『ざまぁ』される未来しか見えない!全力回避ですわ。

パリパリかぷちーの

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「ローリー様! 今日も世界で一番お美しいですっ!」


朝、教室の扉を開けた瞬間に飛んできたのは、弾丸のような称賛の声だった。


声の主は言わずもがな、男爵令嬢ミア様だ。彼女は私の姿を捉えるなり、尻尾が見えるほどの勢いで駆け寄ってくると、私の両手をがっしりと握りしめた。


(……ちょっと、近いわよ。パーソナルスペースって言葉をご存知かしら? あと、声が大きいわ。クラス中の注目を浴びているじゃないの!)


私は引きつりそうになる頬を必死に抑え、柔和な「聖母の微笑み」を固定した。


「あら……ミア様。おはようございます。ふふっ、朝からそんなに元気だと、こちらまで元気を分けていただけるようですわ」


「はい! ローリー様にお会いできると思うと、嬉しくて夜も八時間しか眠れませんでした!」


「それ、ぐっすり眠れている方ですわね。……さあ、ミア様。手が痛いですわ。少し力を抜いていただけますか?」


私が優しく(心の中では『離せこの握力自慢!』と叫びながら)促すと、ミア様は「はっ」として手を離した。


「すみません! あまりにもローリー様が神々しくて、つい……! あの、これ、図書室で教えていただいた数学の宿題です。見ていただけますか?」


彼女が差し出してきたノートには、びっしりと計算式が書き込まれていた。


正直、以前の私なら「こんな汚い字のノート、視力が落ちますわ」と一蹴していただろう。だが、今の私は教育熱心な聖女だ。


「……まあ、頑張りましたわね。ええ、この解法なら完璧ですわ。あなたは飲み込みが早くていらっしゃる」


「本当ですか!? やったぁ! ローリー様に褒められちゃった! 私、このノート、家宝にします!」


(ノートを家宝にするのはやめなさい。新しいのを買いなさいな)


私が困惑していると、背後から冷ややかな、けれどどこか楽しげな声が響いた。


「……朝から随分と賑やかだな。ミア、君は王子の私よりも、公爵令嬢の彼女の方が好きなのか?」


セドリック様が、取り巻きも連れずにふらりと現れた。


本来なら、ここでミア様が「あ、殿下……! そ、そんなことありません!」と頬を染めて駆け寄るのが、王道の恋愛イベントのはずだ。


だが、ミア様はセドリック様を一瞥すると、ぺこりと事務的な会釈をしただけで、再び私の方を向いた。


「おはようございます、セドリック様! はい、殿下も素敵ですけど、今の私はローリー様に夢中なんです! ローリー様は私の命の恩人ですから!」


「……命の恩人?」


セドリック様が、片方の眉を上げて私を見た。


「昨日のいじめの件を言っているのか。……ローリー、君、一体彼女にどんな魔法をかけたんだ? あのミアが、私を放置して君に付き従うとはな」


「魔法なんて人聞きの悪い。私はただ、彼女の心に寄り添っただけですわ。……ふふっ、殿下。嫉妬されるなら、もっと自分を磨かれたらよろしいのではなくて?」


私は扇子を広げ、勝ち誇ったような笑みを……いけない、慈愛に満ちた笑みを向けた。


セドリック様は、面白そうに目を細めて私に歩み寄ってきた。


「嫉妬、か。面白いことを言う。……だが、確かに今の君には、人を惹きつける『何か』があるようだな。それが毒か薬かは知らんが」


彼は私の耳元に顔を寄せ、周囲には聞こえないような低い声で囁いた。


「昨日の数学の指導、『脳みそがプリン』と言いかけていたのを聞き逃さなかったぞ。君、本当は今も彼女をバカにしているだろう?」


(……っ! この王子、地獄耳すぎるわ!)


