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「――それでは、第一回『債務整理および損害賠償請求に関する合同会議』を始めます」
王城の地下、薄暗い一室。
そこは牢屋というよりは、石造りの簡素な会議室といった趣だった。
長机の上座に座るのは、私、モナ・バーンズ。
そして下座に並んで正座させられているのは、三名の「債務者」たちだ。
元婚約者のカイル王太子(廃嫡決定)。
元凶の男爵令嬢リリナ(修道院行き決定)。
そして、私の実父である元バーンズ公爵(強制隠居決定)。
かつて私を虐げ、陥れようとした「元」権力者たちは、今は見る影もなく憔悴しきっていた。
「……モナ。この期に及んで、まだ金の話か?」
カイル殿下が、死んだ魚のような目で呟く。
「当たり前です。金の切れ目が縁の切れ目と言いますが、貴方たちとの縁を切るには、まず金を綺麗に精算しなければなりません」
私は分厚い請求書の束を、ドン! と机に置いた。
「合計金額、金貨十五万枚。……内訳を説明します」
私は指し棒でホワイトボード(魔導具)を叩いた。
「まず、カイル殿下。貴方の『公務放棄による逸失利益』および『精神的苦痛への慰謝料(壁ドン代含む)』、さらに『王宮リフォーム代』です」
「リ、リフォーム代……?」
「貴方の部屋がゴミ屋敷だったせいで、壁紙の張り替えが必要になりました。全額請求します」
「ぐっ……」
「次に、リリナ様。貴女には『名誉毀損による賠償金』、『虚偽通報への罰金』、そして『カフェの窓ガラス修理代』です」
「窓ガラスはアレクシス様が割ったんじゃない!」
リリナ様が抗議するが、私は冷たく切り捨てた。
「原因を作ったのは貴女です。因果関係に基づき、請求先は貴女になります」
「鬼! 悪魔!」
「ありがとうございます。褒め言葉です。……最後に、お父様」
私は父を見た。
父は小さくなっている。
「実家の『借金全額』および『私が子供時代に稼いだ領地経営益の横領分』、それに『養育費の返還請求』です」
「よ、養育費だと!? 親が子を育てるのは無償の愛だろう!」
「貴方は私を『投資商品(政略結婚の駒)』として扱いましたよね? 商品に欠陥(婚約破棄)が出たからといって、開発コスト(養育費)を回収しない道理はありません」
私はニッコリと微笑んだ。
「さて、お支払い方法は? 一括ですか? それとも……」
「払えるわけがないだろう!!」
三人の絶叫が重なった。
「俺は廃嫡されて無一文だ!」
「私の実家も破産寸前よ!」
「わしも領地を没収された!」
「知っています。……ですから、こちらをご用意しました」
私は三枚の羊皮紙を差し出した。
「『強制労働契約書』です」
「……は?」
「払えないなら、体で払っていただきます。……北の鉱山、および公爵領の開拓地にて、完済するまで働いていただきます」
「こ、鉱山!?」
「一日十四時間労働。週休一日。三食付き(ただし麦粥のみ)。……計算上、カイル殿下は八十年、リリナ様は六十五年、お父様は五十年で完済予定です」
「死ぬわ! 寿命が尽きるわ!」
「健康管理には気をつけます。ポーション(回復薬)も支給しますので、死ぬ気で働いてください。……死んだら保険金で回収しますのでご安心を」
私の完璧な回収プランに、三人は絶望し、床に崩れ落ちた。
「モナ……お前、本当に変わったな……」
カイル殿下が涙を流しながら私を見上げた。
「昔は、もっと可愛げがあった。俺の後ろを、黙ってついてきてくれたのに……」
「ええ。昔は『耐えること』が美徳だと教えられていましたから」
私は立ち上がり、殿下を見下ろした。
「でも、気づいたのです。耐えても利息はつきませんが、請求すれば現金になる、と」
「……」
「それに、今の私には『後ろをついていく』相手ではなく、『隣を歩く』パートナーがいます」
私は手帳を閉じた。
「彼は、私を道具扱いしません。私の能力を認め、対価を払い、そして何より……私を守るために、国さえ敵に回してくれる人です」
カイル殿下は呆然とし、やがて力なく笑った。
「……完敗だ。叔父上(アレクシス)には、勝てないな」
「当然です。資産価値(男としての器)が違います」
「リリナ様、お父様も。……どうぞ、労働の喜びを噛み締めて余生をお過ごしください。労働は裏切りませんよ? 働いた分だけ、借金が減るのですから」
私は三人に背を向け、出口へと向かった。
背後から、「嫌だぁぁ!」「行きたくないぃぃ!」という阿鼻叫喚が聞こえてきたが、私は一度も振り返らなかった。
ガチャリ。
重い鉄扉を閉める。
廊下には、アレクシス様が待っていた。
壁に寄りかかり、腕を組んでいる。
「……終わったか?」
「はい、旦那様。債権回収スキーム、完了しました」
私は契約書(労働契約書)の束を掲げて見せた。
「これで我が家の不良債権は一掃され、新たな労働力(奴隷)が確保できました。収支はプラスです」
「……君は、本当に容赦ないな」
アレクシス様は苦笑し、私の頭をポンと撫でた。
「だが、それでいい。君を傷つけた奴らが、のうのうと生きているのは俺が許さん」
「ええ。社会的にも経済的にも、完全に『処分』しました」
私は晴れやかな気分だった。
過去との決別。
これで、名実ともに私は自由だ。
「……さて、モナ」
アレクシス様が、少し改まった口調で言った。
「過去の精算は終わった。……次は、未来の話だ」
「未来?」
「ああ。来週の『契約更新』の件だ」
ドキリとする。
そうだった。
私とアレクシス様の雇用契約は、あと数日で満了する。
「場所は伝えたな? 王都の大聖堂だ」
「はい。……あの、なぜ大聖堂なのでしょうか? もっと静かな会議室の方が、条件交渉には向いていると思いますが」
「神の前で契約するからだ」
アレクシス様は真顔で答えた。
「神に誓って、契約内容を遵守する。……それくらいの覚悟が必要な契約だからだ」
(……なるほど)
私は納得した。
公爵家と、その資産管理を一手に引き受ける私との契約。
それは国家予算並みの重みがある。
神前契約(セレモニー)を行うことで、対外的な信用度を高める狙いがあるのだろう。
「承知しました。当日は『正装』で伺います」
「ああ。最高に美しいドレスを用意してある。……楽しみにしていろ」
アレクシス様は、どこか悪戯っぽく、そして熱っぽい瞳で私を見つめた。
「新しい契約書には、君が逃げられないような『特約』を山ほど盛り込むつもりだ」
「お手柔らかにお願いします。こちらも『昇給』と『福利厚生』の要求リストを作成済みですので」
「ふっ……望むところだ」
私たちは見つめ合い、笑った。
この時の私は、まだ気づいていなかった。
アレクシス様の言う「特約」の意味も。
用意された「ドレス」が、純白のウェディングドレスであることも。
そして、大聖堂での「契約更新」が、国中を巻き込んだ盛大な「公開結婚式」になることも。
◇
数日後。
契約満了の前日。
私は自室で、明日のプレゼンテーション(交渉)に向けた資料作りに追われていた。
「……ふむ。過去一年の実績に基づき、基本給の50%アップを提示。さらに、ボーナスは公爵家の純利益の5%を要求……」
強気な条件だ。
だが、これだけの実績(借金返済、クーデター鎮圧、王宮改革)があれば通るはずだ。
「よし。完璧」
資料をまとめ、伸びをした時。
ノックの音がした。
「……奥様。少しよろしいでしょうか」
入ってきたのは、メイド長のヒルダだった。
かつて私に意地悪をし、逆にリネン室を改革されたお局様だ。
今ではすっかり私の信奉者となり、「奥様の節約術」をまとめた本を出版しようとしているらしい。
「どうしました、ヒルダ? 明日の準備は順調ですか?」
「はい。……そのことで、少し」
ヒルダは、大きな箱を抱えていた。
「旦那様から、『明日の衣装』を先にお渡しするようにと」
「あら、気が早いのね。見せて」
私は箱を受け取り、蓋を開けた。
「……っ!?」
中に入っていたのは。
目が眩むような、純白のドレスだった。
「……白?」
私は首を傾げた。
ビジネスの場において、白はあまり一般的ではない。汚れが目立つし、膨張色だ。
だが、そのデザインは圧倒的だった。
繊細なレース、散りばめられた真珠、そして長い長いトレーン(裾)。
どう見ても、夜会用のドレスではない。
「……これ、ウェディングドレスに見えるのですが」
私は素直な感想を述べた。
ヒルダが、口元を押さえてニヤニヤしている。
「あら、奥様。……『再契約』とは、そういうことでは?」
「そういうこと?」
「新たな誓いを立て、一生を共にする契約。……つまり、結婚式ですわ」
「……けっこんしき?」
私の思考が停止した。
結婚式。
Wedding。
契約更新=結婚式?
