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一章
11. ごめん?
しおりを挟む「はるき……発情期きちゃった……お願い、もっとして……」
「分かりました」
ごめんの理由が聞けないまま発情期に入ってしまった。発情期に入りそうだからごめんってことだったんだろうか?
そんな思考も政宗さんから出てくる高濃度のフェロモンに溶かされて、どこかに飛んで行ってしまう。
「はるき……すき……もっときて……いっぱいキスして……」
好きという言葉は、いつも通り聞かなかったことにした。発情期なんだから思わず口走っただけだろう。
夢中で政宗さんを求めて、気がつくと夜中だった。夕飯……
夏休みだし、バイトも休みだし昼夜逆転してもいいや。汗ばんだ体にエアコンの風が当たって気持ちいい。
「政宗さん、ご飯食べますか?」
「うん。食べる」
少し落ち着いた様子の政宗さんに声をかけると食べるというので作ることにした。
ごまだれは作ってあるし、豚肉を茹でるだけだけど。
「遥希の料理は相変わらず美味いな」
「そうですか? 嬉しいです」
その言葉を聞いただけで胸が温かくなる。誰に言われるより政宗さんに言われると自信になるんだ。
「遥希は夏休み?」
「そうですよ」
「海とか行きたかったんじゃない? 俺が来なければ」
「いえ、海とか興味ないですし。政宗さんとこうしてご飯食べている方が楽しいです」
「そんなこと言ったら俺、勘違いしちゃうよ? なんてね」
「すみません」
「いいのいいの。気にしないで。嬉しくて照れただけ」
楽しみにしてたのは本当だ。
こんな日々が永遠に続くわけはないけど、今はまだこの関係を続けていたい。この温かい時間を失いたくない。
「はるき……すき、すき……だいすきだよ……」
今回の発情期は症状が重いのかもしれない。
政宗さんは何度も好きだと言う。抱くたびに何度もだ。落ち着いている時にはいつも通りだから、きっと昂った時に無意識に口走ってしまうんだろう。
疲れて眠ってしまった政宗さん。
発情期に外に出すのは危ないから、俺は政宗さんを起こさないようにそっとベッドを抜け出してスーパーへ向かった。
部屋に戻ると政宗さんはまだ寝ていて、なぜかホッとした。
分からないけど、潜在的な部分で何か予感がしたのかもしれない。この時はこの予感が何なのか分からなかった。
発情期は甘えたくなると言っていた。だから俺は買ったものを冷蔵庫に入れると、政宗さんを抱きしめて髪を撫でた。
いや、それは言い訳で、俺が寂しくて甘えたかったのかもしれない。
「んんー、遥希、おはよう」
ずっと髪を撫でていると、政宗さんがようやく起きた。
「おはようございます。ぐっすり眠ってましたね」
「え? 見てたの?」
「寝てる間にスーパーに行ってました。それで戻ってきてウトウトしていた感じです」
「全然気付かなかった」
「可愛い寝顔でした」
「むー、俺も今夜は遥希の寝顔見よ」
「ふふふ、ご飯作りますね」
そんな何気ない会話をして、ご飯を食べたりくっついてテレビを見たりして過ごした。
有限な時間。
互いの需要と供給という、とても危ういバランスの利害で成り立っているような二人の関係は、ほんの少しでもズレが生じれば、途端に消えてなくなってしまう。
「暑いから素麺にしましょう」
「うん。いいね」
と言っても、ただ麺つゆに生姜を入れただけではない。ガスパチョ風のつけだれや、ラーメン風の焼豚やメンマを入れたつけだれ、和風のは小さく切った焼き茄子に薬味をたっぷり入れた。
「これいいな。これなら永遠に食えそう」
「どんどん食べてください」
政宗さんはいつも美味しそうに食べてくれるから嬉しい。料理を研究していて、たまに店に持って行って大将や女将さんに食べてもらうこともあるけど、ほとんどは自分で食べて自分で評価するしかない。
誰かの意見を聞けるのは貴重でありがたいんだ。ーーともっともらしい言い訳をしてみる。
「これさ、豚骨ラーメンとか、味噌ラーメンとか色んな味もできそうだよね。胡椒入れたい」
「いいですね。胡椒入れましょう。豚骨は市販のラーメンスープ使わないと何時間も豚骨を煮込むのは難しいです」
「それは確かに無理だ。家ですることじゃない。このトマトのやつも夏にいいな。俺これ好き」
いい意見が聞けた。政宗さんと一緒にいる時間はとても楽しい。今回は夏休みでバイトも休みだからずっと一緒にいられる。バイト休み取ってよかった。
「そういえば遥希バイトは?」
「お盆も挟むんで休みを取ってます」
「そうなんだ。もしかして俺のため?」
「えっと……」
どう言っていいのか迷った。政宗さんのために休みを取ったけど、そんなこと言ったら重いだろうし、好きだと言っているみたいだ。
政宗さんはそんなこと望んでないのに、気持ちの押し売りは迷惑でしかない。
「俺、ずっと休み無くバイトして、調理師免許の試験も受けて、たまには休もうと思っただけです」
「そっか。変なこと言ってごめん。自惚れんなって感じだよな。ははは」
政宗さんは眉尻を下げて、自嘲気味に笑った。
なんでそんな寂しそうに笑うんですか? そんな風に笑うなんて狡いです。それも発情期だからですか? αである俺を引き止めたい本能ですか?
「遥希、ちょっとだけくっついてていい?」
「いいですよ。俺の膝の上に乗りますか?」
「いいの?」
「どうぞ。発情期は甘えたくなるんでしょう?」
「ありがと」
膝の上に乗せて抱きしめて、髪を撫でていると、政宗さんは俺の肩に顔を埋めていた。Ωにしか分からないαの香りとかあるんだろうか?
エアコンをつけているし、シャワーを浴びてから汗はかいていないはずだけど。
「遥希、キスしていい?」
「いいですよ」
「いっぱいしていい?」
「ふふふ、いいですよ」
政宗さんとの時間は本当に甘い。
その日はずっと一緒にいて、次の日はまた政宗さんが眠っている間にスーパーに買い物に行った。
抑制剤とゴムも念のため買っておこうとドラッグストアにも足を伸ばす。
買い物を終えて部屋のドアを開けると、モワッと濃厚なフェロモンの香りに襲われて、危うく倒れるところだった。
しまった。長い時間家を空けすぎた。
「政宗さん!」
政宗さんの名を呼びながら足を踏み入れると、部屋がグチャグチャになっていた。
え? 何があった? 政宗さんが暴れたとか? そんなことするんだろうか? 俺がいなくて探してた?
「政宗さん、どこですか?」
グチャグチャな部屋を歩きながら政宗さんを探した。
「はるき……ごめ……」
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