170 / 193
Ⅳ 初夏の木漏れ日
165 車内サービス
しおりを挟む
駅に停まる度、ワゴンサービスがやって来る。その度に、コーヒーや紅茶をもらった。アルビーと向き合って座っているのが、なんとも落ち着かなくて。
十一時を過ぎると、食事サービスの中身が変わるらしい。お昼時に、好奇心からピクニックトレイを頼んでみた。二種類から選べるのだけど、不幸なことにサンドイッチの具はチキンだそうで、もう一方のラップサンドにした。「そんなものより、コウが作ってくれたこっちの方がずっと美味しいのに」と、アルビーは僕の分まで照り焼きチキンのサンドイッチを食べてくれている。だって、気になるじゃないか。機内食とか、駅弁とかって……。レタスとハムをくるりと包んだラップサンドはカフェチェーン店によくあるタイプのものだった。それにポテトチップスの小袋、チョコレートケーキ、ペットボトルの水がセットになっている。そしてホットドリンクを備え付けのカップに注いでくれる。今回はさすがに紅茶にした。
朝と同じように黙々と食べているアルビーを、ちらちらと盗み見る。今日の彼は、いつもよりもずっと無口だ。出逢ったばかりの頃のように。でもあの頃のような無関心の無口とは違う。僕が話し始めるのを、彼はじっと待ってくれている。決して僕を急かすことはせずに。いつものせっかちで気の短い彼とは思えない忍耐でもって。
昨夜、アーノルドの描いた魔法陣を見せてもらってから、僕は頭を整理したいから、と彼に約束した説明を保留にしたままでいる。でも、一晩考えたって上手い解説は思いつかなかった。
だいたい、アルビーは魔術をどんなものだと思っているのだろう? 僕が目で追い共鳴する世界は、彼にとっては幻覚と幻聴に脅かされた異常な世界だ。またコウは病気だって言われるのが関の山だと思うもの。
それなのに、彼は知りたがっている。他人の空似とは言い逃れられないような、彼と赤毛の人形の関係を。そして、アーノルドが出逢った彼らとの関連性を。スティーブの為に……。
それならスティーブは、四大精霊の人形を手に入れて何をしたいのだろう? 彼は儀式の詳細を知っているらしいけれど、その本来の目的は知らない。アーノルドのように、願いを叶えるおまじないのように思っているのだろうか?
「あまり美味しいものでもないだろ?」
食べるのを忘れて考え耽ってしまっていたところに、アルビーの明るい声が届いた。車窓に向けたまま、ぼんやりと漂わせていた視線を彼に戻す。
「ん? まぁまぁかな。こんなものだよね、無料だし」
「僕はもう飽きちゃったよ。提供される食事は平日の方がずっとマシだよ。だから平日に行ける時には、そうしているんだ」
「もう何度も行っているの?」
「三か月おきにね」
三か月前……!
どうして今まで気がつかなかったのだろう? これから行くのは、あのボランティア活動なのだ! 戻って来た彼をあんなにも疲弊させ、ハムステッドヒースに、僕には今でも理解できない、あの突飛な行動に走らせた……。
思わずぐっと唇をへの字に曲げて、食い入るように彼を見つめていた。
アルビーは、ふわりと微笑んだ。
「心配しないで。そんな大したことはしないよ。来談者の現状を確認して、それだけだよ」
本当に何でもないことのように、軽やかな口調だった。じゃあ、何故? あの時の前、もう三か月前にだって、アルビーは戻って来てから様子がおかしかったじゃないか。その晩帰って来なかったじゃないか。マリーがあんなに心配して……。
ああ、まただ……。
あの時のハムステッドヒースでの彼との会話が、記憶の底からぷくぷくと浮かび上がってきた。
――コウの心に巣くっている苦痛を話してくれるなら、僕も話すよ。
この列車の行き着く先にある何か。それを彼に訊ねたら、彼もまた、僕に訊ねるに違いない。どうして僕が自分自身で持ち出した、あの精霊たちのモデルに関する話を途中で打ち切ってしまったのか。あの魔法陣を見て、あんなにも打ちひしがれてしまったのか。
僕はあの時のように、またもや決断を迫られていた。
十一時を過ぎると、食事サービスの中身が変わるらしい。お昼時に、好奇心からピクニックトレイを頼んでみた。二種類から選べるのだけど、不幸なことにサンドイッチの具はチキンだそうで、もう一方のラップサンドにした。「そんなものより、コウが作ってくれたこっちの方がずっと美味しいのに」と、アルビーは僕の分まで照り焼きチキンのサンドイッチを食べてくれている。だって、気になるじゃないか。機内食とか、駅弁とかって……。レタスとハムをくるりと包んだラップサンドはカフェチェーン店によくあるタイプのものだった。それにポテトチップスの小袋、チョコレートケーキ、ペットボトルの水がセットになっている。そしてホットドリンクを備え付けのカップに注いでくれる。今回はさすがに紅茶にした。
朝と同じように黙々と食べているアルビーを、ちらちらと盗み見る。今日の彼は、いつもよりもずっと無口だ。出逢ったばかりの頃のように。でもあの頃のような無関心の無口とは違う。僕が話し始めるのを、彼はじっと待ってくれている。決して僕を急かすことはせずに。いつものせっかちで気の短い彼とは思えない忍耐でもって。
