断罪イベント? 待ちません!こちらから願い下げです!

パリパリかぷちーの

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 王城の大広間は、すでに熱気で満ちていた。
 シャンデリアの輝き、行き交う給仕たちの足音、そして貴族たちのさざめき。
 建国記念パーティーという、国一番の晴れ舞台にふさわしい賑わいだ。

 その喧騒が一瞬にして静まり返ったのは、入り口の扉が重々しい音を立てて開かれた瞬間だった。

「――宰相、アレクセイ・フォン・クロイツ公爵閣下。ならびに、シャロ・フォン・ベルグ伯爵令嬢、ご入場!」

 そのアナウンスと共に、私とアレクセイ様は会場へと足を踏み入れた。

 ヒールが床を叩くコツ、コツという音が、やけに鮮明に響く。

 数百の視線が、一斉に私たちに突き刺さる。
 好奇心、嫉妬、値踏み、そして畏怖。
 それらが混ざり合った視線の嵐の中を、私たちは悠然と歩いた。

「……見て、あのドレス」
「赤……? シャロ様があんな激しい色をお召しになるなんて」
「まるで燃える炎のようだわ。それに、あの隣におられる宰相閣下の目は何? 誰か近づいたら斬り殺しそうな雰囲気よ」
「『氷の宰相』と『炎の悪女』……お似合いすぎて恐ろしいな」

 囁き声が波のように広がる。
 どうやら、ジャン=ピエールの狙い通り、私の「真紅のドレス」は強烈なインパクトを与えているようだ。

「……気分はどうだ、シャロ」

 隣を歩くアレクセイ様が、口を動かさずに囁く。

「最高です。誰も目を合わせてこないので、歩きやすいことこの上ないですね」

 私は扇子を少しだけ揺らし、優雅に微笑んでみせた。
 それだけで、最前列にいた太った男爵が「ひっ」と声を上げて道を譲った。

「その調子だ。さあ、特等席へ」

 私たちは会場の中央、一番目立つ場所に陣取った。
 周囲には自然と「誰も入れない空間(クリアゾーン)」ができあがる。

 その時。
 会場の照明が、フッと落ちた。

 ざわっ、と人々がどよめく。

「な、なんだ? 停電か?」
「いや、演出のようだが……」

 闇の中で、一筋のスポットライトが、会場奥の檀上を照らし出した。

 そこには、誰もいなかった。

 ……はずだったが。

 ジャジャジャジャーン!

 突如、大音量で音楽が鳴り響いた。
 しかしそれは、荘厳な国歌でも、優雅なワルツでもない。
 まるでサーカスのピエロが登場する時のような、間抜けで陽気なファンファーレだった。

「……ぷっ」

 どこかから、失笑が漏れる。

 その軽快すぎるリズムに乗って、檀上のカーテンが勢いよく開いた。

「待たせたな、諸君!!」

 そこに立っていたのは、我らがジェラルド殿下である。

 その姿を見た瞬間、私は扇子で顔を隠し、必死に笑いを堪えなければならなかった。

 金色のタキシード。
 それはいい。王族だから派手なのは許容範囲だ。
 だが、背中には金糸で刺繍されたドラゴンが踊り、胸元には無数のスパンコールが輝き、さらにマントの裏地はショッキングピンクだった。
 歩くミラーボール。あるいは、成金趣味の塊。

「……あれが、この国の第二王子か?」

 アレクセイ様が、本当に心の底から軽蔑したような声で呟いた。
 隣にいる私にしか聞こえない音量で。

「目が腐りそうだ。損害賠償を請求したい」

「我慢してください、閣下。あれが彼の『勝負服』なのです」

 殿下は、BGMが予想と違うことに一瞬眉をひそめたが、すぐに気を取り直して両手を広げた。

「ふふふ……この静寂、僕の美しさに言葉を失ったようだね」

 違う。ドン引きしているだけだ。
 殿下はマイクを掴むと、芝居がかった声で語り始めた。

「今日、この建国の日という聖なる夜に、僕は悲しい決断をしなければならない。それは、国を蝕む『悪』を裁くことだ!」

 会場がざわつく。
 皆、チラチラと私のほうを見ている。

「僕の愛を裏切り、純真な天使をいじめ抜き、王家を欺こうとした大罪人……。その名は!」

 殿下がビシッ! と指を突きつけた。
 その指先は、正確に私を指している。
 スポットライトが移動し、私を照らし出す。

「シャロ・フォン・ベルグ! 前へ出ろ!」

 名前を呼ばれた。
 ついに始まった。
 シナリオ通りの「断罪イベント」の開幕だ。

 周囲の貴族たちが、さっと潮が引くように私から離れる。
 私とアレクセイ様だけが、光の中に残された。

「……行くか」

「はい。お待たせするのも悪いですから」

 私はアレクセイ様のエスコートを受け、ゆっくりと檀上へと歩みを進めた。
 恐怖? 悲しみ?
 いいえ。
 私の胸にあるのは、「さあ、仕事(タスク)を片付けましょう」という事務的な感情だけだ。

 檀上の階段を上がり、殿下の目の前で立ち止まる。
 殿下は私を見下ろし、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

