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親切な人
しおりを挟む「キミ、大丈夫か!?」
「え?」
まさか本当に人が入ってきたとは思わなかった。扉が開いたのも、隣の部屋かもって思ってた。
突然声をかけられて、「え?」としか答えられなかった。だって、もうずっと人とちゃんと話したことなんてないし。
「酷いことをするものだ……」
「大丈夫。慣れてるから」
「え? こんなことに慣れてはいけない。とりあえず桶と体を拭く布を貰ってこよう」
そう言うと、その人は出て行った。
浄化が使えるからそんなの必要ないのに。
体が怠い。そして眠い。
あの人、ビックリしただろうな。
ドアを開けたら全裸で僕が倒れてて、血だらけだし、様々な液体が掛かってるし。僕はもう麻痺してるけど、匂いも悪そうだ。
とりあえず治癒は先にかけておこう。もうそろそろ感覚の遮断が切れると思う。痛みが出てくる前に。
「貰ってきたよ。血だらけだし、俺が触ったら痛いかもしれないから、布を絞ったものを渡すね」
「ありがとう」
一度治癒をかけて、少し落ち着いたから、この人はどんな人なんだろうと気になって顔を上げた。
紺色の髪は短く刈られ、日に焼けた素肌、僕にはない分厚い胸板と広い肩幅に高い身長。
ルビーのような赤い目に、精悍な顔立ちの人だった。
この人も冒険者なのかな?
僕はせっかくこの人が用意してくれたから、渡された布で顔を拭いた。
「何があった? いや、こんな酷い目に遭って話したくなど無いよな」
「大丈夫。表面の切り傷とか齧られた傷はかけられたポーションでだいたい治ってるし、さっき一度治癒をかけたから」
「そうか。服はあるか? 無ければ買ってくるが」
「あ、うん。前もビリビリに破られたり燃やされたりしてるから、ちゃんと着替えは持ってきてる。鞄にあるから大丈夫」
「前にも? 何度もこんなことを?」
「うん。仕事、だから……」
「……なんてことだ……」
その人は、なぜか涙を流した。
「どうしたの? なぜ泣いてるの?」
「キミの辛さを思ったら、涙が出てきた。その隷属の首輪のせいか?」
「……うん。でも、大丈夫。慣れてるから」
「どうして……」
「どうしてって言われても、僕には男娼になる道しか用意されてなかったから。選択肢なんてなかったし。逃げることもできなかった」
言葉にして気付いた。僕、逃げたかったの?
死ぬことも逃げることに入るなら、そうかもしれない。
「それでも……こんなこと、酷すぎる」
この人は優しい人だな。他人の僕のことを思って泣いてくれるなんて。
こんな人が、あの本に出てくる僕のたった1人の『月の定』だったらいいのにな。なんて馬鹿みたいなことを考えて、あれはただのお話だし無い無いと首を振った。
「僕はずっと主の命令で男娼をやってる。だから、これは仕方ないことなの。大丈夫。僕は治癒も浄化も使える」
「キミを身請けしたい」
「え?」
「俺はヴァール、キミを放っておけない。俺だって誰にでもこんなことをするわけじゃない。なぜかキミに惹かれた」
「ダメです。そんなこと。そのお金は僕のためじゃなく、もっと大事なことに使ってほしい」
「後悔したくないんだ。このままキミを1人で帰したら、俺は絶対に後悔する」
「……」
「すまん。初対面でそんなことを言っても怪しいし、困らせるだけだよな」
僕はどうしていいか、何を答えたらいいのか分からなくなった。
もっとお金があれば身請けするんだけどとか、そんなことを言うお客さんはいっぱいいるけど、身請けするなんて言った人は初めて。しかもお客さんじゃない。
あぁ、もしかしてこの人も男娼としてではなく憂さ晴らしの相手として僕を買いたいとかそういうことかな? じゃあ僕は結局どこに行っても同じだね。
とりあえず部屋と自分を浄化して、鞄が置いてあるところまで行って服を着た。
あ、体に痛みが出てきた……。
外側にできた傷はいいけど、殴る蹴るでできた内蔵の傷と骨のヒビは、あと何度か治癒かけないと。
「キミ、魔力多いんだな。それに魔力操作が上手い。名前を、聞いてもいいか?」
「ファルシュ。僕の名前はファルシュ。
僕のこと買いたくなったら、レーゲンって店に来てくれれば買えるから。親切にしてくれてありがとう」
服を着た僕は、ヴァールを振り返らずそのままドアを開けて外に出て、一度治癒をかけて走って寮に戻った。
そして寮の布団に潜り込むと、涙が出て止まらなくなった。
体が痛いからじゃない。感情なんて捨てたはずなのに、この毎日から抜け出させてくれるなら、本当は縋りたかったのかもしれない。
それが甘い罠であっても。地獄への入り口だとしても、持ってはいけない『希望』というものを、少しだけ持ってしまったことが悲しくて苦しかった。
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