私は動揺を悟られないよう、優雅に髪をかき上げた。


「……聞き間違いではなくて? 私は『プリンのように柔軟な思考』が必要だとアドバイスしただけですわ。殿下こそ、邪推が過ぎるとお肌に悪いですわよ」


「ふっ……。相変わらず口が減らないな」


セドリック様は満足そうに笑うと、自分の席へと戻っていった。


(危ないわ……。あの王子、私の『聖女の仮面』にひびを入れるのが趣味なんじゃないかしら)


私が安堵の息をつく暇もなく、ミア様が再び私の袖を引いた。


「ローリー様! 今日の放課後は何をなさるんですか? もしよろしければ、中庭でお茶でも……」


「……ごめんなさい、ミア様。今日はあいにく、実家からサイラスが迎えに来ることになっていて、寄り道はできませんの」


「そうですか……残念です。じゃあ、校門までお見送りしてもいいですか!?」


「お見送りくらいなら……ええ、構いませんわ」


(……なんでお見送り? 私、この学園のアイドルにでもなったのかしら?)


結局、その日の放課後、私はミア様を「連れて」歩くことになった。


校内を歩くたび、周囲の生徒たちが「おい、見ろよ」「ローリー様が、ミア様をペットのように……」「いや、あれはどう見てもミア様が勝手についていってるぞ」と囁き合う。


校門に着くと、そこには案の定、馬車の前で時計を眺めるサイラスの姿があった。


「お帰りなさいませ、お嬢様。……おや。その、後ろについている元気な小型犬のような方は、どなたですか?」


サイラスが、無表情のままミア様を指差した。


「失礼ね、サイラス。こちらはミア・ルナール様よ。私の、その……大切なお友達ですわ」


「お友達、ですか。お嬢様の辞書にその単語が追加されたのは、歴史的な大事件ですね。……こんにちは、ミア様。私はアステリア家の執事、サイラスと申します」


「こんにちは、サイラスさん! ローリー様の執事さんなんですね! カッコいいです!」


ミア様がキラキラした笑顔で挨拶すると、サイラスは一瞬だけ目を細めた。


「……お嬢様。この方は、光の属性が強すぎますね。お嬢様のドス黒いオーラが浄化されて消えてしまいそうです」


「誰のオーラがドス黒いですって!? ……あ、ふふっ。サイラスったら、相変わらず冗談がお上手だこと。さあ、ミア様、また明日お会いしましょうね」


私はミア様を優しく(心の中では『早く帰らせて!』と叫びながら)追い払い、馬車へと逃げ込んだ。


扉が閉まった瞬間、私は座席に深く沈み込んだ。


「……疲れた。顔の筋肉が、もう限界だわ」


「お疲れ様でした、お嬢様。……しかし、想定外ですね。あの『ヒロイン』が、殿下ではなくお嬢様に懐くとは」


サイラスが馬車を走らせながら、淡々と言った。


「そうなのよ! あの子、セドリック様が目の前にいても私ばっかり見てるの。これじゃ、二人の仲が深まらないじゃない。私の『婚約破棄回避計画』に支障が出るわ!」


「……殿下とミア様をくっつけて、自分は身を引くおつもりですか?」


「ええ。円満に婚約を解消して、私は公爵家の別荘で優雅に独身生活を送る……。それが私のゴールよ。断罪も追放もなし、ただの『性格が合わなかったための婚約解消』としてね」


「……なるほど。ですがお嬢様、一つ見落としていませんか?」


サイラスが、バックミラー越しに(そんなものはないが、それくらいの角度で)私を見た。


「殿下が今、最も興味を持っているのは……ミア様ではなく、明らかに『奇妙な変化を遂げた婚約者』、つまりお嬢様ご自身ですよ」


「……は?」


私は窓の外を見つめた。


そんなはずはない。セドリック様は、私の化けの皮が剥がれるのを待っているだけだ。


けれど、胸の奥で、小さなざわつきが消えなかった。


「……気のせいよ。とにかく、明日はもっと殿下とミア様を近づけるようなセッティングを考えなきゃ。……あ、でもその前に、宿題の解説を準備しないと」


「……お嬢様、なんだかんだで面倒見がいいですね」


「生存戦略よ!」


私は叫んだが、その声は馬車の揺れにかき消された。


聖女への道は、いつの間にか「お節介なお姉様」への道へと逸れ始めていた。
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