婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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「……重い」

王都の大聖堂、控室。

私は全身鏡の前で、ため息をついた。

純白のウェディングドレス。

そこに縫い付けられた数百個の真珠と、ダイヤモンドの装飾。

総重量、推定十五キログラム。

「奥様、我慢してくださいませ。これが『美しさの重量』ですわ」

メイド長のヒルダが、嬉しそうに私のベールを整える。

「美しさというか、もはや鎧(アーマー)ね。防御力は高そうだけど、機動力がゼロよ」

「旦那様が支えてくださいますから、歩く必要なんてありませんわ」

「自力で歩きます。契約の場に向かうのに、抱えられて行くなんてビジネスマンの恥です」

私は気合を入れて背筋を伸ばした。

今日は、アレクシス様との「契約更新」、すなわち結婚式だ。

王都中の貴族が招かれ、大聖堂の外には市民たちが溢れかえっているという。

(……動員数、一万人超え。ご祝儀の総額を試算すると……)

私の脳内電卓が弾き出した数字に、口元が緩む。

結婚式費用(ドレス代含む)を差し引いても、大幅な黒字だ。

「……失礼するよ、モナ嬢。いや、花嫁殿」

ノックと共に現れたのは、国王陛下だった。

今日は正装に身を包んでいるが、その顔は少し晴れやかだ。

「陛下。……本日は仲人役、感謝いたします(出演料はチャラにしておきますね)」

「うむ。……式の前に、一つ渡しておきたいものがあってな」

陛下は懐から、一通の羊皮紙を取り出した。

王家の紋章に、黒いリボンがかけられている。

「これは……?」

「『王太子廃嫡令』および『臣籍降下処分通知書』だ」

陛下は淡々と告げた。

「本日をもって、カイルは王太子位を剥奪。王族としての身分も失い、平民『カイル・ロッド』となる」

「……決定、したのですね」

「ああ。あやつのしでかした不祥事、そして能力不足。……もはや庇い立てできん。国民への示しがつかぬ」

陛下は苦渋の表情を浮かべたが、その目には決意があった。

「カイルには、北の鉱山で一からやり直させる。……モナ嬢が課した『労働契約』に従ってな」

「まあ。私の債権回収にご協力いただき、ありがとうございます」

「リリナとベルン伯爵も同様だ。彼らは法に基づき裁かれ、相応の罰を受ける。……これで、君の憂いはなくなったか?」

「はい。完璧な『在庫処分』です」

私は羊皮紙を受け取り、サイドテーブルに置いた。

これで、過去の因縁は完全に断ち切られた。

カイル殿下はもう、私を縛る元婚約者でも、王族という権力者でもない。

ただの「鉱山労働者A」だ。

「……モナ嬢。王家を代表して、改めて詫びる。そして……礼を言う」

陛下が頭を下げた。

「君のおかげで、国は生まれ変わった。……どうか、アレクシスを、弟を幸せにしてやってくれ」

「お任せください。彼は私の『最高資産』ですから、傷一つつけません」

私が笑うと、陛下もようやく安堵の笑みを浮かべた。

「では、行こうか。……新郎が待ちくたびれて、聖堂の床を凍らせ始めている頃だ」



大聖堂の鐘が鳴り響く。

カーン、カーン。

重厚な扉が、ゆっくりと開かれた。

眩しい光。

パイプオルガンの荘厳な音色。

そして、バージンロードの両脇を埋め尽くす、数千人の参列者たち。

「……うわぁ」

私は息を呑んだ。

全員の視線が一斉に私に注がれる。

かつて、夜会で私を嘲笑っていた貴族たちも、今は感嘆と畏敬の眼差しで見つめている。

「美しい……」

「あれが、ミランド公爵夫人……」

「国の救世主だぞ……」

ささやき声が聞こえる。

私は陛下の腕に手を添え(父は鉱山行きなので、陛下がエスコート役だ)、真紅の絨毯の上を一歩ずつ進んだ。

コツ、コツ、コツ。

長いバージンロード。

その先に、彼が立っていた。

アレクシス・ミランド公爵。

漆黒のタキシードに身を包み、銀色の髪を完璧に整えた、私の旦那様。

彼は私を見た瞬間、目を見開き、そして……泣いた。

「……っ」

手で口元を覆い、肩を震わせている。

(……ちょっと、泣くのが早いわよ)

