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Ⅳ 初夏の木漏れ日
170 訪問2
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「コウ、」
アルビーが僕を呼ぶ。ギクシャクと、緊張で強張る足を地面から引き剥がすようにして進み、彼の傍らに並ぶ。
「よろしく。きみは彼の助手だそうだね」
にこやかに差し出された、大きな、骨ばった手。
「初めまして。アイスバーグさん」
潰れたような声を、震える手とともに差し出した。
アーノルド・アイスバーグ。
アルビーのお父さんだ。ネットで見た、三十代頃の写真でしか知らないひと。眼前の彼は、綺麗だった金髪は色褪せ、広く後退している理知的な額には幾筋もの皺が刻まれてる。けれど、きちんと櫛が入って整えられた髪に、のりの効いたシャツとスラックスを几帳面に着こなした姿は、当時の物静かで慎み深い彼の面影を忍ばせる。見紛うはずがない。ただ一つ、目尻に皺の寄る彼の眼、その異様に爛々と輝く瞳を除けば。
「助手ではありませんよ。彼は僕のパートナーです」
「それはいい。独立して診療所でも始めるのかい?」
アルビーの肩を軽く叩き、アーノルドはその面に笑みを貼り付けたまま、彼を小屋の中へと誘った。
僕はこのちぐはぐな会話の意味が判らないまま、戸惑い、その場に立ち尽くしていた。そしてふと目に入った、小屋の脇を覗いて見た。先ほど、アーノルドが背中を向けて何かをしていた場所だ。
そこには、砕かれた人形の胴体や、手足、瞳の入っていない顔の半面が、うず高く積まれていた。あちこちに転がり落ちている深緑の眼球の一つが、僕の靴先に当たっていた。僕は、金縛りにでもあったように身動きできないまま、それらを薄ら寒い思いで見入っていた。
アーノルドは人形制作を辞めたのではなかったのか?
僕の知る、彼に関する乏しい情報だけでは何も判らない。アーノルド本人に逢うことができたら、訊きたいことが山ほどある。そうずっと思っていたのに。そんな思いは、一瞬で吹き飛んでいた。彼の纏うあの空気が、僕をこんなにも怯えさせ、どうしようもない。
アルビー……。アルビーの傍にいなければ。
まるで僕自身が陶器の人形になってしまったみたいだ。ぎゅっと肩を上げ、大きく息を吸い込んだ。しっかりするんだ。僕はちゃんと、ここで起こることを見届けなければいけないのだから。
唇を引き結んで、開け放された小屋の入り口へ向かう。室内は大きな窓から差し込む光で、埃がきらきらと舞っている、どこか空気自体が白っぽい部屋だ。大きな作業机に、長い板を渡した何段もの棚。その上に大小さまざまな箱が置かれている。ここで彼は人形を作っているのだろうか。
神経質な、どこか上擦ったアーノルドの声が響いている。人形創りのことを切れ間なく喋っている。時折、「ね、先生」と、相槌を求めてアルビーに呼び掛けている。
先生……。博士号をもらえることになったから?
自分の息子に、そんな他人行儀な呼び掛けをする訳がないじゃないか。
解っているのに認めたくなくて、僕は顔を小刻みに振り、下唇を噛んでいた。
彼には、アルビーが誰だか判らないのだ……。
彼の愛したアビゲイルに、あんなにもアルビーは似ているのに。そっくりなのに。艶やかな黒髪も、深い森を思わせる深緑の瞳も、花のような唇も!
居た堪れない。ここにこうしていることが。アルビーが、ここにこうしていることが!
