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第四章
魔術師 7.
玄関のドアを自ら開けて彼を迎えたとたん、一気に緊張が解けていた。衝動的に抱きついて、彼を強く抱きしめてしまっていた。そして「ありがとう」と、喉の奥から声を絞りだして囁いていた。
まったくもって、自分の行動が信じられない。それ以上に自分の感情が。僕がこの男に、感謝と敬意を払う日がくるなんて。
傍若無人で無神経な、そして、武骨なまでに誠実な僕の同居人、ショーン・プレスコット――。
彼はこうして、一も二もなくこんな田舎まで駆けつけてくれたのだ。寝ていた彼を朝っぱらから電話で叩き起こして告げた僕の話を、終わりまで聴くことさえしないで。そんな一面はまったく、落ち着きのない彼らしかったのだが。
「ほら、アル、大丈夫だって。なんとかなるよ、きみに頼まれたものも、ちゃんと持ってきたからさ」
ショーンは僕を宥めるように、背中をとんとんと叩いてくれている。
「感謝してもし切れない。きみという存在がいてくれて本当によかった」
深く息をついてようやく彼の支えを離し、なんとか笑みを形作る。
「それでコウは? 逢えるかな?」
「もう少し後でなら。もうじき医者が往診に来るんだ」
「じゃあ、先に詳しい話を教えてもらえるかい?」
ショーンは神妙な眼差しを僕に向けている。好奇心、というのとは違う。彼は何よりも、コウのことを心配してくれているのだ。この彼の迅速な行動は、僕のためというよりも、コウのためなのだろう。だが、それでかまわない。彼がコウを救いだしてくれるのなら――。
僕は彼を居間へと誘った。
「彼女、マリーも、きみとコウのことをすごく心配してるんだ。一言でいいから連絡を入れてやってくれ」
ソファーに腰を下ろすなり、ショーンはどこか恥ずかしそうにそんなことを言った。
「ありがとう。彼女を気遣ってくれて」
本当に――。今の僕にはマリーのことなど思い遣れる余裕はないもの。
スミス夫人がお茶を運んでくれるのを待ってから、僕はショーンに、コウの容体、父の病気のこと、この二人を繋ぐ魔法陣のことなどを掻い摘んで話した。コウの今の状態と僕たちと赤毛との間の経緯に関しては、大方電話で話している。僕はショーンに、僕には欠けている魔術に関する知識と見解を求めて彼を頼ったのだ。
彼は眉をよせ、真剣な表情でときどき頷きながら僕の話を聴いてくれていた。誰かにこんなにも両親の話をしたことなんて、これまでの人生ではなかったことだ。バニーくらいだ。それだって、彼は僕のバイザーだったから、そうしなければならなかっただけで。助けを求めて話すなんてこと――、聴くことこそが僕の仕事なのに。
「難しいな――。なんとも判断できないよ。きみの仮説は考察の価値はあると思う。でもこれだけじゃ、きみが危惧するように、あまりにも不正確だというのも解る。話を聴かせてもらってから俺も人形を確認して、その魔法陣の解説がどこかに載ってないかと調べてみたんだ。でも、見つからなかったよ」
ショーンはどこか苛々した様子で、膝を小刻みに揺すっている。彼は赤毛とコウの関係性に嫉妬こそすれ、僕のように赤毛に嫌悪を抱いているわけではない。コウの命を脅かしかねない現状が、僕と赤毛が引き起こした些末な感情のもつれ合いだということが、納得いかないものでもあるのだろう。
確かにそうなのだ。僕が奴に頭を下げて、コウを渡せば済む話なのだから。
「きみのお父さん――、彼に逢えるかな? コウがここに来たとき、魔術の話で盛りあがったって言ってただろ。同じ話題で話ができるかもしれない。コウほどの知識はないけどさ、俺だってそれなりにこの手の話はできると思う」
ショーンは貧乏揺すりを止め、ローテーブルに身を乗りだすようにして声を低めた。
「きみの部屋にあった彼の日記も持ってきたんだ。ここに来るまでにざっとだけど読んだよ。日記に書かれているだけじゃなくてさ、もっと詳しい資料があるんじゃないかと思うんだ。彼から何か訊きだせるかもしれない」
ショーンの言いたいことは解る。もっともだということも。だがアーノルドは、精神疾患を患って自宅療養中の患者なのだ。こうした急激な変化が彼の環境として相応しくないことが、僕の決断を迷わせていた。ただでさえ、これまで変わることのなかった彼の世界が綻びをみせているのだ。
ショーンは息を殺して僕の返答を待っている。そして、おもむろにすっかり冷めてしまった紅茶のカップを持ちあげる。それからビスケットを摘まんで――。
カシャン、と、アーノルドが、人形を叩きつける――。
その瞬間の記憶が、そのとき感じた恐怖と不安が、罪悪感を伴って一気に全身を渦巻いていた。トリスケルが僕を呑みこんでその渦を広げる。
眩暈を起こしたかのように、視界が揺れた。
「かまわないよ。きみが僕を手伝ってくれるのなら――。すべての責任は僕が持つ。彼の用いた魔術の情報を引き出して、コウを――、それに僕を助けてくれ」
声も、膝のうえで握りしめた拳も、震えていた。
僕は決意したのだ。僕の責任のうえで。
彼が彼女だけを選んだように、僕もコウだけを選んだのだ。
彼を切り捨てて――。
まったくもって、自分の行動が信じられない。それ以上に自分の感情が。僕がこの男に、感謝と敬意を払う日がくるなんて。
傍若無人で無神経な、そして、武骨なまでに誠実な僕の同居人、ショーン・プレスコット――。
彼はこうして、一も二もなくこんな田舎まで駆けつけてくれたのだ。寝ていた彼を朝っぱらから電話で叩き起こして告げた僕の話を、終わりまで聴くことさえしないで。そんな一面はまったく、落ち着きのない彼らしかったのだが。
「ほら、アル、大丈夫だって。なんとかなるよ、きみに頼まれたものも、ちゃんと持ってきたからさ」
ショーンは僕を宥めるように、背中をとんとんと叩いてくれている。
「感謝してもし切れない。きみという存在がいてくれて本当によかった」
深く息をついてようやく彼の支えを離し、なんとか笑みを形作る。
「それでコウは? 逢えるかな?」
「もう少し後でなら。もうじき医者が往診に来るんだ」
「じゃあ、先に詳しい話を教えてもらえるかい?」
ショーンは神妙な眼差しを僕に向けている。好奇心、というのとは違う。彼は何よりも、コウのことを心配してくれているのだ。この彼の迅速な行動は、僕のためというよりも、コウのためなのだろう。だが、それでかまわない。彼がコウを救いだしてくれるのなら――。
僕は彼を居間へと誘った。
「彼女、マリーも、きみとコウのことをすごく心配してるんだ。一言でいいから連絡を入れてやってくれ」
ソファーに腰を下ろすなり、ショーンはどこか恥ずかしそうにそんなことを言った。
「ありがとう。彼女を気遣ってくれて」
本当に――。今の僕にはマリーのことなど思い遣れる余裕はないもの。
スミス夫人がお茶を運んでくれるのを待ってから、僕はショーンに、コウの容体、父の病気のこと、この二人を繋ぐ魔法陣のことなどを掻い摘んで話した。コウの今の状態と僕たちと赤毛との間の経緯に関しては、大方電話で話している。僕はショーンに、僕には欠けている魔術に関する知識と見解を求めて彼を頼ったのだ。
彼は眉をよせ、真剣な表情でときどき頷きながら僕の話を聴いてくれていた。誰かにこんなにも両親の話をしたことなんて、これまでの人生ではなかったことだ。バニーくらいだ。それだって、彼は僕のバイザーだったから、そうしなければならなかっただけで。助けを求めて話すなんてこと――、聴くことこそが僕の仕事なのに。
「難しいな――。なんとも判断できないよ。きみの仮説は考察の価値はあると思う。でもこれだけじゃ、きみが危惧するように、あまりにも不正確だというのも解る。話を聴かせてもらってから俺も人形を確認して、その魔法陣の解説がどこかに載ってないかと調べてみたんだ。でも、見つからなかったよ」
ショーンはどこか苛々した様子で、膝を小刻みに揺すっている。彼は赤毛とコウの関係性に嫉妬こそすれ、僕のように赤毛に嫌悪を抱いているわけではない。コウの命を脅かしかねない現状が、僕と赤毛が引き起こした些末な感情のもつれ合いだということが、納得いかないものでもあるのだろう。
確かにそうなのだ。僕が奴に頭を下げて、コウを渡せば済む話なのだから。
「きみのお父さん――、彼に逢えるかな? コウがここに来たとき、魔術の話で盛りあがったって言ってただろ。同じ話題で話ができるかもしれない。コウほどの知識はないけどさ、俺だってそれなりにこの手の話はできると思う」
ショーンは貧乏揺すりを止め、ローテーブルに身を乗りだすようにして声を低めた。
「きみの部屋にあった彼の日記も持ってきたんだ。ここに来るまでにざっとだけど読んだよ。日記に書かれているだけじゃなくてさ、もっと詳しい資料があるんじゃないかと思うんだ。彼から何か訊きだせるかもしれない」
ショーンの言いたいことは解る。もっともだということも。だがアーノルドは、精神疾患を患って自宅療養中の患者なのだ。こうした急激な変化が彼の環境として相応しくないことが、僕の決断を迷わせていた。ただでさえ、これまで変わることのなかった彼の世界が綻びをみせているのだ。
ショーンは息を殺して僕の返答を待っている。そして、おもむろにすっかり冷めてしまった紅茶のカップを持ちあげる。それからビスケットを摘まんで――。
カシャン、と、アーノルドが、人形を叩きつける――。
その瞬間の記憶が、そのとき感じた恐怖と不安が、罪悪感を伴って一気に全身を渦巻いていた。トリスケルが僕を呑みこんでその渦を広げる。
眩暈を起こしたかのように、視界が揺れた。
「かまわないよ。きみが僕を手伝ってくれるのなら――。すべての責任は僕が持つ。彼の用いた魔術の情報を引き出して、コウを――、それに僕を助けてくれ」
声も、膝のうえで握りしめた拳も、震えていた。
僕は決意したのだ。僕の責任のうえで。
彼が彼女だけを選んだように、僕もコウだけを選んだのだ。
彼を切り捨てて――。
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