「……待って。論理が飛躍しています」
私は慌てて計算機を取り出した。
「私たちは既に『契約結婚』しています。法的には夫婦です。今更、式を挙げる必要性は? コストの無駄では?」
「奥様。……旦那様は、形だけの夫婦ではなく、『本当の夫婦』になりたいと仰っていましたよ」
ヒルダが優しく告げる。
「愛のない契約ではなく、愛のある誓いを。……そのための舞台をご用意されたのです」
「愛……」
私はドレスの生地を撫でた。
『俺は、君が欲しいんだ』
『愛している』
アレクシス様の言葉が蘇る。
あれは、交渉術でも、従業員評価でもなかったのか。
本当に、ただの……愛の言葉だったのか。
「……バカな人」
視界が滲んだ。
「こんな高いドレス……一回しか着ないのに、減価償却できないじゃない」
文句を言いながらも、私の口元は緩んでいた。
「……でも、資産価値(思い出)としては、プライスレス……かしら」
私はドレスを抱きしめた。
明日は、私の人生で一番大きな「契約」の日になる。
損得勘定抜きの、心と心の契約。
「……負けました。条件、全部飲んであげましょう」
私は用意していた「昇給要求リスト」をゴミ箱に捨てた。
代わりに、真っ白な便箋を取り出した。
そこに書くのは、数字ではなく、たった一つの言葉だ。
『謹んで、お受けいたします』
王城の地下、薄暗い一室。
そこは牢屋というよりは、石造りの簡素な会議室といった趣だった。
長机の上座に座るのは、私、モナ・バーンズ。
そして下座に並んで正座させられているのは、三名の「債務者」たちだ。
元婚約者のカイル王太子(廃嫡決定)。
元凶の男爵令嬢リリナ(修道院行き決定)。
そして、私の実父である元バーンズ公爵(強制隠居決定)。
かつて私を虐げ、陥れようとした「元」権力者たちは、今は見る影もなく憔悴しきっていた。
「……モナ。この期に及んで、まだ金の話か?」
カイル殿下が、死んだ魚のような目で呟く。
「当たり前です。金の切れ目が縁の切れ目と言いますが、貴方たちとの縁を切るには、まず金を綺麗に精算しなければなりません」
私は分厚い請求書の束を、ドン! と机に置いた。
「合計金額、金貨十五万枚。……内訳を説明します」
私は指し棒でホワイトボード(魔導具)を叩いた。
「まず、カイル殿下。貴方の『公務放棄による逸失利益』および『精神的苦痛への慰謝料(壁ドン代含む)』、さらに『王宮リフォーム代』です」
「リ、リフォーム代……?」
「貴方の部屋がゴミ屋敷だったせいで、壁紙の張り替えが必要になりました。全額請求します」
「ぐっ……」
「次に、リリナ様。貴女には『名誉毀損による賠償金』、『虚偽通報への罰金』、そして『カフェの窓ガラス修理代』です」
「窓ガラスはアレクシス様が割ったんじゃない!」
リリナ様が抗議するが、私は冷たく切り捨てた。
「原因を作ったのは貴女です。因果関係に基づき、請求先は貴女になります」
「鬼! 悪魔!」
「ありがとうございます。褒め言葉です。……最後に、お父様」
私は父を見た。
父は小さくなっている。
「実家の『借金全額』および『私が子供時代に稼いだ領地経営益の横領分』、それに『養育費の返還請求』です」
「よ、養育費だと!? 親が子を育てるのは無償の愛だろう!」
「貴方は私を『投資商品(政略結婚の駒)』として扱いましたよね? 商品に欠陥(婚約破棄)が出たからといって、開発コスト(養育費)を回収しない道理はありません」
私はニッコリと微笑んだ。
「さて、お支払い方法は? 一括ですか? それとも……」
「払えるわけがないだろう!!」
三人の絶叫が重なった。
「俺は廃嫡されて無一文だ!」
「私の実家も破産寸前よ!」
「わしも領地を没収された!」
「知っています。……ですから、こちらをご用意しました」
私は三枚の羊皮紙を差し出した。
「『強制労働契約書』です」
「……は?」
「払えないなら、体で払っていただきます。……北の鉱山、および公爵領の開拓地にて、完済するまで働いていただきます」
「こ、鉱山!?」
「一日十四時間労働。週休一日。三食付き(ただし麦粥のみ)。……計算上、カイル殿下は八十年、リリナ様は六十五年、お父様は五十年で完済予定です」
「死ぬわ! 寿命が尽きるわ!」
「健康管理には気をつけます。ポーション(回復薬)も支給しますので、死ぬ気で働いてください。……死んだら保険金で回収しますのでご安心を」
私の完璧な回収プランに、三人は絶望し、床に崩れ落ちた。
「モナ……お前、本当に変わったな……」
カイル殿下が涙を流しながら私を見上げた。
「昔は、もっと可愛げがあった。俺の後ろを、黙ってついてきてくれたのに……」
「ええ。昔は『耐えること』が美徳だと教えられていましたから」
私は立ち上がり、殿下を見下ろした。
「でも、気づいたのです。耐えても利息はつきませんが、請求すれば現金になる、と」
「……」
「それに、今の私には『後ろをついていく』相手ではなく、『隣を歩く』パートナーがいます」
私は手帳を閉じた。
「彼は、私を道具扱いしません。私の能力を認め、対価を払い、そして何より……私を守るために、国さえ敵に回してくれる人です」
カイル殿下は呆然とし、やがて力なく笑った。
「……完敗だ。叔父上(アレクシス)には、勝てないな」
「当然です。資産価値(男としての器)が違います」
「リリナ様、お父様も。……どうぞ、労働の喜びを噛み締めて余生をお過ごしください。労働は裏切りませんよ? 働いた分だけ、借金が減るのですから」
私は三人に背を向け、出口へと向かった。
背後から、「嫌だぁぁ!」「行きたくないぃぃ!」という阿鼻叫喚が聞こえてきたが、私は一度も振り返らなかった。
ガチャリ。
重い鉄扉を閉める。
廊下には、アレクシス様が待っていた。
壁に寄りかかり、腕を組んでいる。
「……終わったか?」
「はい、旦那様。債権回収スキーム、完了しました」
私は契約書(労働契約書)の束を掲げて見せた。
「これで我が家の不良債権は一掃され、新たな労働力(奴隷)が確保できました。収支はプラスです」
「……君は、本当に容赦ないな」
アレクシス様は苦笑し、私の頭をポンと撫でた。
「だが、それでいい。君を傷つけた奴らが、のうのうと生きているのは俺が許さん」
「ええ。社会的にも経済的にも、完全に『処分』しました」
私は晴れやかな気分だった。
過去との決別。
これで、名実ともに私は自由だ。
「……さて、モナ」
アレクシス様が、少し改まった口調で言った。
「過去の精算は終わった。……次は、未来の話だ」
「未来?」
「ああ。来週の『契約更新』の件だ」
ドキリとする。
そうだった。
私とアレクシス様の雇用契約は、あと数日で満了する。
「場所は伝えたな? 王都の大聖堂だ」
「はい。……あの、なぜ大聖堂なのでしょうか? もっと静かな会議室の方が、条件交渉には向いていると思いますが」
「神の前で契約するからだ」
アレクシス様は真顔で答えた。
「神に誓って、契約内容を遵守する。……それくらいの覚悟が必要な契約だからだ」
(……なるほど)
私は納得した。
公爵家と、その資産管理を一手に引き受ける私との契約。
それは国家予算並みの重みがある。
神前契約(セレモニー)を行うことで、対外的な信用度を高める狙いがあるのだろう。
「承知しました。当日は『正装』で伺います」
「ああ。最高に美しいドレスを用意してある。……楽しみにしていろ」
アレクシス様は、どこか悪戯っぽく、そして熱っぽい瞳で私を見つめた。
「新しい契約書には、君が逃げられないような『特約』を山ほど盛り込むつもりだ」
