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Ⅲ.春の足音
92 旅10 不調
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地方の田舎町は物価が安いように思う。ロンドンでちょっとしたサンドイッチとコーヒーをテイクアウェイするくらいの値段でランチが食べられるようなので、僕たちはトーの丘へ登る前に、通りかかったパブでまずは食事を取ることにした。
「大丈夫かい? 顔色が随分悪いぞ」
ショーンが、トイレから戻って来た僕を見て眉をしかめた。
「ああ、うん。もうすっきりした」
ついさっきまで、僕は盛大に吐いていたのだ。いきなりの腹痛でトイレに駆け込み、上からも下からも吐き出していた。これから食事って時に言えるようなことではないけれど。
「まぁ、あなたって感じやすい体質なのね! 食べられるの?」
コリーヌが意外そうに僕を見て、テーブルの隅に置いてあったメニューを渡してくれた。僕だけ注文がまだなのか。
きっと、好転反応ね、とコリーヌは返事をしない僕にお構いなしで喋り続けている。こういったパワースポットと呼ばれる場所に来ると、よく起こる反応なのだと言う。体内の悪いものが外に出て浄化されるらしい。でも僕は、単純に朝食を食べ過ぎたのだと思う。その後すぐ移動で、車酔いしたのだ。
人参とコリアンダーのスープを頼んだ。
「それだけでいいのか?」
「うん。えっと、じゃあ、」
ショーンが心配そうに僕を睨むので、ガーリックトーストも追加する。パブやカフェのランチって、ボリュームがあり過ぎるんだ。他のテーブルに運ばれる皿を横目に見ていると、僕にはこれくらいがちょうどいいと思う。
運ばれて来た料理を見て、この判断は正解だったな、と安堵した。ショーンの具入りオムレツは卵を幾つ使っているんだろうって大きさだし、ミシェルのローストビーフも、コリーヌのポットパイも、付け合わせに、ローストされたじゃがいもがまるまる一個分、輪切りの人参半本分、それにブロッコリーと、皿から溢れ出さんばかりだもの。
見ているだけで辛い。まだ胃がむかむかするので、テーブルから目を逸らして天井を見上げた。面白いんだ、ここの天井。いろんな古いブリキの看板が飾られていて。ウイスキーや、ビールの絵が描かれている広告看板もある。ポップなロゴが、ペンキが剥げ落ちて錆の浮いた傷をものともせず主張しあっている。コレクションなのかな?
こげ茶の板壁に木製テーブル、小さなペンダントライトのオレンジ色の光。一歩内側に入ると薄暗くて、窓から覗く通りが白く輝いて見える。よくあるタイプのパブだけど、その変哲のなさが、気分を落ち着かせてくれる。
「あなた、コウ?」
コリーヌに呼び掛けられて視線を戻した。いつの間にか僕のスープもテーブルに置かれている。僕はまだどこかぼんやりしていたのか。
「あなたがいない間、あなたの話をしていたのよ。修道院の魔法陣の話」
スプーンを手に取り食べ始めながら、頷いた。
「そんな説、初めて聞いたわ。出典は何?」
「出典っていうか……。ブライ・ボンド」
「この修道院を発掘した心霊考古学者ね! 確かに彼はカバラのゲマトリアに傾倒していた。だけど、彼の著作には、あなたの言ったような事は書かれていないわ!」
「だからそれは、解釈だよ。僕の友人の個人的な……」
面倒くさい。ショーン、なんだって彼女に話したんだ。僕は目線を落とし、ガーリックトーストを齧る。美味しいけれど、これは失敗だったかもしれない。息が臭くなりそうだ。こんな議論を吹っ掛けられるなんて思っていなかったから……。
「強力に敷かれた魔法陣は大地から湧き上がるエネルギーを封じ込める。教会はその力を独占し、全てを自分たちのためだけに使ったんだ。ヘンリー八世は、それを解放した。というよりも、その力をグレートブリテンのカトリック教会からぶん捕ったんだ、教会が貯め込んでいた財産と一緒にね。そのための、修道院解体だよ。英国王室の栄華の始まりだ」
どうして今日の僕はこんなに喋ってしまうのだろう?
自分でも訳が解らない。今まで蓋をしてあった井戸からこぽこぽと湧き上がり溢れ出す。記憶の泡が浮かび上がっては零れだす。自分の滑らかに動く舌が信じられない。
でも、ニューエイジャーの彼女が、ブライ・ボンドを知っていたのは驚きだ。瞑想して宇宙と交信するとか、そんなタイプかと思っていたのに。オカルト趣味まであるらしい。
黙々と食べる僕を通り越して、いつの間にか会話はショーンと彼女の論争に移り変わっている。
争点を投げるだけ投げて、未だ蒼い顔をしてスープを啜っている僕をショーンが庇ってくれているのだろうか? そんな訳がない。彼は議論するのが好きなのだ。
イギリス人だもの。
「大丈夫かい? 顔色が随分悪いぞ」
ショーンが、トイレから戻って来た僕を見て眉をしかめた。
「ああ、うん。もうすっきりした」
ついさっきまで、僕は盛大に吐いていたのだ。いきなりの腹痛でトイレに駆け込み、上からも下からも吐き出していた。これから食事って時に言えるようなことではないけれど。
「まぁ、あなたって感じやすい体質なのね! 食べられるの?」
コリーヌが意外そうに僕を見て、テーブルの隅に置いてあったメニューを渡してくれた。僕だけ注文がまだなのか。
きっと、好転反応ね、とコリーヌは返事をしない僕にお構いなしで喋り続けている。こういったパワースポットと呼ばれる場所に来ると、よく起こる反応なのだと言う。体内の悪いものが外に出て浄化されるらしい。でも僕は、単純に朝食を食べ過ぎたのだと思う。その後すぐ移動で、車酔いしたのだ。
人参とコリアンダーのスープを頼んだ。
「それだけでいいのか?」
「うん。えっと、じゃあ、」
ショーンが心配そうに僕を睨むので、ガーリックトーストも追加する。パブやカフェのランチって、ボリュームがあり過ぎるんだ。他のテーブルに運ばれる皿を横目に見ていると、僕にはこれくらいがちょうどいいと思う。
運ばれて来た料理を見て、この判断は正解だったな、と安堵した。ショーンの具入りオムレツは卵を幾つ使っているんだろうって大きさだし、ミシェルのローストビーフも、コリーヌのポットパイも、付け合わせに、ローストされたじゃがいもがまるまる一個分、輪切りの人参半本分、それにブロッコリーと、皿から溢れ出さんばかりだもの。
見ているだけで辛い。まだ胃がむかむかするので、テーブルから目を逸らして天井を見上げた。面白いんだ、ここの天井。いろんな古いブリキの看板が飾られていて。ウイスキーや、ビールの絵が描かれている広告看板もある。ポップなロゴが、ペンキが剥げ落ちて錆の浮いた傷をものともせず主張しあっている。コレクションなのかな?
こげ茶の板壁に木製テーブル、小さなペンダントライトのオレンジ色の光。一歩内側に入ると薄暗くて、窓から覗く通りが白く輝いて見える。よくあるタイプのパブだけど、その変哲のなさが、気分を落ち着かせてくれる。
「あなた、コウ?」
コリーヌに呼び掛けられて視線を戻した。いつの間にか僕のスープもテーブルに置かれている。僕はまだどこかぼんやりしていたのか。
「あなたがいない間、あなたの話をしていたのよ。修道院の魔法陣の話」
スプーンを手に取り食べ始めながら、頷いた。
「そんな説、初めて聞いたわ。出典は何?」
「出典っていうか……。ブライ・ボンド」
「この修道院を発掘した心霊考古学者ね! 確かに彼はカバラのゲマトリアに傾倒していた。だけど、彼の著作には、あなたの言ったような事は書かれていないわ!」
「だからそれは、解釈だよ。僕の友人の個人的な……」
面倒くさい。ショーン、なんだって彼女に話したんだ。僕は目線を落とし、ガーリックトーストを齧る。美味しいけれど、これは失敗だったかもしれない。息が臭くなりそうだ。こんな議論を吹っ掛けられるなんて思っていなかったから……。
「強力に敷かれた魔法陣は大地から湧き上がるエネルギーを封じ込める。教会はその力を独占し、全てを自分たちのためだけに使ったんだ。ヘンリー八世は、それを解放した。というよりも、その力をグレートブリテンのカトリック教会からぶん捕ったんだ、教会が貯め込んでいた財産と一緒にね。そのための、修道院解体だよ。英国王室の栄華の始まりだ」
どうして今日の僕はこんなに喋ってしまうのだろう?
自分でも訳が解らない。今まで蓋をしてあった井戸からこぽこぽと湧き上がり溢れ出す。記憶の泡が浮かび上がっては零れだす。自分の滑らかに動く舌が信じられない。
でも、ニューエイジャーの彼女が、ブライ・ボンドを知っていたのは驚きだ。瞑想して宇宙と交信するとか、そんなタイプかと思っていたのに。オカルト趣味まであるらしい。
黙々と食べる僕を通り越して、いつの間にか会話はショーンと彼女の論争に移り変わっている。
争点を投げるだけ投げて、未だ蒼い顔をしてスープを啜っている僕をショーンが庇ってくれているのだろうか? そんな訳がない。彼は議論するのが好きなのだ。
イギリス人だもの。
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