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「……お嬢様。少々、耳の痛いお話がございます」
学園祭の興奮も冷めやらぬ週明けの朝。登校中の馬車の中で、サイラスが遺憾(いかん)の意を込めた表情で切り出した。
「何かしら、サイラス。私の『悪役王妃』の演技が素晴らしすぎて、ファンクラブでも結成されたという報告かしら? ふふっ」
私は優雅に扇子を使い、週末に酷使した喉を労わっていた。
「いいえ。むしろ逆です。『やはりローリー様の本性は邪悪だ』という認識が、学園全体で再定義されております。そして現在、ミア・ルナール様への嫌がらせが多発しており、その黒幕はお嬢様であるという噂が、マッハの速度で拡散中です」
「なんですって……!? ちょっと、誰よそんな適当なデマを流したのは!」
私は思わず、猫を被るのを忘れて叫んでいた。
「いけない。……ふふっ、失礼。……誰かしら、そのような心無い嘘を吐くのは。ミア様は私の大切なお友達ですのに」
「お嬢様、顔が引きつっておりますよ。……どうやら、学園祭でのあの迫真の演技が、過去の悪評と見事に化学反応を起こしたようです。周囲は『ローリー様は演技と見せかけて本音を叫んでいた』と確信しています」
私は頭を抱えた。
(生存戦略が裏目に出てるじゃないの! あんなに必死に徳を積んできたのに、一回の演劇で更地(さらち)に戻るなんて、この学園の査定はどうなってるのよ!)
もしこれでミア様が「ローリー様が怖いですぅ……」とセドリック様に泣きつこうものなら、私の首は物理的にスパーンとおさらばである。
「……許せないわ。私の名誉のためにも、そして何より私の『首』の皮を繋ぎ止めるためにも、真犯人を速やかに、かつ慈愛を持って粉砕しなくては」
「『粉砕』のあたりに殺意が漏れ出ていますが、協力いたしましょう。……すでに現場は特定済みです。北校舎の空き教室。現在進行形で、ミア様が『指導』を受けているようです」
「話が早くて助かるわ、サイラス! 行くわよ!」
私は馬車を降りるなり、優雅さを保てる限界の速度(競歩に近い)で北校舎へと急いだ。
空き教室の前に着くと、案の定、高いトーンの嘲笑が聞こえてきた。
「いい、ミア・ルナール。ローリー様は、あなたのようなくっつき虫を、心底うざったいと思ってらっしゃるの。あの舞台の台詞こそが、ローリー様の本音なのよ!」
「違います! ローリー様はそんなことおっしゃいません!」
「あら、生意気ね。ほら、このバケツの水を……」
(よし、テンプレートな悪役ムーブ、入りましたわ!)
私は、扉を音もなく、かつ劇的に開け放った。
「……あら。皆様、こんなところで何をしていらっしゃいますの? ふふっ」
「ひっ……ロ、ローリー様!?」
バケツを持っていた令嬢たちが、幽霊でも見たかのように跳ね上がった。
「ミア様。大丈夫ですの? ……まあ、こんなに震えて。可哀想に。よしよし、もう安心ですわよ」
私はミア様をそっと引き寄せ、彼女の肩を抱いた。そして、令嬢たちに向けて、練習通りの「暗黒微笑(ダークスマイル)」……もとい「慈愛の微笑み」を向けた。
「……それで。皆様、今、私の名前を使いませんでしたこと? 私がミア様をうざったいと思っている……だなんて。そんな悲しい誤解、どこのどなたが広めているのかしら?」
「そ、それは……ローリー様は、以前から平民上がりの特待生がお嫌いだと……」
「あら、昔のお話ですわね。人は変わるものですのよ。今の私は、ミア様を妹のように愛おしく思っております。……それを邪魔しようとする方は、たとえどなたであっても、アステリア公爵家が全力で『お悩み相談』に乗らせていただきますわ」
私は一歩、令嬢たちに歩み寄った。
