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選定の儀
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「お嬢様、おはようございます。」
「んぅ…?おはようニーア…今日なんか早くない…?」
「本日が、何の日かお忘れですか?5月の末ですよ。」
「選定の儀!忘れてた!私寝坊してしまったかしら!?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。寝坊しないために私がこうして起こしに来たんですもの、ご安心下さいませ。」
今日は5月の末、選定の儀。5歳になった子供達が教会に集まり行うのだが、教会側からの迎えの馬車が家に着く時間が各々決まっている。馬車の台数も限られているため遅れる訳にはいかないのだ。
選定の儀には本人しか参加する事が出来ず、教会前までの付き人も1人までとされている。今回は私の付き人としてニーアが同行するためニーア以外は皆家でお留守番という形になってしまう。
両親が随分と楽しみにしていたので直ぐに結果を報告出来ないのは残念だが、結果が出た水晶は持ち帰ることが出来るらしいので帰って来たら1番に見せてあげよう。
支度をしてもらい、正面玄関に向かうと両親とほかの使用人達が集まっていた。どうやらお見送りのためにわざわざ待ってくれていたらしい。
「お母様、お父様、おはようございます。」
「おはようクレア。寝坊しないで済んで良かった。」
「おはよう、カインはまだこの時間は寝ているから連れて来れなかったのだけれど、皆クレアのことをお見送りに来たのよ。ほら、皆にもご挨拶してね。」
「おはようございます、お見送りありがとうございます。」
「とんでもございません、お嬢様。使用人一同結果を楽しみにお待ちしております。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」
母に促され、挨拶をすると代表してメイド長のメリュジーヌが笑顔で返してくれた。
ちょうどそこに玄関の見張りをしていた使用人から声がかかる。
「あら、ちょうど馬車が到着されたようね。ニーア、ヴィルデンブルフ公爵家の使用人として恥じぬような振る舞いを、そしてクレアをお願いします。」
「もちろんでございます、奥様。さあ、お嬢様。参りましょう。」
皆に見送られながら玄関を出ると、教会のシンボルカラーである白に銀の装飾が施された馬車が止まっていた。
馬車の近くに教会の案内役と思われる男性がおり、こちらに気がつくと柔らかい笑顔で話しかけられる。
「クレア・ヴィルデンブルフ様と付き人の方でお間違いございませんか?」
「はい。」
「この度はおめでとうございます、段差がございますのでお気をつけてお乗り下さい。」
深々と礼をされ、差し出された手を取りながら馬車に乗り込む。入口側にニーア、その奥に私が座る形だ。馬車の中はシンプルな作りだが、クッションはふかふかしていて乗り心地は良さそうだ。
「失礼ですが、お嬢様は魔術移動式の馬車に乗られた経験はございますか?」
「いえ、お嬢様は今回が初めてです。」
「かしこまりました。そうしましたら、魔力酔い止めの薬を我々が所持しておりますので症状がお嬢様に出ましたらお申し付け下さい。ご希望でしたら馬車を少し止めて休憩することも可能ですので。」
「承知しました。」
(魔力酔い…とは???)
まず、魔術移動式の馬車ってなんだ。馬車は馬に引っ張ってもらって動くものでは…??
