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Ⅳ 初夏の木漏れ日
162 戯言
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「スティーブ……。彼も、人形のモデルになったっていう連中に逢っているのかな?」
僕は困惑したまま呟いていた。
本心を言ってしまえば、その彼らはアーノルドの想像の産物だと思っていたのだ。アビゲイルの病気を知って人形造りを止めていた彼が、自分と彼女に対する言い訳として、断れない依頼ということにしたのではないかと……。
アルビーは静かに頷いた。
「全員にじゃないけれどね。黒髪の年若いカップルがアーノルドの自宅に訪れていたところに、偶然出くわしたそうだよ」
「黒髪……、地の精霊と水の精霊? コリーヌに似た?」
思わず軽く添えていただけのアルビーの手を、力を籠めて強く握りしめていた。
「コウ、座って」
アルビーは立ち上がって、座っていた椅子を僕に譲ってくれた。そして自分はベッドの上に腰を下ろす。
「コリーヌ……、ああ、そう言われてみれば水の精霊の人形に似てなくもないね」
似てなくもない? 綺麗に整った長い眉の下の切れ長のくっきりとした二重、薄い青の瞳。細い顎につんとした鼻。蠱惑的な微笑を浮かべる口許にしろ、髪色以外、あんなにもそっくりじゃないか!
もしかして髪色のせい? コリーヌは金髪だったから。アルビーは余り彼女の外見を覚えていないのかもしれない。彼女に対しては、礼儀を欠かない程度の興味しか示さなくて、いかにも素っ気なく振舞っていたもの。ちらっと見ただけの彼の写真は、すぐに人形と同じ顔だって気づいたくせに……。もしかして、アルビーは女の子にとりたてて興味がないのだろうか。……遊ぶくせに。
脳裏を過った大晦日のナイトクラブでのアルビーから、僕は慌てて目を逸らして、チリチリと燻った火種を心の中で吹き消した。
アルビーは、目まぐるしくクルクルと回り続けている僕の思考を見守っているかのように、黙ったまま優しい微笑を湛えて僕を見つめている。
軌道修正しなきゃ。僕が彼に訊きたいのは、彼の性的指向についてではないのだ。取りあえず、今のところは。
「えっと、」
何を言おうとしていたんだっけ?
精霊たちのモデルが実在する、スティーブが現実に逢っている、という事実は僕には余りにも衝撃だった。僕はてっきり、「依頼」という大義名分で人形制作に取り組んだアーノルドは、もう一度精霊の人形を用いた儀式を執り行ったに違いないと思っていたのだもの。アビゲイルの病気快癒を願って。
「それじゃあ、彼は一作目のモデルになってくれた、その人たちの依頼を断れずに人形を創って、それが何故か骨董屋さんに回り廻って僕たちの許に巡って来たってことなのかな」
ただその容姿を参考にされただけの連中が本当にいたのだとすると、僕の立てた仮説はものの見事に覆される。彼らは精霊とは関係ない、ただの人間なのだから。
「嫌々創った、って訳ではなかったみたいだ。きみに初めに見せた、彼の日記に書いてあっただろ? アーノルドは魔術的なものに凝っていた。それは彼らに教わったものだったらしいんだ。彼らは自分たちに生き写しの人形の出来を殊の外喜んで、彼の望みを叶える儀式を執り行った。そのお礼としてのものだったみたいだよ。儀式で人形は破壊されているからね」
「日記には書かれていない……」
「そう、書かれてはいない。日記には、儀式は彼一人で行ったように記述されている。でも、その当時からスティーブは、彼らのことや、魔術のあらまし、儀式の詳細を事細かにアーノルド本人から聞かされていたんだ。どうして彼がああも偽った内容を日記に記したのか、その方が謎だよ」
「誰かに読まれるのを警戒してかな?」
「それなら初めから、何も記述しなければいいじゃないか」
アルビーの言う通りだ。自分の個人的な日記帳に、わざわざ嘘を書き綴る必要がどこにある?
