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作戦決行の日。フィオナは、王宮の一室に設けられた茶会用のテーブルで、アレクシス殿下と向かい合っていた。
テーブルの上には、有名なパティシエが腕を振るったであろう、芸術品のように美しいケーキと、香り高い紅茶が並んでいる。いつもなら、完璧な作法でこの場を和やかに楽しむところだが、今日に限っては違う。
(見てらっしゃい、殿下。わたくしの、淑女にあるまじき姿を……!)
フィオナは内心でファイティングポーズを取りながら、目の前のショートケーキにフォークを入れた。
まずは小手調べ。淑女たるもの、ケーキは上品に、少しずつ口に運ぶのがマナーだ。しかし、フィオナはわざと大口を開け、頬張るようにしてケーキを食べた。口の端にクリームがついてしまったが、それも気づかないふりをする。
「……」
アレクシス殿下は、そんなフィオナの様子をじっと見ていた。
(さあ、幻滅なさい!『はしたない』と軽蔑してくださって結構ですわ!)
フィオナが心の中で叫んだ、その時だった。
「ふふっ」
殿下は、小さく噴き出した。そして、蕩けるように甘い微笑みを浮かべて言うのだ。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、用意した甲斐があるというものだ。今日の君は、なんだか少しお茶目だな」
「え……?」
予想外の反応に、フィオナは固まった。お茶目? 今のはしたない行為が、お茶目ですって?
混乱するフィオナをよそに、アレクシスはごく自然な仕草で立ち上がると、フィオナの隣にやってきた。そして、懐から取り出した純白のハンカチで、彼女の口の端についたクリームを優しく拭ってくれたのだ。
「!?」
至近距離に現れた完璧な美貌と、予期せぬ優しい接触に、フィオナの心臓がどきりと跳ねる。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな。そうだ、この紅茶も君のために特別に用意させたんだ。君の家の領地で取れたハーブをブレンドしてある」
そう言ってにこやかに微笑む殿下に、フィオナは言葉を失った。
(作戦が、全く通じていない……!?)
それどころか、なぜか前よりも距離が縮まっているような気さえする。
こうなれば、次の手だ。フィオナはカップを手に取ると、わざとバランスを崩したふりをして、ガシャン!と音を立ててソーサーの上に落とした。幸い、紅茶はこぼれなかったが、淑女の振る舞いとしては完全にアウトだ。
「きゃっ」
「どうしたんだ、フィオナ」
アレクシスは眉をひそめたが、それは軽蔑の色ではなかった。心配の色だ。
「もしかして、疲れているのか? 最近、夜遅くまで勉強でもしているのだろう。あまり無理はしないでくれ。君が健やかでいてくれることが、私の何よりの願いなのだから」
そう言って、フィオナの手を優しく包み込むように握る。その大きな手は温かく、労わるような力が込められていた。
「…………」
フィオナは、もはや何も言えなかった。
淑女失格作戦、大失敗。
殿下は幻滅するどころか、フィオナの奇行をすべて「お茶目」「疲れ」と好意的に解釈し、さらに優しさを増してくる始末。
この完璧王子には、一体何が見えているのだろう。
フィオナは、底なし沼に足を取られたような、途方もない気分に包まれるのだった。
テーブルの上には、有名なパティシエが腕を振るったであろう、芸術品のように美しいケーキと、香り高い紅茶が並んでいる。いつもなら、完璧な作法でこの場を和やかに楽しむところだが、今日に限っては違う。
(見てらっしゃい、殿下。わたくしの、淑女にあるまじき姿を……!)
フィオナは内心でファイティングポーズを取りながら、目の前のショートケーキにフォークを入れた。
まずは小手調べ。淑女たるもの、ケーキは上品に、少しずつ口に運ぶのがマナーだ。しかし、フィオナはわざと大口を開け、頬張るようにしてケーキを食べた。口の端にクリームがついてしまったが、それも気づかないふりをする。
「……」
アレクシス殿下は、そんなフィオナの様子をじっと見ていた。
(さあ、幻滅なさい!『はしたない』と軽蔑してくださって結構ですわ!)
フィオナが心の中で叫んだ、その時だった。
「ふふっ」
殿下は、小さく噴き出した。そして、蕩けるように甘い微笑みを浮かべて言うのだ。
「そんなに美味しそうに食べてくれると、用意した甲斐があるというものだ。今日の君は、なんだか少しお茶目だな」
「え……?」
予想外の反応に、フィオナは固まった。お茶目? 今のはしたない行為が、お茶目ですって?
混乱するフィオナをよそに、アレクシスはごく自然な仕草で立ち上がると、フィオナの隣にやってきた。そして、懐から取り出した純白のハンカチで、彼女の口の端についたクリームを優しく拭ってくれたのだ。
「!?」
至近距離に現れた完璧な美貌と、予期せぬ優しい接触に、フィオナの心臓がどきりと跳ねる。
「あ、ありがとうございます……」
「気にするな。そうだ、この紅茶も君のために特別に用意させたんだ。君の家の領地で取れたハーブをブレンドしてある」
そう言ってにこやかに微笑む殿下に、フィオナは言葉を失った。
(作戦が、全く通じていない……!?)
それどころか、なぜか前よりも距離が縮まっているような気さえする。
こうなれば、次の手だ。フィオナはカップを手に取ると、わざとバランスを崩したふりをして、ガシャン!と音を立ててソーサーの上に落とした。幸い、紅茶はこぼれなかったが、淑女の振る舞いとしては完全にアウトだ。
「きゃっ」
「どうしたんだ、フィオナ」
アレクシスは眉をひそめたが、それは軽蔑の色ではなかった。心配の色だ。
「もしかして、疲れているのか? 最近、夜遅くまで勉強でもしているのだろう。あまり無理はしないでくれ。君が健やかでいてくれることが、私の何よりの願いなのだから」
そう言って、フィオナの手を優しく包み込むように握る。その大きな手は温かく、労わるような力が込められていた。
「…………」
フィオナは、もはや何も言えなかった。
淑女失格作戦、大失敗。
殿下は幻滅するどころか、フィオナの奇行をすべて「お茶目」「疲れ」と好意的に解釈し、さらに優しさを増してくる始末。
この完璧王子には、一体何が見えているのだろう。
フィオナは、底なし沼に足を取られたような、途方もない気分に包まれるのだった。
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