霧のはし 虹のたもとで

萩尾雅縁

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Ⅳ 初夏の木漏れ日

167 説明

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 この小旅行の目的は、無理に今アルビーに訊ねなくても、じきに解る。
 もう半時もすれば乗り換えのためにこの列車を下り、そこからまた半時ほどの乗車で最寄り駅のウィンダミアに到着するのだから。

 彼は、望んでこのボランティア活動に向かっているのではないのではないか。そんな気がしていた。穏やかに、鎮まっていると映っていた彼の瞳に浮かぶ色が、ふと、これは絶望に似た深い諦めの色なのかもしれないと、思えたからだ。

 彼は彼自身を僕に見せるためにこの旅行に誘ってくれたのだ、とそんな思いが過っていた。それなのに、そんな自分の想いを僕にぶつけることなく、こうして僕を受け止めいたわってくれている。
 彼の誠意に対して、僕も誠意で以って応えるべきだと思った。
 
 彼の胸にひっかかっているのが、四大精霊の儀式と彼らを象徴する人形のことならば、ひとが知り得ても良い範囲のことは、ちゃんと話そうと心に決めた。
 話し始めると、たっぷりあると思っていた時間は、意外に、そうでもないと感じられてきた。

 アーノルドからスティーブへ、そしてアルビーが聴いたという儀式の、本来の目的以外の様式と意味を掻い摘んで説明し、日記に書かれているアーノルド自身が行った儀式の概略を話し終える頃には降車時間が迫っていた。

 アルビーは、とても真剣に僕の説明に聴き入り、ハムステッドヒースで僕たちが行った儀式も絡めて色んな事を僕に訊ねた。火を使うことの意味。儀式の後、人形を粉砕することの意味。儀式の持つ、一つ一つの意味を知りたがった。
 儀式を終えると使用された人形は燃やされ、粉砕されるものなのに、一度目の儀式ではそうはされていない。二度目の儀式に用いるためだ。スティーブもアルビーも、この点を誤解している。恐らく、アーノルドは実際に行われた儀式をつぶさに伝えたのではなく、儀式の正しい様式をスティーブに話したのだと思う。

 彼の日記には、「偶然手に入れた本に従って、四大精霊を召喚するための器となる人形を創り、記述通りの手順を踏んで儀式を執り行った」とあったけれど、偶然を装ってその本を彼に渡したのは、恐らく自身だ。

 アーノルドの日記に書かれている儀式は、アルビーの言う通りの「戯言」だ。本物と偽物がない交ぜになった内容が、ちょっと魔術を齧った程度のアーノルドに区別できるはずがない。
 だからアーノルドは彼らに教えられた通り、真剣にこの儀式を執り行ったのだろう。けれどこの事実はスティーブには話さなかった。恥ずかしかったのだと思う。自分の本当の願いをこんな子ども騙しに託したことを、親友である彼に知られるのが。

 僕の話が、巷に出回っているおまじないの本に書かれている内容とはかなり異なり、また、そこから受ける印象も好ましいものではないということを、僕はもう充分に知っている。それは多分に、黒魔術的だから。彼が嫌悪感を示さずに聴いてくれたことが、僕をどれほど安堵させてくれたことか。


 乗り継ぎの駅に降り立ち、程なくして到着した列車に乗り換えてからも、この話は終わらなかった。

「これがコウの研究している分野なのか……。あのプライドの高いショーンがきみに憧れるのも納得だよ」
 苦笑を浮かべて、アルビーは深い吐息を漏らす。
「でもこういった研究は、繊細で優しいきみにはかなりの負担なんじゃないのかい? 専門的過ぎて一般には理解されないばかりか、変な誤解を招きかねない。おまけに、コリーヌたちみたいな特殊な連中を惹きつける」
「専門性が高くなれば、内容が高度に難解になってくるのは当然だし、興味のないひとたちの誤解を招いてしまうのはある意味仕方がないよ。恐れられるのも、興味本位の眼で見られるのも……。魔術は、欲の世界だもの」
「欲の世界……」
「『普通の人々が幸せを求めて奔走していた時に、魔術師は神に成り代われるほどの力を求めて精進してきた』。うろ覚えだけどね。その通りだと思う」

 神妙な顔をして考え込んでいるアルビーに、このまま続けて喋ってもいいものか迷いながら、言葉を継いだ。

「アーノルドの二度目の人形制作、本当に依頼だったのかな?」
「スティーブが依頼者に逢っているんだよ」
「制作前に?」
「どういうこと?」
「人形ができあがってからじゃないのかな?」

 僕はこの仮説にこだわり過ぎているのかもしれない。一度目の儀式で目的を達したであろう彼らが、もう一度人形制作を依頼するなどと、どうしても信じられなかったのだ。

「確かにそうだったよ。受け取りに来ていたんだ。彼らが依頼したからだろう?」

 
 訝し気に僕を見つめるアルビーの瞳を避けるように、顔を逸らした。
 おそらく、アーノルドが犯してしまったに違いないあやまちを思い、どこまでアルビーに告げていいものかと迷いながら、車窓を流れる、青空を埋め尽くす羊のような柔らかな雲を眺め、暗澹あんたんたる気分で追いかけた。






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