夏の扉を開けるとき

萩尾雅縁

文字の大きさ
16 / 219
第一章

規則 6.

 今晩の僕の夕食は、卵チャーハンと甘いソースのかかった肉団子だ。それに春巻き。ショーンも当然同じものを食べるのかと思ったら、夜食用にとっておくことにしたそうだ。そして、昨日コウが取り置いてあげた日本食を――、嬉々として食べている。

 一皿ワン・プレート上に、形良く、バランス良く、彩良く盛られた料理――。ああ、どう見てもあっちの方が旨そうだ。安っぽいプラスチックケースに入った出来合いテイクアウェイなんかよりも――。昨夜の残りもの、のようなものでも、コウは、気分良く食べられるように、と気づかっているのだ。どこまでも利他的で優しい。買ってきたままテーブルにのせるこいつとは、根底から違う。まぁ、きっと温め直してくれただけでも、彼としては上出来なのだろうが――。


 しょせんコウのいない食卓だ。どうだっていい。それより、このショーンの緩み切った顔のだらしないことといったら……。
「昨夜はミラのところに泊まったんだってね? 彼女も手料理でもてなしてくれるの?」
「まさか! 焼くだけの冷凍ラザニアだったよ。コウみたいなマメな奴なんて、そうそういるもんじゃない」

 当然だ。

「あいつは見てるだけでほっとするよな。見るからに育ちがいい感じでさ。そのくせ高慢さなんて欠片もなくて、謙虚で。いい家に生まれたんだろうな、って思うよ」

 一瞬、彼の薄青の瞳に浮かんだ羨望の色。だがそれはすぐにぼんやりと霞み、それまでとは異なった好奇心に取って替わられた。

「今日はあの二人、ロンドン塔に行ってるんだったな。朝から出てるんだろ? 遅いよな。ほかにどこを回るんだろうな? ケルトの女王ブーディカの縁の地とかかな? きみは聴いてないのかい?」

 朝、寝耳に水で知らされるまで、出掛けることさえ知らなかったさ。仕方ない。「ああ、うん。特には」と、曖昧に笑ってやり過ごす。

「ほら、きみがさっき尋ねた誓約うけいに似通った儀式をさ、女王ブーディカも行ったって史実にあるんだ。面白いよな。文化の違いはあれど、こういうよく似た儀式形態があるってさ」
「誓約って、どんな?」

 ローマ帝国支配下のブリタニアで、王であった夫の死に乗じて王国を乗っ取ったローマの横暴な振舞いに奮起し、ケルトのイケニ族の女王ブーディカは、ケルト戦士を集めて反乱を起こした。

 その程度の知識は、ロンドンっ子ロンドナーなら誰でも知っている。だが、コウやショーンの興味の対象は、もちろんそんな歴史的事実ではないだろう。ショーンは得意の話題を意気揚々として語ってくれた。


「ローマへの反撃の口火を切ろうってときにさ、女王は懐に忍ばせた野ウサギを放って、それが走り去った方向で吉凶を占う儀式を執り行ったんだ。そうやって古代ブリタニアの勝利の女神アンドラステへの祈りを捧げたんだよ。つまりさ、この誓約ってやつは、たんなる占いの意味だけじゃなくてさ、自らの決意の確固たるさまを神に確認する、特別な意味合いがあるんだ」

 はっ、とした。まさに霧が晴れるように。そうか、理解できたよ――。

「アル? どうかしたのかい?」

 黙り込んだまま、僕はあまりにも神妙な顔をしていたのだろう。ショーンが怪訝そうな顔をしている。「いや、」とおもむろに首を振る。「何でもないよ。残念ながら、呪術に原始宗教――、僕には難解だな、と思ってね」わざと眉を寄せて、肩をすくめてみせた。

「それより、きみ、お茶かコーヒーは?」

 もうとっくに食べ終わっていた。食後のコーヒーには遅すぎるくらいだ。席を立って愛想笑いを浮かべた。「淹れてくるよ。これも規則の内なんだ。食事当番以外の者が、食後のお茶を準備すること」



 キッチンで一人になり、ほっと息を継いだ。

 赤毛の言っていた誓約とは、あの時の、コウと僕の誓いのことだ。永遠に互いを愛するという――。これが叶うかどうかを神、ではなく四大精霊に問いかけた。恐らくはそういうことだ。

 吉とでるか、凶とでるか判らない呪術的な誓い。だから、コウを裏切るな、とあの赤毛は言いたかったに違いない。

 言われるまでもなく、僕はコウを裏切ったりはしない。バニーに頼るのだって、コウのためだ。あの赤毛の存在が疾風のように巻き上げ混乱の中から引き摺り出す、このどうしようもなく狂おしい嫉妬で、コウを傷つけることなどないように――。彼はそのための、防波堤だ。


 ピ――、とやかんが鳴いた。

 びくりと肩が跳ねていた。深く息をついて、コーヒーを淹れる用意にかかる。

 何がこんなにショックなのだろう? あの赤毛が、僕たちの誓いの内容を知っていたことが? コウが彼に話したという事実が? こんな話をしなければならないような関係性が、彼らにあったのではないか、という疑念が――。だが、赤毛はこうも言っていたではないか。

 ――今に必ずこの呪を解いてやるからな。と。

 これは奴の嫉妬心からの言葉だ。これこそが、コウの心が僕にある証拠ではないか――。

 一年もの間、コウを打っ棄り、好き勝手していた奴が、今さら何を言うか! 僕はいくらでも、受けて立ってやる!




感想 4

あなたにおすすめの小説

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

さよなら、永遠の友達

万里
BL
高校時代、バスケットボール部のキャプテン・基樹と、副部長として彼を支える冷静な舜一。対照的な二人は親友であり、マネージャーの結子を含めた三人は分かちがたい絆で結ばれていた。しかし舜一は、基樹への決して報われない恋心を隠し続けていた。 卒業を控え、基樹との「ずっと一緒にバスケをする」という約束を破り、舜一は逃げるように東京の大学へ進学する。基樹を突き放したのは、彼が結子と結ばれる幸せを近くで見届ける自信がなかったからだ。 10年後。孤独に生きる舜一のもとに、基樹から「結子が事故で亡くなった」という絶望の電話が入る。ボロボロになった親友の悲痛な叫びを聞いた瞬間、舜一の中にあった想いが目を覚ます。仕事もキャリアも投げ出し、舜一は深夜の高速をひた走る。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。