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第二章
ゲスト 6.
テーブルには揃いの椅子が7脚。赤毛の提案でバズに近隣を案内している間に、ディナー・テーブルには7人分の食器がセットされ、湯気の立つスープ鍋、肉の塊の載った大皿が並ぶ。今まさにオーブンから出してきたばかりのような――。
「ドラコ、ありがとう!」
コウが嬉しそうに声を弾ませ、バズとミラは豪華な食卓に感嘆の声をあげる。マリーは連日の充分すぎる食事に食傷気味で、ショーンも今さら感動はないようだが、従弟やミラの手前、鼻が高そうではある。
僕たちがハイストリートに並ぶ店を冷かしている間にいつのまにか消えていた赤毛が、先に戻って食事の用意をしてくれたのだという。いけしゃあしゃとよくそんなことを自慢げに言えるものだ。ただたんに雇人に命令しただけのくせに――。
ちょっと待て――。どうして同じ椅子が7脚なんだ?
「アル、どうしたの?」
この奇妙な事実に茫然と立ちつくしていた僕の腕に、コウの手が触れる。訝しそうに僕を覗きこんでいる。皆はとっくにテーブルについて僕たちを見ていた。空いている席がふたつ。僕とコウの席だ。
「椅子。増殖してる」
「え――?」
「――つまり、この中の1脚は偽物ってことなのかな?」
コウの顔色が変わった。
「もともとチッペンデールの椅子は6脚しかないはずなのに、全員分の椅子がある。1脚は修理から戻ってきたにしても、増えているってのは変じゃないか」
僕の腕にあったコウの指先が、ぎゅっとシャツを掴んでいた。小刻みに震えながら――。
いけない、これ以上コウを追い詰めては――。
「先に食事にしよう。後で彼に問い質せばいいじゃないか。皆を待たせてしまってるよ」
耳に唇が触れるほど寄せて囁いた。コウは蒼褪めたまま小さく頷く。だが、彼は席には着かずに、テーブルの傍らに置かれたワゴンから前菜の皿を持ちあげ配り始める。
それくらい、各自でやれ! と心の中で毒づきはしたが、バズとミラにはあくまで客人として一線を引いておきたい思いもあって、文句は喉元で呑み下した。そして僕もコウを手伝ってワインを注いで回った。血のような赤が、なみなみと彼らのグラスに満ち満ちてゆく。最後に自分のグラスに注いで、席に着いた。コウのグラスには、もちろんペリエだ。ミラが気づいてクスリと鼻で笑った。バズは、コウは酒が駄目なことを知っているのか、眼前の自分のグラスの赤に恐縮している。
赤毛は帰ってきた時も、今も変わりなく横柄な態度でふんぞり返っている。バズとは軽い挨拶を交わしたきり、後は見向きもしない。ミラに対してもだ。そのくせ、このテーブルではコウとショーンくらいしかついていけない小難しい古代信仰の儀式について、喋りちらしている。ショーンだけが興奮気味にそんな奴の相手をしていた。
赤毛の向ける粘着質な視線にコウは気づきさえせず、この会話にも加わらなかった。あれからずっと上の空なのだ。蒼い顔のまま、食べることにだけ機械的に口を動かしている。皆が前菜を食べ終わってもコウはぼんやりしたままで、バズが話しかけても生返事ばかりだ。
