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第四章
大地
スティーブは長い間、アーノルドの作った四大精霊の人形を探していた。この人形は現在では写真でしか見ることができないけれど、その評価の高さ、人気の根強さから偽物が多く出回っている。だが彼は、それら偽物には見向きもしなかった。
何のために、と僕は訊ねたことはない。おそらくアーノルドに刺激を与えて正気を取り戻すきっかけにしたいのだろう、とそれくらいにしか考えていなかったのだ。
けれど、アーノルドの世界に取り込まれたコウの見た記憶から得た考察では、スティーブは、アーノルドの世界を終わらせるために火の精霊の人形を探していたのではないか、とそう考えずにはいられない。彼がすべてを知っていたのなら。僕がコウの見解を伝えたときも、彼は僕には何も言わなかったのに。
彼は儀式後のアーノルドの変容を、自らの責任だと思っていたのだろうか――。
スティーブらしいな、と思った。彼は僕を育てることを、自然の摂理から外れたアーノルドの欲望を止めなかった自身の贖罪としてきたのかもしれない。こんな未来をもたらすことになるなんて、あの儀式の時点で誰に予測できるはずもないのに。
――きみが悪いんじゃない。
あの言葉が僕へ向けられたものであれ、アーノルドへ向けられたものであれ、それは自分の責任である、と彼は言いたかったのかもしれない。
そしてついに、スティーブは彼自身の手で、アーノルドの御伽噺に終止符を打ったのだ。
「ということは、ショーンとコウの身体は、アーノルドではなく、スティーブが隠したのかもしれないね。それならきっと二人とも無事だよ。彼は関係ない他人を巻きこんで困らせるような人間じゃないからね」
「僕もそう願ってるよ」と、コウも大きく頷く。
コウの話によると、そもそも受肉の儀式は人間の仕切るものではないのだそうだ。当然、魔術師でもないショーンに扱えるものではない。それがどういう訳か特殊な過程の途上で、魔法陣のうえにいるコウの身体を通して赤毛が召喚され、人形のなかに囚われてしまっているらしい。
「たぶん、地の精霊か水の精霊が、表にでてきたドラコを封じようと、介入してきたんだ」
――無駄だぞ! 扉は壊されちまったんだからな!
姿はかき消えているのに、甲高い声が耳障りに響いてくる。
「でも、きみの分位体が囚われてるのは事実だろ! 器の人形がどこにあるかってことくらい、教えてくれたっていいじゃないか!」
――捕まってるのはおまえだ! さっさと叩き壊してこい!
「そんなこと言われたって、僕にはどこだか判んないよ!」
コウがぷっと頬を膨らませる。
コウが以前言っていた、彼らとは会話できない、という意味が解ったような気がした。奴は自分の言いたいことしか言わないのだ。この会話に比べれば、さっきの僕との会話はまだ答えてくれていた方なのかもしれない。あのガマガエル兄弟にしても、おそらくこいつの仲間で――。
「ガマガエル兄弟――」
コウが吹きだして笑った。
「カエルじゃなくて、彼らはブラウニーだよ。家事を手伝うのがなりわいのゴブリンの一種族なんだ」
「妖精?」
「そうだよ」
「妖精って、綺麗でかわいいものだと思ってたよ」
「きみって本当にこの世界のことに疎いんだね。イギリス人なのに!」
「興味なかったから」
それからすぐに、僕は「ごめん」と謝った。コウはちょっと寂しげに笑って首を振る。
「それじゃ、スミス夫妻もそうなのかな?」
「彼らはきみと同じ。混血だと思う」
「人間と妖精の?」
「うん」
僕と同じ――。
そう言われてみたところで、急に自覚が持てるものでもなく。僕と純粋な人間との間にどんな差があるのか、まったくもってピンとこない。
「ごめん。そんな意味で言ったんじゃないんだ。きみはれっきとした普通の人間だよ! 僕なんかと違って、」
「コウ、コウだって何も変わらないじゃないか。きみと彼の契約を終わらせれば済むことなんじゃないの? アーノルドの件が片づいて今の混乱が収まれば、彼は彼の世界に還り、きみはきみの属する世界、僕たちの生きる現実世界に、僕と一緒に当たり前の人間として還るんだよ。アーノルドの子どもは御伽噺を現実にして、彼を見出してくれた最高の伴侶と末永くハッピーエンドを生きるんだ。それがこの物語の結末だ」
チッ、と舌打ちする音が聞こえた。もちろん、こんなまねをするのはコウではない。コウはというと、どうしてだか驚いた顔をして、穴のあくほど僕を見つめて、それから思い切り眉を寄せて深く息をついた。
「アル――。誓願を立てたね。また僕の存在が、きみの運命を大きく動かすことになってしまった」
「誓願?」
「きみの言葉が輝いていた。きみを、この環のなかに結びつけたんだ。僕は、こんな業に、きみを縛りたくはないのに――」
「それは無理なんじゃないかな。僕が、コウのそばにいたいんだもの。僕だってきみと同じ運命を生きたっていいじゃないか」
どういうことかよく判らないけれど、コウは口で言うこととは裏腹に、とても嬉しそうだった。だから僕は間違っていないんじゃないかな。コウは僕の背中に腕を回して、肩に頬をぴたりとつけている。恥ずかしがって顔を隠して見せてくれない。
けれど、周囲の景色が温かく色づいているのだ。
緑の絨毯の上に、白いひな菊が咲き乱れ、しめやかな霧雨の彼方に、虹が架かる。
優しく、柔らかに――。
何のために、と僕は訊ねたことはない。おそらくアーノルドに刺激を与えて正気を取り戻すきっかけにしたいのだろう、とそれくらいにしか考えていなかったのだ。
けれど、アーノルドの世界に取り込まれたコウの見た記憶から得た考察では、スティーブは、アーノルドの世界を終わらせるために火の精霊の人形を探していたのではないか、とそう考えずにはいられない。彼がすべてを知っていたのなら。僕がコウの見解を伝えたときも、彼は僕には何も言わなかったのに。
彼は儀式後のアーノルドの変容を、自らの責任だと思っていたのだろうか――。
スティーブらしいな、と思った。彼は僕を育てることを、自然の摂理から外れたアーノルドの欲望を止めなかった自身の贖罪としてきたのかもしれない。こんな未来をもたらすことになるなんて、あの儀式の時点で誰に予測できるはずもないのに。
――きみが悪いんじゃない。
あの言葉が僕へ向けられたものであれ、アーノルドへ向けられたものであれ、それは自分の責任である、と彼は言いたかったのかもしれない。
そしてついに、スティーブは彼自身の手で、アーノルドの御伽噺に終止符を打ったのだ。
「ということは、ショーンとコウの身体は、アーノルドではなく、スティーブが隠したのかもしれないね。それならきっと二人とも無事だよ。彼は関係ない他人を巻きこんで困らせるような人間じゃないからね」
「僕もそう願ってるよ」と、コウも大きく頷く。
コウの話によると、そもそも受肉の儀式は人間の仕切るものではないのだそうだ。当然、魔術師でもないショーンに扱えるものではない。それがどういう訳か特殊な過程の途上で、魔法陣のうえにいるコウの身体を通して赤毛が召喚され、人形のなかに囚われてしまっているらしい。
「たぶん、地の精霊か水の精霊が、表にでてきたドラコを封じようと、介入してきたんだ」
――無駄だぞ! 扉は壊されちまったんだからな!
姿はかき消えているのに、甲高い声が耳障りに響いてくる。
「でも、きみの分位体が囚われてるのは事実だろ! 器の人形がどこにあるかってことくらい、教えてくれたっていいじゃないか!」
――捕まってるのはおまえだ! さっさと叩き壊してこい!
「そんなこと言われたって、僕にはどこだか判んないよ!」
コウがぷっと頬を膨らませる。
コウが以前言っていた、彼らとは会話できない、という意味が解ったような気がした。奴は自分の言いたいことしか言わないのだ。この会話に比べれば、さっきの僕との会話はまだ答えてくれていた方なのかもしれない。あのガマガエル兄弟にしても、おそらくこいつの仲間で――。
「ガマガエル兄弟――」
コウが吹きだして笑った。
「カエルじゃなくて、彼らはブラウニーだよ。家事を手伝うのがなりわいのゴブリンの一種族なんだ」
「妖精?」
「そうだよ」
「妖精って、綺麗でかわいいものだと思ってたよ」
「きみって本当にこの世界のことに疎いんだね。イギリス人なのに!」
「興味なかったから」
それからすぐに、僕は「ごめん」と謝った。コウはちょっと寂しげに笑って首を振る。
「それじゃ、スミス夫妻もそうなのかな?」
「彼らはきみと同じ。混血だと思う」
「人間と妖精の?」
「うん」
僕と同じ――。
そう言われてみたところで、急に自覚が持てるものでもなく。僕と純粋な人間との間にどんな差があるのか、まったくもってピンとこない。
「ごめん。そんな意味で言ったんじゃないんだ。きみはれっきとした普通の人間だよ! 僕なんかと違って、」
「コウ、コウだって何も変わらないじゃないか。きみと彼の契約を終わらせれば済むことなんじゃないの? アーノルドの件が片づいて今の混乱が収まれば、彼は彼の世界に還り、きみはきみの属する世界、僕たちの生きる現実世界に、僕と一緒に当たり前の人間として還るんだよ。アーノルドの子どもは御伽噺を現実にして、彼を見出してくれた最高の伴侶と末永くハッピーエンドを生きるんだ。それがこの物語の結末だ」
チッ、と舌打ちする音が聞こえた。もちろん、こんなまねをするのはコウではない。コウはというと、どうしてだか驚いた顔をして、穴のあくほど僕を見つめて、それから思い切り眉を寄せて深く息をついた。
「アル――。誓願を立てたね。また僕の存在が、きみの運命を大きく動かすことになってしまった」
「誓願?」
「きみの言葉が輝いていた。きみを、この環のなかに結びつけたんだ。僕は、こんな業に、きみを縛りたくはないのに――」
「それは無理なんじゃないかな。僕が、コウのそばにいたいんだもの。僕だってきみと同じ運命を生きたっていいじゃないか」
どういうことかよく判らないけれど、コウは口で言うこととは裏腹に、とても嬉しそうだった。だから僕は間違っていないんじゃないかな。コウは僕の背中に腕を回して、肩に頬をぴたりとつけている。恥ずかしがって顔を隠して見せてくれない。
けれど、周囲の景色が温かく色づいているのだ。
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優しく、柔らかに――。
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