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Ⅲ.春の足音
91 旅9 気脈
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「サラマンダーの通り道?」
オウム返しに呟いたショーンの意外そうな顔に、僕はふふっと笑みを返した。
「車でそんな話をしていただろ? 寝ぼけていたから余り聞いていなかったけれど。錬金術の書籍では、鉛のような金属が金に窯変される時、サラマンダーは現れるって言われているけれど、あれは暗号なんだ。彼はフラスコの中で生まれる訳じゃない。地中のマントルで育まれた卵がマグマによって運ばれるんだ」
僕たちは話ながら眼前に聳え立つ二つの壁の間を通り抜け、真っ直ぐに進んだ。
疾風が通り抜け、髪の毛が巻き上がる。
「彼らが地上に出る為の穴がここに開いている。地球のマントルは対流して動いているだろう? 表層にそのエネルギーが噴き出て強力な磁場を作る場所があるんだよ。ここのように。そのエネルギーに押し出され、生まれたばかりのサラマンダーは地上に現れるんだ」
「出典は?」
「さぁ? 友だちが教えてくれたことだから。思い出していたんだ。彼が、そんなこと言っていたなぁ、って。知っているかな、ショーン? この広い敷地の修道院は、魔法陣の上に建立されているんだって。建造物の配置には、聖書の時代から建築家たちに秘密裡に受け継がれて来た数秘術を用いていて、それは特定の数字を繰り返すことで結界を作り出していてね、」
いつもと違う、饒舌に喋る僕にショーンが呆気に取られている。はっとして、口を閉じた。
「思い出していたんだ……。ここ、風の通りがすごくいいんだもの。太陽からの恵みのエネルギーと地中からのそれを風が結び付ける。絡み合うんだね」
風が、そんな僕の奥底に沈殿していたバラバラに千切れた細かな記憶を巻き上げ、キラキラと撒き散らしていた。あの頃の僕にはちんぷんかんぷんで、ほとんど理解できなかった、そんな記憶を。
ショーンは目を丸めて僕を見ている。僕はどうも、少し可笑しいらしい。湧き上がる高揚感に酔っ払っているみたいだ。
「ごめん。まだちょっと寝ぼけているのかな。ハムステッド・ヒースも広いけれど、ここもなんだか開放感があって、ほら、気持ちがいい場所だからかな」
戸惑った、無理に作った笑顔に、ショーンは至極真面目な顔をして応えてくれた。
「そうだな。確かに。トーの丘へ行けば余計にそう感じると思うよ。なんたってこの街は『妖精の住む魔法の国』だからな」
妖精の住む国……。
イギリスに来てつくづく思う。ヨーロッパ随一のリアリストで大人な国、確かにそう実感するのに、ここは、世界に名だたるファンタジーで有名な国でもあるのだ。一見矛盾しているように見えて、ショーンを見ていると、それは彼の中で諍い合うことなく溶け合っている。
彼は現実の生活や信仰に溶け込んできた魔法や奇跡を、それにまつわる伝説や民間伝承の中に探し出し、現実的な視点から検証する。
神話や童話に隠された本当の意味を探す。隠された暗号を探す僕とは逆だ。彼は、魔法を信じている訳ではない。彼はあくまでも学術探究者だ。コリーヌのようなタイプを相手にする時には、そういうドライな面は極力出さないようにしているけれど。
そんなショーンの眼に、この景色はどんなふうに映っているのだろう?
僕は今、彼と同じ世界を見ているのだろうか?
彼には、この虹色の風の色が見えている? 風の声が聴こえている?
アルビーは……。
透き通るこの光にも似た彼は、僕に触れている時、本当に僕を感じてくれているのだろうか? 僕たちは、本当にお互いを見ているのだろうか? 僕は……。
ふわりと地面がおぼつかなくて。空を仰いだ。ショーンのように。
「おい!」
掴まれた肩に驚いて、そのまま後ろに倒れそうになる。支えてくれたショーンに、もたれかかっていた。
「きみは、僕の友だちに少し似ているかもしれない。博識で、きみのように何でも知っていて、好奇心旺盛で。面倒見が良くて、良く喋って……。探しているんだ。ずっと、探していたんだ」
アルビーといると忘れてしまう。彼がいない、ということを。僕は取り戻さなければならない。孤独を。淋しさを。彼を探しているはずの、僕自身を。
「きみ……、」
ふわふわと柔らかな芝生の上を滑るように歩き出していた。
「ショーン、ほら、アーサー王の墓跡だ。本当に何もないんだね。でも、」
小さな立て札が立つその下に、長方形の枠が組まれただけの墓跡。内も、外も、緑の芝が茂っている。
その中央に、一輪の白薔薇が手向けられていた。
オウム返しに呟いたショーンの意外そうな顔に、僕はふふっと笑みを返した。
「車でそんな話をしていただろ? 寝ぼけていたから余り聞いていなかったけれど。錬金術の書籍では、鉛のような金属が金に窯変される時、サラマンダーは現れるって言われているけれど、あれは暗号なんだ。彼はフラスコの中で生まれる訳じゃない。地中のマントルで育まれた卵がマグマによって運ばれるんだ」
僕たちは話ながら眼前に聳え立つ二つの壁の間を通り抜け、真っ直ぐに進んだ。
疾風が通り抜け、髪の毛が巻き上がる。
「彼らが地上に出る為の穴がここに開いている。地球のマントルは対流して動いているだろう? 表層にそのエネルギーが噴き出て強力な磁場を作る場所があるんだよ。ここのように。そのエネルギーに押し出され、生まれたばかりのサラマンダーは地上に現れるんだ」
「出典は?」
「さぁ? 友だちが教えてくれたことだから。思い出していたんだ。彼が、そんなこと言っていたなぁ、って。知っているかな、ショーン? この広い敷地の修道院は、魔法陣の上に建立されているんだって。建造物の配置には、聖書の時代から建築家たちに秘密裡に受け継がれて来た数秘術を用いていて、それは特定の数字を繰り返すことで結界を作り出していてね、」
いつもと違う、饒舌に喋る僕にショーンが呆気に取られている。はっとして、口を閉じた。
「思い出していたんだ……。ここ、風の通りがすごくいいんだもの。太陽からの恵みのエネルギーと地中からのそれを風が結び付ける。絡み合うんだね」
風が、そんな僕の奥底に沈殿していたバラバラに千切れた細かな記憶を巻き上げ、キラキラと撒き散らしていた。あの頃の僕にはちんぷんかんぷんで、ほとんど理解できなかった、そんな記憶を。
ショーンは目を丸めて僕を見ている。僕はどうも、少し可笑しいらしい。湧き上がる高揚感に酔っ払っているみたいだ。
「ごめん。まだちょっと寝ぼけているのかな。ハムステッド・ヒースも広いけれど、ここもなんだか開放感があって、ほら、気持ちがいい場所だからかな」
戸惑った、無理に作った笑顔に、ショーンは至極真面目な顔をして応えてくれた。
「そうだな。確かに。トーの丘へ行けば余計にそう感じると思うよ。なんたってこの街は『妖精の住む魔法の国』だからな」
妖精の住む国……。
イギリスに来てつくづく思う。ヨーロッパ随一のリアリストで大人な国、確かにそう実感するのに、ここは、世界に名だたるファンタジーで有名な国でもあるのだ。一見矛盾しているように見えて、ショーンを見ていると、それは彼の中で諍い合うことなく溶け合っている。
彼は現実の生活や信仰に溶け込んできた魔法や奇跡を、それにまつわる伝説や民間伝承の中に探し出し、現実的な視点から検証する。
神話や童話に隠された本当の意味を探す。隠された暗号を探す僕とは逆だ。彼は、魔法を信じている訳ではない。彼はあくまでも学術探究者だ。コリーヌのようなタイプを相手にする時には、そういうドライな面は極力出さないようにしているけれど。
そんなショーンの眼に、この景色はどんなふうに映っているのだろう?
僕は今、彼と同じ世界を見ているのだろうか?
彼には、この虹色の風の色が見えている? 風の声が聴こえている?
アルビーは……。
透き通るこの光にも似た彼は、僕に触れている時、本当に僕を感じてくれているのだろうか? 僕たちは、本当にお互いを見ているのだろうか? 僕は……。
ふわりと地面がおぼつかなくて。空を仰いだ。ショーンのように。
「おい!」
掴まれた肩に驚いて、そのまま後ろに倒れそうになる。支えてくれたショーンに、もたれかかっていた。
「きみは、僕の友だちに少し似ているかもしれない。博識で、きみのように何でも知っていて、好奇心旺盛で。面倒見が良くて、良く喋って……。探しているんだ。ずっと、探していたんだ」
アルビーといると忘れてしまう。彼がいない、ということを。僕は取り戻さなければならない。孤独を。淋しさを。彼を探しているはずの、僕自身を。
「きみ……、」
ふわふわと柔らかな芝生の上を滑るように歩き出していた。
「ショーン、ほら、アーサー王の墓跡だ。本当に何もないんだね。でも、」
小さな立て札が立つその下に、長方形の枠が組まれただけの墓跡。内も、外も、緑の芝が茂っている。
その中央に、一輪の白薔薇が手向けられていた。
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