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「いいこと、よく聞いて。悪役令嬢(ヒール)というのはね、ただ意地悪をすればいいってものじゃないのよ」
王宮の庭園にある東屋。
そこで私は、ティーカップを片手に説教をしていました。
相手は、目の前で震え上がっているヴィオレッタ王女――ではなく、私の隣で呆れ顔をしているキース様です。
「……なんで俺が説教されてるんだ」
「予行演習です! ヴィオレッタ王女に言ってやるための!」
私は鼻息荒く言いました。
昨夜のパーティーでの宣戦布告から一夜明け。
私の予想通り、ヴィオレッタ王女は早速動き出しました。
私の元には、早朝から「マリアさんが王女のお茶会に呼び出された」という情報が入ってきています。
場所は、王宮の裏手にあるローズガーデン。
人目につきにくい場所を選ぶあたり、何か企んでいるのは明白です。
「呼び出し……典型的なイジメの導入ですね。100点満点で10点です」
「点数が低いな」
「捻りがありませんもの。私なら、もっとこう……マリアさんの好きな珍しい花の苗を餌に呼び出し、期待に胸を膨らませて来たところを突き落とすくらいの演出をします」
「お前の性根の腐り具合には感心するよ」
キース様は苦笑しつつ、腰の剣を直しました。
「で? どうするんだ。乗り込むのか?」
「当然です。私の許可なくマリアさんに手出しはさせません。……行きますわよ、キース様。特等席で『格の違い』を見せてあげましょう」
私たちはローズガーデンへと向かいました。
◇
ローズガーデンに到着すると、そこには予想通りの光景が広がっていました。
中央のテーブル席に座るヴィオレッタ王女と、その取り巻きの令嬢たち。
そして、その前に立たされているマリアさん。
「あらマリアさん。せっかくお茶に招待して差し上げましたのに、手土産の一つもありませんの?」
ヴィオレッタ王女が扇で口元を隠し、冷ややかな視線を送っています。
「も、申し訳ありません……。急なことでしたので……」
マリアさんは小さくなっています。
(ああ、なんて可哀想で可愛い……! 小動物的な魅力が爆発してるわ!)
私は生垣の陰で悶絶しました。
「仕方ありませんわね。平民育ちには、貴族の礼儀なんて分かりませんものね」
王女が合図をすると、取り巻きの一人がポットを手に取りました。
「お詫びに、紅茶を淹れて差し上げたら?」
「は、はい……」
マリアさんがカップを差し出そうとした、その時。
バシャッ!
取り巻きの令嬢が、ポットの中身をマリアさんの足元にぶちまけました。
熱い紅茶ではなく、冷めた泥水のような液体です。
マリアさんの白い靴と、ドレスの裾が茶色く汚れました。
「あら、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましたわ!」
「オホホホホ! これでお似合いですわね、泥がお好きな平民には!」
王女と取り巻きたちが一斉に笑い声を上げます。
典型的な嫌がらせ。
マリアさんは唇を噛み締め、涙を堪えています。
それを見た瞬間。
私の頭の中で、プツンと何かが切れました。
(……あ?)
怒りではありません。
もっと根本的な、生理的な嫌悪感。
(私のマリアさんに……泥をかけた?)