「先に教えてくれればよかったのに」
僕は少しアルビーを恨んだよ。
「ごめん、コウ。きみのもつ民俗学の知識からみると、嘘の記載はどんなふうに映るのかと思って」
アルビーは悪びれた様子もなく、僕に謝罪する。
「日記を読んだ後、おまじないのような儀式だって、きみはそう言っていただろう? 笑っちゃったよ」
アルビーはクスクスと喉を震わせる。
「全く、戯言だね」
乾いた声音で呟かれた彼の一言。
だけど、僕はそうは思わなかった。
彼の言うことが本当で、日記のあの部分が嘘であるなら、記されていた儀式は別物であるなら……。
それはやはり、彼が執り行ったのと同じ、あの儀式ではないのかと思い至ったから……。
僕は困惑したまま呟いていた。
本心を言ってしまえば、その彼らはアーノルドの想像の産物だと思っていたのだ。アビゲイルの病気を知って人形造りを止めていた彼が、自分と彼女に対する言い訳として、断れない依頼ということにしたのではないかと……。
アルビーは静かに頷いた。
「全員にじゃないけれどね。黒髪の年若いカップルがアーノルドの自宅に訪れていたところに、偶然出くわしたそうだよ」
「黒髪……、地の精霊と水の精霊? コリーヌに似た?」
思わず軽く添えていただけのアルビーの手を、力を籠めて強く握りしめていた。
「コウ、座って」
アルビーは立ち上がって、座っていた椅子を僕に譲ってくれた。そして自分はベッドの上に腰を下ろす。
「コリーヌ……、ああ、そう言われてみれば水の精霊の人形に似てなくもないね」
似てなくもない? 綺麗に整った長い眉の下の切れ長のくっきりとした二重、薄い青の瞳。細い顎につんとした鼻。蠱惑的な微笑を浮かべる口許にしろ、髪色以外、あんなにもそっくりじゃないか!
もしかして髪色のせい? コリーヌは金髪だったから。アルビーは余り彼女の外見を覚えていないのかもしれない。彼女に対しては、礼儀を欠かない程度の興味しか示さなくて、いかにも素っ気なく振舞っていたもの。ちらっと見ただけの彼の写真は、すぐに人形と同じ顔だって気づいたくせに……。もしかして、アルビーは女の子にとりたてて興味がないのだろうか。……遊ぶくせに。
脳裏を過った大晦日のナイトクラブでのアルビーから、僕は慌てて目を逸らして、チリチリと燻った火種を心の中で吹き消した。
アルビーは、目まぐるしくクルクルと回り続けている僕の思考を見守っているかのように、黙ったまま優しい微笑を湛えて僕を見つめている。
軌道修正しなきゃ。僕が彼に訊きたいのは、彼の性的指向についてではないのだ。取りあえず、今のところは。
「えっと、」
何を言おうとしていたんだっけ?
精霊たちのモデルが実在する、スティーブが現実に逢っている、という事実は僕には余りにも衝撃だった。僕はてっきり、「依頼」という大義名分で人形制作に取り組んだアーノルドは、もう一度精霊の人形を用いた儀式を執り行ったに違いないと思っていたのだもの。アビゲイルの病気快癒を願って。
「それじゃあ、彼は一作目のモデルになってくれた、その人たちの依頼を断れずに人形を創って、それが何故か骨董屋さんに回り廻って僕たちの許に巡って来たってことなのかな」
ただその容姿を参考にされただけの連中が本当にいたのだとすると、僕の立てた仮説はものの見事に覆される。彼らは精霊とは関係ない、ただの人間なのだから。
「嫌々創った、って訳ではなかったみたいだ。きみに初めに見せた、彼の日記に書いてあっただろ? アーノルドは魔術的なものに凝っていた。それは彼らに教わったものだったらしいんだ。彼らは自分たちに生き写しの人形の出来を殊の外喜んで、彼の望みを叶える儀式を執り行った。そのお礼としてのものだったみたいだよ。儀式で人形は破壊されているからね」
「日記には書かれていない……」
「そう、書かれてはいない。日記には、儀式は彼一人で行ったように記述されている。でも、その当時からスティーブは、彼らのことや、魔術のあらまし、儀式の詳細を事細かにアーノルド本人から聞かされていたんだ。どうして彼がああも偽った内容を日記に記したのか、その方が謎だよ」
「誰かに読まれるのを警戒してかな?」
「それなら初めから、何も記述しなければいいじゃないか」
アルビーの言う通りだ。自分の個人的な日記帳に、わざわざ嘘を書き綴る必要がどこにある?
「先に教えてくれればよかったのに」
僕は少しアルビーを恨んだよ。
「ごめん、コウ。きみのもつ民俗学の知識からみると、嘘の記載はどんなふうに映るのかと思って」
アルビーは悪びれた様子もなく、僕に謝罪する。
「日記を読んだ後、おまじないのような儀式だって、きみはそう言っていただろう? 笑っちゃったよ」
アルビーはクスクスと喉を震わせる。
「全く、戯言だね」
乾いた声音で呟かれた彼の一言。
だけど、僕はそうは思わなかった。
彼の言うことが本当で、日記のあの部分が嘘であるなら、記されていた儀式は別物であるなら……。
それはやはり、彼が執り行ったのと同じ、あの儀式ではないのかと思い至ったから……。
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