「アステリア家の『相談』は、とても手厚いですわよ。実家の領地経営の監査から、親族の交友関係の精査まで。……ねえ、皆様。そんなに私のことがお好きなら、まずは皆様の身辺整理からお手伝いしましょうか?」
「ひ、ひぃぃぃ……っ!! も、申し訳ありませんでしたぁ!」
令嬢たちはバケツを放り出し、転がるように教室から逃げ出していった。
ふぅ、と一息つく。
「ローリー様……! やっぱり、やっぱり信じていました! ローリー様は私の女神様です!」
ミア様がいつものように抱きついてくる。……重い。けれど、今はその重みが生存の証に感じられた。
「……ふふ。当然ですわ、ミア様。……あ、サイラス。あの方たちの実家のリスト、一応作っておいてちょうだい。……あ、いけない。ふふっ、冗談ですわよ? ただ、少しだけ『教育的な視察』を入れるだけですわ」
「承知いたしました。お嬢様の『冗談』は、常に国家予算規模の損害を伴いますからね」
サイラスが手帳に何かを書き込んでいる。
そこへ、パチパチとゆっくりとした拍手の音が聞こえてきた。
「……見事な断罪劇だったな、ローリー。本物の悪役よりも、今の君の方がよっぽど質が悪い」
振り返ると、壁に寄りかかり、すべてを見ていたかのような顔のセドリック様がいた。
「せ、セドリック様……。見ていらっしゃったのですか?」
「ああ。君が『慈愛』という名の大槌で、彼女たちの実家ごと粉砕しようとしているのを、興味深く拝見させてもらったよ」
セドリック様は歩み寄り、私の耳元で囁いた。
「……黒幕ではない、か。確かに君は黒幕ではないな。……君は、その場のすべてを支配する『王』だ」
「王……? お褒めに預かり光栄ですわ。おほ……ふ、ふふっ」
「……皮を被るのをやめれば、もっと楽になれるぞ。……まあ、その必死な姿も嫌いではないがな」
セドリック様は、私の鼻先を軽く突っつくと、上機嫌で立ち去っていった。
(……な、なんなのよ。王だの何だの。私はただ、自分の平穏な老後を守りたいだけなのに!)
私はミア様に抱きつかれたまま、去りゆく王子の背中を見つめた。
生存戦略は、ついに「学園の裏番長」のような立ち位置へと私を押し上げてしまったらしい。
「……サイラス。私、いつになったら普通の令嬢になれるのかしら」
「諦めてください、お嬢様。そのカリスマ性は、もはや天災と同じです」
私の「ざまぁ回避」の戦いは、意図せぬ方向へと加熱し続けていた。
学園祭の興奮も冷めやらぬ週明けの朝。登校中の馬車の中で、サイラスが遺憾(いかん)の意を込めた表情で切り出した。
「何かしら、サイラス。私の『悪役王妃』の演技が素晴らしすぎて、ファンクラブでも結成されたという報告かしら? ふふっ」
私は優雅に扇子を使い、週末に酷使した喉を労わっていた。
「いいえ。むしろ逆です。『やはりローリー様の本性は邪悪だ』という認識が、学園全体で再定義されております。そして現在、ミア・ルナール様への嫌がらせが多発しており、その黒幕はお嬢様であるという噂が、マッハの速度で拡散中です」
「なんですって……!? ちょっと、誰よそんな適当なデマを流したのは!」
私は思わず、猫を被るのを忘れて叫んでいた。
「いけない。……ふふっ、失礼。……誰かしら、そのような心無い嘘を吐くのは。ミア様は私の大切なお友達ですのに」
「お嬢様、顔が引きつっておりますよ。……どうやら、学園祭でのあの迫真の演技が、過去の悪評と見事に化学反応を起こしたようです。周囲は『ローリー様は演技と見せかけて本音を叫んでいた』と確信しています」
私は頭を抱えた。
(生存戦略が裏目に出てるじゃないの! あんなに必死に徳を積んできたのに、一回の演劇で更地(さらち)に戻るなんて、この学園の査定はどうなってるのよ!)
もしこれでミア様が「ローリー様が怖いですぅ……」とセドリック様に泣きつこうものなら、私の首は物理的にスパーンとおさらばである。
「……許せないわ。私の名誉のためにも、そして何より私の『首』の皮を繋ぎ止めるためにも、真犯人を速やかに、かつ慈愛を持って粉砕しなくては」
「『粉砕』のあたりに殺意が漏れ出ていますが、協力いたしましょう。……すでに現場は特定済みです。北校舎の空き教室。現在進行形で、ミア様が『指導』を受けているようです」
「話が早くて助かるわ、サイラス! 行くわよ!」
私は馬車を降りるなり、優雅さを保てる限界の速度(競歩に近い)で北校舎へと急いだ。
空き教室の前に着くと、案の定、高いトーンの嘲笑が聞こえてきた。
「いい、ミア・ルナール。ローリー様は、あなたのようなくっつき虫を、心底うざったいと思ってらっしゃるの。あの舞台の台詞こそが、ローリー様の本音なのよ!」
「違います! ローリー様はそんなことおっしゃいません!」
「あら、生意気ね。ほら、このバケツの水を……」
(よし、テンプレートな悪役ムーブ、入りましたわ!)
私は、扉を音もなく、かつ劇的に開け放った。
「……あら。皆様、こんなところで何をしていらっしゃいますの? ふふっ」
「ひっ……ロ、ローリー様!?」
バケツを持っていた令嬢たちが、幽霊でも見たかのように跳ね上がった。
「ミア様。大丈夫ですの? ……まあ、こんなに震えて。可哀想に。よしよし、もう安心ですわよ」
私はミア様をそっと引き寄せ、彼女の肩を抱いた。そして、令嬢たちに向けて、練習通りの「暗黒微笑(ダークスマイル)」……もとい「慈愛の微笑み」を向けた。
「……それで。皆様、今、私の名前を使いませんでしたこと? 私がミア様をうざったいと思っている……だなんて。そんな悲しい誤解、どこのどなたが広めているのかしら?」
「そ、それは……ローリー様は、以前から平民上がりの特待生がお嫌いだと……」
「あら、昔のお話ですわね。人は変わるものですのよ。今の私は、ミア様を妹のように愛おしく思っております。……それを邪魔しようとする方は、たとえどなたであっても、アステリア公爵家が全力で『お悩み相談』に乗らせていただきますわ」
私は一歩、令嬢たちに歩み寄った。
「アステリア家の『相談』は、とても手厚いですわよ。実家の領地経営の監査から、親族の交友関係の精査まで。……ねえ、皆様。そんなに私のことがお好きなら、まずは皆様の身辺整理からお手伝いしましょうか?」
「ひ、ひぃぃぃ……っ!! も、申し訳ありませんでしたぁ!」
令嬢たちはバケツを放り出し、転がるように教室から逃げ出していった。
ふぅ、と一息つく。
「ローリー様……! やっぱり、やっぱり信じていました! ローリー様は私の女神様です!」
ミア様がいつものように抱きついてくる。……重い。けれど、今はその重みが生存の証に感じられた。
「……ふふ。当然ですわ、ミア様。……あ、サイラス。あの方たちの実家のリスト、一応作っておいてちょうだい。……あ、いけない。ふふっ、冗談ですわよ? ただ、少しだけ『教育的な視察』を入れるだけですわ」
「承知いたしました。お嬢様の『冗談』は、常に国家予算規模の損害を伴いますからね」
サイラスが手帳に何かを書き込んでいる。
そこへ、パチパチとゆっくりとした拍手の音が聞こえてきた。
「……見事な断罪劇だったな、ローリー。本物の悪役よりも、今の君の方がよっぽど質が悪い」
振り返ると、壁に寄りかかり、すべてを見ていたかのような顔のセドリック様がいた。
「せ、セドリック様……。見ていらっしゃったのですか?」
「ああ。君が『慈愛』という名の大槌で、彼女たちの実家ごと粉砕しようとしているのを、興味深く拝見させてもらったよ」
セドリック様は歩み寄り、私の耳元で囁いた。
「……黒幕ではない、か。確かに君は黒幕ではないな。……君は、その場のすべてを支配する『王』だ」
「王……? お褒めに預かり光栄ですわ。おほ……ふ、ふふっ」
「……皮を被るのをやめれば、もっと楽になれるぞ。……まあ、その必死な姿も嫌いではないがな」
セドリック様は、私の鼻先を軽く突っつくと、上機嫌で立ち去っていった。
(……な、なんなのよ。王だの何だの。私はただ、自分の平穏な老後を守りたいだけなのに!)
私はミア様に抱きつかれたまま、去りゆく王子の背中を見つめた。
生存戦略は、ついに「学園の裏番長」のような立ち位置へと私を押し上げてしまったらしい。
「……サイラス。私、いつになったら普通の令嬢になれるのかしら」
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