ショーンが見かねて話の途中で席を立ち、スープを注いで回ってくれた。彼は意外にこんな場面で周囲のことに目端が利く。とてもそうとは感じられないほどに、せわしなく口は回り続けているのに――。
バズは、従兄と、肝心のコウが自分にかまってくれることを諦めたのか、僕に話題をふってきた。
「このカトラリー、アルが作ったんだそうですね! コウの指輪も――。すごいな。彫金が趣味って、すごくかっこいい」
「ありがとう。趣味っていっても、最近じゃ忙しすぎてちっとも触る暇もないんだ」
適当に応えながら、手の中のカトラリーに視線を落とした。アンナとスティーブへのクリスマスプレゼントに作ったものだ。マリーには確か、カトラリーと同じ水仙の意匠で、少しだけ余った銀をブローチにしてあげた。あれからずっと、彼女へのクリスマスの贈り物は銀細工のなにかだ。そして、彼らにはこの家に飾るなにか――。
――手先の器用さは、父親ゆずりだね。
ずしりと重い銀の感触を楽しみながら、スティーブが嬉しそうに笑っていた。僕の中に、彼に似たところを見つけることができたことが、その手の中のもの以上に嬉しくてたまらないのだ、とでも言いたげに――。
「コウ、俺がサーブしてもいいのかな?」
ショーンが立ちあがってコウを見ている。
「え? あ、うん。お願い」
なんのことか解っているのか、いないのか、コウはやはり生返事だ。もっとも、ローストビーフの切り分けなんて、誰でもやりたい奴がやればいい――。
「なんだ、お前がするんじゃないのか? お前がこの家の主人だろ、白雪姫」
何を今さら――。
思いがけず赤毛が僕を見据えている。このまま無視してくれればいいのに――。赤毛の挑発にのせられないようにと深く息を吸いこみ、一呼吸おいてから僕は冷笑を浮かべて答えた。
「残念ながら僕はただの居候でね。ここの正当な主人代理は、彼女だよ」
傍らに座るマリーの肩に手をおいた。赤毛はくっ、と歪んだ笑みを唇にのせる。
「肉の切り分けはお前がしろ、この家に一番長く住んでるんだ」
「べつにショーンでかまわないよ」
「なにをもめてるの?」
コウが慌てて立ちあがる。
「ほら、マリー、皿を回せよ。もう切っちまったよ。ミラも――」
僕と赤毛が愚にもつかないことで言い合っている間に、ショーンはてきぱきと肉を切り分け、皆の皿にのせていっている。ちっ、と赤毛が舌打ちする。コウは呆けたように順繰りに皆の顔を見回し、テーブルのローストビーフをじっと見つめ、最後に赤毛で視線を留めた。怒りに燃えた深い琥珀色の瞳を――。
「呪をかけたね?」
はなからコウと目を合わせようとしない赤毛を見据えて、コウが呟いた。
「ドラコ、ありがとう!」
コウが嬉しそうに声を弾ませ、バズとミラは豪華な食卓に感嘆の声をあげる。マリーは連日の充分すぎる食事に食傷気味で、ショーンも今さら感動はないようだが、従弟やミラの手前、鼻が高そうではある。
僕たちがハイストリートに並ぶ店を冷かしている間にいつのまにか消えていた赤毛が、先に戻って食事の用意をしてくれたのだという。いけしゃあしゃとよくそんなことを自慢げに言えるものだ。ただたんに雇人に命令しただけのくせに――。
ちょっと待て――。どうして同じ椅子が7脚なんだ?
