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「……ちょっと待ちなさい。今、なんとおっしゃいましたの?」
学園祭の出し物を決める学級会。私は、クラス委員長が黒板に書き記した配役表を見て、耳を疑った。
そこには、輝かしい金色の文字(に見える幻覚)で、私の名前が刻まれていた。
配役:『復讐の悪毒王妃エカテリーナ』……演:ローリー・フォン・アステリア。
「あ、あの、ローリー様! これには深い理由がございまして! 決して他意はございませんの!」
委員長が、ガタガタと椅子を鳴らしながら弁明を始めた。
「この劇のメインは、清らかな乙女が邪悪な王妃を改心させる物語なんです。その、王妃には圧倒的な気品と、周囲を黙らせる威圧感が必要で……。そうなると、もうローリー様しかいらっしゃらないと、クラス全員が一致団結して……!」
(一致団結して私を悪役に仕立て上げたわけね!?)
私は扇子を握りしめ、内側で荒れ狂う「おーっほっほ! 誰に向かってそんな役を振っていますの!」という猛獣を、必死に「ふふっ」という鎖で繋ぎ止めた。
「……あら。気品と威圧感、ですのね。ふふっ、皆様の期待を裏切るわけには参りませんわ。……謹んで、お引き受けいたしますわ」
「おおお……! 聖女だ! ローリー様はやはり聖女だ!」
クラス中に安堵の溜息と、不穏な称賛が広がる。
(バカね、皆様! 私がこの役をやることで、逆に『悪役令嬢としての完成度』を世に知らしめることになるのよ! ……あ、でも待って。これ、下手に演じすぎて『やっぱりあいつは本性が邪悪だ』って思われたら、即・国外追放ルートじゃないの!?)
私は自席で、冷や汗を流しながら自分の首の生存を確認した。
そこへ、いつものようにミア様が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ローリー様! すごいです! 私、王妃様にいじめられる聖女の役なんです! ローリー様にいじめられるなんて、ご褒美……じゃなかった、光栄です!」
「ミア様。その台本、少し破り捨ててよろしいかしら? ふふっ」
「いいですよ! ローリー様が破った紙吹雪なら、私、綺麗に集めて宝箱に入れます!」
(ダメだわ。このヒロイン、私のことが好きすぎて、劇としての緊張感がゼロだわ……)
練習が始まると、さらなる悲劇が私を襲った。
「……さあ、跪きなさい、薄汚れた小娘! あなたが流す涙の数だけ、私は優雅に紅茶をいただきますわ!」
私は、台本通りの台詞を口にした。
最大限、今の「聖女モード」を維持したまま、優しく、慈愛に満ちたトーンで。
「……カット! ダメです、ローリー様! それじゃ『慈悲深い女王様が、迷子の子供を保護している』ようにしか見えません!」
演出担当の男子生徒が、頭を抱えて叫んだ。
「もっとこう! ゾクゾクするような、冷酷な、踏みつけられる側が『ありがとうございます!』と言いたくなるような、本物の悪女を見せてください!」
(無理を言わないでちょうだい! 私は今、その『本物の悪女』から脱却するために必死なのよ!)
私は困り果て、ふと観客席を見た。そこには、何をするでもなく練習を眺めているセドリック様がいた。
「……ふん。ローリー、君、そんなに自分の本性が怖いのか?」
セドリック様は、退屈そうに欠伸をしながら歩み寄ってきた。
「本性なんて……。私はいつだって、清らかな一輪のユリですわ。おほ……ふふっ」
「ユリの根には毒があるというがな。……いいか、ローリー。これは劇だ。ここで君が中途半端な演技をすれば、それこそ観客への侮辱だぞ。……ほら、私をあの男爵令嬢だと思って、全力で罵ってみろ」
セドリック様が、私の目の前で挑発的に顎を上げた。
(……この王子。さっきからニヤニヤして……。私の苦労も知らないで、高みの見物なんて……!)