昨夜、アーノルドの描いた魔法陣を見せてもらってから、僕は頭を整理したいから、と彼に約束した説明を保留にしたままでいる。でも、一晩考えたって上手い解説は思いつかなかった。
だいたい、アルビーは魔術をどんなものだと思っているのだろう? 僕が目で追い共鳴する世界は、彼にとっては幻覚と幻聴に脅かされた異常な世界だ。またコウは病気だって言われるのが関の山だと思うもの。
それなのに、彼は知りたがっている。他人の空似とは言い逃れられないような、彼と赤毛の人形の関係を。そして、アーノルドが出逢った彼らとの関連性を。スティーブの為に……。
それならスティーブは、四大精霊の人形を手に入れて何をしたいのだろう? 彼は儀式の詳細を知っているらしいけれど、その本来の目的は知らない。アーノルドのように、願いを叶えるおまじないのように思っているのだろうか?
「あまり美味しいものでもないだろ?」
食べるのを忘れて考え耽ってしまっていたところに、アルビーの明るい声が届いた。車窓に向けたまま、ぼんやりと漂わせていた視線を彼に戻す。
「ん? まぁまぁかな。こんなものだよね、無料だし」
「僕はもう飽きちゃったよ。提供される食事は平日の方がずっとマシだよ。だから平日に行ける時には、そうしているんだ」
「もう何度も行っているの?」
「三か月おきにね」
三か月前……!
どうして今まで気がつかなかったのだろう? これから行くのは、あのボランティア活動なのだ! 戻って来た彼をあんなにも疲弊させ、ハムステッドヒースに、僕には今でも理解できない、あの突飛な行動に走らせた……。
思わずぐっと唇をへの字に曲げて、食い入るように彼を見つめていた。
アルビーは、ふわりと微笑んだ。
「心配しないで。そんな大したことはしないよ。来談者の現状を確認して、それだけだよ」
本当に何でもないことのように、軽やかな口調だった。じゃあ、何故? あの時の前、もう三か月前にだって、アルビーは戻って来てから様子がおかしかったじゃないか。その晩帰って来なかったじゃないか。マリーがあんなに心配して……。
ああ、まただ……。
あの時のハムステッドヒースでの彼との会話が、記憶の底からぷくぷくと浮かび上がってきた。
――コウの心に巣くっている苦痛を話してくれるなら、僕も話すよ。
この列車の行き着く先にある何か。それを彼に訊ねたら、彼もまた、僕に訊ねるに違いない。どうして僕が自分自身で持ち出した、あの精霊たちのモデルに関する話を途中で打ち切ってしまったのか。あの魔法陣を見て、あんなにも打ちひしがれてしまったのか。
僕はあの時のように、またもや決断を迫られていた。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで
中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。
かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。
監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。
だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。
「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」
「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」
生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし…
しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…?
冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。
そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。
──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。
堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。
僕たち、結婚することになりました
リリーブルー
BL
俺は、なぜか知らないが、会社の後輩(♂)と結婚することになった!
後輩はモテモテな25歳。
俺は37歳。
笑えるBL。ラブコメディ💛
fujossyの結婚テーマコンテスト応募作です。
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
ポメラニアン魔王
カム
BL
勇者に敗れた魔王様はポメラニアンになりました。
大学生と魔王様(ポメラニアン)のほのぼの生活がメインです。
のんびり更新。
視点や人称がバラバラでちょっと読みにくい部分もあるかもしれません。
表紙イラスト朔羽ゆき様よりいただきました。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる