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Ⅲ.春の足音
116 旅34 石環
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駐車場に車を置き、緩やかな丘陵に続く小径を、背の低い灌木を分け入るようにして延々と辿って行った。
突然視界が開ける。
死と再生を意味する青緑の巨石は、地平線をぐるり見渡す広場の中央に、吹きすさぶ風に晒され静謐に佇んでいた。
新緑の荒野がざわざわと騒いで、僕たちの訪れを祝福してくれている。
二本の石柱と、その間の、その場に膝をつく多くの人々に蹴散らかされてきたためか、そこだけ露出している土の上に僅かに埋まる石の環。僕はそっとそれに歩み寄り、その中央をくぐり抜ける。まず頭から。肩を抜き腕を伸ばして。脚を引き入れ、完全に向こう側に抜けた時、僕は透き通り、空気に溶けた。風に煽られ上昇気流に乗って、上空からこの荒野を鳥瞰する。そしてまた戻るのだ。あの環をくぐり抜けて。
ここもまた、あの世とこの世を繋ぐ入り口。
メン・アン・トール遺跡に辿り着き、腰の高さしかない想像以上に小さな石の環に手を置いた一瞬に、そんな夢想に落ちていた。
なんだかふわふわした気分で、僕に話し掛けてくる数多の声がよく聞き取れない。声は強風に流され、掻き消されていく。
腕を掴まれ、やっと傍らのショーンの声に注意が向いた。
「……で、どう思う?」
「うん。ここもプレセリ・ブルー・ストーンが使われているもの。ストーンヘンジと同じ。祭祀場であり墓石でもあったのだと思うよ。それに……」
言いかけて戸惑い、にかっと歯をみせて笑って誤魔化した。
「それになんだ? 思わせぶりはよせよ!」
ショーンは唇を尖らせて眉をしかめる。僕は苦笑いして、「笑うなよ、」と前置きを入れ、空を指差す。
「ほら、あまりにも騒がしいからさ」
眼を見開いて、ぶるりとショーンは身震いする。唇をへの字に歪め、恐々と天を仰ぐ。僕は声を立てて笑って、彼の腕をバンッと叩いた。
「冗談だよ! その顔! 写真に撮ってバズに送ってやりたかったな!」
「コウ!」
「ほら、きみは石環くぐりをしないの? 言い伝えでは病気が治るんだろ? きみの女癖の悪さも、もしかしたら治るかも……」
「片頭痛が治るんならくぐっとくか、って思ってたけど、俺の生き甲斐を奪われる危険性があるとなると躊躇するな」
眉間に皺を寄せ、人差し指で顎を擦りながら、ショーンはさも悩んでいるフリをする。僕はまた、ぷっと噴き出して笑ってしまった。自分がこんな軽口を叩ける人間だなんて思ってもみなかった。そして彼は、僕の嫌味とも取れ兼ねない冗談に怒ることもなく、サラリと切り返してくれている。
「ま、あれは病気じゃないしな!」
なんて笑いながら、石の環をくぐり抜けようとしたけれど、彼の体躯では穴を通り抜けるのは無理なようだ。
「残念、やっぱりこの穴は炭鉱小人用サイズだな」
なんて言って笑っている。
なんだかまたふわふわしてきて、ふと心に浮かんできたたことを、石環に手を置いたまま独り言のように問いかけた。
「地の精霊の宝って、何なんだろう?」
「地の精霊って、この地中の炭鉱小人のことかい? それとも、四大精霊の地の精霊?」
ショーンは諦めきれずせめて足だけでもと思ったのか、両膝から先を石の環に通し向こう側に突っ込んで、両脇に手をついてその場に腰を落としたまま、僕を見上げていた。
「グノーム」
「じゃあ、やっぱり金じゃないのかな? 地中に金を育み守るのが地の精霊の特性だろ? 炭鉱小人になると違うと思うけどな」
ショーンは真面目な顔で答えてくれた。
「炭鉱小人ならって? 彼らこそ地中の宝の守り手じゃないの?」
「それ以上の宝があるだろ!」
にやにやする彼の顔をまじまじと見つめ返し、小首を傾げる。
「降参かい?」
僕は渋々頷いた。どうにも思いつかない。このコーンウォールの地なら、錫とか、銅とか……。そんなものが金に勝るとも思えないし。
「白雪姫さ!」
ショーンは、クックッと笑い出しながら教えてくれた。
「美女に勝るものなしだよ!」
雷に打たれたような衝撃だった。
僕はずっと、地の精霊の宝物は、金や宝石、あるいは手先が器用で物作りが得意な彼らの特性を生かした、細工物だとばかり考えていたんだ。
ショーンはこの回答が自分でも気に入ったみたいで、ハイホー、ハイホーと環の中に通したままの脚をバタバタさせて歌い出し、ご満悦だ。
「地の精霊の宝が何なの?」
ミシェルの写真撮影に付き合っていたコリーヌが、いつの間にか傍らに立っていて、口を挟んできた。
「綺麗な海、澄んだ空気、鉱山に、火山。この地は正しく四大精霊を具象化した土地だと思ってさ」
僕はコリーヌに応えながら、ショーンに視線を戻し、立つようにと手をさし出した。僕たちは彼らの撮影の邪魔になっていたことに気づいたのだ。でもショーンは悪戯っ子のように瞳を輝かせて僕を見返すだけだ。
「あなた、そこどいてよ! 私もくぐるんだから!」
口調とは裏腹に、子どもみたいに古代遺跡で遊んでいるショーンを、コリーヌは、まるで母親のような優しい笑顔で見つめていた。
突然視界が開ける。
死と再生を意味する青緑の巨石は、地平線をぐるり見渡す広場の中央に、吹きすさぶ風に晒され静謐に佇んでいた。
新緑の荒野がざわざわと騒いで、僕たちの訪れを祝福してくれている。
二本の石柱と、その間の、その場に膝をつく多くの人々に蹴散らかされてきたためか、そこだけ露出している土の上に僅かに埋まる石の環。僕はそっとそれに歩み寄り、その中央をくぐり抜ける。まず頭から。肩を抜き腕を伸ばして。脚を引き入れ、完全に向こう側に抜けた時、僕は透き通り、空気に溶けた。風に煽られ上昇気流に乗って、上空からこの荒野を鳥瞰する。そしてまた戻るのだ。あの環をくぐり抜けて。
ここもまた、あの世とこの世を繋ぐ入り口。
メン・アン・トール遺跡に辿り着き、腰の高さしかない想像以上に小さな石の環に手を置いた一瞬に、そんな夢想に落ちていた。
なんだかふわふわした気分で、僕に話し掛けてくる数多の声がよく聞き取れない。声は強風に流され、掻き消されていく。
腕を掴まれ、やっと傍らのショーンの声に注意が向いた。
「……で、どう思う?」
「うん。ここもプレセリ・ブルー・ストーンが使われているもの。ストーンヘンジと同じ。祭祀場であり墓石でもあったのだと思うよ。それに……」
言いかけて戸惑い、にかっと歯をみせて笑って誤魔化した。
「それになんだ? 思わせぶりはよせよ!」
ショーンは唇を尖らせて眉をしかめる。僕は苦笑いして、「笑うなよ、」と前置きを入れ、空を指差す。
「ほら、あまりにも騒がしいからさ」
眼を見開いて、ぶるりとショーンは身震いする。唇をへの字に歪め、恐々と天を仰ぐ。僕は声を立てて笑って、彼の腕をバンッと叩いた。
「冗談だよ! その顔! 写真に撮ってバズに送ってやりたかったな!」
「コウ!」
「ほら、きみは石環くぐりをしないの? 言い伝えでは病気が治るんだろ? きみの女癖の悪さも、もしかしたら治るかも……」
「片頭痛が治るんならくぐっとくか、って思ってたけど、俺の生き甲斐を奪われる危険性があるとなると躊躇するな」
眉間に皺を寄せ、人差し指で顎を擦りながら、ショーンはさも悩んでいるフリをする。僕はまた、ぷっと噴き出して笑ってしまった。自分がこんな軽口を叩ける人間だなんて思ってもみなかった。そして彼は、僕の嫌味とも取れ兼ねない冗談に怒ることもなく、サラリと切り返してくれている。
「ま、あれは病気じゃないしな!」
なんて笑いながら、石の環をくぐり抜けようとしたけれど、彼の体躯では穴を通り抜けるのは無理なようだ。
「残念、やっぱりこの穴は炭鉱小人用サイズだな」
なんて言って笑っている。
なんだかまたふわふわしてきて、ふと心に浮かんできたたことを、石環に手を置いたまま独り言のように問いかけた。
「地の精霊の宝って、何なんだろう?」
「地の精霊って、この地中の炭鉱小人のことかい? それとも、四大精霊の地の精霊?」
ショーンは諦めきれずせめて足だけでもと思ったのか、両膝から先を石の環に通し向こう側に突っ込んで、両脇に手をついてその場に腰を落としたまま、僕を見上げていた。
「グノーム」
「じゃあ、やっぱり金じゃないのかな? 地中に金を育み守るのが地の精霊の特性だろ? 炭鉱小人になると違うと思うけどな」
ショーンは真面目な顔で答えてくれた。
「炭鉱小人ならって? 彼らこそ地中の宝の守り手じゃないの?」
「それ以上の宝があるだろ!」
にやにやする彼の顔をまじまじと見つめ返し、小首を傾げる。
「降参かい?」
僕は渋々頷いた。どうにも思いつかない。このコーンウォールの地なら、錫とか、銅とか……。そんなものが金に勝るとも思えないし。
「白雪姫さ!」
ショーンは、クックッと笑い出しながら教えてくれた。
「美女に勝るものなしだよ!」
雷に打たれたような衝撃だった。
僕はずっと、地の精霊の宝物は、金や宝石、あるいは手先が器用で物作りが得意な彼らの特性を生かした、細工物だとばかり考えていたんだ。
ショーンはこの回答が自分でも気に入ったみたいで、ハイホー、ハイホーと環の中に通したままの脚をバタバタさせて歌い出し、ご満悦だ。
「地の精霊の宝が何なの?」
ミシェルの写真撮影に付き合っていたコリーヌが、いつの間にか傍らに立っていて、口を挟んできた。
「綺麗な海、澄んだ空気、鉱山に、火山。この地は正しく四大精霊を具象化した土地だと思ってさ」
僕はコリーヌに応えながら、ショーンに視線を戻し、立つようにと手をさし出した。僕たちは彼らの撮影の邪魔になっていたことに気づいたのだ。でもショーンは悪戯っ子のように瞳を輝かせて僕を見返すだけだ。
「あなた、そこどいてよ! 私もくぐるんだから!」
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