霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅳ 初夏の木漏れ日

163 秘儀

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 これで話は振出しに戻った。僕はいちから考え直さなければいけない。
 僕は眉間に皺をよせ、黙りこくってしまっていた。

「コウ、怒った? きみを試すようなことをして」
 はっと面を上げ首を振った。沈みかけていた意識を慌てて引き上げる。そんな僕を見つめる、少し困惑しているようなアルビーの深緑の瞳が揺れる。

「スティーブはどこまで知っているのかな? 儀式の詳細も、って言ったよね?」

 僕の中で、目まぐるしく様々な記憶が攪拌され初めていた。怒涛の如く渦巻く強風に巻き上げられ、記憶の欠片が千々に舞う。その断片を凄まじい速さで、僕は繋ぎ合わせていく。

「でも彼は、アーノルドから聞いただけで、その場で見ていた訳ではないんだろ?」

 アルビーに問い掛けると言うよりも、自分自身に呟いていた。 
 
 アーノルドが日記に嘘を書く必要性がある訳がない。
 恐らく、儀式は二度執り行なわれたのだ。四大精霊のためと、アーノルド自身の願いの成就のためと。


「スティーブが嘘を言っているってこと?」
「そうじゃなくて!」
 トーンの下がった彼の声に、ピシッと鞭打たれたかのように背筋が伸びた。そんな誤解を招くようなことを言うつもりはなかったんだ。

「口止めされていたんだろうな、って思ったんだ。秘儀だから記録に残すな、って。そして本当の儀式の後に、不要になった人形を用いたおまじないを、アーノルドに教えたのかなって」
「不要になった?」
 アルビーの表情が訝し気に歪む。

 ああ、どうして僕はこう誤魔化すのが下手なんだろう?

「つまり……、彼は、」

 何て説明すればいいんだ? ショーンに儀式のことを説明した時のようにはいかない。アルビーには一般的な魔術に関する知識さえないもの。下手なことを言うと、きっとまた誤解される。どうすればいい?

 おたおたとするばかりで、いいアイデアなんてちっとも浮かんできやしない。
 つい無意識に、右手の火蜥蜴サラマンダーを擦ってしまう。指輪を擦ったところで、何でも叶えてくれる魔人が出て来るはずもないのに……。

「スティーブの聞いた儀式はどんなものだったの? それが解れば説明できると思うんだ」

 下手な言い訳をするのは諦めて、僕の仮説が正しいかどうか、覚悟を決めて訊ねてみた。
 張り詰めていた彼の目許がふっと緩む。

「ショーンの言っていた通りだね」
 きょとんと首を傾げた僕を目を細めて優しく見つめ、アルビーはふわりと微笑んだ。
「きみは、こういう魔術方面の知識では自分の上を行くって、彼、そう言っていたんだ」
「買い被りすぎだよ!」
 僕は驚いてぶんぶん首を振った。知識量でショーンに敵うはずがないもの。

 でも、四大精霊に関することなら……。普通では知り得ないことを知っているかもしれない。そのために、僕はここにいるのだから。彼らの秘密を追い掛けて、ここまで来たのだから。

「教えて、アルビー。日記には書かれていなかったことを、全部」

 すぐには返事をしてはくれず、組んだ脚の上に頬杖をついて僕をじっと見ていた彼は、ふっと脱力して、それからおもむろに立ち上がった。そして、机の上に置かれたままのノートパソコンを操作して、画面を僕の方へと向けた。

「これが日記には記載されていない、彼らが用いた魔法陣だよ。記憶を探りながら、後になってアーノルドが描いたものだから、正確かどうかは判らない」

 ああ、やはり……。

 きゅっと唇を噛んでいた。僕の仮説が証明されたのに、嬉しくはなかった。
 と、頬に触れた温かな感触に、食い入るように眺めていた画面からアルビーへと視線を移し、面を上げた。

「コウ、泣きそうな顔をしている」

 そんなことはないよ。
 口角を引き上げ、首を横に振る。

「どうしてコウは、そんなふうに哀しそうに笑うの?」

 声が詰まって言葉にならなかった。涙は出て来ないのに。彼は僕のもう片方の頬も、しっとりとした手のひらで包み込んだ。

 僕はアルビーに向かって両手を伸ばし、彼はそうすることが当然のように、僕の頭を掻き抱いた。目を瞑ってアルビーの心臓に耳を当てる。規則正しく刻まれるその音に安堵して、背中に回した腕にぎゅと力を込めた。







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