私の脳内で、何かが「ブチン」と音を立てて切れた。
「……あら。そこまで仰るなら、見せて差し上げますわ。……『本物』の威厳というものを」
私は、一瞬で微笑みを消した。
背筋を伸ばし、顎を引き、冷徹な氷のような瞳で、セドリック様を射抜いた。
「……何を見ていらっしゃいますの? その薄汚い瞳を私に向けないでくださる? ……不快だわ。今すぐその首を撥ねて、庭の肥料にして差し上げてもよろしくてよ?」
「お、おおおおお……ッ!!」
練習場に、戦慄が走った。演出担当は腰を抜かし、ミア様は「尊い……!」と呟いて卒倒しかけている。
セドリック様だけが、見たこともないような楽しげな笑みを浮かべていた。
「……ははは! 素晴らしい! それだ、ローリー! その、全人類を見下すような傲慢な輝き! やはり君は、そう来なくてはな!」
(あ……やってしまったわ……!)
私はハッと我に返り、慌てて「聖女の微笑み」を貼り付け直した。
「……あ、あら。今の、演技ですわよ? ふふっ、皆様、驚かせてしまってごめんなさいね?」
「……演技……ですよね? あまりにもナチュラルすぎて、一瞬、前世からの業(カルマ)かと思いましたよ……」
委員長がガタガタ震えながらメモを取っている。
結局、私は本番でも「ハマり役すぎる悪役」として舞台に立つことになった。
学園祭当日。
私の演技があまりにも苛烈で美しすぎたため、改心するラストシーンで観客席から「改心しなくていい!」「もっと踏んでくれ!」という謎の怒号が飛び交うという大混乱が起きた。
舞台裏で、私は真っ白な灰になっていた。
「……終わったわ。私の聖女ブランディングが、一瞬で更地になったわ……」
「最高だったぞ、ローリー。君のあの『豚に真珠、私にひれ伏せ』というアドリブ、今度から私への挨拶に使ってもいい」
セドリック様が、爆笑しながら私の肩を叩いた。
「使いませんわよ! ……もう、これじゃまた『悪役令嬢ローリー』に逆戻りじゃないの……」
「いいじゃないか。私だけは、その化けの皮の裏側を知っている。……それだけで、十分特別な婚約者だとは思わないか?」
セドリック様の、ふとした優しい声に、私の心臓がまた勝手なリズムを刻み始めた。
生存戦略。それは、聖女を演じることだったはずだが。
どうやら私は、世界で一番タチの悪い観客に、心の中を見透かされ続けているようだった。
学園祭の出し物を決める学級会。私は、クラス委員長が黒板に書き記した配役表を見て、耳を疑った。
そこには、輝かしい金色の文字(に見える幻覚)で、私の名前が刻まれていた。
配役:『復讐の悪毒王妃エカテリーナ』……演:ローリー・フォン・アステリア。
「あ、あの、ローリー様! これには深い理由がございまして! 決して他意はございませんの!」
委員長が、ガタガタと椅子を鳴らしながら弁明を始めた。
「この劇のメインは、清らかな乙女が邪悪な王妃を改心させる物語なんです。その、王妃には圧倒的な気品と、周囲を黙らせる威圧感が必要で……。そうなると、もうローリー様しかいらっしゃらないと、クラス全員が一致団結して……!」
(一致団結して私を悪役に仕立て上げたわけね!?)
私は扇子を握りしめ、内側で荒れ狂う「おーっほっほ! 誰に向かってそんな役を振っていますの!」という猛獣を、必死に「ふふっ」という鎖で繋ぎ止めた。
「……あら。気品と威圧感、ですのね。ふふっ、皆様の期待を裏切るわけには参りませんわ。……謹んで、お引き受けいたしますわ」
「おおお……! 聖女だ! ローリー様はやはり聖女だ!」
クラス中に安堵の溜息と、不穏な称賛が広がる。
(バカね、皆様! 私がこの役をやることで、逆に『悪役令嬢としての完成度』を世に知らしめることになるのよ! ……あ、でも待って。これ、下手に演じすぎて『やっぱりあいつは本性が邪悪だ』って思われたら、即・国外追放ルートじゃないの!?)
