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第四章
儀式 6
リハーサルの前に、ショーンに言われた通り、清めの儀式とかいうプレ儀式に取りかかった。コウを塩入りの水風呂に入れるのだ。粗塩と一緒に渡されたなんだかよく判らないエッセンシャルオイルも加えて。花や果物のような香しい匂いではなくて、記憶にあるようでないような、曖昧な、清涼感のある香りだ。
こんなものまで持ってきていたのかと彼に尋ねると、儀式に必要なものはこの家に一式揃っていたのだという。「これ使って大丈夫なの? 彼が儀式を行ったのは僕が生まれる前だろ!」と呆れて抗議する。さすがに「そんな古い物のわけないだろ!」と笑われた。
やはり彼は再び儀式を行うつもりで、最近になっていろいろ準備していたようなのだ。
「でも、勝手に使って彼にバレたら困ったことになるんじゃないの?」
「ちゃんと断ってるよ。曲がりなりにも魔導書の研究をしてるんだから、清めの手順とそれなりの物が必要だって言ったら、くれたんだよ!」
こういうところ、ショーンは実にソツがないな、と思うよ。
ショーンの知る従来の儀式様式では、コウは裸でいなければならないらしい。だが、そこは断固反対した。形式を辿ればいいのだから、その辺りは融通を効かせてくれ、と。僕は露骨に嫌な顔をしていたのだろう。ショーンは肩をすくめて唇を突き出し、それからククッと笑って「まぁ、ノートには衣装の指定はなかったしな」と頷いた。揶揄われたのかな、という気がする。
この清めの手順はコウだけでなく、彼に触れる僕も行わなければならない。関係ないだろ、と思うのだが、こういった形式を踏むことは、気を引きしめ気分を高揚させるために有効だからと言われ、渋々従った。
バスタブに張った水に塩とエッセンシャルオイルを垂らす。コウを抱いて首まで浸かり、意味も解らない呪文を唱える。身体を沈めたときには鳥肌が立つほど冷たく感じた水も、慣れてくると心地良く思える。清浄感というのは確かにあるのだな、などとと考えていると、口のなかで繰り返している呪文が疎かになる。
僕にとってはただの音でしかないのだが、呪文の韻律に集中していると、僕が水に溶けているのか、水が僕に侵入しているのか判らなくなっていく。フラットに意識が広がり、解けていくのだ。肌を接しているコウの身体が温かくて、溶けあって一つになってしまいそうだ。
この心地良さに、このまま眠ってしまいたくなる。このままずっと、二人で一つの塊になって。
そんな水底に堕ちてしまいそうな意識を引きあげ、慌ててバスタブをでた。
部屋に戻り、ネットで注文した新しい服を身につける。これまではスミス夫人の用意してくれた彼の古着を着ていたのだが、儀式にはおろしたての衣服を身につけなければならない、とこれまたショーンに言われたのだ。
同じくコウにも、新しい服を着せた。ぶかぶかのアーノルドのものじゃない、ちゃんと身体に合った綿のシャツだ。だが、衣服は白の自然素材でなければならないとか、そんなことまで指定される意味は果たしてあるのだろうか――。
などと、言いだしたらきりがないので止めておく。
久しぶりにパジャマではない服を着たコウをベッドに横たえ、髪を梳いて整える。
「コウ、今日は僕の誕生日でもあるんだ。ニーノの店に食べに行こうか? あそこは牡蠣も美味しいよ。彼の父親はナポリ出身だからね、海産物にはこだわりがあるんだそうだよ」
沐浴して、いつもより色づいている唇を擦る。
「僕たちのために、いつでもテーブルを用意しておいてくれるって。ニーノが、きみはどの皿もとても美味しそうに食べてくれた、って喜んでいた。きみは意外に食いしん坊だよね」
しっとりと水分を保った肌に刻まれた模様は、今は火焔と蔦が組み合わさっている。まるで僕のトリスケルがきみの身体のうえで絡み合っているようだね。
「目が覚めたら、一番に何が食べたい? 今晩の夕食は一緒に取ろうね」
もし、それが可能なら――。
「じゃあ、また後で。ショーンを手伝ってくるからね」
軽く触れるだけのキスをした。ぎゅっと絞られた心から、涙が滲み滴り落ちてきそうだった。
僕はまた、きみに、キスすることができるのかな?
きみを抱きしめることができるのかな?
きみの瞼がもう一度持ち上がり、きみの好きな美しい世界を映すことができるなら――、そこに僕がいなくてもそれでいいじゃないか、と、今は、そんな気がしてるんだ。
僕はきみがいないと駄目だけど、きみは、僕がいなくても生きていけるんじゃないかな、って。そして僕は、きみが毎日を生き生きとすごしてくれたら、もうそれでいいんじゃないかな、って。
きみに、きみの人生を生きてほしい。
きみ自身で選びとった人生を。
そのために、僕は赤毛からきみの心を取り戻したい。
ただ、それだけのために。
その後のことは、――もう考えないことにしたよ。
こんなものまで持ってきていたのかと彼に尋ねると、儀式に必要なものはこの家に一式揃っていたのだという。「これ使って大丈夫なの? 彼が儀式を行ったのは僕が生まれる前だろ!」と呆れて抗議する。さすがに「そんな古い物のわけないだろ!」と笑われた。
やはり彼は再び儀式を行うつもりで、最近になっていろいろ準備していたようなのだ。
「でも、勝手に使って彼にバレたら困ったことになるんじゃないの?」
「ちゃんと断ってるよ。曲がりなりにも魔導書の研究をしてるんだから、清めの手順とそれなりの物が必要だって言ったら、くれたんだよ!」
こういうところ、ショーンは実にソツがないな、と思うよ。
ショーンの知る従来の儀式様式では、コウは裸でいなければならないらしい。だが、そこは断固反対した。形式を辿ればいいのだから、その辺りは融通を効かせてくれ、と。僕は露骨に嫌な顔をしていたのだろう。ショーンは肩をすくめて唇を突き出し、それからククッと笑って「まぁ、ノートには衣装の指定はなかったしな」と頷いた。揶揄われたのかな、という気がする。
この清めの手順はコウだけでなく、彼に触れる僕も行わなければならない。関係ないだろ、と思うのだが、こういった形式を踏むことは、気を引きしめ気分を高揚させるために有効だからと言われ、渋々従った。
バスタブに張った水に塩とエッセンシャルオイルを垂らす。コウを抱いて首まで浸かり、意味も解らない呪文を唱える。身体を沈めたときには鳥肌が立つほど冷たく感じた水も、慣れてくると心地良く思える。清浄感というのは確かにあるのだな、などとと考えていると、口のなかで繰り返している呪文が疎かになる。
僕にとってはただの音でしかないのだが、呪文の韻律に集中していると、僕が水に溶けているのか、水が僕に侵入しているのか判らなくなっていく。フラットに意識が広がり、解けていくのだ。肌を接しているコウの身体が温かくて、溶けあって一つになってしまいそうだ。
この心地良さに、このまま眠ってしまいたくなる。このままずっと、二人で一つの塊になって。
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などと、言いだしたらきりがないので止めておく。
久しぶりにパジャマではない服を着たコウをベッドに横たえ、髪を梳いて整える。
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「目が覚めたら、一番に何が食べたい? 今晩の夕食は一緒に取ろうね」
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ただ、それだけのために。
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