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Ⅳ 初夏の木漏れ日
168 後悔
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「田舎だ……」
ウィンダミア駅に降り立った感想は、この一言に尽きる。
ぽかんとした間抜け面で三百六十度見廻していた僕を見て、アルビーはクスクスと笑っていた。
春の旅行のコーンウォールだって、こんな田舎だった。驚くことはないはずなのに。だけど、潮の香りの漂っていた彼の地とは違って、ここはなんだか郷愁を感じさせる田舎感で……。
白い板壁に灰色の屋根。横に伸びる駅舎。単線だけの小さな駅だ。有名な観光地、湖水地方の入り口となる駅なのに閑散としている。
駅から一歩出てみると、緑にそよぐ樹々に囲まれた広々とした駐車場があり、沢山の車が停まっていた。その向こうにはモダンな洒落たデザインの店舗や、大きなスーパーマーケットもあって、干からびた町という訳でもなさそうだ。
タクシー乗り場からまた一時間、と思いきや、十分ほどで着いた。先に今晩泊まるホテルにチェックインしておくのだそうだ。
真っ白な外観の瀟洒な建物の向かいには、午後の陽射しを照り返す広大なウィンダミア湖が広がっている。その岸辺に、白いマストが空に伸びるヨットが幾つも停泊している。
そして湖畔を囲むように連なる稜線。どこか郷愁を掻き立てられると思ったのは、このせいだ。
この、見渡す限りの地平線と、丘陵くらいしか見られなかった平坦な英国にも、山があったんだよ!
そりゃ、日本の山々に比べればずっと低いけどさ。
「コウ、行くよ」
またぼんやりと景色に見とれていると、ぽんっと肩を叩かれた。慌てて頷いて後に続く。クラシカルな外観にそぐわず、中はモダンな内装だ。でも、その豪華な印象は変わらない。緊張してぎくしゃくしたままアルビーの後について行く。彼は手慣れたもので、さっさとチェックインを済ませて振り返ると、軽く頭を振って微笑んでいた。
「くたびれただろ? 部屋で少し休んでから出掛けようか。それとも、お茶にする?」
「さすがに、もうお腹がたぽたぽだよ」
僕は苦笑いして答えた。紅茶とコーヒーは、しばらく欲しくない。
それよりも、白でモールディングされた灰紫色の洒落た内装のこの部屋に見惚れて、ため息ばかりついていた。人形芝居の額縁舞台のようなカーテンに囲われた窓からは湖が一望でき、とても贅沢な気分に浸ってドキドキしていたんだ。
「ボランティアに来ているのに、こんな贅沢なところに泊まっていいのかな」
「ボランティアはおまけ。コウと旅行に来たかったんだ」
また、アルビーはクスクス笑っている。
嘘つき。
僕は唇を尖らせて彼を睨む。
「これでも、いろいろ後悔していることがあるんだよ」
そう言いながら、アルビーは僕をふわりと抱き寄せた。
「初めての時、あんな場所であんなふうにするべきじゃなかった。焦ってたんだ。今を逃せばコウを僕のものにはできないと思って。本当は、もっとコウを大事にしたかったのに」
「僕がきみを捕まえたんだよ」
肩口に頬をつけ、彼の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。
「うん。今もこうして捕まってる」
「だから、いいんだよ、それはもう」
「それでも、できることならやり直したい」
だからなの?
そんな疑問が脳裏を過る。
三か月前のあの日と同じ。あの日、僕が問い続けることのできなかったその答えを教えてくれるために、僕をここへ誘ったの?