私は自席で、冷や汗を流しながら自分の首の生存を確認した。
そこへ、いつものようにミア様が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「ローリー様! すごいです! 私、王妃様にいじめられる聖女の役なんです! ローリー様にいじめられるなんて、ご褒美……じゃなかった、光栄です!」
「ミア様。その台本、少し破り捨ててよろしいかしら? ふふっ」
「いいですよ! ローリー様が破った紙吹雪なら、私、綺麗に集めて宝箱に入れます!」
(ダメだわ。このヒロイン、私のことが好きすぎて、劇としての緊張感がゼロだわ……)
練習が始まると、さらなる悲劇が私を襲った。
「……さあ、跪きなさい、薄汚れた小娘! あなたが流す涙の数だけ、私は優雅に紅茶をいただきますわ!」
私は、台本通りの台詞を口にした。
最大限、今の「聖女モード」を維持したまま、優しく、慈愛に満ちたトーンで。
「……カット! ダメです、ローリー様! それじゃ『慈悲深い女王様が、迷子の子供を保護している』ようにしか見えません!」
演出担当の男子生徒が、頭を抱えて叫んだ。
「もっとこう! ゾクゾクするような、冷酷な、踏みつけられる側が『ありがとうございます!』と言いたくなるような、本物の悪女を見せてください!」
(無理を言わないでちょうだい! 私は今、その『本物の悪女』から脱却するために必死なのよ!)
私は困り果て、ふと観客席を見た。そこには、何をするでもなく練習を眺めているセドリック様がいた。
「……ふん。ローリー、君、そんなに自分の本性が怖いのか?」
セドリック様は、退屈そうに欠伸をしながら歩み寄ってきた。
「本性なんて……。私はいつだって、清らかな一輪のユリですわ。おほ……ふふっ」
「ユリの根には毒があるというがな。……いいか、ローリー。これは劇だ。ここで君が中途半端な演技をすれば、それこそ観客への侮辱だぞ。……ほら、私をあの男爵令嬢だと思って、全力で罵ってみろ」
セドリック様が、私の目の前で挑発的に顎を上げた。
(……この王子。さっきからニヤニヤして……。私の苦労も知らないで、高みの見物なんて……!)
私の脳内で、何かが「ブチン」と音を立てて切れた。
「……あら。そこまで仰るなら、見せて差し上げますわ。……『本物』の威厳というものを」
私は、一瞬で微笑みを消した。
背筋を伸ばし、顎を引き、冷徹な氷のような瞳で、セドリック様を射抜いた。
「……何を見ていらっしゃいますの? その薄汚い瞳を私に向けないでくださる? ……不快だわ。今すぐその首を撥ねて、庭の肥料にして差し上げてもよろしくてよ?」
「お、おおおおお……ッ!!」
練習場に、戦慄が走った。演出担当は腰を抜かし、ミア様は「尊い……!」と呟いて卒倒しかけている。
セドリック様だけが、見たこともないような楽しげな笑みを浮かべていた。
「……ははは! 素晴らしい! それだ、ローリー! その、全人類を見下すような傲慢な輝き! やはり君は、そう来なくてはな!」
(あ……やってしまったわ……!)
私はハッと我に返り、慌てて「聖女の微笑み」を貼り付け直した。
「……あ、あら。今の、演技ですわよ? ふふっ、皆様、驚かせてしまってごめんなさいね?」
「……演技……ですよね? あまりにもナチュラルすぎて、一瞬、前世からの業(カルマ)かと思いましたよ……」
委員長がガタガタ震えながらメモを取っている。
結局、私は本番でも「ハマり役すぎる悪役」として舞台に立つことになった。
学園祭当日。
私の演技があまりにも苛烈で美しすぎたため、改心するラストシーンで観客席から「改心しなくていい!」「もっと踏んでくれ!」という謎の怒号が飛び交うという大混乱が起きた。
舞台裏で、私は真っ白な灰になっていた。
「……終わったわ。私の聖女ブランディングが、一瞬で更地になったわ……」
「最高だったぞ、ローリー。君のあの『豚に真珠、私にひれ伏せ』というアドリブ、今度から私への挨拶に使ってもいい」
セドリック様が、爆笑しながら私の肩を叩いた。
「使いませんわよ! ……もう、これじゃまた『悪役令嬢ローリー』に逆戻りじゃないの……」
「いいじゃないか。私だけは、その化けの皮の裏側を知っている。……それだけで、十分特別な婚約者だとは思わないか?」
セドリック様の、ふとした優しい声に、私の心臓がまた勝手なリズムを刻み始めた。
生存戦略。それは、聖女を演じることだったはずだが。
どうやら私は、世界で一番タチの悪い観客に、心の中を見透かされ続けているようだった。
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