もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
8 / 28

8

しおりを挟む
リリアン様の裏の顔を知ったあの日から、私は屋敷に引きこもるのをやめた。

侍女カレンへの対処は、泳がせておく方が得策だと判断した。

下手に解雇してリリアン様のもとへ完全に走らせるより、こちらが気づいていないふりをしながら、逆に偽の情報を掴ませる方が面白い。

もちろん、アンナ以外の侍女を、重要な情報の近くに寄らせることは金輪際ないだろうが。

今の私が優先すべきは、ヴァルガス家の立て直しだ。

私は父の書斎に入り浸り、王家からの助成が途絶えた領地の運営状況を洗い直していた。

幸い、未来の王妃教育として、経済や領地経営の基礎は叩き込まれている。

「エレノア、お前……。顔色が、以前より良くなったな」

書類の山を前に私が計算をしていると、父が驚いたように言った。

「そうですわね。絶望の底で泣き暮らしているよりも、こうして頭と手を動かしている方が、よほど性に合っているようですわ」

「しかし、これは男の……」

「お父様。もはや、男も女もありませんわ。ヴァルガス家が生き残るためです」

私がそう言い切ると、父は何かを諦めたように、しかしどこか嬉しそうに笑った。

「……そうか。お前に任せよう」

私たちの家は、王家に頼らずともやっていける。

いや、やっていかねばならない。

私がその決意を新たにしていた矢先、アルベールが再び夜陰に乗じて現れた。

彼は、私の部屋に入るなり、楽しそうに口を開いた。

「どうやら、貴女(あなた)の『悪役令嬢』ぶりは、社交界で絶大な効果を発揮しているようですよ、エレノア様」

「と、申しますと?」

私は確認作業の手を止め、彼に向き直った。

「貴女がクロンターリ伯爵邸で見せた姿……。特に、イザベラ嬢を皮肉で黙らせた一件は、尾ひれがついて王都中を駆け巡っています」

「まあ、噂話の早いこと」

「『エレノア様は、婚約破棄のショックで正気を失われた』
『いや、あれが彼女の本性だったのだ。あの冷たい瞳、まさに悪女だ』
……などと、好き放題に言われているようです」

私は、思わず乾いた笑いを漏らした。

望み通りの展開だ。

「それで?その噂は、当然……あの方の耳にも届いているのでしょう?」

私の問いに、アルベールは満足そうに頷いた。

「御名答。エドワード王子は、今、ひどく困惑されているご様子です」

「困惑、ですって?」

「はい。彼にとって、貴女は『自分が捨てた、哀れでか弱い女』でなければならなかったのです」

アルベールの言葉が、私の心の奥底に突き刺さる。

そうだ。

彼は私を「冷たい女」と断罪したが、それは同時に、彼に捨てられた私は無力で、泣いているしかない存在だと思い込みたかったのだろう。

それが、彼の罪悪感を和らげる唯一の方法だったから。

「彼は、自分がリリアン王女という『か弱い花』を守るために、貴女という『冷たい女』を切り捨てた、という『正義の物語』の中にいたいのです。しかし、現実はどうでしょう」

アルベールの声が、夜の静けさの中で知的に響く。

「捨てられたはずの貴女は、泣き寝入りするどころか、より冷たく、より強く、より辛辣になって社交界に復帰した。彼の『物語』が、根底から崩れ始めたのです」

「……」

「彼は、理解ができないのです。あの従順で、感情を殺していたエレノアが、なぜ今になってあのような振る舞いをするのか。自分の知っている貴女と、噂の中の貴女が違いすぎて、混乱している」

私は、その光景を想像し、冷ややかな満足感を覚えた。

そう、もっと混乱すればいい。

あなたが知っていた私は、あなたのために作られた仮面の一部にすぎなかったのだと、まだ気づきもしないのでしょう。

「リリアン王女は、どう動いていますの?」

「予想通りです」

アルベールは、肩をすくめた。

「エドワード様に泣きついていますよ。『エレノア様が、私を睨んだ』『あんなに変わってしまわれて、私が何か悪いことをしたのでしょうか』『怖いですわ』とね。王子の庇護欲をさらに煽り、自分に引き留めようと必死です」

「……愚かなお二人」

もはや、私の中に彼らへの情は一欠片も残っていなかった。

あるのは、この理不尽な状況を覆すための、冷たい計算だけだ。

「アルベール。王子の困惑は、まだ序章にすぎないわ。彼はこれから、もっと知ることになる」

「と、仰いますと?」

「自分が捨てたものの本当の価値と、自分が選んだものの本当の姿を、ですわ」

私は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。

月が、雲に隠れては、また現れる。

「エドワード様は、私が以前のエレノアを知るだけに、今の私の変貌に胸をざわつかせている……。結構なことですわ。その『ざわつき』を、いずれ本物の『後悔』に変えて差し上げます」

私の言葉に、アルベールが静かに微笑む気配がした。

「恐ろしい方だ。……ですが、そこが貴女の魅力でもある」

「お世辞は結構よ。それより、次の手を打ちましょう」

私の復讐は、まだ始まったばかりだ。

エドワード様、リリアン様。

あなた方が私から奪ったものの代償は、これからゆっくりと、確実に支払っていただきますわ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

処理中です...