それは、名画に墨汁をかけるような行為。
推しカプという尊い神殿に対する冒涜。
「……許せない」
私はつぶやきました。
「許せないわ……! マリアさんの今日のドレスは白! 純潔の白! そこに茶色いシミをつけるなんて……色彩感覚が死んでるんじゃないの!?」
「そっちかよ」
キース様のツッコミも耳に入りません。
私は生垣を突き破る勢いで飛び出しました。
「お待ちなさい!!!」
大音声と共に登場した私に、ヴィオレッタ王女たちがギョッとして振り返ります。
「シュ、シュガー!? なぜここに!?」
「通りすがりの美学の守護者ですわ!」
私はマリアさんの前に仁王立ちしました。
そして、汚れたドレスの裾を指差しました。
「ヴィオレッタ王女! これはどういうつもりですの!?」
「ふ、ふん! 手が滑っただけですわ! それに、平民には泥がお似合い……」
「黙りなさい!」
私は扇をバシッと閉じて一喝しました。
その剣幕に、王女がビクリと肩を震わせます。
私は彼女の目の前まで詰め寄りました。
「いいですか? マリアさんに泥をかけるということは、彼女という『素材』を汚すということ! それは即ち、世界の損失なのです!」
「は、はあ……?」
「想像なさい! もしこの後、アレクセイ殿下が通りかかって、泥だらけのマリアさんを見たらどう思います!? 『可哀想だ』と同情はするでしょう! でもね、美しいドレスで微笑む彼女を見るのとでは、萌えのベクトルが違うのです!」
私は熱弁を振るいました。
「あなたは殿下に見せるべき『最高の絵面』を、自らの手で低俗な『B級昼ドラ』に格下げさせたのよ! プロデューサーとして失格だわ!」
「な、何を言っているのこの女……頭がおかしいんじゃないの……?」
王女がドン引きして後ずさりします。
しかし、私の怒りは収まりません。
「それに、嫌がらせのレベルが低すぎます! 泥水? 小学生ですか? もっと精神的にクる、じわじわとした真綿で首を絞めるような陰湿さが足りないのよ!」
「ひっ……」
「私ならどうするか教えて差し上げましょうか? ……例えば、マリアさんが大切に育てている花壇に、夜な夜な除草剤を撒いて枯らし、それを『マリアさんの管理不足』だと噂を流して孤立させる……それくらいの手間暇をかけてこそ、一流の悪役でしょうが!」
私の具体的すぎるプランに、取り巻きたちが青ざめて震え上がりました。
「こ、こいつ……本物だわ……」
「目が据わってる……」
ヴィオレッタ王女も、完全に気圧されています。
「わ、わたくしは……ただ、少し懲らしめてやろうと……」
「その『少し』が命取りなのです!」
私は王女の胸ぐらを掴ま……んとする勢いで迫りました。
「私のマリア様に泥を投げる権利があるのは、私だけ! あなたのような三流悪役に、彼女をいじめる資格なんてなくてよ!」
「ひいいっ! ごめんなさいいいい!」
ヴィオレッタ王女は私の狂気に耐えきれず、悲鳴を上げて逃げ出しました。
取り巻きたちも「覚えてらっしゃい!」と言う元気もなく、蜘蛛の子を散らすように去っていきます。
後に残されたのは、静まり返ったローズガーデンと、泥だらけのマリアさん。
そして、肩で息をする私。
「……はぁ、はぁ。まったく、教育的指導が必要ね」
私が髪をかき上げると、背後から拍手が聞こえてきました。
パチパチパチ。
「お見事。完全に悪役(ヴィラン)の風格だったな」
キース様が苦笑しながら現れました。
「あの王女、トラウマになったんじゃないか? 『除草剤』のくだり、目がマジだったぞ」
「あら、あれはただの即興の作り話ですわ。本当にやるなら、もっと証拠が残らない方法を使います」
「……お前を敵に回さなくてよかったと心底思うよ」
キース様は呆れつつ、マリアさんの方を見ました。
マリアさんは、呆然と私を見つめています。
(あ、しまった。私、また暴走しちゃった?)
私は我に返りました。
マリアさんを助けるつもりで、逆に私が一番の「変人」だと思われたのでは?
「……マリアさん。その、怖がらせてしまってごめんなさいね。あの方たちのマナーが悪すぎたもので、つい」
私が言い訳をしようとすると。
ガバッ!
