶん広い会議室ですね」
「最高の舞台を用意する。……そこで、君に『新しい契約書』を提示する」
アレクシス様は不敵に笑った。
「拒否権はないと思え」
(……新しい契約書?)
私は首をかしげた。
まさか、年俸アップ?
それとも、終身雇用契約(正社員登用)?
どちらにせよ、私の利益になる話に違いない。
「楽しみにしています、ボス」
私は無邪気に頷いた。
それが、国中を巻き込む「プロポーズ大作戦」だとは露知らずに。
41
あなたにおすすめの小説
君といるのは疲れると言われたので、婚約者を追いかけるのはやめてみました
水谷繭
恋愛
メイベル・ホワイトは目立たない平凡な少女で、美人な姉といつも比べられてきた。
求婚者の殺到する姉とは反対に、全く縁談のなかったメイベル。
そんなある日、ブラッドという美少年が婚約を持ちかけてくる。姉より自分を選んでくれたブラッドに感謝したメイベルは、彼のために何でもしようとひたすら努力する。
しかしそんな態度を重いと告げられ、君といると疲れると言われてしまう。
ショックを受けたメイベルは、ブラッドばかりの生活を改め、好きだった魔法に打ち込むために魔術院に入ることを決意するが……
◆なろうにも掲載しています
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
【完結】冤罪で殺された王太子の婚約者は100年後に生まれ変わりました。今世では愛し愛される相手を見つけたいと思っています。
金峯蓮華
恋愛
どうやら私は階段から突き落とされ落下する間に前世の記憶を思い出していたらしい。
前世は冤罪を着せられて殺害されたのだった。それにしても酷い。その後あの国はどうなったのだろう?
私の願い通り滅びたのだろうか?
前世で冤罪を着せられ殺害された王太子の婚約者だった令嬢が生まれ変わった今世で愛し愛される相手とめぐりあい幸せになるお話。
緩い世界観の緩いお話しです。
ご都合主義です。
*タイトル変更しました。すみません。
『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』
鷹 綾
恋愛
「お前のようなガキは嫌いだ」
幼く見える容姿を理由に、婚約者ライオネルから一方的に婚約を破棄された
公爵令嬢シルフィーネ・エルフィンベルク。
その夜、嫉妬に狂った伯爵令嬢に突き落とされ、
彼女は一年もの間、意識不明の重体に陥る――。
目を覚ました彼女は、大人びた美貌を手に入れていた。
だが、中身は何ひとつ変わっていない。
にもかかわらず、
かつて彼女を「幼すぎる」と切り捨てた元婚約者は態度を一変させ、
「やり直したい」とすり寄ってくる。
「見かけが変わっても、中身は同じです。
それでもあなたは、私の外見しか見ていなかったのですね?」
静かにそう告げ、シルフィーネは過去を見限る。
やがて彼女に興味を示したのは、
隣国ノルディアの王太子エドワルド。
彼が見ていたのは、美貌ではなく――
対話し、考え、異論を述べる彼女の“在り方”だった。
これは、
外見で価値を決められた令嬢が、
「選ばれる人生」をやめ、
自分の意思で未来を選び直す物語。
静かなざまぁと、
対等な関係から始まる大人の恋。
そして――
自分の人生を、自分の言葉で生きるための物語。
---
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
結婚十年目の夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。彼は「送り間違えた」というけれど、それはそれで問題なのでは?
ぽんた
恋愛
レミ・マカリスター侯爵夫人は、夫と政略結婚をして十周年。侯爵夫人として、義父母の介護や領地経営その他もろもろを完ぺきにこなしている。そんなある日、王都に住む夫から「結婚契約更新書」なるものが届いた。義弟を通じ、夫を追求するも夫は「送り間違えた。ほんとうは金を送れというメモを送りたかった」という。レミは、心から思った。「それはそれで問題なのでは?」、と。そして、彼女の夫にたいするざまぁがはじまる。
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる