霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅲ.春の足音

114 旅32 始まりの島3

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「何の話?」
 僕は素知らぬ振りをして尋ね返した。
「あら、覚えていないのかしら? 昨日の話の続きよ。あなたのお友達のサラマンダーのお話」
「ごめん、全く覚えてないよ。僕は、何を言ったのかな?」

 徹頭徹尾知らぬ存ぜぬを押し通す僕に、コリーヌは苛立ちを隠せない様子で、薄い空色の瞳で僕を睨めつけながら、僕が話したという内容を掻い摘んで繰り返してくれた。

「まさかそんな話、信じたの! 酔っ払いの戯言、そのままじゃないか! 僕自身が聴きたかったよ、そんな面白い話ならさ!」
 余りにも失礼だな、と頭の片隅では思いつつ、僕はくすくすと笑い出す自分を抑えることができなかった。
 コリーヌの目尻が怒りで赤く染まり、釣り上がる。
 ほら、やっぱり怒らせてしまった。でも、この場合は仕方がない。

「そんな突飛な儀式の魔導書なんて、見たこともないよ。それを僕が喋ったのだとすると、小説とか、映画の印象でごっちゃになっていたんじゃないかな。あ、あれのせいかもしれない。映画の……。ほら、知らないかな? 大鍋の中で受肉していく闇の魔法使い」
 コリーヌは渋い顔をしたまま、返事をしない。

「……信じられない!」
 やがて吐き捨てるように口にされたその一言に、僕もすかさず相槌を打った。
「全くもって。まさに潜在意識の不可解さだね!」

 どの辺りから僕たちの話を聴いていたのか、切迫した面持ちで会話を窺っていたショーンが、僕の肩に腕を廻した。

「コリーヌ、もう写真はいいのかな? そろそろ行こうか。もう道も繋がっているだろ?」
 顎をしゃくって歩き出す。コリーヌは苛立たし気に鼻を鳴らしたけれど、僕たちと距離を取って後に続いたようだ。

 背後で早口のフランス語が聴こえる。きっと僕への罵詈雑言ばりぞうごんに満ち満ちているんだろうけど、彼女の鼻にかかった甘ったるいフランス語は、とげとげしくは聞こえない。だから僕は別に平気だ。つき合わされるミシェルは……、ご愁傷様。


「きみには解らないと思って……。聞くに堪えないよ」
 ショーンまでが腹立たし気に、吐き捨てるように言う。
「きみ、フランス語できるんだ?」
「いつもC評価だったけどな」

 どれ位のレベルか、まぁ解った。ここは彼を慰めるべきか、彼女の放つ怒りの礫への言い訳をするべきかと、つい考え込んでしまう。



「ほら、見ろよ。道が出てきてるぞ」

 城の入り口から見下ろした麓の家々をぐるりと囲む島べりの海は、来た時とは打って変わっていた。海の中から現れた蛇行する白い道が、向かいの海岸線にまで浮かび上がるように伸びている。

 いや、浮かび上がる、というのは正しくない。干潮になって、水位の下がった波の下から元々そこに在ったものが現れただけなのだから。

 繋がっている。
 本土と目と鼻の先にありながら孤立していたこの島が、一本の道で繋がれた。こんなこと不思議でもなんでもない。自然の摂理に則った当たり前の現象だ。

 それなのに、涙が溢れていた。

 船に乗って辿り着いたこの楽園アヴァロンから、本来生きる場所へと伸びる、鮮やかなまでに白く輝く光の道レイライン。この道を、自分の足で歩いて還ることの意味を噛み締める。


 コリーヌとミシェルに、お礼を言わなければ。ここに連れて来てくれたんだもの。さっきはあんな、すげない態度を取ってしまったけれど……。



 泣き濡れた眼で顔を上げると、ショーンが困り切った様子で俯いている。

「ショーン、ありがとう。この旅行に誘ってくれて。もう言葉にできないほど感動してしまって。本当に素晴らしい風景だよね。この一本の道が、海を二つに割り人々を導いたモーゼの道のようにさえ、思えてね」

「へ?」と、ショーンは鳩がいきなり豆鉄砲を喰らったような顔をしている。僕の方こそ「ん?」と首を傾げた。

「俺はまたてっきり……」
 目線で、移り変わる眼下の風景に盛んにシャッターを切るミシェルと、歓声を上げているコリーヌを指した。

「ああ、別にそんなこと……。あれは僕が悪かったんだよ。女の子に酔っ払いの相手をさせるなんて、最低だよね!」

 納得している様子のない彼に、僕はひょいと首をすくめて、照れ隠しにふふっと笑った。







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