もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
22 / 28

22

しおりを挟む
リリアン・フォン・エルステッドの、呪詛にも似た絶叫が消え去った後。

貴族議会は、まるで嵐が過ぎ去ったかのような、重苦しい静寂に包まれていた。

リリアンに加担し、わたくしどもを陥れようとした侯爵は、自らの名前が財務官の口から出た瞬間から、顔面蒼白のまま、死人のように椅子に沈み込んでいる。

だが、これで終わりではない。

アルベール様とセドリック様が暴いたのは、リリアン様という「実行犯」の罪。

しかし、その実行犯を「動かした」者たち、あるいは、「利用された」者たちの責任が、まだ残っている。

わたくしは、静かに国王陛下の横顔を見つめた。

陛下は、わたくしやセドリック様が提示した証拠の山と、リリアン様と繋がっていた侯爵のリストを、冷徹な目で見下ろしている。

その視線が、やがて、ゆっくりと持ち上げられた。

向けられた先は、国王陛下の妃であり、エドワード様の母である、王妃陛下だった。

「……王妃よ」

国王陛下の声は、低く、何の感情も含まれていなかった。

それが、かえって、この場にいる全ての貴族の背筋を凍らせた。

「は……はい、陛下」

王妃様は、先ほどまでの激しい怒りの形相は消え、自らの立場が危ういことを瞬時に察知し、か細い声で答えた。

「そなたは、リリアンという小娘の、あの稚拙な涙と嘘に踊らされた。それだけではない」

国王陛下は、言葉を区切った。

「そなたは、王妃という立場を利用し、第一王子の婚約破棄という、国家の体面に関わる問題を、感情的に追認した。……あまつさえ、その小娘に加担し、我が国に長年尽くしてきた忠臣、ヴァルガス侯爵家を、『反逆罪』というありもしない罪で、断罪しようとした」

「そ、それは……!あの女が、あまりにも王子に不敬であったから……!」

「黙れ!」

国王陛下が、初めて声を荒らげた。

「そなたの、その愚かな『嫉妬』と『見栄』が、国政をどれほど混乱させたか、理解しておるのか!王妃でありながら、他国の王女に、いとも容易く操られ!ヴァルガス家を陥れたあの侯爵の、腐敗した策略の片棒を、喜んで担ぐとは!」

王妃様は、わなわなと震え、もはや反論の言葉も出てこない。

「王妃よ。そなたには、王妃としての資格はない」

「……!」

「追って沙汰があるまで、一切の公務から退き、北の離宮にて謹慎を命ずる!王妃の座も、剥奪を検討する!」

王妃剥奪。

それは、事実上の、王妃からの追放宣告だった。

王妃様は、その場で崩れ落ちそうになるのを、侍女にかろうじて支えられながら、引きずられるように議場から退出させられた。

そして。

議場に残された、最後の「責任者」。

国王陛下の視線が、自らの息子である、エドワード様に向けられた。

エドワード様は、わたくしが応接室で拒絶したあの夜よりも、さらに憔悴し、しかし、どこか覚悟を決めたような、虚な目で、床の一点を見つめていた。

「……エドワード」

「……はい。父上」

「そなたは、この一連の騒動の、全ての発端だ」

国王陛下の声には、息子へのわずかな同情もなかった。

「そなたは、第一王子でありながら、自らの婚約者(リリアン)の本質を、何一つ見抜けていなかった。いや、その前の、長年の婚約者であったエレノア嬢の、その忠誠と努力をも、だ」

エドワード様の肩が、びくりと震えた。

「そなたは、己の『感情』を優先した。王子としての『責務』ではなく、男としての『好み』で、国の根幹を揺るがす『婚約破棄』を、公衆の面前で、最も愚かな形で実行した」

「……」

「その結果が、これだ。王妃は謹慎、忠臣は傷つき、他国の陰謀を易々と招き入れた。……そなたのような、感情に流され、物事の本質を見誤る男に、この国の未来を託すことが、できると思うか?」