「お手柔らかにお願いします。こちらも『昇給』と『福利厚生』の要求リストを作成済みですので」
「ふっ……望むところだ」
私たちは見つめ合い、笑った。
この時の私は、まだ気づいていなかった。
アレクシス様の言う「特約」の意味も。
用意された「ドレス」が、純白のウェディングドレスであることも。
そして、大聖堂での「契約更新」が、国中を巻き込んだ盛大な「公開結婚式」になることも。
◇
数日後。
契約満了の前日。
私は自室で、明日のプレゼンテーション(交渉)に向けた資料作りに追われていた。
「……ふむ。過去一年の実績に基づき、基本給の50%アップを提示。さらに、ボーナスは公爵家の純利益の5%を要求……」
強気な条件だ。
だが、これだけの実績(借金返済、クーデター鎮圧、王宮改革)があれば通るはずだ。
「よし。完璧」
資料をまとめ、伸びをした時。
ノックの音がした。
「……奥様。少しよろしいでしょうか」
入ってきたのは、メイド長のヒルダだった。
かつて私に意地悪をし、逆にリネン室を改革されたお局様だ。
今ではすっかり私の信奉者となり、「奥様の節約術」をまとめた本を出版しようとしているらしい。
「どうしました、ヒルダ? 明日の準備は順調ですか?」
「はい。……そのことで、少し」
ヒルダは、大きな箱を抱えていた。
「旦那様から、『明日の衣装』を先にお渡しするようにと」
「あら、気が早いのね。見せて」
私は箱を受け取り、蓋を開けた。
「……っ!?」
中に入っていたのは。
目が眩むような、純白のドレスだった。
「……白?」
私は首を傾げた。
ビジネスの場において、白はあまり一般的ではない。汚れが目立つし、膨張色だ。
だが、そのデザインは圧倒的だった。
繊細なレース、散りばめられた真珠、そして長い長いトレーン(裾)。
どう見ても、夜会用のドレスではない。
「……これ、ウェディングドレスに見えるのですが」
私は素直な感想を述べた。
ヒルダが、口元を押さえてニヤニヤしている。
「あら、奥様。……『再契約』とは、そういうことでは?」
「そういうこと?」
「新たな誓いを立て、一生を共にする契約。……つまり、結婚式ですわ」
「……けっこんしき?」
私の思考が停止した。
結婚式。
Wedding。
契約更新=結婚式?
「……待って。論理が飛躍しています」
私は慌てて計算機を取り出した。
「私たちは既に『契約結婚』しています。法的には夫婦です。今更、式を挙げる必要性は? コストの無駄では?」
「奥様。……旦那様は、形だけの夫婦ではなく、『本当の夫婦』になりたいと仰っていましたよ」
ヒルダが優しく告げる。
「愛のない契約ではなく、愛のある誓いを。……そのための舞台をご用意されたのです」
「愛……」
私はドレスの生地を撫でた。
『俺は、君が欲しいんだ』
『愛している』
アレクシス様の言葉が蘇る。
あれは、交渉術でも、従業員評価でもなかったのか。
本当に、ただの……愛の言葉だったのか。
「……バカな人」
視界が滲んだ。
「こんな高いドレス……一回しか着ないのに、減価償却できないじゃない」
文句を言いながらも、私の口元は緩んでいた。
「……でも、資産価値(思い出)としては、プライスレス……かしら」
私はドレスを抱きしめた。
明日は、私の人生で一番大きな「契約」の日になる。
損得勘定抜きの、心と心の契約。
「……負けました。条件、全部飲んであげましょう」
私は用意していた「昇給要求リスト」をゴミ箱に捨てた。
代わりに、真っ白な便箋を取り出した。
そこに書くのは、数字ではなく、たった一つの言葉だ。
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