今もまだ、言葉にして問い掛けることはできなかった。怖くて。それが何かは判らなくても、僕はもう、充分過ぎるほど彼の抱える虚空の深さと広さ、その虚ろさを知っている。
霧の中を彷徨っているような、その覚束なさを……。
そして、その出口のない空漠を、僕では埋めることができないことも。
それでも、僕を望んで欲しい。きみ自身を見つけることができないのなら、霧の中で僕を見つけて。僕の手を握っていて。抱き締めていて。アルビー。
「でも、先に用事を済ませてしまわないとね。タクシーを呼んでもらっているんだ。そろそろ行かなきゃ」
アルビーは軽く僕の額にキスを落として、優しく微笑んで言った。それはとても綺麗な笑顔だったのに、僕にはとても辛そうに見えたんだ。
ウィンダミア駅に降り立った感想は、この一言に尽きる。
ぽかんとした間抜け面で三百六十度見廻していた僕を見て、アルビーはクスクスと笑っていた。
春の旅行のコーンウォールだって、こんな田舎だった。驚くことはないはずなのに。だけど、潮の香りの漂っていた彼の地とは違って、ここはなんだか郷愁を感じさせる田舎感で……。
白い板壁に灰色の屋根。横に伸びる駅舎。単線だけの小さな駅だ。有名な観光地、湖水地方の入り口となる駅なのに閑散としている。
駅から一歩出てみると、緑にそよぐ樹々に囲まれた広々とした駐車場があり、沢山の車が停まっていた。その向こうにはモダンな洒落たデザインの店舗や、大きなスーパーマーケットもあって、干からびた町という訳でもなさそうだ。
タクシー乗り場からまた一時間、と思いきや、十分ほどで着いた。先に今晩泊まるホテルにチェックインしておくのだそうだ。
真っ白な外観の瀟洒な建物の向かいには、午後の陽射しを照り返す広大なウィンダミア湖が広がっている。その岸辺に、白いマストが空に伸びるヨットが幾つも停泊している。
そして湖畔を囲むように連なる稜線。どこか郷愁を掻き立てられると思ったのは、このせいだ。
この、見渡す限りの地平線と、丘陵くらいしか見られなかった平坦な英国にも、山があったんだよ!
そりゃ、日本の山々に比べればずっと低いけどさ。
「コウ、行くよ」
またぼんやりと景色に見とれていると、ぽんっと肩を叩かれた。慌てて頷いて後に続く。クラシカルな外観にそぐわず、中はモダンな内装だ。でも、その豪華な印象は変わらない。緊張してぎくしゃくしたままアルビーの後について行く。彼は手慣れたもので、さっさとチェックインを済ませて振り返ると、軽く頭を振って微笑んでいた。
「くたびれただろ? 部屋で少し休んでから出掛けようか。それとも、お茶にする?」
「さすがに、もうお腹がたぽたぽだよ」
僕は苦笑いして答えた。紅茶とコーヒーは、しばらく欲しくない。
それよりも、白でモールディングされた灰紫色の洒落た内装のこの部屋に見惚れて、ため息ばかりついていた。人形芝居の額縁舞台のようなカーテンに囲われた窓からは湖が一望でき、とても贅沢な気分に浸ってドキドキしていたんだ。
「ボランティアに来ているのに、こんな贅沢なところに泊まっていいのかな」
「ボランティアはおまけ。コウと旅行に来たかったんだ」
また、アルビーはクスクス笑っている。
嘘つき。
僕は唇を尖らせて彼を睨む。
「これでも、いろいろ後悔していることがあるんだよ」
そう言いながら、アルビーは僕をふわりと抱き寄せた。
「初めての時、あんな場所であんなふうにするべきじゃなかった。焦ってたんだ。今を逃せばコウを僕のものにはできないと思って。本当は、もっとコウを大事にしたかったのに」
「僕がきみを捕まえたんだよ」
肩口に頬をつけ、彼の背中に回した腕にぎゅっと力を込める。
「うん。今もこうして捕まってる」
「だから、いいんだよ、それはもう」
「それでも、できることならやり直したい」
だからなの?
そんな疑問が脳裏を過る。
三か月前のあの日と同じ。あの日、僕が問い続けることのできなかったその答えを教えてくれるために、僕をここへ誘ったの?
今もまだ、言葉にして問い掛けることはできなかった。怖くて。それが何かは判らなくても、僕はもう、充分過ぎるほど彼の抱える虚空の深さと広さ、その虚ろさを知っている。
霧の中を彷徨っているような、その覚束なさを……。
そして、その出口のない空漠を、僕では埋めることができないことも。
それでも、僕を望んで欲しい。きみ自身を見つけることができないのなら、霧の中で僕を見つけて。僕の手を握っていて。抱き締めていて。アルビー。
「でも、先に用事を済ませてしまわないとね。タクシーを呼んでもらっているんだ。そろそろ行かなきゃ」
アルビーは軽く僕の額にキスを落として、優しく微笑んで言った。それはとても綺麗な笑顔だったのに、僕にはとても辛そうに見えたんだ。
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