婚約破棄、あざーす!悪役令嬢は田舎へ飛びたい。

パリパリかぷちーの

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あれから、三年が経った。

大聖堂でのド派手な結婚式を経て、名実ともにミランド公爵夫人となった私、モナ・バーンズ(現ミランド)。

この三年間、私は文字通り「馬車馬」のように働いた。

公爵領の産業改革、カイル殿下が残した王家の負債整理、そしてリリナ様の実家の破産管財人としての業務。

すべてを完璧にこなし、公爵家の総資産は結婚前の三倍に膨れ上がっていた。

「……ふぅ」

公爵邸の執務室。

私は積み上がった決算書の山に、最後の一枚となる承認印を押した。

パタン。

小気味良い音が響く。

「……終わった」

私はペンを置き、大きく伸びをした。

窓の外には、豊かに実った麦畑と、整備された街道が広がっている。

かつて「氷の公爵領」と恐れられた寒々しい土地は、今や大陸有数の穀倉地帯へと変貌を遂げていた。

「完璧ね。……どこからどう見ても、完全なる黒字経営だわ」

私は満足げに頷いた。

私の使命(ミッション)は達成された。

経営状態は盤石。

アレクシス様の精神状態も安定している(むしろ溺愛が加熱してウザいくらいだ)。

これ以上、私が現場で指揮を執る必要はない。

「……そろそろ、潮時かしら」

私は手帳を開いた。

そこに挟んであった、アレクシス様との「永久就職契約書(結婚証明書)」のコピーを眺める。

その裏面に、私が密かに書き込んでいた「中期経営計画」の文字。

『第一フェーズ:財政再建(期間三年)』。

今日が、その三年の期日だった。

「よし。……アレクシス様に報告しなきゃ」

私は決意を固め、立ち上がった。

この「契約」の節目を、しっかりと伝えなければならない。



その夜。

夕食後のティータイム。

アレクシス様は、ソファで上機嫌に紅茶を飲んでいた。

「モナ。今度の休暇だが、南の島へ行こうか。君が開発したリゾートホテル、視察も兼ねて」

「旦那様」

私はその言葉を遮り、対面のソファに座った。

手には、一枚の書類を持っている。

「ん? どうした、そんなに改まって」

アレクシス様が微笑む。

三年経っても、その美貌は衰えるどころか、色気を増している。

相変わらずの「優良資産」ぶりだ。

私は心を鬼にして(ビジネスモードにして)、書類をテーブルに差し出した。

「……こちらをご覧ください」

「なんだ? 新しい事業計画か?」

アレクシス様がのんきに書類を手に取る。

そこに書かれたタイトルを見た瞬間。

カチャン。

彼の手からティーカップが滑り落ち、ソーサーの上で音を立てた。

「……モ、モナ?」

アレクシス様の顔から、血の気が引いていく。

書類のタイトルは、こうだ。

『公爵夫人としての業務完了報告書、および契約内容の変更通知』。

「……これは、どういう意味だ?」

アレクシス様の声が震えている。

「文字通りです。……旦那様、三年前にお約束した『財政再建』の目標は、本日をもってすべて達成されました」

私は淡々と説明した。

「領地は黒字化し、王家との関係も改善し、貴方のトラウマも克服されました。……私の『管理者』としての役目は、これにて終了です」

「しゅ、終了……?」

アレクシス様が立ち上がる。

部屋の温度が、急激に下がり始めた。

「待て。……終了とは、どういうことだ? まさか……出て行くつもりか?」

「え?」

「目標を達成したら、契約満了……そういうつもりだったのか!?」

アレクシス様が私に詰め寄る。

その瞳には、絶望とパニックが渦巻いている。

「嫌だ! 認めないぞ! 永久契約だと言ったはずだ! 神の前で誓ったじゃないか!」

「ええ、誓いましたよ?」

「なら、なぜ『終了』なんて言葉が出る!? 俺に……俺に飽きたのか? もう稼げない男だと思ったのか!?」

「いいえ。稼ぐ力は依然としてSランクです」

「ならなぜだ! 金か? 金が足りないなら、王城をもう一つ強奪してきてもいい!」

「やめてください。国際問題になります」

アレクシス様は錯乱している。

完全に「離婚届」を突きつけられた夫の反応だ。

(……あれ? 何か勘違いしている?)