マリアさんが私に抱きつきました。
「えっ」
泥だらけのまま、私のドレスに顔を埋めます。
「シュガー様……! ありがとうございます……!」
「え、いや、あの、ドレス汚れる……」
「私のために……あんなに怒ってくださるなんて! 『私のマリア様』って言ってくださいましたよね!?」
マリアさんが涙目で私を見上げました。
「私、嬉しくて……! シュガー様はやっぱり、不器用で情熱的な方なんですね!」
「……解釈がロックすぎるわね、あなた」
私はため息をつきましたが、不思議と嫌な気分ではありませんでした。
(まあ、この泥だらけのマリアさんも、ある意味では『守ってあげたい欲』をそそるレアショットかもしれないわ……)
そう思って自分を納得させていると。
「マリア!?」
遠くから、血相を変えたアレクセイ殿下が走ってきました。
「シュガー! 貴様、またマリアに何を……! その泥はなんだ!」
殿下は状況を見て、即座に私を睨みつけました。
「ヴィオレッタの仕業かと思えば……やはり貴様か! ここまで性根が腐っていたとは!」
「えっ、違います殿下! これは……」
マリアさんが弁解しようとしますが、殿下は聞く耳を持ちません。
「言い訳は聞かん! マリア、こっちへ来い! こんな女のそばにいたら毒される!」
殿下は強引にマリアさんを私から引き剥がし、自分の背後に隠しました。
そして、ハンカチを取り出してマリアさんの汚れを拭き始めます。
「大丈夫か? 怪我はないか? ……くそっ、僕がもっと早く来ていれば……」
その姿。
泥にまみれたヒロインと、それを必死にケアする王子様。
(……あ)
私の視界がスローモーションになりました。
殿下の指先がマリアさんの足首に触れ、マリアさんが恥じらいながら頬を染める。
「……尊い」
私は思わず呟いていました。
結果として、ヴィオレッタ王女の嫌がらせが、最高の「看病(?)イベント」を生み出したのです。
「……シュガー、貴様何をニヤニヤしている!」
「いえ! 反省しております! 最高に反省(鑑賞)しております!」
私は深々と頭を下げました。
(ありがとうヴィオレッタ王女。あなたの犠牲は無駄じゃなかったわ。この泥汚れのシチュエーション、いただきです!)
「……行くぞマリア。着替えを用意させる」
殿下はマリアさんを連れて去っていきました。
マリアさんは何度も振り返り、私に「ごめんなさい」「ありがとう」と口パクで伝えてくれました。
「……やれやれ。完全に『悪の親玉』扱いだな」
キース様が私の隣に立ちました。
「でも、お前のおかげでマリア嬢は救われたし、殿下との仲も深まった。……作戦成功ってところか?」
「ええ。大成功ですわ」
私は満足げに頷きました。
「でも、ヴィオレッタ王女もこのままじゃ終わらないでしょうね。次はもっと派手な手を打ってくるはず」
「その時は?」
「その時も、私が倍返しで叩き潰します。悪役の流儀(マナー)を、骨の髄まで教えて差し上げますわ」
私は扇を広げ、不敵に笑いました。
泥だらけになった自分のドレスの裾を見ても、私の心は晴れやかでした。
だって、私の推しカプは今日も最高に輝いていたのですから。
……ただ、後日。
私の元にヴィオレッタ王女から『師匠と呼ばせてください』という手紙が届いたのは、また別の話。
王宮の庭園にある東屋。
そこで私は、ティーカップを片手に説教をしていました。
相手は、目の前で震え上がっているヴィオレッタ王女――ではなく、私の隣で呆れ顔をしているキース様です。
「……なんで俺が説教されてるんだ」
「予行演習です! ヴィオレッタ王女に言ってやるための!」
私は鼻息荒く言いました。
昨夜のパーティーでの宣戦布告から一夜明け。
私の予想通り、ヴィオレッタ王女は早速動き出しました。
私の元には、早朝から「マリアさんが王女のお茶会に呼び出された」という情報が入ってきています。
場所は、王宮の裏手にあるローズガーデン。
人目につきにくい場所を選ぶあたり、何か企んでいるのは明白です。
「呼び出し……典型的なイジメの導入ですね。100点満点で10点です」
「点数が低いな」
「捻りがありませんもの。私なら、もっとこう……マリアさんの好きな珍しい花の苗を餌に呼び出し、期待に胸を膨らませて来たところを突き落とすくらいの演出をします」
「お前の性根の腐り具合には感心するよ」
キース様は苦笑しつつ、腰の剣を直しました。
「で? どうするんだ。乗り込むのか?」
「当然です。私の許可なくマリアさんに手出しはさせません。……行きますわよ、キース様。特等席で『格の違い』を見せてあげましょう」
私たちはローズガーデンへと向かいました。
◇
ローズガーデンに到着すると、そこには予想通りの光景が広がっていました。
中央のテーブル席に座るヴィオレッタ王女と、その取り巻きの令嬢たち。
そして、その前に立たされているマリアさん。
「あらマリアさん。せっかくお茶に招待して差し上げましたのに、手土産の一つもありませんの?」
ヴィオレッタ王女が扇で口元を隠し、冷ややかな視線を送っています。
「も、申し訳ありません……。急なことでしたので……」
マリアさんは小さくなっています。
(ああ、なんて可哀想で可愛い……! 小動物的な魅力が爆発してるわ!)