まだ祭壇にも着いていないのに。

周囲の女性客から「尊い……」「公爵様が感涙してる……」と黄色い声が上がる。

私は苦笑しながら、彼のもとへと歩みを進めた。

祭壇の前。

陛下の手から、アレクシス様の手へと、私の手が渡される。

その手は震えていて、でも、とても温かかった。

「……モナ」

アレクシス様が、濡れた瞳で私を見つめる。

「綺麗だ。……夢かと、思うくらいに」

「夢ではありません。総額金貨一万枚の現実です」

小声で囁くと、彼は涙目で吹き出した。

「君らしいな。……愛している」

司祭様が咳払いをした。

「えー、では。誓いの言葉を」

アレクシス様が向き直る。

彼は深呼吸をして、私の両手を握りしめた。

「私、アレクシス・ミランドは、モナ・バーンズを妻とし……」

通常なら、ここで「健やかなる時も、病める時も」と続くはずだ。

だが、彼は言葉を切った。

そして、私だけを見つめて、独自の言葉を紡ぎ始めた。

「……君が金に執着しても、君が俺を『資産』と呼んでも。俺は、そのすべてを愛することを誓う」

会場がざわつく。

なんて斬新な誓いだ。

「君が望むなら、世界中の富を稼ぎ出そう。君が望むなら、どんな敵も排除しよう。……俺の命、財産、そして心臓の鼓動一つまで、すべて君に捧げる」

アレクシス様の瞳に、狂おしいほどの情熱が宿る。

「だから……一生、俺のそばで笑っていてくれ。……これが、俺の『終身雇用契約』の条件だ」

(……ずるい)

そんな目で見られたら、計算なんてできないじゃない。

私の心拍数が跳ね上がる。

司祭様がポカンとしている中、私は口を開いた。

「……私、モナ・バーンズは、アレクシス・ミランドを夫とし……」

私もまた、定型文を捨てた。

「貴方が稼げなくなっても、貴方が王家に搾取されても。……私が貴方を黒字にすることを誓います」

「……ふっ」

アレクシス様が笑う。

「貴方の背中は私が守ります。貴方の財布は私が管理します。……そして」

私は一歩近づき、彼の胸に手を当てた。

「貴方の心が凍えそうな時は、私が体温(熱)となって温めます。……返品不可の『永久契約』、受領いたしました」

「……ああ、契約成立だ」

アレクシス様が、私の腰を引き寄せる。

もう、司祭様の「誓いますか?」なんて言葉はいらない。

彼がベールを上げ、唇を重ねた。

熱い。

触れた瞬間、体中の血液が沸騰するような、熱烈なキス。

「んっ……」

長い。

息ができない。

大聖堂の中だというのに、アレクシス様は周りが見えていないかのように、私を求め続けた。

「……旦那様、長いです……っ」

「……足りない」

彼が唇を離した時、会場中から割れんばかりの拍手と口笛が鳴り響いた。

「おめでとう!!」

「ヒューヒュー!」

「お幸せにー!!」

花びらが舞う。

祝福の鐘が鳴る。

アレクシス様は、満面の笑みで私を抱き上げ(またお姫様抱っこだ)、高々と掲げた。

「見たか! これが俺の妻だ! 世界一の妻だ!!」

「きゃっ! 揺れます! 落ちます!」

「落とさない! 絶対に離さない!」

彼は私を抱いたまま、バージンロードを駆け出した。

「ちょ、旦那様!? 退場が早すぎます!」

「もう我慢できない! 早く家に帰って『初夜』のやり直しだ!」

「はあぁ!? まだ披露宴が……ご祝儀の回収が……!」

「そんなもの、セバスチャンに任せておけ!」

アレクシス様は暴走特急のように走り去っていく。

取り残された参列者たちは、呆気にとられ、そして大爆笑した。

「……あーあ、行っちゃったよ」

「相変わらずだな、公爵は」

「まあ、あんなに幸せそうならいいか」

大聖堂の外に出ると、青空が広がっていた。

アレクシス様の腕の中で、私は空を見上げた。

雲ひとつない快晴。

まるで、私たちの未来を暗示するような空だ。

(……まあ、いっか)

ご祝儀の計算は後でいい。

披露宴の料理も、あとで包んでもらえばいい。

今はただ、この暴走する愛すべき旦那様(優良物件)に、身を任せてみよう。

「……覚悟してくださいね、旦那様」

私は彼の首に腕を回し、耳元で囁いた。

「契約更新したからには……骨の髄まで、愛していただきますから」

「望むところだ!!」

アレクシス様の幸せな叫びが、王都の空に溶けていった。

こうして、悪役令嬢モナと氷の公爵アレクシスの、「契約」から始まった恋は、最高のハッピーエンド(契約成立)を迎えた。

……はずだったが。
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