私は首を傾げた。

私はただ、「現場指揮官としての業務」を終了し、「次のフェーズ」へ移行したいだけなのだが。

「旦那様、落ち着いてください。私は公爵家を出て行くとは言っていません」

「嘘だ! 『業務完了』と書いている!」

「ええ。これまでの『激務』は完了です。……これからは、少しペースを落として……」

「ペースを落とす? つまり、俺への愛(管理)を減らすということか!?」

「違います! 話を聞いてください!」

「聞きたくない! 君がいなくなる未来なんて、想像しただけで世界を凍らせたくなる!」

バリバリバリ!

部屋の窓ガラスに霜が張り付き、観葉植物が一瞬で氷のオブジェに変わった。

「だ、旦那様! 制御して!」

「できない! 心が寒いんだ!」

アレクシス様はその場に膝をつき、子供のように頭を抱えた。

「モナ……行かないでくれ……。君のためなら何でもする。奴隷にでもなる。だから、俺を捨てないでくれぇぇぇ!」

「……はぁ」

私は深いため息をついた。

どうやら、この三年間の平和ボケで、私の説明不足(言葉足らず)と、アレクシス様のネガティブ思考(愛が重い)の相乗効果が発生してしまったらしい。

これは、言葉で説明してもパニックで聞こえていないだろう。

(……仕方ない。実力行使ね)

私は立ち上がり、氷の魔力が吹き荒れる中、アレクシス様に近づいた。

そして、彼の手から書類を奪い取り、裏返した。

「旦那様。……表面だけ読んで絶望しないでください。重要なのは『裏面』の特記事項です」

「う、裏面……?」

アレクシス様が涙目で顔を上げる。

「読んでください。ここです」

私は指差した。

そこには、赤字でこう書かれていた。

『新規プロジェクトの始動に伴い、以下の設備投資(ベビーベッド等)および長期休暇(産休)を申請する』

「……え?」

アレクシス様の思考が停止した。

「べ、ベビー……ベッド……?」

「はい。……計算してみたのですが」

私は自分のお腹に手を当てた。

「現在、私の体内で『新たな資産』が形成されつつあります。……製造期間、あと七ヶ月といったところでしょうか」

「……」

「一人増えるとなると、現在の『仕事人間モード』の契約では対応できません。よって、契約内容を『子育てモード』へ変更したいのです」

「……」

アレクシス様は、ポカンと口を開けて固まっている。

そして、ゆっくりと視線を私のお腹に移した。

「……あ、新たな資産とは……つまり……」

「貴方と私の、子供です」

私はニッコリと笑った。

「おめでとうございます、ボス。……貴方のDNAという、最高の優良物件を継承する『後継者』が出来ましたよ」

「……こ、子供……?」

アレクシス様の目が泳ぐ。

「俺と、モナの……?」

「はい。……嬉しくないですか? 養育費などのコストはかかりますが、将来的なリターンは計り知れませんよ」

「……う、うわぁぁぁぁぁ!!」

突然、アレクシス様が絶叫した。

悲鳴ではない。

歓喜の雄叫びだ。

「子供だ! 俺たちの子供だ!」

彼はガバッと立ち上がり、私を抱きしめようとして……ハッとして止まった。

「だ、ダメだ! 強く抱きしめたら危ない! どうすればいい!? 拝めばいいのか!?」

彼は私の前で平伏し、お腹に向かって手を合わせ始めた。

「あ、ありがとう……! 神よ、モナよ、ありがとう……!」

「……旦那様。大袈裟です」

「大袈裟なものか! 世界で一番の奇跡だ!」

アレクシス様は涙を流しながら、私の手を取ってキスを繰り返した。

「契約変更だ! 即座に承認する! 休暇? 無期限でいい! 設備投資? 国中のベビー用品を買い占めよう!」

「買い占めは独占禁止法に抵触します。必要な分だけで結構です」

「モナ……。愛している。本当に、愛している……」

彼は震える声で何度も繰り返した。

部屋の氷が、彼の歓喜の熱で見る見るうちに溶けていく。

(……やれやれ)

私は苦笑しながら、彼の手を握り返した。

「では、交渉成立ですね?」

「ああ、成立だ! 最高の契約だ!」

こうして、「契約終了」の危機(勘違い)は去った。

だが、ここからが本当の戦いだった。

「氷の公爵」改め、「親バカ公爵」となったアレクシス様の暴走は、私の想定を遥かに超えるものだったからだ。

「モナ! 歩くな! 床が硬い!」

「絨毯敷いてます」

「モナ! 水を飲むな! 俺が魔力で浄化した最高級の聖水しか認めん!」

「味がしません」

「モナ! お腹の子が『パパ』と呼んだ気がする!」

「まだ胎動もありません。幻聴です」
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