私は生垣の陰で悶絶しました。
「仕方ありませんわね。平民育ちには、貴族の礼儀なんて分かりませんものね」
王女が合図をすると、取り巻きの一人がポットを手に取りました。
「お詫びに、紅茶を淹れて差し上げたら?」
「は、はい……」
マリアさんがカップを差し出そうとした、その時。
バシャッ!
取り巻きの令嬢が、ポットの中身をマリアさんの足元にぶちまけました。
熱い紅茶ではなく、冷めた泥水のような液体です。
マリアさんの白い靴と、ドレスの裾が茶色く汚れました。
「あら、ごめんなさい! 手が滑ってしまいましたわ!」
「オホホホホ! これでお似合いですわね、泥がお好きな平民には!」
王女と取り巻きたちが一斉に笑い声を上げます。
典型的な嫌がらせ。
マリアさんは唇を噛み締め、涙を堪えています。
それを見た瞬間。
私の頭の中で、プツンと何かが切れました。
(……あ?)
怒りではありません。
もっと根本的な、生理的な嫌悪感。
(私のマリアさんに……泥をかけた?)
それは、名画に墨汁をかけるような行為。
推しカプという尊い神殿に対する冒涜。
「……許せない」
私はつぶやきました。
「許せないわ……! マリアさんの今日のドレスは白! 純潔の白! そこに茶色いシミをつけるなんて……色彩感覚が死んでるんじゃないの!?」
「そっちかよ」
キース様のツッコミも耳に入りません。
私は生垣を突き破る勢いで飛び出しました。
「お待ちなさい!!!」
大音声と共に登場した私に、ヴィオレッタ王女たちがギョッとして振り返ります。
「シュ、シュガー!? なぜここに!?」
「通りすがりの美学の守護者ですわ!」
私はマリアさんの前に仁王立ちしました。
そして、汚れたドレスの裾を指差しました。
「ヴィオレッタ王女! これはどういうつもりですの!?」
「ふ、ふん! 手が滑っただけですわ! それに、平民には泥がお似合い……」
「黙りなさい!」
私は扇をバシッと閉じて一喝しました。
その剣幕に、王女がビクリと肩を震わせます。
私は彼女の目の前まで詰め寄りました。
「いいですか? マリアさんに泥をかけるということは、彼女という『素材』を汚すということ! それは即ち、世界の損失なのです!」
「は、はあ……?」
「想像なさい! もしこの後、アレクセイ殿下が通りかかって、泥だらけのマリアさんを見たらどう思います!? 『可哀想だ』と同情はするでしょう! でもね、美しいドレスで微笑む彼女を見るのとでは、萌えのベクトルが違うのです!」
私は熱弁を振るいました。
「あなたは殿下に見せるべき『最高の絵面』を、自らの手で低俗な『B級昼ドラ』に格下げさせたのよ! プロデューサーとして失格だわ!」
「な、何を言っているのこの女……頭がおかしいんじゃないの……?」
王女がドン引きして後ずさりします。
しかし、私の怒りは収まりません。
「それに、嫌がらせのレベルが低すぎます! 泥水? 小学生ですか? もっと精神的にクる、じわじわとした真綿で首を絞めるような陰湿さが足りないのよ!」
「ひっ……」
「私ならどうするか教えて差し上げましょうか? ……例えば、マリアさんが大切に育てている花壇に、夜な夜な除草剤を撒いて枯らし、それを『マリアさんの管理不足』だと噂を流して孤立させる……それくらいの手間暇をかけてこそ、一流の悪役でしょうが!」
私の具体的すぎるプランに、取り巻きたちが青ざめて震え上がりました。
「こ、こいつ……本物だわ……」
「目が据わってる……」
ヴィオレッタ王女も、完全に気圧されています。
「わ、わたくしは……ただ、少し懲らしめてやろうと……」
「その『少し』が命取りなのです!」
私は王女の胸ぐらを掴ま……んとする勢いで迫りました。
「私のマリア様に泥を投げる権利があるのは、私だけ! あなたのような三流悪役に、彼女をいじめる資格なんてなくてよ!」
「ひいいっ! ごめんなさいいいい!」
ヴィオレッタ王女は私の狂気に耐えきれず、悲鳴を上げて逃げ出しました。
取り巻きたちも「覚えてらっしゃい!」と言う元気もなく、蜘蛛の子を散らすように去っていきます。
後に残されたのは、静まり返ったローズガーデンと、泥だらけのマリアさん。
そして、肩で息をする私。
「……はぁ、はぁ。まったく、教育的指導が必要ね」
私が髪をかき上げると、背後から拍手が聞こえてきました。
パチパチパチ。
「お見事。完全に悪役(ヴィラン)の風格だったな」
キース様が苦笑しながら現れました。
「あの王女、トラウマになったんじゃないか? 『除草剤』のくだり、目がマジだったぞ」
「あら、あれはただの即興の作り話ですわ。本当にやるなら、もっと証拠が残らない方法を使います」
「……お前を敵に回さなくてよかったと心底思うよ」
キース様は呆れつつ、マリアさんの方を見ました。
マリアさんは、呆然と私を見つめています。
(あ、しまった。私、また暴走しちゃった?)