なぜ、彼はここに来るのだろう? 息子としての義務? だからボランティアなの? 一人暮らしの父の安否を確かめ、奉仕するため? 自分を判らない父親に逢うことが奉仕だなんて……。
「コウ、お茶にしようか。もうそろそろ喉も乾いてきた頃だろ?」
ふわりと、アルビーが僕の肩を叩く。
「ご一緒にいかがですか、アイスバーグさん? 彼はこの英国まで魔術の探究に来た留学生なんですよ。まだ学生とは言っても、その知識は膨大で、あなたの興味を満たしてくれるに違いありませんよ」
「素晴らしい! そうだね、それは是非とも同席させて頂かなくては!」
カラカラと、彼は乾いた声で笑って言った。あの鏡のように光る両眼で、僕を見据えて。
アルビーが僕を呼ぶ。ギクシャクと、緊張で強張る足を地面から引き剥がすようにして進み、彼の傍らに並ぶ。
「よろしく。きみは彼の助手だそうだね」
にこやかに差し出された、大きな、骨ばった手。
「初めまして。アイスバーグさん」
潰れたような声を、震える手とともに差し出した。
アーノルド・アイスバーグ。
アルビーのお父さんだ。ネットで見た、三十代頃の写真でしか知らないひと。眼前の彼は、綺麗だった金髪は色褪せ、広く後退している理知的な額には幾筋もの皺が刻まれてる。けれど、きちんと櫛が入って整えられた髪に、のりの効いたシャツとスラックスを几帳面に着こなした姿は、当時の物静かで慎み深い彼の面影を忍ばせる。見紛うはずがない。ただ一つ、目尻に皺の寄る彼の眼、その異様に爛々と輝く瞳を除けば。
「助手ではありませんよ。彼は僕のパートナーです」
「それはいい。独立して診療所でも始めるのかい?」
アルビーの肩を軽く叩き、アーノルドはその面に笑みを貼り付けたまま、彼を小屋の中へと誘った。
僕はこのちぐはぐな会話の意味が判らないまま、戸惑い、その場に立ち尽くしていた。そしてふと目に入った、小屋の脇を覗いて見た。先ほど、アーノルドが背中を向けて何かをしていた場所だ。
そこには、砕かれた人形の胴体や、手足、瞳の入っていない顔の半面が、うず高く積まれていた。あちこちに転がり落ちている深緑の眼球の一つが、僕の靴先に当たっていた。僕は、金縛りにでもあったように身動きできないまま、それらを薄ら寒い思いで見入っていた。
アーノルドは人形制作を辞めたのではなかったのか?
僕の知る、彼に関する乏しい情報だけでは何も判らない。アーノルド本人に逢うことができたら、訊きたいことが山ほどある。そうずっと思っていたのに。そんな思いは、一瞬で吹き飛んでいた。彼の纏うあの空気が、僕をこんなにも怯えさせ、どうしようもない。
アルビー……。アルビーの傍にいなければ。
まるで僕自身が陶器の人形になってしまったみたいだ。ぎゅっと肩を上げ、大きく息を吸い込んだ。しっかりするんだ。僕はちゃんと、ここで起こることを見届けなければいけないのだから。
唇を引き結んで、開け放された小屋の入り口へ向かう。室内は大きな窓から差し込む光で、埃がきらきらと舞っている、どこか空気自体が白っぽい部屋だ。大きな作業机に、長い板を渡した何段もの棚。その上に大小さまざまな箱が置かれている。ここで彼は人形を作っているのだろうか。
神経質な、どこか上擦ったアーノルドの声が響いている。人形創りのことを切れ間なく喋っている。時折、「ね、先生」と、相槌を求めてアルビーに呼び掛けている。
先生……。博士号をもらえることになったから?
自分の息子に、そんな他人行儀な呼び掛けをする訳がないじゃないか。
解っているのに認めたくなくて、僕は顔を小刻みに振り、下唇を噛んでいた。
彼には、アルビーが誰だか判らないのだ……。
彼の愛したアビゲイルに、あんなにもアルビーは似ているのに。そっくりなのに。艶やかな黒髪も、深い森を思わせる深緑の瞳も、花のような唇も!
居た堪れない。ここにこうしていることが。アルビーが、ここにこうしていることが!
なぜ、彼はここに来るのだろう? 息子としての義務? だからボランティアなの? 一人暮らしの父の安否を確かめ、奉仕するため? 自分を判らない父親に逢うことが奉仕だなんて……。
「コウ、お茶にしようか。もうそろそろ喉も乾いてきた頃だろ?」
ふわりと、アルビーが僕の肩を叩く。
「ご一緒にいかがですか、アイスバーグさん? 彼はこの英国まで魔術の探究に来た留学生なんですよ。まだ学生とは言っても、その知識は膨大で、あなたの興味を満たしてくれるに違いありませんよ」
「素晴らしい! そうだね、それは是非とも同席させて頂かなくては!」
カラカラと、彼は乾いた声で笑って言った。あの鏡のように光る両眼で、僕を見据えて。
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