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顔合わせ
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そして迎えた顔合わせの日。
私は心臓バックバクの状態で馬車に揺られながらハイドリヒ公爵領に向かっていた。
馬車には父と執事のオリバー。
死にそうな顔をしていた私を父とオリバーは終始気遣ってくれ、その優しさが申し訳なかった。
(あの日にしくじらなければこんな思いしなくて良かったのに…。)
何なら永遠と馬車に乗っていたかったがそんな訳にもいかず。
しばらくして馬車の揺れが止まり、いよいよハイドリヒ家に到着してしまった。
憂鬱な気持ちで馬車を降りると、ハイドリヒ家の使用人達が勢揃いでお迎えしてくれた。
まさかの歓迎に内心ビクビクしながらも父の後をついて玄関をくぐる。
すると家主である黒髪の男性、クラウスの父エドワード・ハイドリヒとクラウスが出迎えてくれた。
「やあ、キース。久しぶりだね。元気そうでなにより。」
「わざわざ出迎えありがとう。エドワードも元気そうで良かった。」
父とエドワードは慣れた様子で挨拶を交わす。学生時代からの親友である2人はわざわざ今更敬語なんて使う必要は無い、と言った様子だ。
「そして、こちらは初めましてだね。遠路はるばるありがとう、馬車で酔わなかったかい?」
エドワードは私の方に目線を合わせようと屈みながら話しかけてくれる。
(ひぇっ、顔がいい…。さすがクラウスの父親、私の父も中々だと思ってたけど負けず劣らずのイケメンだわ…。)
あまりの顔の良さにびっくりしたものの、何とか持ち直して挨拶をする。
「クレア・ヴィルデンブルフと申します。この度はご招待下さりありがとうございます。馬車の方も快適でしたので体調は大丈夫ですわ、お気遣い下さりありがとうございます。」
スカートの裾を持ち上げながら挨拶するとエドワードは笑いながら返してくれた。
「そう、それなら良かった。…礼儀正しいお嬢さんじゃないか、お前と違って。」
「お褒めに預かり光栄だが、一言余計だエドワード。」
「そうか?まあいいじゃないか。ほら、こちらからも挨拶をしないとな。クラウス。」
父親に呼ばれたクラウスは、1歩前に出て礼をする。
「クラウス・ハイドリヒと申します。キース公爵、クレア様、この度は遠路はるばるお越し頂きありがとうございます。」
「初めまして、ご挨拶ありがとう。なんだ、礼儀正しい子じゃないか。お前と大違いだな。」
「一言余計だぞキース。」
「そんなこと無いと思うが?」
「…まあいい。挨拶はこれくらいにして、本題に移ろう。私達は話し合いがあるから、クラウスとクレア嬢は別室で話していてくれ。話し合いが終わったら私達も向かおう。部屋までの案内は、クラウス。できるな?」
「はい。」
(えっ。てっきり親付き添いのもと4人で顔合わせだと思ってたんだけど、最初から2人なの!?)
親同士の会話を聞き流しているといつの間にか決まっていた段取りに混乱しているとクラウスがこちらに近づいてくる。
「部屋は離れに用意してあります、移動しますので付いてきて頂いても?」
「ええ、勿論。」
動揺を隠しながらとりあえずクラウスに付いて行くと、離れの部屋へと案内された。
部屋の中心にある大きめのテーブルとは別に、窓際には小さめのテーブルと椅子が2つ並べられている。
「今日は天気もいいですし、親が来るまでは窓際のテーブルを使いましょう。」
そう言うと、クラウスは当たり前のように椅子を引いて私を座らせた後、自分も正面の椅子に座る。
「何か苦手なものや食べれないものはありますか?」
「あ、いえ、特にありませんわ。」
(めちゃくちゃ自然にもてなしてくれるんですけど!?選定の儀のクラウスは何処へ!?)