私は我に返りました。
マリアさんを助けるつもりで、逆に私が一番の「変人」だと思われたのでは?
「……マリアさん。その、怖がらせてしまってごめんなさいね。あの方たちのマナーが悪すぎたもので、つい」
私が言い訳をしようとすると。
ガバッ!
マリアさんが私に抱きつきました。
「えっ」
泥だらけのまま、私のドレスに顔を埋めます。
「シュガー様……! ありがとうございます……!」
「え、いや、あの、ドレス汚れる……」
「私のために……あんなに怒ってくださるなんて! 『私のマリア様』って言ってくださいましたよね!?」
マリアさんが涙目で私を見上げました。
「私、嬉しくて……! シュガー様はやっぱり、不器用で情熱的な方なんですね!」
「……解釈がロックすぎるわね、あなた」
私はため息をつきましたが、不思議と嫌な気分ではありませんでした。
(まあ、この泥だらけのマリアさんも、ある意味では『守ってあげたい欲』をそそるレアショットかもしれないわ……)
そう思って自分を納得させていると。
「マリア!?」
遠くから、血相を変えたアレクセイ殿下が走ってきました。
「シュガー! 貴様、またマリアに何を……! その泥はなんだ!」
殿下は状況を見て、即座に私を睨みつけました。
「ヴィオレッタの仕業かと思えば……やはり貴様か! ここまで性根が腐っていたとは!」
「えっ、違います殿下! これは……」
マリアさんが弁解しようとしますが、殿下は聞く耳を持ちません。
「言い訳は聞かん! マリア、こっちへ来い! こんな女のそばにいたら毒される!」
殿下は強引にマリアさんを私から引き剥がし、自分の背後に隠しました。
そして、ハンカチを取り出してマリアさんの汚れを拭き始めます。
「大丈夫か? 怪我はないか? ……くそっ、僕がもっと早く来ていれば……」
その姿。
泥にまみれたヒロインと、それを必死にケアする王子様。
(……あ)
私の視界がスローモーションになりました。
殿下の指先がマリアさんの足首に触れ、マリアさんが恥じらいながら頬を染める。
「……尊い」
私は思わず呟いていました。
結果として、ヴィオレッタ王女の嫌がらせが、最高の「看病(?)イベント」を生み出したのです。
「……シュガー、貴様何をニヤニヤしている!」
「いえ! 反省しております! 最高に反省(鑑賞)しております!」
私は深々と頭を下げました。
(ありがとうヴィオレッタ王女。あなたの犠牲は無駄じゃなかったわ。この泥汚れのシチュエーション、いただきです!)
「……行くぞマリア。着替えを用意させる」
殿下はマリアさんを連れて去っていきました。
マリアさんは何度も振り返り、私に「ごめんなさい」「ありがとう」と口パクで伝えてくれました。
「……やれやれ。完全に『悪の親玉』扱いだな」
キース様が私の隣に立ちました。
「でも、お前のおかげでマリア嬢は救われたし、殿下との仲も深まった。……作戦成功ってところか?」
「ええ。大成功ですわ」
私は満足げに頷きました。
「でも、ヴィオレッタ王女もこのままじゃ終わらないでしょうね。次はもっと派手な手を打ってくるはず」
「その時は?」
「その時も、私が倍返しで叩き潰します。悪役の流儀(マナー)を、骨の髄まで教えて差し上げますわ」
私は扇を広げ、不敵に笑いました。
泥だらけになった自分のドレスの裾を見ても、私の心は晴れやかでした。
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