『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「……ふぅ。今日も私の顔面筋肉は、鋼鉄のような維持力を見せていますわね」


放課後の廊下。私は手鏡で自分の「聖女スマイル」を確認しながら、小さく自画自賛した。


少しでも気を抜くと、口角が「へ」の字に曲がり、目つきが獲物を狙うハヤブサのようになってしまう。二十四時間体制での猫かぶりは、想像以上に過酷な肉体労働だ。


(さて、サイラスとの特訓の成果を見せるためにも、図書室でミア様に数学を教えて差し上げ……)


そう考え、角を曲がった瞬間だった。


「あら、お聞きになって? 最近、身の程をわきまえない男爵令嬢が、ローリー様に擦り寄っているんですって」


「まあ、お可哀想に。ローリー様も、公爵家としての義務感でお相手をして差し上げているだけでしょうに」


噴水のある中庭の陰から、なんともテンプレートな「意地悪令嬢」たちの声が聞こえてきた。


私は反射的に壁に張り付き、様子を伺う。


そこには、案の定というか、お決まりというか……三人の令嬢に囲まれて、困り果てた顔で立ち尽くすミア様の姿があった。


(出たわね! 乙女ゲームならここで私が後ろから現れて『よく言ったわ、お黙りなさいこの泥棒猫!』とか追撃を入れる場面だわ!)


だが、今の私は違う。


もしここでミア様が泣き出しでもしたら、どうなるか。明日には学園中に「ローリー様がいじめを主導した」という噂が広まり、セドリック様が冷徹な足取りで私の元へやってきて「婚約破棄だ、この毒婦め」と宣告するだろう。


(そんなの、絶対に御免だわ! 私の国外追放フラグを、こんな雑魚キャラたちに立てさせてたまるもんですか!)


「……っ! ミア様、大丈夫ですの!?」


私は、音速に近いスピードで物陰から飛び出した。


令嬢たちが「ひっ」と短い悲鳴を上げて飛び退く。


「ロ、ローリー様……!?」


「ちょうどあなたを探していましたのよ、ミア様! ……まあ、見て。ドレスの裾に土がついていますわ。どこの不届き者が、このような可憐な花を汚したのかしら?」


私はミア様の前に立ち、彼女を守るように背中に隠した。そして、獲物を仕留める……失礼、迷える子羊を導くような慈愛の眼差しで、三人の令嬢たちを射抜いた。


「……皆さん。今、何をお話しされていましたの? ふふっ、私への賛辞でしたら、直接伺いたいものですわ」


「い、いえ! その、私たちはただ……ミア様がローリー様のご迷惑になっていないかと、心配を……」


リーダー格の令嬢が、ガタガタと膝を震わせながら言い訳を並べる。


(迷惑なのはあんたたちの存在そのものよ! 今すぐその口に泥を詰めて黙らせてやりたいわ!)


そんな内なる悪魔の声を、私は「聖女のフィルター」で浄化した。


「心配? ……あら、なんてお優しい心掛けですこと。ですが、ご安心なさい。ミア様は私の大切なお友達。彼女への無礼は、私への無礼と同じ。……そう、理解してよろしいのかしら?」


私は首をコテンと傾け、小首をかしげるポーズをとった。最大限の可愛さを演出したつもりだが、周囲には「死の宣告」に聞こえたらしい。


「ひ、ひぃ……! も、申し訳ありませんでしたわ!」


「ごきげんよう!」


三人の令嬢たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


ふぅ、と一息つきたいところだが、まだ「ヒロイン」が残っている。


「……大丈夫でしたか、ミア様? あんな方たちの言葉、気に病む必要はありませんわ。あなたの価値は、他人の口が決めるものではありませんもの」


私は膝をつき、自分のシルクのハンカチでミア様のドレスの汚れを丁寧に拭き取った。


(このハンカチ、公爵家御用達の超高級品だけど……いいわ。断頭台の露に消えるよりは、ハンカチの一枚や二枚、安いものよ!)


「ローリー様……。私を、助けてくださったんですか?」


ミア様が、今にも溢れそうな涙を瞳に溜めて私を見つめてくる。


「助けるだなんて……ふふっ、当然のことをしたまでですわ。さあ、顔を上げてくださいな。泣き顔よりも、笑顔の方があなたには似合っていますわよ」


私はミア様の頬に手を添え、優しく微笑んだ。


(よし、完璧! 今の私はどこからどう見ても、迷える乙女を救う聖女! これならどこで誰が見ていても文句は……)


「……実に見事な立ち回りだな、ローリー」


心臓が止まるかと思った。


噴水の影から、音もなく現れたのは……もちろん、この男。第一王子セドリック様だ。


「せ、セドリック様……。いつからそこに?」


「『どこの不届き者が』あたりからだな。君がマントを翻す騎士のように飛び出してきたのを見て、思わず拍手しそうになったよ」


セドリック様は、相変わらず何を考えているか分からない笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


「ミア。大丈夫だったか?」


「はい、セドリック様! ローリー様が、とってもカッコよく助けてくださったんです! 私、もう一生ローリー様についていきます!」


ミア様が私の腕にしがみついて、目を輝かせる。


セドリック様は、その様子をじっと見つめた後、私に視線を戻した。


「……君がミアを助けるとはな。以前の君なら、一緒になって彼女をなじっていたはずだが。……何か、裏があるのか?」


「裏などありませんわ。私はただ、学園の秩序を守り、友を想う一人の令嬢として行動しただけですわ。……殿下、私をそんなに信用できませんの?」


私は、悲しげにまつ毛を伏せ、儚げな表情を作った。


(『信用できるか!』ってツッコミ待ちだけど、ここは耐えて! 殿下の良心に訴えかけるのよ!)


セドリック様は少しだけ意外そうな顔をしたが、やがてフッと鼻で笑った。


「……まあいい。理由はどうあれ、君がミアを助けたのは事実だ。今日だけは、君のその『不気味なほどの慈愛』を評価してやろう」


「……光栄ですわ(この野郎、今さらっと不気味って言ったわね!?)」


私は内心で中指を立てながら、表面上は優雅に一礼した。


「さあ、ミア様。図書室へ行きましょう。悪い虫に邪魔されないうちに、数学の難問を片付けてしまいますわよ」


「はい、ローリー様!」


私はミア様を連れて、セドリック様の前を通り過ぎた。


すれ違いざま、セドリック様が私の耳元で、誰にも聞こえないような低い声で囁いた。


「……猫を被るのも大変だな、ローリー。だが、その化けの皮が剥がれる瞬間を、私は楽しみにしているよ」


その声に背筋が凍ったが、私は足を止めなかった。


(化けの皮? いいえ、これはもう私の『新皮』よ! 剥がれる前に、あなたを私のファンにしてみせるんだから!)


私はミア様の手を引き、意気揚々と図書室へと向かった。


背後に感じる王子の視線は相変わらず冷たかったが、ミア様の温かい手のひらが、私の生存戦略が間違っていないことを教えてくれている気がした。


……まあ、その後の数学の教え方が「こんな公式も分からないなんて、脳みそがプリンですの!?」という毒舌スレスレの指導になったのは、仕方のないことである。
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