知らない言葉に頭の中は?だらけだがどうやらもう出発するそうなので質問はグッと堪えて大人しく座っていることにした。
「それでは、出発致します。」
案内役の男性がそう言ったかと思えば何やらブツブツと呟き始めた。
「わぁ…!何これ…!」
すると、段々と目の前が光に飲み込まれていくような感覚に陥り、思わず眩しさに目をつぶる。
徐々に光は弱まり、次に目を開けた時には窓から見える景色は公爵領とは全く別ものになっていた。
「ふふ、お嬢様びっくりされました?」
「ええ、とても!」
「無理もありませんわ、魔術移動式の馬車は貴重な物なので私も過去に数回しか乗ったことがありませんし、中々貴重な経験だと思います。」
「これは、魔法で移動したのかしら?」
興味津々で聞いてみると案内役の男性が答えてくれた。
「ええ、馬車自体に特殊な呪文を刻んであるんです。実際にいまご覧頂いている街並みは王都グレンベルのものでございます。この呪文を刻める人がかなり限られるためあまり数が無くて貴重な物なんですよ。」
「そうなのですね…ありがとうございます。俄然興味が湧いてきましたわ。」
「おや、女性の方にそう言って頂けるのは嬉しいですね。呪文は地味だと言って避ける方が大半ですので。教会には資料もございますので興味がありましたら是非お立ち寄り下さい。」
(なるほど、教会ね…。ゲームの中では魔法の設定はあったけどそこまで詳しくは取り上げられてなくてわからない点が多々あるし、両親に頼んで連れて行って貰うのも手かもしれない。)
そんなことを考えながらぼーっとしているとゆっくりと馬車のスピードが落ちて言った。窓の外を覗くと神殿らしき大きな建物が目に入る。どうやらご到着らしい。
馬車を降りると、各地から集まった同年代の子供達が沢山おり、各々使用人達と別れ神殿の中に入っていた。
「そっか、ニーアはここまでよね。」
「はい、儀式が終わるまでは付き人用の部屋で待機しておりますわ。お嬢様の儀式が終わり次第迎えに参ります。」
「わかったわ、それじゃあまた後でね。」
ニーアと別れ神殿の入口へ向かうと、入口には同い年ぐらいの子供達が列に並んでいた。
列の先を見てみるとなにやら扉の前辺りで神官が書類を見比べながら子供達一人一人と話をしている。
どうやら中に入る前に受付をする必要があるようだ。
「なるほどだからこんなもの持たされたのね…。」
そう言って私がゴソゴソ取り出したのは家紋入りのハンカチ。
支度の時にニーアにどうせ必要になるから、と渡されていたものだ。
家紋が本人確認代わりになるということだろう。
長蛇の列に並び、暇を潰すにも限界が訪れた辺りでようやく私の番になった。
「お名前をお願いします。」
「クレア・ヴィルデンブルフです。」
私が名乗ると神官は手元の書類を確認し始める。
「何か本人と確認できるものはお持ちですか?」
「こちらで宜しいでしょうか?」
家紋入りのハンカチを見せると神官は笑顔で頷き中へどうぞ、と入場の許可を出した。
扉の先には長い廊下が続いており、カツ、コツ、と歩く音が響く。
5歳の歩幅で歩くには長すぎたため走り出したい衝動に駆られたが、周りからの目もあり流石にそれは出来ないので長い道のりをひたすらお淑やかに歩くととても広いホールのような場所にたどり着いた。
中には先に入場を済ませたのであろう子供達で賑わっている。
どうやらここが儀式が始まるまでの待機場らしい。
ホールの中では知り合いを見つけ話に花を咲かせる者もいたが、1人でふらふらと時間を潰している子もいた。
(私も知り合いいないからぼっち参加だな…しょうがないから暇つぶしに内装でも見て回ろう。)
人でごった返しているホールを改めて見渡すと、大理石の床、白を貴重とした壁、高い天井にステンドグラスの窓ととても教会らしい神聖な雰囲気を感じさせる造りになっていた。
壁に飾られているよくわからない絵画を特に意味もなく見ながらウロウロしていると、ホールの奥に行くにつれて段々と人の数が増えていることに気がついた。
何かあったのかと絵画から目を離すと、入口付近にいた時には気づかなかった不自然な人だかりができていた。
(なんだろうあの人だかり、誰か体調不良で倒れた?長時間並ばされたし有り得る話ではあるけど…。)
人だかりの正体を知りたくて野次馬しに行きかけた所で、隙間から見えた顔と、その集団の女子の割合の多さに気づき慌てて距離を取った。
(いやそうだよな!?確か4月生まれだし5月の儀式に参加するだろうけど!それが普通なんだろうけど完全に油断してた!)
隙間から見えた特徴的な黒髪、赤い目。間違いなくあの人だかりの真ん中にいるのはクラウス・ハイドリヒだ。
早くても社交界デビューが9歳、同じく初等部入学も9歳であるこの国では、親や家同士の繋がりが無ければ滅多に子供同士が顔見知りになることは無い。
つまりこの場で誰がどこの家の子供もなのか検討もつく筈がないのだ。
(現に、私がそうだしね。公爵家の子供でも誰一人として挨拶しにこない。これが当たり前なのよ。)
しかし、彼、クラウス・ハイドリヒは違う。クラウス自身といよりハイドリヒ家に特徴があるのだ。
それがあの黒い髪。色素が薄い系統の髪の毛を持つ人が多いこの国で黒髪は珍しいとされているのだが、ハイドリヒ家は代々黒髪を持つ人間が生まれることで有名なのである。
公爵であるハイドリヒ家にお近付きになりたい人など山ほどいる中でわかりやすいこの特徴的な黒髪。
人だかりができるのは自明の理であった。
(いや、まあクラウスの好感度を上げておきたい私としては避ける必要は無いのかも知れないけど…)
いやでもあの中に入る勇気は無い、というより完全に油断していたので自分の生死を別つ登場人物と関わる心の準備がまだできていない。
(ストーリー通りに進めばいずれ婚約の話が来るだろうし…それかお父様の話では公爵家と王族で顔合わせの会もあるから…うん、そこで初めましてにしよう。)
ここは知らない振りを突き通すべし!そんな逃げの姿勢を決め込む
はずだったのだが。
(なーんでこうなっちゃうかなぁ!!!?)
今、儀式を待つ私の隣にはクラウスが座っています。
あの後、ホールから式場まで移動し順番に並ぶよう整列された後椅子に座らされた。
式場に移動するまでの間、人の波に揉まれあれよあれよと神官に促されるまま列に並ぶと、前にはなんと見覚えのある黒髪が。
そのまま大人しく座っているのだが如何せん周りの女子からの視線が痛い。ヒソヒソとこちらを見ながら話し声が聞こえて来るのだが、正直変われるものなら変わって欲しいし今すぐにでもこの席を譲り渡したい。
気になってちらっ、と横を見てみると、当の本人は綺麗なお顔が眉を潜めて歪んでおり、前を睨みつけ、時折ため息をついている。
(完全にご機嫌斜めじゃんこれ~!!!!)
そんな彼はお構い無しに周りの視線は途切れない。時間が経つ度にクラウスのイライラが溜まっていくのをひしひしと感じる。
頼む、頼むからもう辞めてくれ。もう心の中の私は周りの女子達に対して土下座をする勢いで懇願している。そんな私の切実な願いは彼女達に届くことは無いが。
溜まり続けるイライラを感じながら、流石にもうやばいのでは――そう思い横目で彼の顔を伺うとギロッとこちらを睨みつけるクラウスと目が合ってしまった。
(あ、やべ。)
この時の私の気持ちとしては、ホラー映画で違和感を感じて振り返ってしまった時のそれである。後ろ見たら幽霊いるタイプのアレ。
そんな頭の中で警鐘がバンバン鳴り響いている私に彼は睨みつけながらこう言った。
「さっきからチラチラ、チラチラこっち見てくるの、いい加減にしてくれない?不愉快。」
(うわぁぁぁご機嫌斜め激おこプンプン丸クラウス様じゃん!!というか私はまだ見たの2回目だよ!!)
クラウスが口を開いた瞬間、さっきまで突き刺さっていた視線は嘘のように消え皆知らんぷりである。
おい、ふざけるなよ裏切り者!!
(というか、本編のクラウスは怒る時も一応敬語使うから、想像してた怒り方と違くていっそう怖いんだけど!?)
「どうせお前も公爵家の名前目的なんだろ?鬱陶しいんだよ、そういうの。そんなに媚び売ってお近づきになりたい?残念、逆効果だけどね。」
半分バカにしたような顔でクラウスはこちらを見てくる。
(いや、私も公爵令嬢ですし。媚び売る必要無いですし。多分貴方の場合家もあるけどそのお顔が1番の原因な気が…というか、クラウスから敬語取ったらまじでただのひねくれ者だな!?)
心の中でそんなことをツッコミながらもダラダラ冷や汗は止まらない。
(何故私がこんなことに…いっその事公爵令嬢です、って言ってしまおうか、いやでもそれはなんか権力振りかざしてるみたいで鼻につくな…。ああもう!理不尽がすぎる!!私は別にハイドリヒ家の権力なんぞに興味は無いのに!!今近づくメリットとかない!!)
でも好感度を下げないためにここは何とか切り抜けるしかない…!相手を逆上させないように…
「今、わたくしが貴方に近づきたくて見ていたと仰いました??自意識過剰が過ぎますわよ。」
あ。
(しまった…!!つい本音が…!!)
私の言葉にクラウスは驚きの表情を見せる。 そりゃそうだ。
(えぇい!!こうなったらどうにでもなれ!!!)
「確かに、わたくしもチラチラ見てしまったことは謝りますわ。何せ貴方が注目を浴びていらっしゃるようでしたから。でもわたくしは貴方が特に何者かも知りませんしお近づきになりたいなんて1ミリも思っていません。なのに随分と上から勝手に決めつけて…不愉快?わたくしの方が不愉快ですわ。」
(いや無理がある!!つい本音が出ちゃったから何とかしようとしたけど、田舎者でも知ってるようなハイドリヒ家に対して「貴方が何者か知らない」はちょっと…これは失敗したのでは!?)
するとクラウスは不愉快そうな顔をしたものの、その後何かを堪えたような表情で
「あっそ。」
と呟くとそっぽを向いてしまった。
私はと言うと、最悪の場合もうハイドリヒ家から婚約の話が来ない事態になりかねないこの状況に心の中で頭をかかえ、半ば放心状態で儀式を終えた。
何がどうなって帰路に着いたかはもうそれどころでは無かったためほとんど覚えていない。
頭の中ではクラウスの婚約者では無くなったクレア・ヴィルデンブルフはどうするのが正解なのか、その影響がどう本編に現れるのかをぐるぐると考えていた。
そんな私の心配を他所に、ハイドリヒ家がクラウス・ハイドリヒとの婚約を我が家に打診してきたのは約1年後の事である。
「んぅ…?おはようニーア…今日なんか早くない…?」
「本日が、何の日かお忘れですか?5月の末ですよ。」
「選定の儀!忘れてた!私寝坊してしまったかしら!?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。寝坊しないために私がこうして起こしに来たんですもの、ご安心下さいませ。」
今日は5月の末、選定の儀。5歳になった子供達が教会に集まり行うのだが、教会側からの迎えの馬車が家に着く時間が各々決まっている。馬車の台数も限られているため遅れる訳にはいかないのだ。
選定の儀には本人しか参加する事が出来ず、教会前までの付き人も1人までとされている。今回は私の付き人としてニーアが同行するためニーア以外は皆家でお留守番という形になってしまう。
両親が随分と楽しみにしていたので直ぐに結果を報告出来ないのは残念だが、結果が出た水晶は持ち帰ることが出来るらしいので帰って来たら1番に見せてあげよう。
支度をしてもらい、正面玄関に向かうと両親とほかの使用人達が集まっていた。どうやらお見送りのためにわざわざ待ってくれていたらしい。
「お母様、お父様、おはようございます。」
「おはようクレア。寝坊しないで済んで良かった。」
「おはよう、カインはまだこの時間は寝ているから連れて来れなかったのだけれど、皆クレアのことをお見送りに来たのよ。ほら、皆にもご挨拶してね。」
「おはようございます、お見送りありがとうございます。」
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ちょうどそこに玄関の見張りをしていた使用人から声がかかる。
「あら、ちょうど馬車が到着されたようね。ニーア、ヴィルデンブルフ公爵家の使用人として恥じぬような振る舞いを、そしてクレアをお願いします。」
「もちろんでございます、奥様。さあ、お嬢様。参りましょう。」
皆に見送られながら玄関を出ると、教会のシンボルカラーである白に銀の装飾が施された馬車が止まっていた。
馬車の近くに教会の案内役と思われる男性がおり、こちらに気がつくと柔らかい笑顔で話しかけられる。
「クレア・ヴィルデンブルフ様と付き人の方でお間違いございませんか?」
「はい。」
「この度はおめでとうございます、段差がございますのでお気をつけてお乗り下さい。」
深々と礼をされ、差し出された手を取りながら馬車に乗り込む。入口側にニーア、その奥に私が座る形だ。馬車の中はシンプルな作りだが、クッションはふかふかしていて乗り心地は良さそうだ。
「失礼ですが、お嬢様は魔術移動式の馬車に乗られた経験はございますか?」
「いえ、お嬢様は今回が初めてです。」
「かしこまりました。そうしましたら、魔力酔い止めの薬を我々が所持しておりますので症状がお嬢様に出ましたらお申し付け下さい。ご希望でしたら馬車を少し止めて休憩することも可能ですので。」
「承知しました。」
(魔力酔い…とは???)
まず、魔術移動式の馬車ってなんだ。馬車は馬に引っ張ってもらって動くものでは…??
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「それでは、出発致します。」
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「わぁ…!何これ…!」
すると、段々と目の前が光に飲み込まれていくような感覚に陥り、思わず眩しさに目をつぶる。
徐々に光は弱まり、次に目を開けた時には窓から見える景色は公爵領とは全く別ものになっていた。
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「ええ、とても!」
「無理もありませんわ、魔術移動式の馬車は貴重な物なので私も過去に数回しか乗ったことがありませんし、中々貴重な経験だと思います。」
「これは、魔法で移動したのかしら?」
興味津々で聞いてみると案内役の男性が答えてくれた。
「ええ、馬車自体に特殊な呪文を刻んであるんです。実際にいまご覧頂いている街並みは王都グレンベルのものでございます。この呪文を刻める人がかなり限られるためあまり数が無くて貴重な物なんですよ。」
「そうなのですね…ありがとうございます。俄然興味が湧いてきましたわ。」
「おや、女性の方にそう言って頂けるのは嬉しいですね。呪文は地味だと言って避ける方が大半ですので。教会には資料もございますので興味がありましたら是非お立ち寄り下さい。」
(なるほど、教会ね…。ゲームの中では魔法の設定はあったけどそこまで詳しくは取り上げられてなくてわからない点が多々あるし、両親に頼んで連れて行って貰うのも手かもしれない。)
そんなことを考えながらぼーっとしているとゆっくりと馬車のスピードが落ちて言った。窓の外を覗くと神殿らしき大きな建物が目に入る。どうやらご到着らしい。
馬車を降りると、各地から集まった同年代の子供達が沢山おり、各々使用人達と別れ神殿の中に入っていた。
「そっか、ニーアはここまでよね。」
「はい、儀式が終わるまでは付き人用の部屋で待機しておりますわ。お嬢様の儀式が終わり次第迎えに参ります。」
「わかったわ、それじゃあまた後でね。」
ニーアと別れ神殿の入口へ向かうと、入口には同い年ぐらいの子供達が列に並んでいた。
列の先を見てみるとなにやら扉の前辺りで神官が書類を見比べながら子供達一人一人と話をしている。
どうやら中に入る前に受付をする必要があるようだ。
「なるほどだからこんなもの持たされたのね…。」
そう言って私がゴソゴソ取り出したのは家紋入りのハンカチ。
支度の時にニーアにどうせ必要になるから、と渡されていたものだ。
家紋が本人確認代わりになるということだろう。
長蛇の列に並び、暇を潰すにも限界が訪れた辺りでようやく私の番になった。
「お名前をお願いします。」
「クレア・ヴィルデンブルフです。」
私が名乗ると神官は手元の書類を確認し始める。
「何か本人と確認できるものはお持ちですか?」
「こちらで宜しいでしょうか?」
家紋入りのハンカチを見せると神官は笑顔で頷き中へどうぞ、と入場の許可を出した。
扉の先には長い廊下が続いており、カツ、コツ、と歩く音が響く。
5歳の歩幅で歩くには長すぎたため走り出したい衝動に駆られたが、周りからの目もあり流石にそれは出来ないので長い道のりをひたすらお淑やかに歩くととても広いホールのような場所にたどり着いた。
中には先に入場を済ませたのであろう子供達で賑わっている。
どうやらここが儀式が始まるまでの待機場らしい。
ホールの中では知り合いを見つけ話に花を咲かせる者もいたが、1人でふらふらと時間を潰している子もいた。
(私も知り合いいないからぼっち参加だな…しょうがないから暇つぶしに内装でも見て回ろう。)
人でごった返しているホールを改めて見渡すと、大理石の床、白を貴重とした壁、高い天井にステンドグラスの窓ととても教会らしい神聖な雰囲気を感じさせる造りになっていた。
壁に飾られているよくわからない絵画を特に意味もなく見ながらウロウロしていると、ホールの奥に行くにつれて段々と人の数が増えていることに気がついた。
何かあったのかと絵画から目を離すと、入口付近にいた時には気づかなかった不自然な人だかりができていた。
(なんだろうあの人だかり、誰か体調不良で倒れた?長時間並ばされたし有り得る話ではあるけど…。)
人だかりの正体を知りたくて野次馬しに行きかけた所で、隙間から見えた顔と、その集団の女子の割合の多さに気づき慌てて距離を取った。
(いやそうだよな!?確か4月生まれだし5月の儀式に参加するだろうけど!それが普通なんだろうけど完全に油断してた!)
隙間から見えた特徴的な黒髪、赤い目。間違いなくあの人だかりの真ん中にいるのはクラウス・ハイドリヒだ。
早くても社交界デビューが9歳、同じく初等部入学も9歳であるこの国では、親や家同士の繋がりが無ければ滅多に子供同士が顔見知りになることは無い。
つまりこの場で誰がどこの家の子供もなのか検討もつく筈がないのだ。
(現に、私がそうだしね。公爵家の子供でも誰一人として挨拶しにこない。これが当たり前なのよ。)
しかし、彼、クラウス・ハイドリヒは違う。クラウス自身といよりハイドリヒ家に特徴があるのだ。
それがあの黒い髪。色素が薄い系統の髪の毛を持つ人が多いこの国で黒髪は珍しいとされているのだが、ハイドリヒ家は代々黒髪を持つ人間が生まれることで有名なのである。
公爵であるハイドリヒ家にお近付きになりたい人など山ほどいる中でわかりやすいこの特徴的な黒髪。
人だかりができるのは自明の理であった。
(いや、まあクラウスの好感度を上げておきたい私としては避ける必要は無いのかも知れないけど…)
いやでもあの中に入る勇気は無い、というより完全に油断していたので自分の生死を別つ登場人物と関わる心の準備がまだできていない。
(ストーリー通りに進めばいずれ婚約の話が来るだろうし…それかお父様の話では公爵家と王族で顔合わせの会もあるから…うん、そこで初めましてにしよう。)
ここは知らない振りを突き通すべし!そんな逃げの姿勢を決め込む
はずだったのだが。
(なーんでこうなっちゃうかなぁ!!!?)
今、儀式を待つ私の隣にはクラウスが座っています。
あの後、ホールから式場まで移動し順番に並ぶよう整列された後椅子に座らされた。
式場に移動するまでの間、人の波に揉まれあれよあれよと神官に促されるまま列に並ぶと、前にはなんと見覚えのある黒髪が。
そのまま大人しく座っているのだが如何せん周りの女子からの視線が痛い。ヒソヒソとこちらを見ながら話し声が聞こえて来るのだが、正直変われるものなら変わって欲しいし今すぐにでもこの席を譲り渡したい。
気になってちらっ、と横を見てみると、当の本人は綺麗なお顔が眉を潜めて歪んでおり、前を睨みつけ、時折ため息をついている。
(完全にご機嫌斜めじゃんこれ~!!!!)
そんな彼はお構い無しに周りの視線は途切れない。時間が経つ度にクラウスのイライラが溜まっていくのをひしひしと感じる。
頼む、頼むからもう辞めてくれ。もう心の中の私は周りの女子達に対して土下座をする勢いで懇願している。そんな私の切実な願いは彼女達に届くことは無いが。
溜まり続けるイライラを感じながら、流石にもうやばいのでは――そう思い横目で彼の顔を伺うとギロッとこちらを睨みつけるクラウスと目が合ってしまった。
(あ、やべ。)
この時の私の気持ちとしては、ホラー映画で違和感を感じて振り返ってしまった時のそれである。後ろ見たら幽霊いるタイプのアレ。
そんな頭の中で警鐘がバンバン鳴り響いている私に彼は睨みつけながらこう言った。
「さっきからチラチラ、チラチラこっち見てくるの、いい加減にしてくれない?不愉快。」
(うわぁぁぁご機嫌斜め激おこプンプン丸クラウス様じゃん!!というか私はまだ見たの2回目だよ!!)
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おい、ふざけるなよ裏切り者!!
(というか、本編のクラウスは怒る時も一応敬語使うから、想像してた怒り方と違くていっそう怖いんだけど!?)
「どうせお前も公爵家の名前目的なんだろ?鬱陶しいんだよ、そういうの。そんなに媚び売ってお近づきになりたい?残念、逆効果だけどね。」
半分バカにしたような顔でクラウスはこちらを見てくる。
(いや、私も公爵令嬢ですし。媚び売る必要無いですし。多分貴方の場合家もあるけどそのお顔が1番の原因な気が…というか、クラウスから敬語取ったらまじでただのひねくれ者だな!?)
心の中でそんなことをツッコミながらもダラダラ冷や汗は止まらない。
(何故私がこんなことに…いっその事公爵令嬢です、って言ってしまおうか、いやでもそれはなんか権力振りかざしてるみたいで鼻につくな…。ああもう!理不尽がすぎる!!私は別にハイドリヒ家の権力なんぞに興味は無いのに!!今近づくメリットとかない!!)
でも好感度を下げないためにここは何とか切り抜けるしかない…!相手を逆上させないように…
「今、わたくしが貴方に近づきたくて見ていたと仰いました??自意識過剰が過ぎますわよ。」
あ。
(しまった…!!つい本音が…!!)
私の言葉にクラウスは驚きの表情を見せる。 そりゃそうだ。
(えぇい!!こうなったらどうにでもなれ!!!)
「確かに、わたくしもチラチラ見てしまったことは謝りますわ。何せ貴方が注目を浴びていらっしゃるようでしたから。でもわたくしは貴方が特に何者かも知りませんしお近づきになりたいなんて1ミリも思っていません。なのに随分と上から勝手に決めつけて…不愉快?わたくしの方が不愉快ですわ。」
(いや無理がある!!つい本音が出ちゃったから何とかしようとしたけど、田舎者でも知ってるようなハイドリヒ家に対して「貴方が何者か知らない」はちょっと…これは失敗したのでは!?)
するとクラウスは不愉快そうな顔をしたものの、その後何かを堪えたような表情で
「あっそ。」
と呟くとそっぽを向いてしまった。
私はと言うと、最悪の場合もうハイドリヒ家から婚約の話が来ない事態になりかねないこの状況に心の中で頭をかかえ、半ば放心状態で儀式を終えた。
何がどうなって帰路に着いたかはもうそれどころでは無かったためほとんど覚えていない。
頭の中ではクラウスの婚約者では無くなったクレア・ヴィルデンブルフはどうするのが正解なのか、その影響がどう本編に現れるのかをぐるぐると考えていた。
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夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
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