「よく来たな、シャロ。……ふん、なんだその派手なドレスは。罪を隠そうと必死だな」

「ごきげんよう、殿下。お褒めにあずかり光栄です。殿下こそ、とても……眩しいお召し物ですね。直視できません」

 私は皮肉たっぷりにカーテシーをした。
 殿下は「ふん」と鼻を鳴らす。

「減らず口を叩くのも今のうちだ。シャロ、君は分かっているのか? 自分がどれほどの罪を犯したかを!」

「存じ上げませんね。具体的にどのような罪でしょうか? 六法全書の何条に該当しますか?」

「法律の話などしていない! 心の話だ!」

 殿下が叫ぶ。
 マイクを通した大声が、会場のスピーカーから割れ気味に響く。

「君は、僕という完璧な婚約者がいながら、冷たい態度を取り続けた! これは『王族への不敬罪』だ!」

 ……のっけから言いがかりである。

「さらに! 僕が真実の愛を見つけたミナ・フォン・男爵令嬢に対し、陰湿な嫌がらせを行った! 彼女を無視し、睨みつけ、精神的に追い詰めた! これは『傷害罪』に当たる!」

 会場から「ええ……?」という困惑の声が漏れる。
 嫌がらせの内容が具体的でない上に、傷害罪の解釈が広すぎる。

「そして極めつけは! 先日の夜会で、僕を騙して書類にサインをさせ、一方的に婚約破棄を宣言したことだ! これは『詐欺罪』であり、王家への反逆だ!」

 殿下は一気にまくし立てると、肩で息をして私を睨みつけた。

「どうだ、反論があるなら言ってみろ! ……まあ、泣いて謝るなら、聞いてやらないこともないがな」

 殿下の中では、私がここで崩れ落ち、「ごめんなさい、愛していたからこその過ちでした!」と縋り付く予定なのだろう。
 彼は期待に満ちた目で私を見ている。

 私はゆっくりと扇子を閉じた。
 パチン、という乾いた音が、静まり返った会場に響く。

 そして、私は隣に立つアレクセイ様に視線を送った。
 彼は涼しい顔で頷き、懐から一枚の書類を取り出した。

「……殿下。よろしいですか?」

 私が口を開く。
 声は張り上げない。
 けれど、よく通る声で、静かに告げた。

「今、三つの罪を挙げられましたね。不敬罪、傷害罪、詐欺罪。……すべて、事実無根です」

「な、なんだと!?」

「いいえ、正確には『事実誤認』および『妄想』と言わせていただきましょうか」

「き、貴様……!」

「まず、一つ目。不敬罪について」

 私は一歩前に出た。

「私は殿下に対し、常に敬意を持って接してまいりました。殿下の長い……いえ、高尚なお話を三時間直立不動でお聞きしたこともあります。夜中に呼び出され、新作の詩を聞かされたこともあります。それらを『冷たい態度』と仰るなら、この国の臣下は全員不敬罪になりますが?」

 会場のあちこちから、クスクスという笑い声が聞こえる。
 殿下の「長話」と「ポエム」は、貴族たちの間でも有名だったらしい。

「そ、それは……僕の話がつまらないと言いたいのか!」

「つまらないとは申し上げておりません。ただ、『独創的すぎて凡人には理解が追いつかない』だけです」

「ぐっ……!」

「次に、二つ目。ミナ様への嫌がらせについて」

 私はニッコリと笑った。

「これは、証人に登場していただきましょう。……ミナ様、いらっしゃいますか?」

 私が呼びかけると、殿下が鼻で笑った。

「はっ! ミナを呼ぶだと? 墓穴を掘ったな、シャロ! 彼女は僕の天使だ。僕のために、君の非道を涙ながらに訴えてくれるはず……」

「はいはーい! ここにいますぅ!」

 殿下の言葉を遮り、檀上の袖から元気な声が響いた。
 若草色のドレスを着たミナ様が、トコトコと歩いてくる。
 手には大きなトランクを引きずって。

「ミ、ミナ!? 来てくれたのか! 心配したぞ、昨日はどこへ……」

 殿下が駆け寄ろうとするが、ミナ様はサッと身をかわし、私の隣に並んだ。
 そして、マイクに向かって高らかに宣言した。

「あのぉ、ジェラルド殿下。勘違いしないでくださいねぇ」

「え?」

「私、いじめられてなんかいませんよぉ。むしろ、シャロ様には『殿下の話を聞き流すコツ』を教えていただいて、感謝してるんですぅ!」

 会場が凍りついた。
 殿下の顔から、みるみる血の気が引いていく。

「な……なにを、言っているんだ……? ミナ、脅されているのか? シャロに脅迫されているんだろう!?」

「脅されてません! 本音です!」

 ミナ様はキッパリと言い放ち、トランクをバン! と開けた。

「それより殿下! これ、お返ししますね! こんなダサい服とガラス玉、私には必要ありませんから!」

 ガシャーン!
 トランクの中身――あの「金色のタキシード(予備)」と「露店で買ったガラスの指輪」が、床にぶちまけられた。

 会場が騒然となる。

「あれは……殿下と同じ服?」
「それに、あの安っぽい指輪は何だ?」
「ダサいって言ったぞ……」

 殿下は、床に転がった自分の抜け殻のような服と、ミナ様の冷たい視線を交互に見て、口をパクパクさせていた。

「嘘だ……僕の天使が……こんな……」

「さあ、殿下」

 私は鉄扇で自分の掌をポン、と叩いた。

「二つ目の罪も否定されました。残るは三つ目、『詐欺罪』ですが……これについては、専門家から説明していただきましょう」

 私は後ろに下がり、アレクセイ様にバトンを渡した。
 彼はゆっくりと眼鏡の位置を直し、裁判官のような冷徹な目で殿下を見下ろした。

「……覚悟はよろしいですか、殿下。ここからは、法と論理(ロジック)の時間です」

 反撃の狼煙は上がった。
 もはや、殿下に逃げ道はない。
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