悪役令嬢は、王子とヒロインのカップリングが尊すぎて退場したい!

パリパリかぷちーの

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「……おかしい」

公爵家のサロン。
私は机に突っ伏し、うわ言のように呟いていました。

机の上には、アレクセイ殿下とマリアさんの結婚式に関する膨大な資料。
ドレスのデザイン画、招待客リスト、料理のメニュー表……。
本来なら、私のオタク魂が燃え上がり、よだれを垂らして作業に没頭しているはずの場面です。

しかし、私のペンは止まったまま。
脳内を占拠しているのは、推しカプの尊さではなく……。

『お前は……俺じゃ不服か?』
『俺が貰ってやるって言ってるんだ』

昨夜、地下水路で言われたあの言葉が、リフレインして止まらないのです!

「あーっ! もう! 集中できない!」

私は頭を掻きむしりました。

「あれは幻聴よ! 地下水路のメタンガスが見せた幻覚に違いないわ! キース様があんなこと言うわけないもの!」

「……誰が幻覚だって?」

「ひゃうっ!?」

背後から耳元で囁かれ、私は飛び上がりました。
振り返ると、そこにはいつもの涼しい顔をしたキース様が立っていました。

「き、キース様!? いつからそこに!?」

「さっきからだ。……仕事、進んでないみたいだな」

彼は机の上の白紙に近い書類を見て、ニヤリと笑いました。

「どうした? あの『敏腕プロデューサー』がスランプか?」

「だ、誰のせいだと思ってるんですか! あなたが変なこと言うから……!」

「変なこと?」

キース様はわざとらしく首を傾げました。

「俺は本心を言っただけだぞ。……それとも、昨日のプロポーズ、本気にしてなかったのか?」

「ッ……!」

プロポーズ。
その単語が出た瞬間、私の顔は瞬時に沸騰しました。

「や、やっぱりあれ、プロポーズだったんですか!?」

「当たり前だろ。他にどう解釈するんだ」

キース様は私の隣に座り、頬杖をついてこちらを見つめました。
その距離が、以前よりも明らかに近いです。

「で? 返事は?」

「へ、返事って……あの時、『嫌じゃない』って言っちゃいましたけど……」

「言ったな。じゃあ成立だ」

「待ってください! 早いです! 展開が急すぎます!」

私は必死に抗議しました。

「冷静に考えてくださいキース様! 私ですよ? 『壁になりたい』とか『尊い』とか叫ぶ変態ですよ? そんなのを妻にしてどうするんですか! 公爵家と騎士団長の家柄的にも釣り合いませんし、第一、私には恋愛ヒロインとしての適性が……」

私が早口でまくし立てていると。

ダンッ!

キース様の手が、私の背後のソファの背もたれに叩きつけられました。
いわゆる『壁ドン』ならぬ『ソファドン』です。

「……あ」

逃げ場がありません。
目の前には、キース様の整った顔。
彼の瞳は、笑っていませんでした。
真剣そのものでした。

「シュガー。……いつまで自分を『脇役』だと思ってるんだ」

「え……」

「お前は殿下とマリア嬢のことばかり気にしてるが……俺はずっと、お前を見てた」

キース様の指先が、私の頬を優しく撫でました。
その熱に、思考が溶けそうになります。

「最初は、ただの面白い観察対象だった。……でも、お前が必死に二人を守ろうと駆け回る姿を見て、目が離せなくなった」

「キース様……」

「図書室で挟まった時も、山賊に飛び込んだ時も、ドラゴンに立ち向かった時も……お前はいつだって、自分のことなんて二の次で、誰かのために全力だった」

彼は少し照れくさそうに視線を逸らし、また私を見ました。

「そんなお前が、俺には……誰よりも可愛く見えたんだよ」

「か、可愛い……!?」

破壊力抜群の単語です。
悪役令嬢として生きてきた私に、最も縁遠い言葉。

「お前が推しカプを見て『尊い』と思うのと同じだ。俺はお前を見て『愛おしい』と思った。……それじゃダメか?」

「うぅっ……」

ダメなわけがありません。
こんなに真っ直ぐな瞳で言われて、断れる女子がいるでしょうか。

でも、私は怖かったのです。
自分が「主役」になることが。
誰かに愛されるという、慣れない状況が。

「で、でも……私、重いですよ? 面倒くさいですよ? 毎日推しの話をしますよ?」

「知ってる。慣れた」

「たまに奇声を上げますよ?」

「耳栓を買う」

「……っ」

完璧な返しです。
この人は、私の全てを受け入れる覚悟を決めているのです。

「シュガー」

キース様が、さらに顔を近づけてきました。
もう、鼻先が触れそうです。

「もう殿下たちのことはいいだろ。……俺を見ろ」

「……」

「お前の『推し』に……俺を加えてくれないか?」

その言葉は、どんな甘い愛の言葉よりも、私の心に深く突き刺さりました。

推しに加える。
つまり、私の人生の最優先事項になるということ。

私の瞳から、ポロリと涙がこぼれました。

「……ズルいです」

「何がだ」

「そんな言い方されたら……断れないじゃないですか」

私は降参しました。
観念して、目を閉じました。

「……分かりました。……推しに追加します。ナンバーワンの推しに認定します」

「……ありがとう」

キース様の安堵したような吐息が頬にかかりました。
そして、柔らかいものが、私の唇に触れました。

ちゅ。

触れるだけの、優しいキス。
でもそれは、殿下とマリアさんのキスシーンを見る時とは全く違う、心臓が爆発しそうなほどの衝撃でした。

「……っ!」

離れていくキース様の顔が、今まで見たどの瞬間よりもカッコよく見えて。

(あ、ダメだ。沼った)

私は直感しました。
私は今日から、キース・ハミルトンという底なし沼にハマってしまったのだと。

「……顔、真っ赤だぞ」

「う、うるさいです! ……責任取ってくださいね、一生!」

「ああ。望むところだ」

キース様は嬉しそうに笑い、私を強く抱きしめました。

私の人生のジャンルは、完全に変わりました。
『悪役令嬢の推し活日記』から、『不器用な二人のラブコメディ』へ。

でも、この温もりの中にいるのも、悪くない。
そう思いながら、私はキース様の背中に、そっと腕を回しました。
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