「アル、どうしたの?」
この奇妙な事実に茫然と立ちつくしていた僕の腕に、コウの手が触れる。訝しそうに僕を覗きこんでいる。皆はとっくにテーブルについて僕たちを見ていた。空いている席がふたつ。僕とコウの席だ。
「椅子。増殖してる」
「え――?」
「――つまり、この中の1脚は偽物ってことなのかな?」
コウの顔色が変わった。
「もともとチッペンデールの椅子は6脚しかないはずなのに、全員分の椅子がある。1脚は修理から戻ってきたにしても、増えているってのは変じゃないか」
僕の腕にあったコウの指先が、ぎゅっとシャツを掴んでいた。小刻みに震えながら――。
いけない、これ以上コウを追い詰めては――。
「先に食事にしよう。後で彼に問い質せばいいじゃないか。皆を待たせてしまってるよ」
耳に唇が触れるほど寄せて囁いた。コウは蒼褪めたまま小さく頷く。だが、彼は席には着かずに、テーブルの傍らに置かれたワゴンから前菜の皿を持ちあげ配り始める。
それくらい、各自でやれ! と心の中で毒づきはしたが、バズとミラにはあくまで客人として一線を引いておきたい思いもあって、文句は喉元で呑み下した。そして僕もコウを手伝ってワインを注いで回った。血のような赤が、なみなみと彼らのグラスに満ち満ちてゆく。最後に自分のグラスに注いで、席に着いた。コウのグラスには、もちろんペリエだ。ミラが気づいてクスリと鼻で笑った。バズは、コウは酒が駄目なことを知っているのか、眼前の自分のグラスの赤に恐縮している。
赤毛は帰ってきた時も、今も変わりなく横柄な態度でふんぞり返っている。バズとは軽い挨拶を交わしたきり、後は見向きもしない。ミラに対してもだ。そのくせ、このテーブルではコウとショーンくらいしかついていけない小難しい古代信仰の儀式について、喋りちらしている。ショーンだけが興奮気味にそんな奴の相手をしていた。
赤毛の向ける粘着質な視線にコウは気づきさえせず、この会話にも加わらなかった。あれからずっと上の空なのだ。蒼い顔のまま、食べることにだけ機械的に口を動かしている。皆が前菜を食べ終わってもコウはぼんやりしたままで、バズが話しかけても生返事ばかりだ。
ショーンが見かねて話の途中で席を立ち、スープを注いで回ってくれた。彼は意外にこんな場面で周囲のことに目端が利く。とてもそうとは感じられないほどに、せわしなく口は回り続けているのに――。
バズは、従兄と、肝心のコウが自分にかまってくれることを諦めたのか、僕に話題をふってきた。
「このカトラリー、アルが作ったんだそうですね! コウの指輪も――。すごいな。彫金が趣味って、すごくかっこいい」
「ありがとう。趣味っていっても、最近じゃ忙しすぎてちっとも触る暇もないんだ」
適当に応えながら、手の中のカトラリーに視線を落とした。アンナとスティーブへのクリスマスプレゼントに作ったものだ。マリーには確か、カトラリーと同じ水仙の意匠で、少しだけ余った銀をブローチにしてあげた。あれからずっと、彼女へのクリスマスの贈り物は銀細工のなにかだ。そして、彼らにはこの家に飾るなにか――。
――手先の器用さは、父親ゆずりだね。
ずしりと重い銀の感触を楽しみながら、スティーブが嬉しそうに笑っていた。僕の中に、彼に似たところを見つけることができたことが、その手の中のもの以上に嬉しくてたまらないのだ、とでも言いたげに――。
「コウ、俺がサーブしてもいいのかな?」
ショーンが立ちあがってコウを見ている。
「え? あ、うん。お願い」
なんのことか解っているのか、いないのか、コウはやはり生返事だ。もっとも、ローストビーフの切り分けなんて、誰でもやりたい奴がやればいい――。
「なんだ、お前がするんじゃないのか? お前がこの家の主人だろ、白雪姫」
何を今さら――。
思いがけず赤毛が僕を見据えている。このまま無視してくれればいいのに――。赤毛の挑発にのせられないようにと深く息を吸いこみ、一呼吸おいてから僕は冷笑を浮かべて答えた。
「残念ながら僕はただの居候でね。ここの正当な主人代理は、彼女だよ」
傍らに座るマリーの肩に手をおいた。赤毛はくっ、と歪んだ笑みを唇にのせる。
「肉の切り分けはお前がしろ、この家に一番長く住んでるんだ」
「べつにショーンでかまわないよ」
「なにをもめてるの?」
コウが慌てて立ちあがる。
「ほら、マリー、皿を回せよ。もう切っちまったよ。ミラも――」
僕と赤毛が愚にもつかないことで言い合っている間に、ショーンはてきぱきと肉を切り分け、皆の皿にのせていっている。ちっ、と赤毛が舌打ちする。コウは呆けたように順繰りに皆の顔を見回し、テーブルのローストビーフをじっと見つめ、最後に赤毛で視線を留めた。怒りに燃えた深い琥珀色の瞳を――。
「呪をかけたね?」
はなからコウと目を合わせようとしない赤毛を見据えて、コウが呟いた。
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