山奥の神社に棲むサラマンダーに出逢ったので、もう少し生きてみようかと決めた僕と彼の話

萩尾雅縁

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5.風の卵 その2

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 引き寄せられるように、そのトランプに手を伸ばした。
 とたんにそれは燃えあがった。あの時と同じだ。彼、サラマンダーに出逢った時と。

 また精霊が現れるのか、と否応なく期待で高まる。――それなのに、薄らと青黒い煙が一筋立ちのぼっただけで何も起こらない。
 がっかりして、ちらりと彼に目をやった。

 彼はじっとして動かない。太い御神木の幹のトランプの刺さっていた辺りを睨みつけている。彼の輪郭がゆらゆら揺らめいて幻のようだ。
 このまま消えてしまうのではないか、と僕は急に不安に襲われた。
「サラマ、」

 ぶおぉ、と火炎が走る。
 彼が、御神木に向かって焔を吹きつけているのだ。揺らぐ身体が一回り膨らんで見える。オレンジ色の炎の塊がゆらゆら膨張と縮小を繰り返している。

 僕はあまりのことに一瞬言葉を忘れ、そして我に返って叫んでいた。

「サラマンダー! 何やってるんだよ、御神木に! そんなもの食べてどうするんだ! 罰が当たるぞ!」

 すぅっと焔が消えて、彼がくるりと振り返る。

「食べるわけないだろ? お前こそ何言ってるんだ?」

 キキキっと彼は笑うと、三回続けてとんぼ返りを打った。

「ほら、見てみろ」

 彼の尻尾が御神木を指して、くいくいと動いている。釣られて振り向くと――。

 御神木の幹が、焼け焦げて穴が空いている!
 何てことをしてくれたんだよ、サラマンダー!

 真っ青になって目を見開いたまま立ち尽くしていた僕の頭上を、彼がせわしなく旋回する。

「ほら、さっさと取りだせよ。俺には触れないんだ」
 意味がわからず、彼を見あげた。
「取りだすって?」
「シルフさ」

 風の精霊シルフ!――。

 僕の脳裏には、付け焼刃で仕入れた知識からものすごい美少女の精霊のイメージが浮かんでいた。期待でトクトクと胸が高鳴る。

 黒く焦げ跡の残る幹にできた空洞うろを覗きこむ。焦げ臭さに顔をしかめる。細く空いた空洞の奥に、仄青く光る何かがあった。期待に胸を膨らませ、まだじりじりと熱をもったそこにそっと手を差しいれる。

 か細く幼気いたいけな美しい精霊をそっと摘みあげ――。ドキドキと取りだしてみると、僕の親指と中指の間に挟まれていたのは、青白い、つやつやとした石っころだった。

「ハズレだね――」
 ため息と一緒に零れ落ちたその一言に、彼はキキッと声を立てて笑い、
「そうでもないさ」と、その青い石の周りをくるくると包むように飛び回る。
「これ、どうするの?」
 僕は掌でその石をコロコロと転がしながら訊ねた。
「孵すんだよ、お前が」
「孵す? なんで僕が!」
「卵が孵るまで俺は触れないんだ」
「なんで?」

 僕は忙しく飛びまわり始めた彼を目で追いながら訊ねた。
 やっぱり精霊同士、人間には思いもつかない不可思議な規則があるのだろうか、と。

「今俺が触るとな、あっという間にゆで卵になっちまうだろ?」

 キキー! と笑いながら飛び跳ねている鬼火のような彼の姿に、触れないなんて絶対嘘で、この卵を孵すのが面倒くさくて僕に押しつけたいだけなんだ、と僕は密かに確信した。盛大なため息を吐いたよ。



 だけど家に帰るとすぐに、言われた通りにその青い卵を井戸水で綺麗に洗った。白磁のお茶碗に入れて僕の部屋の窓辺に置いた。
 開け放った窓辺からは心地よい涼風がさやさやと吹き込み、リンリンと鈴虫の声が響き渡る。
 もう、秋の気配だ。

 銀色の月光を三日三晩浴びせて見守ってやっていると孵るから、と彼は事もなげに言っていたけれど、月がでている間中見張っているこっちの身にもなってみろ!

 電気を点けていると月明かりが判らないし、じっと見ていると何もできない。耳にイヤホンを差し、携帯プレーヤーに入れた英単語帳を聴きながら、僕は茶碗の中の卵を眺めることにした。

 丸い石のようなそれはのっぺりと青いわけではなく、白い筋がいくつも入っている。丸い空に細い雲がたなびいているみたいだ。不透明なのか透明なのか、じっと見ていると判らなくなるのは、やはり空に似ている。そしてその白い筋は、風に流れる雲のようにかすかに動いているようだった。
 薄闇の中、茫と光る昼の空。
 見守る僕は、なんだか神様にでもなった気分だ。




 三日目の夜、彼がやって来た。突風が駆けぬけ火花が舞う。

 と、その衝撃で卵が割れた!

 ぽうっと青に照らされた殻の陰に、小さな渦が震えている。

「やっぱりハズレだね」

 ちっぽけな吐息のような渦巻にがっかりした僕の口から、ため息が漏れる。こんなものが僕が孵した風の精霊だなんて!

「餌次第さ」

 キキッと彼の笑い声。
 渦巻きがふらふらと立ちのぼり、彼の後を追う。そのくるくるとした螺旋の中に、揺らめく陽炎のような半透明の精霊を見つけ、僕は「あ!」と声をあげた。





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