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Ⅳ 初夏の木漏れ日
160 節操
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「最近のあんたって、節操なさすぎ」
朝っぱらからマリーに嫌味を言われた。
「ごめん。これからもっと気をつけるから」
「そうして頂戴。私はまだ試験終わってないんだから! お弁当だっているのよ」
「何時に出るの? 鮭のおにぎりを作っておくよ」
ここはやはり、平身低頭で謝るしかない。彼女の好物で機嫌を取るくらいのことはしておかないと。
マリーの部屋まで声が聞こえている、なんてことは、さすがにないだろうけど、恥ずかしいことこの上ない。彼女が友だちの家に泊まる週末だけのはずが、この頃はもう当たり前のようにアルビーの部屋に泊まっている。それどころか、ショーンに貸してもらった本を読む時とか、勉強する時でさえ、僕はアルビーの部屋にいる。だって居心地がいいんだもの。
当の本人は「別に構わないよ、好きに使って」と言ってくれるけれど。そりゃあ、マリーに「節操がない」と言われるのも仕方がない気がする。自分でも、本当、そう思うから。
僕はこんなにも自制心のない人間だったのだろうか?
毎日そんなことで頭を悩ませている。アルビーが僕を甘やかすせいもあると思う。僕だけのせいじゃない。これは僕たち二人で負うべき責任だ。なんて、頭では考えるのだけれど、口に出しては言えない。圧倒的に甘えているのは僕だから。
「でもまぁ、いいわ。五月だから」
「五月に何かあるの?」
釈然としないマリーの呟きに首を傾げた。
五月だからって? 博士論文が受理されたとか、そんな理由ではなくて、月? 意味が解らない。
「アルから何も聞いていないの?」
マリーは驚いたように眉根を寄せる。僕は、ん? と首を捻る。
「あ、もしかしてリサーチアシスタントで、彼、疲労気味だから?」
それなら納得だ。アルビーは、パブで食べる時もあるけれど、食事も満足に取ってないようすで疲れきって帰ってくることがほとんどだもの。
そんな時は、どんなに遅い時間でも夜食を作ったりしていた。どうせ僕も起きていたから。
でも、それは試験前からそうだったけどな。彼の方が却って気にして、逆に怒られた。気を回し過ぎだって。試験前は彼との時間を意識して減らしていたから、彼のために解りやすい何かをしてあげたかったのだ。僕はお節介が過ぎるのかもしれない。
それからはアルビーが負担に思わないように、軽食をテーブルに置いておくようにした。
確かにこの五月は、お互いに神経が張り詰めていたかもしれない。今のこの状況って、もしかしてその反動? マリーの方が僕らのことをよく解ってくれているみたいだ。
さらさらと流れていく僕の思考を遮るように、マリーは派手なため息を吐いた。
「アルの忙しさは、今に始まったことじゃないでしょ? あんた本当に聴いてないの?」
だから何を?
「アルはあんたを連れて行くって言ってたわよ」
「あ、えっと、ボランティアの旅行!」
あれからその話題に触れた時も、アルビーは仕事というよりも僕との小旅行だから気楽に考えておいて、と笑って言っていた。だから僕もそのつもりで楽しみにしている。
「まぁ、旅行には違いないわね」
ふん、とマリーはツヤツヤと光る唇の端を跳ね上げて鼻で笑った。僕は訳が解らず、彼女の顔を穴の開くほど見つめる。
皮肉気な色合いを湛えていた彼女の澄んだ青が、ゆっくりと沈み込むような陰を帯びて。
「アルの傍にいてあげて」
無理やり絞り出したような、震える囁き声でマリーはそう言うと、くいっと顎を突き出した。
「サーモンのおにぎりに、甘い卵焼きもつけてね」
言いたいことだけ言って、くるりと踵を返す。あっけに取られている間にもういない。
五月。小旅行。アルビーと二人で。
僕は、何か大切なことを見落としているのだろうか……。
朝っぱらからマリーに嫌味を言われた。
「ごめん。これからもっと気をつけるから」
「そうして頂戴。私はまだ試験終わってないんだから! お弁当だっているのよ」
「何時に出るの? 鮭のおにぎりを作っておくよ」
ここはやはり、平身低頭で謝るしかない。彼女の好物で機嫌を取るくらいのことはしておかないと。
マリーの部屋まで声が聞こえている、なんてことは、さすがにないだろうけど、恥ずかしいことこの上ない。彼女が友だちの家に泊まる週末だけのはずが、この頃はもう当たり前のようにアルビーの部屋に泊まっている。それどころか、ショーンに貸してもらった本を読む時とか、勉強する時でさえ、僕はアルビーの部屋にいる。だって居心地がいいんだもの。
当の本人は「別に構わないよ、好きに使って」と言ってくれるけれど。そりゃあ、マリーに「節操がない」と言われるのも仕方がない気がする。自分でも、本当、そう思うから。
僕はこんなにも自制心のない人間だったのだろうか?
毎日そんなことで頭を悩ませている。アルビーが僕を甘やかすせいもあると思う。僕だけのせいじゃない。これは僕たち二人で負うべき責任だ。なんて、頭では考えるのだけれど、口に出しては言えない。圧倒的に甘えているのは僕だから。
「でもまぁ、いいわ。五月だから」
「五月に何かあるの?」
釈然としないマリーの呟きに首を傾げた。
五月だからって? 博士論文が受理されたとか、そんな理由ではなくて、月? 意味が解らない。
「アルから何も聞いていないの?」
マリーは驚いたように眉根を寄せる。僕は、ん? と首を捻る。
「あ、もしかしてリサーチアシスタントで、彼、疲労気味だから?」
それなら納得だ。アルビーは、パブで食べる時もあるけれど、食事も満足に取ってないようすで疲れきって帰ってくることがほとんどだもの。
そんな時は、どんなに遅い時間でも夜食を作ったりしていた。どうせ僕も起きていたから。
でも、それは試験前からそうだったけどな。彼の方が却って気にして、逆に怒られた。気を回し過ぎだって。試験前は彼との時間を意識して減らしていたから、彼のために解りやすい何かをしてあげたかったのだ。僕はお節介が過ぎるのかもしれない。
それからはアルビーが負担に思わないように、軽食をテーブルに置いておくようにした。
確かにこの五月は、お互いに神経が張り詰めていたかもしれない。今のこの状況って、もしかしてその反動? マリーの方が僕らのことをよく解ってくれているみたいだ。
さらさらと流れていく僕の思考を遮るように、マリーは派手なため息を吐いた。
「アルの忙しさは、今に始まったことじゃないでしょ? あんた本当に聴いてないの?」
だから何を?
「アルはあんたを連れて行くって言ってたわよ」
「あ、えっと、ボランティアの旅行!」
あれからその話題に触れた時も、アルビーは仕事というよりも僕との小旅行だから気楽に考えておいて、と笑って言っていた。だから僕もそのつもりで楽しみにしている。
「まぁ、旅行には違いないわね」
ふん、とマリーはツヤツヤと光る唇の端を跳ね上げて鼻で笑った。僕は訳が解らず、彼女の顔を穴の開くほど見つめる。
皮肉気な色合いを湛えていた彼女の澄んだ青が、ゆっくりと沈み込むような陰を帯びて。
「アルの傍にいてあげて」
無理やり絞り出したような、震える囁き声でマリーはそう言うと、くいっと顎を突き出した。
「サーモンのおにぎりに、甘い卵焼きもつけてね」
言いたいことだけ言って、くるりと踵を返す。あっけに取られている間にもういない。
五月。小旅行。アルビーと二人で。
僕は、何か大切なことを見落としているのだろうか……。
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