それは、第一王子に対する、死刑宣告にも等しい問いだった。

エドワード様は、ゆっくりと顔を上げた。

その視線が、一瞬だけ、わたくしを捉えた。

わたくしは、その視線を、何の感情も浮かべずに、ただ、見返した。

彼は、ふっと、自嘲のような笑みを漏らすと、国王陛下に向き直り、膝をついた。

「……いいえ。父上」

彼の声は、静かだった。

「今のお言葉、全て、その通りでございます。わたくしは……わたくしは、第一王子としても、一人の男としても、あまりに愚すぎた」

彼は、わたくしが突きつけた『所有欲と後悔』という真実を、この三日間で、骨の髄まで理解したのだろう。

「わたくしは、この国で最も価値のある宝を、自らの手で捨てました。……その愚か者が、国王の座を望むなど、万死に値します」

エドワード様は、その場で、深く、深く、頭を床に擦り付けた。

「わたくしに、弁明の言葉は、何一つございません。……いかなる処分も、お受けいたします」

全てを失った男の、最後の、潔さだった。

国王陛下は、目を閉じて、長く、息を吐いた。

「……エドワード・フォン・ロートリンゲン。そなたの、王位継承権を、『無期限』で剥奪する」

議場が、息を呑む。

「そなたは、本日をもって、全ての公務を解かれ、東の辺境領にて、自らの愚かさを、生涯をかけて見つめ直すがいい。……二度と、王宮の地を、踏むことは許さぬ」

王位継承権の剥奪。

そして、事実上の、永久追放。

「……御意」

エドワード様は、立ち上がらなかった。

ただ、床に額をつけたまま、その裁定を受け入れた。

彼が兵士に連れられていく間際、彼は、もう一度だけ、わたくしを見た。

その瞳には、もはや『後悔』や『所有欲』はなかった。

ただ、全てを諦め、全てを失った人間の、『無』だけが、そこにあった。

わたくしは、彼が完全に視界から消えるまで、その姿を、冷たい瞳で、見届けた。

ざまあみろ、とも、可哀想だ、とも、思わなかった。

ただ、わたくしの『復讐』の一つが、こうして、終わった。

それだけだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、もう誰の役にも立たないことにしました 〜静かな公爵家で、何もしない私の本当の人生が始まります〜

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

私だってあなたなんて願い下げです!これからの人生は好きに生きます

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のジャンヌは、4年もの間ずっと婚約者で侯爵令息のシャーロンに冷遇されてきた。 オレンジ色の髪に吊り上がった真っ赤な瞳のせいで、一見怖そうに見えるジャンヌに対し、この国で3本の指に入るほどの美青年、シャーロン。美しいシャーロンを、令嬢たちが放っておく訳もなく、常に令嬢に囲まれて楽しそうに過ごしているシャーロンを、ただ見つめる事しか出来ないジャンヌ。 それでも4年前、助けてもらった恩を感じていたジャンヌは、シャーロンを想い続けていたのだが… ある日いつもの様に辛辣な言葉が並ぶ手紙が届いたのだが、その中にはシャーロンが令嬢たちと口づけをしたり抱き合っている写真が入っていたのだ。それもどの写真も、別の令嬢だ。 自分の事を嫌っている事は気が付いていた。他の令嬢たちと仲が良いのも知っていた。でも、まさかこんな不貞を働いているだなんて、気持ち悪い。 正気を取り戻したジャンヌは、この写真を証拠にシャーロンと婚約破棄をする事を決意。婚約破棄出来た暁には、大好きだった騎士団に戻ろう、そう決めたのだった。 そして両親からも婚約破棄に同意してもらい、シャーロンの家へと向かったのだが… ※カクヨム、なろうでも投稿しています。 よろしくお願いします。

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

10回目の婚約破棄。もう飽きたので、今回は断罪される前に自分で自分を追放します。二度と探さないでください(フリではありません)

放浪人
恋愛
「もう、疲れました。貴方の顔も見たくありません」 公爵令嬢リーゼロッテは、婚約者である王太子アレクセイに処刑される人生を9回繰り返してきた。 迎えた10回目の人生。もう努力も愛想笑いも無駄だと悟った彼女は、断罪イベントの一ヶ月前に自ら姿を消すことを決意する。 王城の宝物庫から慰謝料(国宝)を頂き、書き置きを残して国外逃亡! 目指せ、安眠と自由のスローライフ! ――のはずだったのだが。 「『顔も見たくない』だと? つまり、直視できないほど私が好きだという照れ隠しか!」 「『探さないで』? 地の果てまで追いかけて抱きしめてほしいというフリだな!」 実は1周目からリーゼロッテを溺愛していた(が、コミュ障すぎて伝わっていなかった)アレクセイ王子は、彼女の拒絶を「愛の試練(かくれんぼ)」と超ポジティブに誤解! 国家権力と軍隊、そしてS級ダンジョンすら踏破するチート能力を総動員して、全力で追いかけてきた!? 物理で逃げる最強令嬢VS愛が重すぎる勘違い王子。 聖女もドラゴンも帝国も巻き込んだ、史上最大規模の「国境なき痴話喧嘩」が今、始まる! ※表紙はNano Bananaで作成しています

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

処理中です...