選定の儀の時と違い丁寧な対応、どちらかと言うとゲームの中のクラウスに抱いていたイメージに近い対応をされ逆にびっくりしてしまった。
「そうですか。なら、紅茶を用意させましょう。丁度言い茶葉が手に入ったんです。ルシア、紅茶の用意を頼む。」
さらりと飲み物の準備をクラウスがメイドに頼むと、メイドはすぐさまティーカップとポットを用意する。
事前に準備してあったのであろう茶葉を丁寧な動作でポットに入れ、お湯を注ぎ入れ砂時計を用意したところでクラウスが声をかける。
「ありがとう、もう下がっていい。あとは自分でやる。」
「かしこまりました。」
メイドを下がらせていよいよ2人になってしまった。
2人になった所で話題に困るな…と焦っているとクラウスから切り出してきた。
「さて、2人になった事だし…敬語は無しでいいぞ。俺も使わないから。…どうせ本性知ってるだろ?何せあの時会ってるんだから。」
さも当然のように敬語を無くし、あの日と同じようなちらりと横暴さを伺わせる言い回しに謎の安心感を覚えた。
敬語は無しで良いと言われた事だし、こちらも意地を張って敬語で答える必要は無いので普段通りの話し方で返す。
「何だ、覚えてたのね。」
「当然。忘れる訳無いだろ?」
「まあ、そりゃそうかもしれないけど。」
するとクラウスは紅茶を淹れながらもじとーっと無言でこちらを見つめてくる。
「…何よ。」
「ふーん、敬語外すとそんな話し方なんだな、と思って。」
「もっとお上品だと思ってた?」
「正直ね。まあ、典型的なお嬢様よりかは好感持てるけど?」
「典型的なお坊ちゃまの癖に良く言うわ…。」
「典型的なお坊ちゃまはもう少しうまく猫かぶるだろ。」
(ダメだ、あー言ったらこう言う…言い返す方が無駄だ。)
相手のペースに飲み込まれたらダメだ、気を取り直そうとクラウスが淹れてくれた紅茶を口に含む。
(え、めっちゃ美味しい!!)
思わず口にした紅茶の味に驚く。使用人達がいつも淹れてくれる紅茶も勿論美味しいが、6歳の少年が淹れたとは思えぬ美味しさだった。
攻略対象達はこんな所もハイスペックだと言うのか。
「お口に合ったようで何より。」
いつも無表情な私がクラウスにもわかるくらい表情を露わにしていたらしく、少し含みのある笑顔で言われてしまった。気を取り直すつもりが逆に気まずくなる。
しばらくそのまま紅茶を啜っていたが、せっかく2人なのだからと聞きたかったあの話題を聞いてみることにした。
「…聞きたいことがあるんだけど。」
「なんだ?」
「選定の儀の時、私大分失礼なことを言ったと思うんだけど。」
「ああ、そうだな。」
「婚約の話が出てきた時、私だってわかった上で婚約申し込んできたの?」
「そりゃあそうだろ。父さんが写真持ってるし。キース公爵も俺の写真持ってるだろ。」
「ええ、持ってるわ。持ってますとも。」
当たり前だろ、という顔で答えるキースに内心混乱する。
「待って、なら貴方は私が選定の儀で煽った本人だとわかった上で婚約申し込んできたわけ?」
「そうなるな。」
「普通選ばないわよね??何故?」
「…さあな。親が決めたことだから俺は知らない。聞くな。」
訳がわからず食い気味に聞くとクラウスはそう言ってそっぽを向いてしまった。
もう少し慎重に行った方が良かったか…どうやらこれ以上話を掘り下げるのは難しそうだ。
しばらく無言の時間が続き、紅茶も無くなったところで耐えかねたクラウスが口を開いた。
「にしても、遅いな。父さん達。」
「そうね…。久しぶりらしいし話が盛り上がっているのかしら。」
「ここにずっといるのも暇だしな。庭でも見て回るか。」
「えっ、ちょっ、」
「ほら、行くぞ。」
移動したら親達が混乱するんじゃ…と思い止めようとしたものの有無を言わさずクラウスが手を差し出してくる。
(こういう俺様なのにちゃんとリードするとこ、このギャップに惚れる女がいる訳ね…。)
ゲームキャラ人気投票1位だったのを思い出し、実際にこんな対応されたらこりゃあ皆堕ちるわ…としみじみ思いながらクラウスの手を取った。
案内されるがまま着いていくと、目の前に色とりどりの花達で綺麗に彩られた庭園が現れた。
我が家にも庭はあるもののここまで沢山の花が綺麗に咲いている訳ではなく、ここまで違いがあるものかと驚いた。
「随分と綺麗なお庭なのね。うちにも庭はあるけれどここまで華やかでは無いわ。」
「母さんが花が好きだったからな。庭には特に力を入れてるんじゃないか?」
「なるほど…うちは花っていうより水…?噴水とか水路みたいなのが多いわね。お父様が氷の魔法使うからかしら?」
「へえ、水路がある庭って珍しいな。」
「今度見に来ればいいじゃない。弟も紹介したいし、ちょうどいいわ。」
そう言うとクラウスが少し驚いた顔でこちらを見てくる。
「…?何、私そんなに変なこと言った?」
「…いや、お前は婚約にそんなに乗り気じゃないと思ってたから。普通に家誘うんだな。」
「嫌だったら最初から断ってるわよ。別にお金に困ってる訳じゃないんだし。」
「…そっか。」
そう言うとクラウスは少し安心したように口角を緩ませた。
(なんだ、クラウスも内心不安だったのか。表情あまり変わらないしさらに不安にさせちゃったかしら。)
「ああ、表情変わらないから乗り気じゃないと思った?これ、遺伝だから気にしないで。絶賛改善中よ。」
「キース公爵もあまり表情が変わらないとは思ったけど、それ遺伝なのか…。」
フォローしようと思ったら逆に哀れみの表情で見られてしまった。くそう、私の思いやりを返せ。
そんなことを考えながら庭を散策していると、一角に他の花とは違い広めのスペースを1種類の花で埋めつくしている場所があった。
「あら、これは…アイリスね。」
「よく知ってるな。花詳しいのか?」
「いや、そういう訳では無いんだけど…」
(…いやお前がゲームの中で主人公に告白する場所が絶対アイリスの群生地なんだよ!!!)
ちなみにアイリスの花言葉は「恋のメッセージ」、とくにクラウスが好んで主人公に贈った白いアイリスの花言葉は「貴方を大切にします」。
普段俺様なクラウスが贈る花の花言葉が「貴方を大切にします」というこのギャップに堕ちたファンが何万人いた事か。
ゲームで貴方に毎回プレゼントされたからです~なんてことは言えるはずもなく。
ごにょごにょと誤魔化していると、急にクラウスが俯いて静かになった。
「その、悪かった。」
「はい?何が?」
「選定の儀の時。…別にお前だけじゃ無かったのに、八つ当たりしただろ。あの時はお前がヴィルデンブルフの公爵令嬢だとは知らなかったし…というより、そうでなくても人として、公爵家の人間として良くない発言だった。」
「ああ、…別に気にして無いわ。私もカッとなって言い返したし。」
「ははっ、まあ確かにな。ハイドリヒ家の人間に真っ向から言い返すなんてどんな奴だ、って注目の的になってたぞお前。」
「ちょっと!誰が原因だと思って…」
「なんだ部屋に居ないと思ったらこんな所にいたのか。」
そこに話を終えた父達がやってきた。彼等の様子を見るに、探し回ったという訳でも無さそうなので私達が移動したことを使用人が伝えてくれたらしい。
さすが公爵家の使用人、仕事が出来る。
「父上達が遅いのが悪いのでは。」
「それは悪かったと思ってるよ。まあ、随分と仲が良くなったみたいだし。結果オーライじゃないか。」
「別にそうでも無い」
「気の所為では?」
「その割には息ピッタリじゃないか!」
思わぬ所で息が揃ってしまいエドワードに爆笑される。しかしその後エドワードはすっと真剣な表情になるとクラウスに問いかけた。
「ところで…クラウス?クレア嬢に暴言を吐いたとかなんとかちらっと聞こえたが気のせいかな?」
「あ、やべっ。」
エドワードに問い詰められるとクラウスはビクッと肩を震わせそそくさとその場から逃げ出す。
6歳らしい一面を見れて少し微笑ましい気持ちになりながら逃げ足早いな~なんて呑気なことを考えていた。
「全くあの子は…。すまないね、後で叱っておくよ。」
「あ、いえ。お気遣い無く。お恥ずかしながらわたくしも言い返してしまったので…」
「おや、キースの血を着実に受け継いでるね。」
「そこは似なくても良かったんだが…。」
キースは眉間を指で摘みながらわざとらしく残念!という表情を見せた。
というかこの性格もお父様譲りなんですね。クレア父親に似すぎかな!?
「暴言を吐かれたのは選定の儀かな?」
「…はい。」
「そうか…。色んな人に囲まれてイライラしてカッとなって八つ当たりってとこかな。」
「その通りですわ。」
「やっぱりな、事前に言ってあったんだが時期も時期だったしな。無理もないか。…実は、選定の儀の少し前、私の妻が亡くなってね。元々体があまり強くなくて、クラウスの誕生日まではなんとか一緒にお祝いできたんだが。…選定の儀まではさすがに持たなかった。」
それを聞いてはっとする。クラウスは先程「母は花が好きだった」と言っていた。
ゲームの本編では確かにクラウスの母親が亡くなっているというのは明らかになっていたが、明確な時期などは明かされていなかったので把握していなかったのだ。
エドワードは花壇を見つめながら悲しそうな表情で続けた。
「この花、アイリスはね、僕が妻にプロポーズの時に贈った花で、妻が特に気に入っていた花だった。ここでその話をしたってことは、母親が亡くなってモヤモヤしていた時に八つ当たりしたことを後悔していたからだと思うんだ。」
「そうなのですね…。」
「だからといってクレア嬢に八つ当たりしたことを許してくれとは言わないけれど、そういう理由があったことは知っておいてくれると嬉しいな。クラウスにとって母親の死は、多分まだ完全に乗り越えられては居ないはずだから。」
「はい。」
素直にそう答えると、エドワードは「ありがとう。」と優しく笑った。
「さて、本当は4人で顔合わせしたかったんだが…キースこの後公務だろ?」
「そうだな、そろそろ帰らないとまずい。」
「それじゃあお見送りしなきゃだな。…クラウスを呼んできてくれ。」
使用人に呼ばれ連れ戻されたクラウスと、エドワード、ハイドリヒ家の使用人達が出迎えと同じく玄関に揃う。
「本日はお招き頂きありがとうございました。頂いた紅茶とても美味しかったですわ。今度は我が家にも遊びに来てくださいね。負けないくらい美味しい紅茶とお茶菓子をご用意してお待ちしておりますわ。」
「それは是非、弟君に会えるのも楽しみにしております。」
こうしてクラウスとの別れの挨拶を済ませ、無事にハイドリヒ家との顔合わせを終えた私達は帰路に着くのであった。
私は心臓バックバクの状態で馬車に揺られながらハイドリヒ公爵領に向かっていた。
馬車には父と執事のオリバー。
死にそうな顔をしていた私を父とオリバーは終始気遣ってくれ、その優しさが申し訳なかった。
(あの日にしくじらなければこんな思いしなくて良かったのに…。)
何なら永遠と馬車に乗っていたかったがそんな訳にもいかず。
しばらくして馬車の揺れが止まり、いよいよハイドリヒ家に到着してしまった。
憂鬱な気持ちで馬車を降りると、ハイドリヒ家の使用人達が勢揃いでお迎えしてくれた。
まさかの歓迎に内心ビクビクしながらも父の後をついて玄関をくぐる。
すると家主である黒髪の男性、クラウスの父エドワード・ハイドリヒとクラウスが出迎えてくれた。
「やあ、キース。久しぶりだね。元気そうでなにより。」
「わざわざ出迎えありがとう。エドワードも元気そうで良かった。」
父とエドワードは慣れた様子で挨拶を交わす。学生時代からの親友である2人はわざわざ今更敬語なんて使う必要は無い、と言った様子だ。
「そして、こちらは初めましてだね。遠路はるばるありがとう、馬車で酔わなかったかい?」
エドワードは私の方に目線を合わせようと屈みながら話しかけてくれる。
(ひぇっ、顔がいい…。さすがクラウスの父親、私の父も中々だと思ってたけど負けず劣らずのイケメンだわ…。)
あまりの顔の良さにびっくりしたものの、何とか持ち直して挨拶をする。
「クレア・ヴィルデンブルフと申します。この度はご招待下さりありがとうございます。馬車の方も快適でしたので体調は大丈夫ですわ、お気遣い下さりありがとうございます。」
スカートの裾を持ち上げながら挨拶するとエドワードは笑いながら返してくれた。
「そう、それなら良かった。…礼儀正しいお嬢さんじゃないか、お前と違って。」
「お褒めに預かり光栄だが、一言余計だエドワード。」
「そうか?まあいいじゃないか。ほら、こちらからも挨拶をしないとな。クラウス。」
父親に呼ばれたクラウスは、1歩前に出て礼をする。
「クラウス・ハイドリヒと申します。キース公爵、クレア様、この度は遠路はるばるお越し頂きありがとうございます。」
「初めまして、ご挨拶ありがとう。なんだ、礼儀正しい子じゃないか。お前と大違いだな。」
「一言余計だぞキース。」
「そんなこと無いと思うが?」
「…まあいい。挨拶はこれくらいにして、本題に移ろう。私達は話し合いがあるから、クラウスとクレア嬢は別室で話していてくれ。話し合いが終わったら私達も向かおう。部屋までの案内は、クラウス。できるな?」
「はい。」
(えっ。てっきり親付き添いのもと4人で顔合わせだと思ってたんだけど、最初から2人なの!?)
親同士の会話を聞き流しているといつの間にか決まっていた段取りに混乱しているとクラウスがこちらに近づいてくる。
「部屋は離れに用意してあります、移動しますので付いてきて頂いても?」
「ええ、勿論。」
動揺を隠しながらとりあえずクラウスに付いて行くと、離れの部屋へと案内された。
部屋の中心にある大きめのテーブルとは別に、窓際には小さめのテーブルと椅子が2つ並べられている。
「今日は天気もいいですし、親が来るまでは窓際のテーブルを使いましょう。」
そう言うと、クラウスは当たり前のように椅子を引いて私を座らせた後、自分も正面の椅子に座る。
「何か苦手なものや食べれないものはありますか?」
「あ、いえ、特にありませんわ。」
(めちゃくちゃ自然にもてなしてくれるんですけど!?選定の儀のクラウスは何処へ!?)
選定の儀の時と違い丁寧な対応、どちらかと言うとゲームの中のクラウスに抱いていたイメージに近い対応をされ逆にびっくりしてしまった。
「そうですか。なら、紅茶を用意させましょう。丁度言い茶葉が手に入ったんです。ルシア、紅茶の用意を頼む。」
さらりと飲み物の準備をクラウスがメイドに頼むと、メイドはすぐさまティーカップとポットを用意する。
事前に準備してあったのであろう茶葉を丁寧な動作でポットに入れ、お湯を注ぎ入れ砂時計を用意したところでクラウスが声をかける。
「ありがとう、もう下がっていい。あとは自分でやる。」
「かしこまりました。」
メイドを下がらせていよいよ2人になってしまった。
2人になった所で話題に困るな…と焦っているとクラウスから切り出してきた。
「さて、2人になった事だし…敬語は無しでいいぞ。俺も使わないから。…どうせ本性知ってるだろ?何せあの時会ってるんだから。」
さも当然のように敬語を無くし、あの日と同じようなちらりと横暴さを伺わせる言い回しに謎の安心感を覚えた。
敬語は無しで良いと言われた事だし、こちらも意地を張って敬語で答える必要は無いので普段通りの話し方で返す。
「何だ、覚えてたのね。」
「当然。忘れる訳無いだろ?」
「まあ、そりゃそうかもしれないけど。」
するとクラウスは紅茶を淹れながらもじとーっと無言でこちらを見つめてくる。
「…何よ。」
「ふーん、敬語外すとそんな話し方なんだな、と思って。」
「もっとお上品だと思ってた?」
「正直ね。まあ、典型的なお嬢様よりかは好感持てるけど?」
「典型的なお坊ちゃまの癖に良く言うわ…。」
「典型的なお坊ちゃまはもう少しうまく猫かぶるだろ。」
(ダメだ、あー言ったらこう言う…言い返す方が無駄だ。)
相手のペースに飲み込まれたらダメだ、気を取り直そうとクラウスが淹れてくれた紅茶を口に含む。
(え、めっちゃ美味しい!!)
思わず口にした紅茶の味に驚く。使用人達がいつも淹れてくれる紅茶も勿論美味しいが、6歳の少年が淹れたとは思えぬ美味しさだった。
攻略対象達はこんな所もハイスペックだと言うのか。
「お口に合ったようで何より。」
いつも無表情な私がクラウスにもわかるくらい表情を露わにしていたらしく、少し含みのある笑顔で言われてしまった。気を取り直すつもりが逆に気まずくなる。
しばらくそのまま紅茶を啜っていたが、せっかく2人なのだからと聞きたかったあの話題を聞いてみることにした。
「…聞きたいことがあるんだけど。」
「なんだ?」
「選定の儀の時、私大分失礼なことを言ったと思うんだけど。」
「ああ、そうだな。」
「婚約の話が出てきた時、私だってわかった上で婚約申し込んできたの?」
「そりゃあそうだろ。父さんが写真持ってるし。キース公爵も俺の写真持ってるだろ。」
「ええ、持ってるわ。持ってますとも。」
当たり前だろ、という顔で答えるキースに内心混乱する。
「待って、なら貴方は私が選定の儀で煽った本人だとわかった上で婚約申し込んできたわけ?」
「そうなるな。」
「普通選ばないわよね??何故?」
「…さあな。親が決めたことだから俺は知らない。聞くな。」
訳がわからず食い気味に聞くとクラウスはそう言ってそっぽを向いてしまった。
もう少し慎重に行った方が良かったか…どうやらこれ以上話を掘り下げるのは難しそうだ。
しばらく無言の時間が続き、紅茶も無くなったところで耐えかねたクラウスが口を開いた。
「にしても、遅いな。父さん達。」
「そうね…。久しぶりらしいし話が盛り上がっているのかしら。」
「ここにずっといるのも暇だしな。庭でも見て回るか。」
「えっ、ちょっ、」
「ほら、行くぞ。」
移動したら親達が混乱するんじゃ…と思い止めようとしたものの有無を言わさずクラウスが手を差し出してくる。
(こういう俺様なのにちゃんとリードするとこ、このギャップに惚れる女がいる訳ね…。)
ゲームキャラ人気投票1位だったのを思い出し、実際にこんな対応されたらこりゃあ皆堕ちるわ…としみじみ思いながらクラウスの手を取った。
案内されるがまま着いていくと、目の前に色とりどりの花達で綺麗に彩られた庭園が現れた。
我が家にも庭はあるもののここまで沢山の花が綺麗に咲いている訳ではなく、ここまで違いがあるものかと驚いた。
「随分と綺麗なお庭なのね。うちにも庭はあるけれどここまで華やかでは無いわ。」
「母さんが花が好きだったからな。庭には特に力を入れてるんじゃないか?」
「なるほど…うちは花っていうより水…?噴水とか水路みたいなのが多いわね。お父様が氷の魔法使うからかしら?」
「へえ、水路がある庭って珍しいな。」
「今度見に来ればいいじゃない。弟も紹介したいし、ちょうどいいわ。」
そう言うとクラウスが少し驚いた顔でこちらを見てくる。
「…?何、私そんなに変なこと言った?」
「…いや、お前は婚約にそんなに乗り気じゃないと思ってたから。普通に家誘うんだな。」
「嫌だったら最初から断ってるわよ。別にお金に困ってる訳じゃないんだし。」
「…そっか。」
そう言うとクラウスは少し安心したように口角を緩ませた。
(なんだ、クラウスも内心不安だったのか。表情あまり変わらないしさらに不安にさせちゃったかしら。)
「ああ、表情変わらないから乗り気じゃないと思った?これ、遺伝だから気にしないで。絶賛改善中よ。」
「キース公爵もあまり表情が変わらないとは思ったけど、それ遺伝なのか…。」
フォローしようと思ったら逆に哀れみの表情で見られてしまった。くそう、私の思いやりを返せ。
そんなことを考えながら庭を散策していると、一角に他の花とは違い広めのスペースを1種類の花で埋めつくしている場所があった。
「あら、これは…アイリスね。」
「よく知ってるな。花詳しいのか?」
「いや、そういう訳では無いんだけど…」
(…いやお前がゲームの中で主人公に告白する場所が絶対アイリスの群生地なんだよ!!!)
ちなみにアイリスの花言葉は「恋のメッセージ」、とくにクラウスが好んで主人公に贈った白いアイリスの花言葉は「貴方を大切にします」。
普段俺様なクラウスが贈る花の花言葉が「貴方を大切にします」というこのギャップに堕ちたファンが何万人いた事か。
ゲームで貴方に毎回プレゼントされたからです~なんてことは言えるはずもなく。
ごにょごにょと誤魔化していると、急にクラウスが俯いて静かになった。
「その、悪かった。」
「はい?何が?」
「選定の儀の時。…別にお前だけじゃ無かったのに、八つ当たりしただろ。あの時はお前がヴィルデンブルフの公爵令嬢だとは知らなかったし…というより、そうでなくても人として、公爵家の人間として良くない発言だった。」
「ああ、…別に気にして無いわ。私もカッとなって言い返したし。」
「ははっ、まあ確かにな。ハイドリヒ家の人間に真っ向から言い返すなんてどんな奴だ、って注目の的になってたぞお前。」
「ちょっと!誰が原因だと思って…」
「なんだ部屋に居ないと思ったらこんな所にいたのか。」
そこに話を終えた父達がやってきた。彼等の様子を見るに、探し回ったという訳でも無さそうなので私達が移動したことを使用人が伝えてくれたらしい。
さすが公爵家の使用人、仕事が出来る。
「父上達が遅いのが悪いのでは。」
「それは悪かったと思ってるよ。まあ、随分と仲が良くなったみたいだし。結果オーライじゃないか。」
「別にそうでも無い」
「気の所為では?」
「その割には息ピッタリじゃないか!」
思わぬ所で息が揃ってしまいエドワードに爆笑される。しかしその後エドワードはすっと真剣な表情になるとクラウスに問いかけた。
「ところで…クラウス?クレア嬢に暴言を吐いたとかなんとかちらっと聞こえたが気のせいかな?」
「あ、やべっ。」
エドワードに問い詰められるとクラウスはビクッと肩を震わせそそくさとその場から逃げ出す。
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「全くあの子は…。すまないね、後で叱っておくよ。」
「あ、いえ。お気遣い無く。お恥ずかしながらわたくしも言い返してしまったので…」
「おや、キースの血を着実に受け継いでるね。」
「そこは似なくても良かったんだが…。」
キースは眉間を指で摘みながらわざとらしく残念!という表情を見せた。
というかこの性格もお父様譲りなんですね。クレア父親に似すぎかな!?
「暴言を吐かれたのは選定の儀かな?」
「…はい。」
「そうか…。色んな人に囲まれてイライラしてカッとなって八つ当たりってとこかな。」
「その通りですわ。」
「やっぱりな、事前に言ってあったんだが時期も時期だったしな。無理もないか。…実は、選定の儀の少し前、私の妻が亡くなってね。元々体があまり強くなくて、クラウスの誕生日まではなんとか一緒にお祝いできたんだが。…選定の儀まではさすがに持たなかった。」
それを聞いてはっとする。クラウスは先程「母は花が好きだった」と言っていた。
ゲームの本編では確かにクラウスの母親が亡くなっているというのは明らかになっていたが、明確な時期などは明かされていなかったので把握していなかったのだ。
エドワードは花壇を見つめながら悲しそうな表情で続けた。
「この花、アイリスはね、僕が妻にプロポーズの時に贈った花で、妻が特に気に入っていた花だった。ここでその話をしたってことは、母親が亡くなってモヤモヤしていた時に八つ当たりしたことを後悔していたからだと思うんだ。」
「そうなのですね…。」
「だからといってクレア嬢に八つ当たりしたことを許してくれとは言わないけれど、そういう理由があったことは知っておいてくれると嬉しいな。クラウスにとって母親の死は、多分まだ完全に乗り越えられては居ないはずだから。」
「はい。」
素直にそう答えると、エドワードは「ありがとう。」と優しく笑った。
「さて、本当は4人で顔合わせしたかったんだが…キースこの後公務だろ?」
「そうだな、そろそろ帰らないとまずい。」
「それじゃあお見送りしなきゃだな。…クラウスを呼んできてくれ。」
使用人に呼ばれ連れ戻されたクラウスと、エドワード、ハイドリヒ家の使用人達が出迎えと同じく玄関に揃う。
「本日はお招き頂きありがとうございました。頂いた紅茶とても美味しかったですわ。今度は我が家にも遊びに来てくださいね。負けないくらい美味しい紅茶とお茶菓子をご用意してお待ちしておりますわ。」
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